No.329 バイオダイナミック農業の調合剤は効くのか

●バイオダイナミック農業の概要

環境保全型農業レポート「No.263 有機農業は当初,生命哲学や自然観の上に創られた」に記したように,ヨーロッパでは,創始者として,オーストリア人のルドルフ・シュタイナーが真っ先に挙げられている。シュタイナーは超自然的で霊的な思想の「人智学」を創設した。「人智学」は,芸術,建築,医学,宗教,教育学(シュタイナー学校),農業(バイオダイナミック農業)などに応用されている。

バイオダイナミック農業の国際組織である「デメター・インターナシオナル」(注:ギリシャ神話の農業の女神,ドイツ語読みはデメートル)が結成され,54か国の5000人が,18万haでバイオダイナミック農業基準に基づいた認証を受けている(Demeter )。バイオダイナミック農業は有機農業の1つに位置づけられているが,通常の有機農業と異なり,バイオダイナミック調合剤(preparations)の使用,家畜の飼養と家畜ふん尿を混合した堆肥の使用を必須とし,ローカルな品種や系統の,強い奨励を要求している。そして,デメターの認証を受けるには,EU,アメリカまたはオーストラリアの有機農業基準に基づいた認証を受けた上で,さらにデメターのバイオダイナミック基準の認証を受けて,バイオダイナミック農業のラベル表示をしなければならない。

●バイオダイナミック農業の調合剤

バイオダイナミック農業では,調合剤として,2種類の圃場調合剤(500番と501番)と,6種類の堆肥製造用調合剤(502番から507番)を使用する。

【圃場調合剤】
500番(腐植調合剤)は乳牛の角をくりぬき,その中に乳牛ふんを入れ,地中(40-60 cm)に埋め,一冬分解させたもの。
501番(シリカ調合剤)は,乳牛の角に細かく粉砕した石英粉末を満たし,一夏地中に埋め,晩秋に取り出したもの。
両者は水に分散させて,500番は200-300 g/haを土壌に施用し,501番は4 g/haを作物に散布する。(環境保全型農業レポートNo.263 )。

【堆肥調合剤】
堆肥調合剤は,ノコギリソウの花(502番),カミツレモドキの花(503番),イラクサの地上部全体(504番),細断したオーク樹皮(505番),タンポポの花(506番),カノコソウの花(507番)からなる。

各堆肥調合剤を1〜3 gずつ,堆肥材料の山に2 mの間隔で深さ約50 cmの穴をあけ、その中に入れる。カノコソウの花は5リットルの水に分散させ,堆肥材料の表面全体に散布する(環境保全型農業レポートNo.263 )。これらの調合剤は,養分を添加するというよりは,養分やエネルギーの循環プロセスを促進するとされている。

Turinek et al. (2009)は,バイオダイナミック農業に関する研究論文を集めて,それらのうち,仲間内の機関誌でなく,専門家の審査を受けた専門雑誌に発表された研究論文をレビューしている。そのなかで,科学界はバイオダイナミック手法に懐疑的で,ドグマチックなものとみなしているとも述べている。しかし,研究はかなり進展してきていて,バイオダイナミック調合剤が,収量,土壌の質や生物多様性に影響を及ぼしていることが示されている。とはいえ,バイオダイナミック調合剤の基本的な自然科学のメカニズム原理はなお研究中であると述べている。

Turinek, M., S. Grobelnik-Mlakar, M. Bavec and F. Bavec (2009) Biodynamic agriculture research progress and priorities. Renewable Agriculture and Food Systems: 24(2); 146?154.

では,堆肥調合剤は実際に効果があるのか。この点を調べたカーペンター・ボッグス(Lynne Garpenter-Boggs)らの研究を紹介する。

カーペンター・ボッグスは,アメリカのワシントン州立大学で1997年に「バイオダイナミック調合剤の堆肥,作物および土壌の質に及ぼす影響」で学位を得た。

●バイオダイナミック調合剤の堆肥調製に及ぼす影響

L Carpenter-Boggs, J.P. Reganold and A.C. Kennedy (2000) Effects of biodynamic preparations on compost development. Biological Agriculture and Horticulture. 17: 313-328. http://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/01448765.2000.9754852

A.堆肥化の仕方

バイオダイナミック調合剤の製造方法は,シュタイナーの処方とその後の改良方法にしたがって標準化されていて,アメリカではジョセフィン・ポーター研究所(Josephine Porter Institute) によって製造・販売されている。販売されている1セットの調合剤は,500番と501番で圃場0.4 haに散布でき,502から508番で13.6トンの堆肥原料を処理できるとされている。

堆肥原料は乳牛舎の敷料(マツおがくず)と糞尿の混合物(きゅう肥)で,13か月間にわたって毎日排出されたものを積み上げておいたものを,機械で良く混合して,2 m×2.5 m ×1.5 mずつの山(約3.5トン)に分割した。

堆肥原料の山に,直径約10 cmの6つの穴を山の高さの半分ほどの深さまで開け,そのうちの5つの穴には,購入した5つの固体の調合剤セット(502番〜506番)の各調合剤を1−5 gずつ入れ,507番のカノコソウの花の抽出物は,4リットルの水に10分間撹拌した後,その半分量を6つ目の穴に注いだ。そして,穴には近くの圃場から採取した土壌を詰めて,口をふさいだ。最後に,507番の調合剤液の残りを山の表面全体に降りかけた。

比較のための調合剤を添加しない対照堆肥は,別のきゅう肥の山に同様に穴をあけて,調合剤を入れずに,土壌と水を加えた。

この2種類の堆肥の山を,切り返しせずに50日間放置した。その後,出来上がった堆肥をフロントローダで良く撹拌・混合してから施用した。なお,この50日間という期間は,堆肥化プロセス中の変化を追跡したこの実験での期間であって,別の実験では堆肥化期間を6か月としている。

B.出来上がった堆肥の性質

堆肥の山の表面から55−60 cmの深さの位置で,温度測定と分析用サンプルの採取を行なった。堆肥化過程で,堆肥の山の水分含量は,当初平均70%が,実験終了時には67%に若干低下した。出発時の堆肥原料のC/N比は,55から60。終了時は,バイオダイナミック堆肥で25.6,対照堆肥で30.1に低下した。堆肥の山の温度は出発時60℃で最も高く,その後温度はおよそ25℃から30℃に低下したが,バイオダイナミック堆肥のほうが途中平均3.4℃高く推移した。そして,終了時のバイオダイナミック堆肥の硝酸とアンモニウム含量はそれぞれ平均65%と7 %で,対照堆肥よりも多かった,などの結果が得られた。

こうした結果から,温度の高いバイオダイナミック堆肥の方で微生物活性が高く,有機物分解も進み,雑草や病原菌の防除もより進み,硝酸がより多く蓄積していたことから,堆肥化過程も完了していると,著者らは解釈している。

また,堆肥化の出発時,中間および終了時に,堆肥サンプル中のリン脂質脂肪酸を分析した。微生物のタイプによって生成されるリン脂質脂肪酸の種類が異なるが,リン脂質脂肪酸のタイプから,バイオダイナミック堆肥では嫌気性細菌が優勢であり,対照堆肥では好気性細菌や糸状菌が優勢であることが示された。バイオダイナミック堆肥では嫌気的代謝が優勢なのに,最終時に硝酸含量がより多く,好気的な硝化細菌も健全に活動していることが示された。この原因は検討されなかったが,著者らが堆肥調合剤の原料として使用されている植物はいずれも薬用植物であり,殺菌作用や植物ホルモンなど,様々な生物活性化合物を含有しており,こうした化合物が関係している可能性を示唆している。

●バイオダイナミック調合剤の作物収量,土壌や雑草に及ぼす影響

L Carpenter-Boggs, J.P. Reganold and A.C. Kennedy (2000) Biodynamic preparations: Short-term effects on crops, soils, and weed populations. American Journal of Alternative Agriculture. 15: 110-118.

上記の研究に続き,カーペンター・ボッグスらは,バイオダイナミック調合剤やそれを用いて調整した乳牛ふん堆肥(6か月間堆肥化),非バイオダイナミック堆肥および化学肥料が,レンティル(レンズマメ)とコムギの収量,土壌や雑草に及ぼす影響を圃場試験で比較した。

A.圃場管理

化学肥料による適正施肥量は土壌検定によって定め,1995年のレンズマメにはN-P-Kを16-6-25 kg/ha,1996年の春播きコムギには31-5-66 kg/ha施用した。そして,可給態養分量がこの化学肥料による窒素量に近似するように,バイオダイナミック堆肥中の可給態養分量を考慮して,バイオダイナミック堆肥の施用量を1995年は19 t/ha,1996年は24 t/haとした。これによって堆肥に含まれる可給態養分量(N-P-K)は,1995年15.2-5.7-24.7,1996年31.2-4.8-67.2となり,化学肥料の養分施用量にほぼ近似できた。

施肥を行なった約15日後に播種を行ない,1995年のレンズマメは5月4日に播種し,8月中旬に収穫し,1996年のコムギは4月23日に播種し,9月初旬に収穫した。

水に分散させて圃場に直接散布する調合剤(500,501と508番の一部)は,1995年は5月3日〜6月5日の間に,1996年は4月22日から6月20日の間に散布した。

除草は手押し除草機と手抜き除草によって行ない,化学合成農薬は使用しなかったが,レンズマメのアブラムシを防除するために,タバコ浸出液を1回散布した。

B.実験結果

詳細は省略するが,バイオダイナミック農業,有機農業および化学肥料による管理によって,作物収量,土壌の化学成分,雑草個体群に有意な差が認められなかった。このことから著者らは,今回の短期の実験ではバイオダイナミック調合剤が効果を持っていることは不確かであるとした。

●バイオダイナミック調合剤の効果は収量レベルによって異なる

Raupp, J. and U.J. Koenig (1996) Biodynamic preparations cause opposite yield effects depending upon yield levels. Biological Agriculture and Horticulture.13: 175-188.

ドイツのダルムシュタットにある「バイオダイナミック研究所」で過去からなされた,バイオダイナミック調合剤を用いた際の作物収量に関するデータをまとめて統計解析を行なった。

A.500番と501番の効果

9種類の作物を用いた合計28回の実験による合計79の調合剤散布結果について,各作物の基準収量を100としたときの増収%ないし減収%を計算した。その結果,全結果をまとめると,調合剤による増収効果は,収量レベルが低いときに高く,収量レベルが高まると低下して,かえって減収した。

Xを基準収量(100)に対する収量指数とし,Yを基準収量に対する収量の増加%ないし減収%とすると,Y = -0.181 X + 4.497(r = -0.615)で,1%水準で有意であった。そして,作物の種類別に同様に計算すると,より高い確率で有意な関係がえられた。

B.全調合剤を合わせた効果

500番と501番の散布に加えて,502番から507番の堆肥調合剤を添加して製造した堆肥を施用した際の収量に対する増収効果を,養分施用量を変えて,コムギに限定して調べた。その結果,前項Aで示した500番と501番に類似した傾向を示したが,収量レベルが非常に低いレベルでは減収効果しか見られず,収量レベルがある値を超えると,増収効果が出て,さらに収量レベルが高まると,増収効果は低下し,マイナスとなった。

この「500番と501番の効果」と「全調合剤を合わせた効果」で得られた結果がなぜ生じたかは,著者の記述を読んでも筆者は理解できない。

●バイオダイナミック堆肥の製造方法の問題点

A.アメリカの堆肥化施設基準

バイオダイナミック堆肥の製造方法には通気を行なう好気的な方法もあるようだが,本来的にはカーペンター・ボッグスが研究したように,切り返しもしない嫌気的な方法である。これに対して,通常の有機農業で行なう堆肥の製造方法は切り返しや通気を行なう好気的な方法である。

アメリカでは農務省自然資源保全局(NRCS)が,保全的農業生産基準を定め,連邦政府の農業補助金を受給しようとする農業者は,この基準の遵守が義務になっている。その1つに「堆肥化施設.コード317」fがある。この基準では好気的分解を行なう堆肥化施設を必須としている。そして,実施上の注意事項として次を記している。

(1) 堆肥原料:好気的微生物分解を促進し悪臭を回避できるように,堆肥原料を組み合わせて混合する。

(2) 炭素・窒素比:出発時の堆肥原料の炭素の窒素に対する比率(C:N比)を,25:1から40:1の間になるようにする。

(3) 炭素源:窒素に富む廃棄物原料を堆肥化する際には,C:N比の高い安定して入手できる炭素性原料を混合する。

(4) 物性改良材(膨化材):必要に応じて通気性向上のために,物性改良材を堆肥原料に添加する。物性改良材は堆肥原料に使用した炭素性原料(木材チップなど)や,堆肥化期間の終了時に回収できる非生物分解性原料(ゴムタイヤ破片など)を使用しても良い。

(5) 水分レベル:堆肥化期間を通じて,堆肥原料の水分量を40から65%(湿重ベース)の範囲の適切なレベルに維持する。降水量の多い気候帯では,堆肥に過剰な水分が溜まるのを防ぐ。このためには施設に覆いを付けることが必要になろう。

(6) 堆肥の山の温度:堆肥の内部温度が,必要な期間にわたって管理目標に到達して維持するように管理する。雑草種子を十分殺すに必要な145 F(63℃)に品温を上昇させることが必要である。温度が165 F(74℃)に達するのを,注意してモニターする。温度が185 F(85℃)を超えたら,堆肥の山を直ちに冷やす。

(7) 切り返し/通気,ないし切り返しの頻度は,使用する堆肥化方法によって適切なものとし,好気的分解を維持しつつ望ましい水分除去量と温度を確保する。

B.カーペンター・ボッグスの堆肥製造方法とアメリカの堆肥化施設基準との対比

カーペンター・ボッグスが,バイオダイナミック調合剤のメーカーの指示に従って製造したバイオダイナミックのやり方を比較すると,バイオダイナミックのやり方は,

(1) 切り返しも行なわない嫌気的なやり方で,好気的でない,

(2) 出発時の堆肥原料のC/N比は55から60で,保全的農業生産基準に示されたC/N比25:1から40:1よりも高い。終了時は20以下であれば直ぐに窒素の肥効が発揮されるが,25.6では肥効発揮に若干時間を要する。

(3) 堆肥の山の水分含量は70%から67%の間で,基準に示された40%から65%よりも高い。

(4) 堆肥の山の温度は出発時60℃で最も高く,その後温度はおよそ25℃から30℃に低下し,雑草種子を十分殺す63℃よりも低い。ただし,堆肥化を開始する前に乳牛ふん尿と敷料の混合物を堆積していた時点で60℃に達していたと推定され,この事前段階で雑草種子が死滅していたことも推察される。

●おわりに

こうしたことから,バイオダイナミック堆肥は通常の有機農業で使用されている好気的に製造された堆肥に比べて,堆肥原料の有機物の分解が不十分で,様々な問題が起きることが推定される。例えば,カーペンター・ボッグスは堆肥の山の表面から55−60 cm の位置で測定したが,通気も切り返しもしていないので,それよりも深い位置では酸素不足が深刻で,有機物分解が著しく抑制され,易分解性有機物が多く残っていて,C/N比が報告値よりもはるかに高い可能性も考えられる。バイオダイナミック農業の研究では,バイオダイナミック堆肥の対照として,調合剤を添加しないでバイオダイナミック堆肥と同様に製造した堆肥を使用している。しかし,バイオダイナミック堆肥の対照には,有機農業で用いられているように,好気的に製造した堆肥を用いるべきであろう。