No.328 EUの有機農業規則改正の動きが新展開

・これまでの経過

有機農業の規則を有機農業の理念に照らして厳格に規定して厳密に運用するほど,生産が難しくなる。結果として生産量が少なく,生産コストは上昇し,量と価格の両面で消費者の需要に応えることができなくなる。そこで,有機農業理念から逸脱はやむを得ないとして,特例措置を認めることになる。しかし,特例措置が多いほど生産・加工・流通のコストが下がりはするものの,一方で消費者の信頼が低下しやすい。このため,特例措置をどこまで認めるかは,各国とも,消費者の購買力と生産・加工・流通業者の技術力などの要因のバランスを考慮して,現実的に行なっている。

消費者の購買力水準が高いEUでは,有機生産物に対する消費者の需要がますます高まり,世界でも最も購入額が多く,域内での有機農業の拡大が望まれている。そして,EUでは購入力が高く,有機農業の経験年数の高い生産者が増えてきた国々では,例外措置をできるだけ減らして「本物」の有機生産物を生産・販売して,消費者のニーズに応えようとする動きが強くなった。そこで,EUの有機農業規則を全面的に改正する作業が開始された(環境保全型農業レポート「No.249 EUが有機農業規則の全面改正案を提示」)。しかし,EUに早くから加盟していた12か国と,少し遅れた北欧諸国や最近加盟した東欧諸国では,改正案に対する見解が異なり,論議が鋭く対立した。

ヨーロッパ議会議員のドイツのホイスリングは,「北欧諸国は温室栽培についての特例をもっと増やすことを要求し,(中・)南欧諸国は統一基準の迅速な施行を要求し,東欧諸国は有機の種苗や子畜などの繁殖体のデータベースを望んでいない。ヨーロッパの規則では,関係国が自国の関心事項を棚上げにできなかったり,柔軟性を示せなかったりした場合には,致命的となってしまう。」と述べている(注:カッコ内は筆者の追加) (M. H?usling, 2017 )。

これまでにも,有機農業規則の改正は紆余曲折している(環境保全型農業レポート「No.268 EUの有機農業規則改正案に反対意見が続出」「No.280 EUの有機農業規則改正が成立に向けて前進」「No.314 EUの有機農業規則改定論議が暗礁に乗り上げる」)。

・2017年6月下旬に急展開

2016年12月には,有機農業規則の改正作業が暗礁に乗り上げたことがプレスリリースされた。その後,改正のための作業は続けられていたものの,しばらくこの問題の動向は報道されなかったが,2017年6月中下旬になって急展開があった。

2017年6月8日にIFOAM(国際有機農業運動連盟)のEU部会は,目下の改正案の叩き台は絶望的で,利害関係者の全てが得をする「ウィン・ウィン」でなく,損をする「ルーズ・ルーズ」になるので,抜本的見直しを要求する見解を公表した( IFOAM-EU, 2017 )。

それから20日経った6月28日には,交渉に参加していた,三者(ヨーロッパ委員会,ヨーロッパ議会および閣僚理事会の交渉人団)から,有機農業規則の改正について合意が得られたことがプレスリリースされて,急転直下の暫定合意に至った(例えば,European Commission, 28 June 2017 )。

今回の合意は,三者の交渉人団の間でなされたもので,今後,ヨーロッパ委員会の農業委員会,議会および閣僚理事会の全体で承認された後,署名されて,EUの官報(Official Journal)に刊行されてから発効する。新規則は2020年1月1日から施行される予定である。

IFOAMのEU部会は,今回の三者合意について,次のプレスリリースを出した。

「6月28日水曜日午後に,3年を超える交渉の後, EUの3つの組織のヨーロッパ委員会,閣僚理事会と議会は,EU有機規則について暫定合意に達した。合意文書はこれから加盟国と議会で精査される。IFOAMのEU部会長のChristopher Stopesは,『我々は委員会,議会および閣僚理事会議長が,合意文書を良くするのに多大の努力を払ったことを承知している。この15日間に前進がなされたが,作業を終わらせるのを急いで,重要な政策上のポイントが先送りされた。』と述べた。それに加えて,『もしも利害関係者が再検討の最初の段階に関与していたなら,より強力で透明な形で,作業はもっとスムースになり,合意文章は有機消費者や有機運動のニーズにもっと良く合ったものになっていたであろう。』と付け加えた。」( IFOAM EU, 2017 )

・主要な合意事項

三者交渉による暫定合意文書は入手できなかったが,主要な合意点は次の文書に記されている。

European Parliament (28-06-2017) Organic food: new rules for EU label agreed.

European Parliament (28-06-2017) Q&A on the informal agreement on reform of EU organic food rules.

(1)消費者の信頼を高めるための合意

☆供給チェーンの監査

ヨーロッパ委員会は,有機の食材・食品の生産・加工業者の有機農業規則の遵守状況を現在よりも厳しくチェックし,偽装や詐欺行為をなくして消費者の信頼を高めるために,農業者,育種者,加工業者,販売業者や輸入業者が従うべきEU基準に対する遵守状況の現地監査を,通常,年に少なくとも1回は必要なことを提案した。

このヨーロッパ委員会の提案は,規制を最終生産物に限定するかのような誤解を与える。遵守状況のチェックは生産・加工・流通の有機生産チェーンの全体を通して実施して,その各段階で有機生産物のトレーサビリティを確保すべきであると議会は主張して,了解された。

現地監査は原則年1回行なうが,当該者が遵守違反のリスクが低い実績を有する場合や,過去3年間に非遵守が発見されなかった場合には,現地監査は2年に1回にすることができるとすることになった。

☆食品の農薬汚染防止方策

ヨーロッパ委員会は,有機生産物中の非承認物質の存在を認める上限値濃度を,EU全域で慣行生産物よりも厳しくすることを提案した。この提案を議会と閣僚理事会は拒絶し,予防的対策にもっと焦点を当てた方策を打ち出し,汚染の場合には無責任な経営者を罰して,汚染を回避するために最大限の努力した経営者に報酬を与えることを主張した。

この目的のために,新しい規則は,有機経営者が,供給チェーン全体をとおして禁止された物質による汚染を回避するために義務とする新しい予防的対策を導入して,供給チェーン全体をとおして承認されたテクニックと有機農業規則を遵守する責任と説明責任を高めるものにすることになった。

☆有機生産物中の非承認物質濃度の上限値の扱い

EUでは,有機生産物中の残留農薬などの非承認物質濃度の上限値は,有機生産物を特別扱いせずに,慣行生産物での規制値をそのまま適用している。しかし,一部の加盟国は,有機生産物中の非承認物質について,特別なより厳しい上限値を規定している。そうした国の有機生産物に対する規則を廃止させるのでなく,他の加盟国が一般的なEUの有機規則を遵守して生産した生産物を,有機として当該加盟国のマーケットで販売するのを妨害,制限ないし遅らせてはないことを条件に,当該上限値を現行のように施行することを可能にした。

☆輸入品の有機生産物としての担保

現在,第三国からの有機生産物の輸入は,EUの有機農業規則に類似した規則を遵守している第三国からの輸入であることの承認を要するとしている(「同等性」規則)。これを5年間の移行期間の後に廃止し,2025年から,全ての輸入生産物は厳しいEU基準を順守したものにしなければならないとした。

しかし,EUマーケットへの供給途絶を回避するために,EU基準を遵守していない第三国の生産物であっても,植物や動物生産の生態的バランスの違い,ないし,具体的な気候条件の違いによって正当化される場合に,輸入承認を2年間更新し,これによる輸入生産物には有機ラベルを貼ることができる。この輸入承認は同等性生産方法としての承認であり,二国間貿易協定で承認することにした。

(2)有機食品の生産推進するための合意

☆有機の種苗や子畜の供給増加のためのデータベースの構築

有機の種苗や子畜が不足しているケースが多いため,現在は慣行の種苗や子畜の有機農業での使用を認めている。しかし,できれば有機の種苗や子畜の供給を増やして,特例を廃止したいと考えている。それを実現させる上で,本当にどの程度不足しているのか。ヨーロッパ議会は,供給不足の状態をデータベースの構築によって見える化できれば,不足するものについては供給量を増やすことが助長され,必要とする者が購入することも容易化されると強く主張し,データベースを構築することになった。慣行の種苗や子畜の使用特例を2035年に終了する。ただし,有機の種子と家畜の利用可能性の増加の状況によって,その終了期日は遅らせたり早めたりすることができるとした。

☆有機と慣行の混合農場の認可

ヨーロッパ委員会は,混合農場,すなわち,慣行と有機の両方の食料を生産する農場を認めていると,非承認物質による汚染や欺瞞の温床を存続させるとして,混合農場を全面禁止する案を提示していた。これでは有機農業から撤退する農業者が増えるとして猛反対があった。

最終案では,有機と慣行の生産に必要な投入物や最終生産物の分離や,慣行と有機の生産で違った家畜の種や植物の品種の使用などを行なって,両者を明確に別個のユニットとして分離できる場合には混合経営体は存続して良いことになった。そして,有機と慣行の生産の品質,トレーサビリティや両者の効果的な分離を確保するために,より具体的な規則を代表者によって規定することが途中段階にある。

☆小規模農業者のためのグループ認証

ヨーロッパ委員会の改正案ではグループ認証について次のように記している(環境保全型農業レポート「No.249 EUが有機農業規則の全面改正案を提示」)。

有機生産基準に準じた生産を行なう農業者がグループを組織し,IFOAMやEUなどの有機基準にしたがった生産を行なうなどの規約を作り,代表者を定めるとともに,参加農業者の農業の仕方をチェックする内部監督システムを作る。グループに参加する農業者は有機生産基準を遵守し,組織によるチェックを受けることなどの誓約書を交わす。その上で,参加農業者の1人がサンプル農業者として,認証機関による正規のチェックを受ける。そして,その農業者が認定を得られれば,グループ内の他の農家も認定を受けたこととし,サンプル農業者が要した認証経費は参加者全体で分割する。IFOAMは,途上国についてはこうしたグループ認証を認めることを,EUやアメリカに対して今日でも求めており,EUは途上国について認めている。そして,EU市民の多くは,EUの小規模農業者にもグループ認証を設けることに賛成している。

新しい有機農業規則案では,「事業者グループは,各事業者が5 haまでの利用農地を経営していることに加えて,食料や飼料の生産および食料や飼料の加工に従事できる農業者のグループを意味する。」と定義している。

事業者グループは確認責任を有する代表者を指定し,グループ内部の有機農業規則遵守をチェックするシステムを作る必要がある。内部チェックシステムに欠陥があれば,グループ認証は得られない。

認証経費は,代表者が認証機関に支払う1人分と内部チェックシステムの経費をグループ全体で分割するので,1農場当たりの経費は少なくてすむ。これは途上国からEUに輸出されてくる有機農産物が,グループ認証によって安い認証経費になっているのに対抗する意味がある。

☆北欧諸国の温室での隔離ベッド栽培の特例措置を継続

植物は生きた土壌で育てるべきだとする,土壌をベースにした生産の原則が,有機農業の基本ルールとして規定されている。水耕栽培は禁止されており,有底の隔離ベッドも禁止すべきとの意見も多いが,議会,閣僚理事会およびヨーロッパ委員会の交渉人は,隔離ベッドでの作物栽培を,2017年6月28日よりも前に有機として認証しているデンマーク,フィンランドとスウェーデンについて引き続き認めることに同意した。ただし,この特例は2030年に終わらせることが付記されている。当面,ヨーロッパ委員会はこのやり方の有機生産の原則との適合性を評価し,分析結果に照らして,その後のための法的提案の予定を立てる。

☆北欧の温室栽培における隔離ベッドとポット栽培の概要

デンマーク園芸協会は次のプレスリリースを出している(Dansk Gartneri, 2015 )。それによると,北欧諸国では光の当たる短い夏と,暗くて非常に長くて寒い冬という気候を有している。こうした条件に適応するために,北欧諸国では温室内での隔離ベッド(有底ベッド,袋,コンテナ)での生産が行なわれてきており,有機農業でもまた、始まったときから同様の温室内隔離ベッド方式による栽培が行なわれてきた。

この北欧の方式は国際的にも承認されている内容である。その際,植物当たりの土壌量が少なすぎるものは承認されておらず,養分のかなりの部分が生育培地中の有機物や肥料から吸収されることを確保しており,これは土壌で植物を栽培するという有機の原則に十分合致するものである。こうしたことを考慮して,隔離ベッドでの温室栽培の当面の継続が承認された。

スウェーデンでは,有機温室事業体の約30%が隔離ベッド生産を行なっている。スウェーデンにおける有機マーケットは2014年に約30%成長し,さらに成長を続けている。他の国でも,その状況は似ている。有機生産物のマーケットと消費は増えており,消費者は地元で生産されたものを探す傾向がある。小売業者と食品製造業者の両者とも必死になって温室で栽培した有機生産物を探しており,慣行の温室企業は,既存の生産を有機に転換することを考えている。隔離ベッドを禁止しようとするEU案は,こうした展開を押し止めるものである。

また,EU改正案は,有機のポット栽培を原則認めていないが,ハーブ,観賞植物と苗について例外措置を設けている。それは,北欧諸国はポットでのレタスなどの生産の伝統があり,消費者のニーズが高いからである。スウェーデンを例にあげると,最大の小売業者はポットでの有機レタスだけを購入し,他の全ての小売業者は主にポットでの有機レタスを購入している。このように有機のポット栽培レタスはマーケットで大切なものの1つで,ポットでの慣行レタスのほうがマーケットは非常に限られている。ポットでの栽培は承認されるべき方法であって,ハーブ,観賞植物や苗に限定すべきではない。

さらに隔離ベッドでの生産は,下層土とつながった通常の土壌に比べて多数の利点を有している。

  • 有機生育培地の交換とそのリサイクルによって,土壌伝染性病害リスクを大幅に低減できる。
  • 下層土つき土壌で多発する土壌伝染性病害に対する蒸気消毒を,全面的に回避できる。
  • 閉鎖的栽培システムなので周辺環境への肥料の流出がない。
  • 隔離ベッドを地面よりも高い位置に配置することで作物を持ち上げ,作業条件を改善できる。
  • 有機生産物に対する需要の変化に応じて,生産を毎年合わせることができる。

この10−15年でスウェーデン,フィンランドおよびデンマークにおける有機温室生産は,隔離ベッドでの植物生産を法的に承認している。下層土とつながった土壌での生産に転換させるように要求することは,現在の生産を完全に放棄するか,有機生産者は生産を続けられるようにするために有機土壌を購入して温室に搬入しなければならず,新たにかなりの金額を投資しなければならなくなる。

北欧の消費者は,その生産形態にかかわらず,有機生産物を完全に信頼しており,隔離ベッドでの生産物よりも下層土とつながった土壌での生産物のほうを好んでいるとは思えない。

・おわりに

2012年から現行の有機農業規則の改正についての行動を起こしてから既に5年が経過し,その間に合意の展望が消えたこともあったのに,今回急転直下,合意がなされて,新有機農業規則の策定が本格化する準備ができた。新規則は2020年1月1日から施行される予定である。加盟国が多い上に,執行機関のヨーロッパ委員会の改正原案を,ヨーロッパ議会と閣僚理事会の三者で審議するという手続きを経るので,承認までに時間がかかる。にもかかわらず,合意に向かってよく粘っているものと感心させられる。