No.112 望まれるリンの循環利用

●日本でのリンの使用状況

 日本にはリン酸含有率30%以上の高品位リン鉱石の鉱床がなく,リンを専ら輸入して工業や農業で利用している。日本が2006年に輸入したリン(P)の量は,薬品などの化学品で17.6万トン,リン酸肥料で16万トン,リン鉱石で10.3万トンあり(この三者の合計で43.9万トン),その他に,輸入した食飼料に17万トン,鉄鋼原料などに17万トンのリンが含有されていたと試算されている。そして,リン鉱石と化学品の81%に当たる22.5万トンのリンが肥料生産に使用され,肥料が最大の用途になっている(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構 (2008) リン.「鉱物資源マテリアル・フロー2007」p.265-271.)。なお,この推計では家畜飼料に添加されているリンが計上されていないが,恐らくは肥料に含ませているのであろう。リンは肥料以外にも,医薬品,染料,媒染剤,食品工業,可塑剤,界面活性剤,重合触媒,マッチ,半導体材料,発光ダイオードなどに広く用いられている。

 ちなみに世界全体では,リンの約80%が化学肥料,12%が洗剤,5%が家畜飼料,3%が食品加工や金属処理などの特殊用途で使用されている(石油天然ガス・金属鉱物資源機構,2008:前出)。

●世界のリン鉱石の生産量と埋蔵量

 アメリカの地質調査所(United States Geological Survey: USGS)は,世界の鉱物資源の生産量と埋蔵量の調査結果を毎年公表している。リン鉱石の生産量は,2005年まではアメリカが世界のトップであったが,2006年からは中国に追い抜かれて2位になっている。2007年にリン鉱石生産量が多い国トップ3は,中国,アメリカとモロッコである(USGS (2008) Phosphate rock. In “Mineral Commodity Summaries 2008” p.124-125 )(表1)。

 アメリカの地質調査所は,リン鉱石の埋蔵量を,経済的鉱量(Reserve)と基礎鉱量(Reserve base)に分けて表示している。経済的鉱量は,評価を行なう時点の経済条件でリン鉱石を採算のとれる形(現在はリン鉱石トン当たり35ドル以下のコスト)で採掘・選鉱できると確認できた鉱量である。基礎鉱量は,一定基準を満たすことが確認された資源(リン鉱石をトン当たり100ドル以下で採掘・選鉱できるもの)で,経済的鉱量と今後の経済条件や技術条件の変化によっては経済的に可能になる資源とを合わせた鉱量である。経済的鉱量のトップ5は,中国,モロッコ,南アフリカ,アメリカ,ヨルダンである(表1)。

 では,リンの今後の需要を見通して,経済的に採算のとれるリン資源は何年持つのであろうか。10年前の論文だが (Ingrid Steen (1998) Phosphorus availability in the 21st century: Management of a non-renewable resource. Phosphorus & Potassium, Issue No: 217),ロンドンの「自然史博物館」のホームページから,この問題を論じた論文の全文を読むことができる)。この論文にも書かれているが,既往の研究は現在の経済条件で開発可能な埋蔵量は60〜130年で枯渇するとしており,60年で枯渇すると引用している記事が多い。しかし,著者は,中庸モデルでの予測では,経済的なリン鉱石鉱床は少なくとも100年強は持つとしている。

 経済的鉱量が減少するのにしたがい,価格が上昇し,さらに,カドミウムなどの有害重金属濃度の低いリン鉱石が先に減少し,次第に不純物除去のコストもかさんでくることは当然予想される。

 アメリカは2005年以降リン鉱石生産量を減少せざるをえなくなったことを契機に,リン鉱石を戦略物資化し,輸出しなくなった(石油天然ガス・金属鉱物資源機構,2008:前出)。また,中国は,2008年5月から関税上乗せ措置を行なって輸出を制限している。1973年の第一次石油ショックの際にもリン鉱石の輸出規制や価格高騰が起きたが,今回のリン鉱石の動きにも原油価格の急騰と連動している側面があろう。

●下水汚泥からのリンの回収

 リン資源の希少性と有限性から,リンの循環利用の必要は以前からいわれている。
 例えば,鉄鉱石に含まれているリンは鉄鋼の特性に悪い影響を与えるため,精錬過程で徹底的に除去している。このため,製鉄時の副産物である製鋼スラグには,濃度は低いものの,リンが濃縮される。そのリンの総量は年間17万トンに達する(石油天然ガス・金属鉱物資源機構,2008:前出)。このため,古くからスラグ(鉱滓)をリン酸肥料(鉱滓リン酸肥料)に加工しているのも,リンの循環利用の一つといえる。
 また,リンは,かつて尿から発見された歴史をもっており,人間の排泄物中にも多く存在する。このため,下水処理場で生ずる下水汚泥には,リンが多く含まれている。以前に環境保全型農業レポートで,JFEエンジニアリングを中心とする企業グループが,下水処理場を対象にして,し尿または下水汚泥からリンを MAP(リン酸アンモニウムマグネシウム(MgNH4PO4・6H2O) という結晶として回収する装置を開発し,販売し始めたことを紹介した(「し尿や畜舎汚水からのリン回収技術に新たな展開」(環境保全型農業レポート.2004年7月28日号))。なお,その記事の中でリンクさせた回収装置の図は,現在,JFEのホームページから削除されている。

 最近,国土交通省が2008年度から下水道の汚泥から肥料原料のリンを回収する事業を始めたことが新聞報道された。すなわち,下水道の汚泥を焼却し,灰をアルカリ性溶液につけてリン酸を抽出し,これに消石灰を加えてリン酸塩を取り出し肥料会社や農家に販売する計画とのことである(日本経済新聞,2008年7月7日)。

 これは,国土交通省が所管する産学官連携のプロジェクト,すなわち,下水汚泥のリサイクルやエネルギー利用するための「下水道技術開発プロジェクトSPIRIT 21」のなかで,捨てるより安く下水汚泥を全量リサイクルできるようにすることを目的とする「下水汚泥資源化・先端技術誘導プロジェクト(LOTUS Project)」の課題の一つで,日本ガイシ株式会社と岐阜市上下水道事業部が行なっている研究開発のことである。この課題では,リンをリン酸カルシウムか液肥として回収し,コスト目標を,リン酸塩回収で7,940円/トン,液肥原料で7,290円/トンとしている((財)下水道新技術推進機構の広報誌「新機構情報」(2006年10月) )。

●豚舎汚水からのリンの回収

 濃厚飼料で飼養している豚や鶏の飼料にはリン酸塩を添加している。鶏ではふんと尿が一緒に排泄されるが,豚では,肉豚の平均で1頭・1日当たりリン(P)が,ふんに6.5 g,尿に2.2 g排泄され,牛に比べて,尿へのリンの排泄量が非常に高い。このため,ふんと尿を分離した豚舎では,尿と豚舎洗浄水が混じった豚舎汚水に高い濃度でリンが含まれている。

 (独)畜産草地研究所が,豚舎汚水中のリンをMAP(リン酸マグネシウムアンモニウム)として回収する技術を開発していることを環境保全型農業レポートで紹介した(「し尿や畜舎汚水からのリン回収技術に新たな展開」(2004年7月28日号))。詳しくは,鈴木一好 (2004) 養豚での尿汚水からのリン除去・回収技術.農業技術大系.畜産編 第8巻 環境対策 p.552-10〜552-11-8(農文協)および鈴木一好 (2004) 曝気を利用した結晶化法による豚舎汚水中リンの除去・回収.同書.p.552-11-10〜552-11-15を参照されたい。

 その後,畜産草地研究所は,佐賀県畜産試験場,佐賀県窯業技術センター,神奈川県畜産技術センター,神奈川県農業技術センター,沖縄県畜産研究センターおよび沖縄県農業研究センターと共同研究を行なって,MAP回収装置を改良し,養豚農家で実際に運転し,回収したMAPの肥料や陶磁器原料としての利用可能性を検証した。そして,その結果を2008年6月に公表した。

 標準的な条件では,1 m3の豚舎汚水から最大で約170gのMAPを回収できる。肥育豚1,000頭規模の一貫経営の養豚場だと,最大で1日におよそ1. 7 kgのMAPが回収できることになる。回収したMAPは,肥料会社等が精製加工することなく,天日乾燥しただけでそのまま肥料として利用できることが確認されている。

●回収したリンの循環利用方法

 下水汚泥や家畜ふん堆肥をそのまま施用すると,夾雑する重金属類の土壌への混入の問題に加えて,三要素(窒素,リン酸,カリ)のバランスが作物要求に合致していないため,生育に障害がでやすい。このため,下水汚泥や家畜ふんから三要素を分離した後,三要素のバランスを作物要求に合わせて施用できるとすれば,これまでの問題を回避できる新しい技術を構築することが可能になる。

 これまで紹介した計画や研究では,下水汚泥や豚舎汚水から回収したリンを,農家がすぐに肥料として利用する方式が想定されている。しかし,そこには一つの障害がある。回収したリン酸を農家が利用するには,他の窒素とカリも単肥のものを用いて,農家が3要素を自分で計量・混合して施用することになるからである。もちろん,農家のなかには,土壌診断に基づいて,自分で単肥を用いて3要素の量を別々に計量・混合して施肥している農家もいる。しかし,大部分の農家は窒素・リン酸・カリを一定比率で混合して造粒した複合肥料を利用している。自分で単肥配合して散布するには手間がかかるうえに,造粒してない粉末状の肥料を施用するには,施肥機の調整をしなければならないし,場合によっては施肥機の買い替えが必要になる。これまでのように造粒した複合肥料で利用するには,回収したリンを肥料メーカに肥料原料として売り渡すルートも必要であろう。

 1993年時点だが,我が国では下水に6万トンのリン(P)が流入し,下水汚泥に存在するリンの総量は約3万トンに達すると推定されている(国土交通省 (2007) 「資源のみちの実現に向けて:報告書案」)。上述の技術が実用化されて,全ての下水処理場でリンの回収が実施されたとすると,3万トンのリン(6.9万トンのP2O5)を回収できることになる。

 他方,2008年2月1日現在の家畜畜産統計と,標準的な家畜1頭当たりのリンの排出原単位を用いて,家畜からのリンの排泄量は約11万トンとなる。そして,そのうち,上記に紹介した豚舎汚水から回収可能なリン量を概算してみる。畜産統計によれば,全国の肥育豚頭数は812万頭,繁殖豚が97万頭などとなっている。単純計算で,肥育豚1000頭規模の一貫経営の養豚場が全国に8,120軒あって,その全てがMAP回収装置を装備していると仮定すると,全国で1日に13.8トン,年間に5,038トンのMAPが回収できることになる。この中には,1,457トンのP2O5,または636トンのPが含有されている。

 冒頭の「日本におけるリンの使用状況」に記したが,日本では22.5万トンのリンが肥料として使用されている。これに比べて636トンのリンはごくわずかである。このため,豚舎汚水から回収したリンは,肥料利用といっても,養豚農家は自ら飼料を生産していないので,養豚農家とその周辺の耕種農家の間でのローカルな物質循環がまず考えられる。3要素を計量して施用することに積極的な耕種農家が近くに存在すれば,養豚農家がそうした耕種農家に直接販売することが考えられる。その際,無料で耕種農家に譲渡するのなら問題はないが,販売するとなると,MAPは普通肥料になるため,養豚農家は農林水産大臣に肥料業者の登録しておかなければならない。登録手続が面倒な場合は,回収したMAPを肥料会社に販売して,肥料会社が正規の肥料に加工するルートも考えられる。

 一養豚農家が回収できるMAPは量的に少ないので,養豚農家自体が豚の餌に添加するリン酸資材として活用することも考えられる。しかし,養豚農家の多くは,全ての飼料やサプリメントが混合された配合飼料を購入して利用しているので,リン酸抜きの配合飼料が販売されない限り面倒で,自分では回収したリン酸を使いたがらないであろう。

 畜産サイドでは家畜ふん中のリンを分離・回収することまではまだ考えていないであろうが,豚ぷん堆肥や鶏ふん堆肥はリンが相対的に多く,土壌へのリンの過剰蓄積を助長している一因でもある。そのため,豚や鶏の飼料へのリン添加量を削減する飼養技術を開発する一方,ふん尿中のリンを下水汚泥での技術を応用して回収することも望まれる。そうすることによって,リンの輸入量を減らし,国内でのリンの循環利用を軌道に乗せることができよう。そして,下水汚泥や家畜ふん尿から回収したリンの量が増えたなら,多少コスト的に高かったとしても,将来に備えて国家備蓄する制度の創設が望まれる。

●かつての暴論を繰り返すな

 1973年の第一次石油ショックでリン鉱石が高騰した際,リン鉱石を買えるうちに買ってリン肥料にして土壌に多量に施用し土壌に蓄積しておき,やがてリン鉱石が入手難になったら,土壌で難溶化して蓄積しているリンを溶解させるなどして利用するのが良いという意見があった。当時,日本の耕地土壌の可給態リンレベルが既にかなり高くなっていたが,まだ低い土壌も少なくなかった。しかし,今日では耕地土壌の可給態リンレベル過剰になって作物に生育障害がでている土壌も多くなっており,再び土壌に蓄積するというのは暴挙である。それによって,作物生産が低下するだけでなく,耕地土壌からのリンの流出量が増えて,水系の富栄養化が加速される。土壌で難溶化したリンを可溶化すると,リンと結合して不溶化していたアルミニウムがリンと解離して,再び土壌を強酸性にしたり,アルミニウムの作物に対する害作用が発揮されたりする。かつての暴論を繰り返すことなく,リンの循環利用を軌道に乗せたいものである。

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