No.216 未熟堆肥は作物の土壌からの重金属吸収を促進する?

環境保全型農業レポート「No.217 交通頻繁道路に近い市街地で栽培された野菜の重金属濃度は高い」で紹介したゾイメルら (2012)の研究で,ベルリン市街地の野菜畑やポットなどには,堆肥を施用しているケースが多かった。そして,例えば,市街地の土壌に直接植え付けられた野菜やハーブの重金属濃度で,鉛のEU最大許容濃度を超えたものは40%であったのに,堆肥を混入した市販土壌を満たした苗床やポットで栽培したものは50%に高まっていた。

 この研究を行なったゾイメルらは,マリーら (2011)が未熟堆肥には水溶性の腐植物質のフルボ酸が多く,フルボ酸が土壌中の重金属とキレート結合して,土壌水中を移動して作物根から吸収されやすくなるという報告を引用している。このレポートでは,ゾイメルらが引用したマリーらの研究を紹介する。

H. Murray, T. A. Pinchin and S. M. Macfie (2011) Compost application affects metal uptake in plants grown in urban garden soils and potential human health risk. Journal of Soils and Sediments 11: 815 – 829

●腐植の一つ「フルボ酸」

土壌にはいろいろな種類の有機物が存在する。それらの有機物すべてをひっくるめて「土壌有機物」と総称される。そのうち,まだ明確な形が残る新鮮な有機物および分解不十分な生物遺体は「粗大有機物」と呼ばれている。この粗大有機物を除いた部分が「腐植」とよばれるが,これには,微生物分解を受けて無定形の褐色ないしは黒色になった「腐植物質」と,それ以外の非腐植物質が混在している。

土壌有機物から粗大有機物を除いた腐植(腐植物質と非腐植物質)に,アルカリを加えて抽出操作を行なったときに,アルカリに溶け出てくる部分と溶けない部分に分かれる。溶け出た部分に酸を添加すると,さらに,溶けている部分と沈殿する部分に分かれる。このアルカリと酸の両者に溶ける部分が「フルボ酸画分」,アルカリに溶けるが酸に溶けない部分が「腐植酸画分」,アルカリと酸の両者に溶けない部分が「ヒューミン画分」と呼ばれる。

フルボ酸は,カルボキシル基に富んだ腐植物質と,非腐植物質の多糖類,配糖体,フェノール性物質などとの混合物である。フルボ酸は,腐植酸に比べて腐植化度が低く,分子量も小さく,色は腐植酸の黒に対して淡褐色で,水に溶ける。そのためフルボ酸は,土壌中では水の下方移動とともに下層に移動しやすい。フルボ酸は重金属とキレート結合しやすく,金属との複合体として,土壌中を移動しやすい性質を持っている。マリーらは、フルボ酸のそうした性質が作物による重金属吸収促進に影響しているのではないかと、次のような実験を行なったのである。

●マリーらの実験方法

カナダのモントリオール市街地5箇所の野菜栽培地土壌を採取し,篩別して風乾した。これにウェスタンオンタリオ大学の芝生やフラワーガーデンから採取した刈草や剪定枝などから製造した堆肥を,0%,9%,25%混合してポットに充填し,サヤインゲン,レタスとニンジンを播種して人工気象装置内に入れて,汚染されていない空気中で55〜79日間栽培した(土壌には重金属を添加せず)。収穫後に,土壌および作物の可食部組織に含まれる重金属(カドミウム,銅,鉛,亜鉛)濃度を測定した。そして,作物による重金属の吸収のしやすさを,次式の「生物濃縮係数」によって表示した。

生物濃縮係数=【可食部組織中の濃度(mg/kg乾物)】/【土壌中の濃度(mg/kg乾土)】

●未熟堆肥施用による重金属の吸収量増加

一部の土壌で栽培されたレタスとサヤインゲンは,ニンジンを除き,人間の健康に潜在的リスクを与えるほどの高い濃度のカドミウムまたは鉛を含有していた。

堆肥施用については次の結果がえられた。

実験で使用した堆肥の【腐植酸】/【フルボ酸】比の平均値は0.54であった。腐熟した堆肥ではこの比が3.55などの高い値だが,それよりもはるかに低く,フルボ酸の多い未熟な堆肥であった。そして,堆肥のフルボ酸濃度は,5箇所のうちの4箇所の土壌の濃度よりも少なくとも2倍は高く,これらの土壌では堆肥添加によってフルボ酸濃度が25〜50%増加した。他方,堆肥の腐植酸濃度は4箇所の土壌よりも若干低く,このため,堆肥を添加しても,これらの土壌の腐植酸は有意な変化を示さなかった。

作物の種類や土壌の重金属を固定ないし難溶化する能力によって,重金属の蓄積能力は異なる。そのため,堆肥施用を施用した全てのケースで作物の重金属吸収量が増えるとは限らない。しかし,作物3種×土壌5種類×堆肥混合量3段階の45の組み合わせのうち,15のケースで,堆肥施用によって4つの重金属ともに生物濃縮係数が増加した。この堆肥添加にともなう作物による重金属吸収量の増加は,堆肥添加による土壌におけるフルボ酸の増加に起因すると考えられる。

土壌の重金属がフルボ酸のキレート作用で土壌溶液に溶け出た後に,フルボ酸と結合したままになっている重金属は少ない。土壌溶液に溶けている重金属の圧倒的大部分は,通常,遊離のイオン状態であるが,銅だけは遊離のイオン状態に加えて,フルボ酸や腐植酸とゆるく結合した状態のものとしても存在している。

●おわりに

重金属に汚染されていない農村部の土壌に未熟有機物を施用しても,重金属レベルが,市街地の汚染土壌に比べてはるかに低いので,作物が重金属に汚染される危険はないであろう。ただし,未熟有機物を施用した直後には様々な生育障害が起きやすいので,その回避策を講ずることが大切である。そして,重金属で汚染された土壌に未熟有機物を施用すると,作物の重金属吸収量が増えるケースが多いという結果から,やはりきちんと調製した堆肥を使用することの重要性を再認識させる。

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