No.151 イギリスの有機質資材の施用実態

●肥料施用実態調査

 イギリスは,化学肥料を中心に,毎年,イングランド・ウェールズとスコットランド(北アイルランドを除く)における,農家による肥料の使用実態調査を実施している。そのなかで,2003作物年度(2002年秋から2003年秋まで)からは,化学肥料に加えて,家畜ふん尿などの有機物資材の使用実態の調査も行なっている。ただし,調査農場数は多くなく,2009年度で1,373農場であった。2010年3月に,2009年度の肥料使用実態調査結果(DEFRA (2010) The British Survey of Fertiliser Practice. Fertiliser Use on Farm Crops for Crop Year 2009. 87p. )が公表されたが,そのなかの有機質資材の使用実態を記した章(p.69〜83)の概要を紹介する。

●「有機質資材」の意味

 ここで「有機質資材」と訳した原語は,オーガニックマニュア(organic manure)である。この用語の定義をまず説明しておく。

 オーガニックマニュアは,日本語では,しばしば「有機質肥料」とか「きゅう肥」と訳されている。しかし,日本では「肥料取締法」によって,肥料は特殊肥料と普通肥料に区分され,有機質肥料は,普通肥料のなかの油粕粉末などの有機質肥料の意味で,堆肥やきゅう肥は特殊肥料に位置づけられている。このため,オーガニックマニュアを「有機質肥料」と訳すと,日本では普通肥料の有機質肥料と誤解されやすい。

 イギリスは窒素肥料を図1のように分類している(DEFRA (2008) Guidance for Farmers in Nitrate Vulnerable Zones (Leaflet 2)〜Implementing the rules–scope, timing and enforcement.)。

 図から分かるように,オーガニックマニュアには家畜ふん尿由来のものに加え,様々な有機質資材も含まれている。このことから,オーガニックマニュアを「きゅう肥」と訳したのでは範囲が狭すぎる。そして,普通肥料の有機質肥料との混同を回避するためにも,オーガニックマニュアを「有機質資材」と訳すのが妥当であろう。
 なお,図の中の「その他の畜種の固形/わらベースのふん尿資材」の例として,「家畜ふん堆肥」が記されている。この「家畜ふん堆肥」の原語はファームヤードマニュア(farmyard manure)である。日本語ではファームヤードマニュアは家畜ふん尿由来の堆肥とスラリーを合わせた堆きゅう肥と解釈されることも多い。しかし,図1の定義では家畜ふん尿由来のものを,「液状のスラリー」,もともと水分の少ない固形の「家禽ふん」と,「その他の畜種の固形ないしわらをベースにした固形の資材」に分けている。ファームヤードマニュアは,この最後の項の例として示されており,「家畜ふん堆肥」と訳すのが妥当であろう。

●牛スラリーと牛ふん堆肥を最も多く使用

 調査結果によると,2/3の農場が1つ以上の有機質資材を使用している一方,1/3の農場が有機質資材を使用していなかった(表1)。有機質資材で使用量が最も多かったのは,発生量の最も多い牛ふんのスラリーや堆肥で,両者で全体の使用量の約90%を占めた。そして,その他の畜種のスラリーや堆肥の使用量はわずかであった。また,家畜ふんスラリーを嫌気消化して,メタンガスを発生させた残渣が3%を占めていたことが注目される。なお,農場外有機質資材は下水汚泥,製紙廃液や醸造廃棄物の処理物などである。

 使用された総量で最も多かったのは牛ふんスラリーで,全体の47%を占めたが,牛ふんスラリーを使用している農場は全体の17%に過ぎなかった。他方,牛ふん堆肥の総使用量は全体の42%であったが,使用農家は全体の53%に達していた。牛を飼養している農場で,硝酸脆弱地帯内の農場は,「硝酸指令」に基づく還元可能上限量以内に,また硝酸脆弱地帯の外の農場は優良農業規範の還元可能上限以内に,ふん尿還元量を抑えなければならない(環境保全型農業レポート.「No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行」)。これらを超える余剰なふん尿を生産している農場などは,牛ふん堆肥や牛ふんスラリーを農場外に搬出しているはずである。調査結果から,牛生産農場から搬出された牛ふん堆肥の総量は80万トン,牛ふんスラリーは50万m3と推定された。そして,搬出した農場は,牛ふん堆肥を平均612トン(イギリスの平均的値で乾物153トンに相当),牛ふんスラリーを平均1,651 m3(乾物99トンに相当)を搬出したと計算された。ただし,調査を行なったイングランド・ウェールズとスコットランドの牛飼養農場数(牛と作物の複合経営を含む)は合計5.5万なので,牛飼養農場のうち,牛ふん堆肥を搬出した農場は2.3%,牛ふんスラリーを搬出した農場は0.6%と全体のごく一部にすぎなかった。

●スラリーの施用方法

 スラリーを土壌表面に散布したままにしておくと,スラリーからアンモニアが揮散し,アンモニアは大気中で光化学反応によって硝酸に酸化されて,酸性雨の原因にもなる。このため,EUではスラリーからのアンモニア揮散の抑制に取り組んでいる。揮散を防止し,かつ,窒素を作物に有効利用させるためには,スラリーを土壌表面に散布した場合はできるだけ早く土壌に混和し,インジェクターで注入した場合でも土壌を混和する必要がある。

 アンモニア揮散防止のためには,表面散布よりも,注入のほうが確実だが,イギリスでは全面散布(ブロードキャスト)が最も広く採用されている(表2)。そして,散布したスラリーをできるだけ早く混和することが望ましいが,1日後のケースが過半を占め,7日を超えてから混和しているケースも少なくない。意外に遅いケースが多いことが注目された。

●有機質資材の平均施用量

 作目を冬作物,夏作物と牧草に大別して,それぞれの作目への有機質資材の平均施用量がまとめられている(表3)。牛ふん堆肥や牛ふんスラリーは,施用面積と平均施用量とも,牧草にもっとも多く施用されていることから,牛を飼養している農場内で主に利用され,一部が牛を飼養していない耕種農場に搬出されていると考えられる。他方,農場外起源の下水汚泥やその他の資材は,冬播き耕種作物で好まれているようである。

●有機質資材施用にともなう化学肥料の減肥

 イングランド・ウェールズでは「2008年硝酸汚染防止規則」(環境保全型農業レポート.「No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行」)によって,作物の種類ごとに化学肥料と有機質資材から供給される可給態窒素量の上限値が定められている。その値は収量レベルや土壌条件などによって異なるが,有機質資材を施用した場合には,化学肥料窒素を減らす必要があり,窒素に加えて,リン酸やカリも減らすことが必要になる。

 また,「2008年硝酸汚染防止規則」では2012年1月1日以前に施用する資材については,牛ふんスラリーと家畜ふん堆肥から,栽培期間中に可給化される窒素量は,全窒素量のそれぞれ20%と10%と規定している。

 今回の調査結果として,主要作物について,有機質資材施用の有無による化学肥料成分の施用量の違いがまとめられている(表4)。牛ふんスラリーや牛ふん堆肥の平均施用量は25 t/m3/ha前後(表3)だが,このなかの標準的な全窒素量は,牛ふんスラリーで67.5 kg,牛ふん堆肥で150 kgとなり,その標準的な可給態窒素量は,それぞれ13.5 kgと15 kgとなる。

 表4をみると,有機質資材施用のないときの化学肥料窒素の施用量は「2008年硝酸汚染防止規則」の施用上限値未満であり,有機質資材施用時の化学肥料窒素施用量に有機質資材からの平均的な可給態窒素量を加算しても,上限値には達しないので,平均値でみる限り,法律は遵守されていると理解できる。

 牛ふんスラリーや牛ふん堆肥を施用した場合には,平均で化学肥料窒素の施用量が13.5〜15 kg/ha程度減肥されてよいはずである。表4の多くの作物ではこの程度の減肥はなされており,ジャガイモでは30 kg/haもの減肥がなされていた。ただし,調査事例が少ないので,一般的というには不確かだが,家畜用インゲン類では有機質資材を施用した場合のほうが化学肥料窒素の施用量がかえって増えていた。

 リン酸やカリも多くの場合,有機質資材を施用した場合には,減肥されていた。しかし,春播オオムギでは,有機質資材施用圃場で無施用圃場よりもリン酸施用量が多かった。リン酸については,イングランドでは法律で規制していないが,過剰なリン酸の施用の抑制を優良農業規範で指導している。その点からすると,調査事例の少ないインゲン類と異なって,春播オオムギの調査事例数はそれなりにある。

 報告書は,「調査では有機質資材施用にともなって化学肥料施用量を変えているかの理由を収集していない。圃場によっては養分状態を望ましいものにするように管理されていて,特定の養分を通常よりも多くまたは少なく施用するといった戦略がとられている可能性が考えられる。調査事例が少ない場合には,そうした戦略が全体像にバイアスを与えることになる。」と記述している。つまり,リン酸レベルが低く,意識的にリン酸レベルを高くするようにしている圃場がいくつか含まれているために,こうしたイレギュラーが起きていると解釈している。イギリスでは,最近,有機質資材を施用したときに,化学肥料投入量を調節するように農業者に対してくり返し広報している。そうした状況下で有機質資材施用した方が,化学肥料成分施用量が多いというのでは,当局は困るので,こうした無理な解釈をしているのであろう。

●施肥機の調節

 施肥機からの肥料の落下量をきちんとチェックして調節することが,適正な施肥管理に不可欠である。2009年度において,年1回は,受け皿を使って落下する肥料量を確認した農業者が36%,これよりも高頻度でチェックした者は15%,5%は肥料を変えるたびに行なっていた。他方,30%の農業者は散布機の精度チェックを一度も行なっていなかった。

●施肥記録の保持

 「2008年硝酸汚染防止規則」で,施肥記録をつけて保持することが規定されている。化学肥料と有機質資材について,施肥記録の保持の仕方を調べた結果によると,化学肥料では95%の農業者が記録保持を行なっているが,有機質資材では無回答と「記録保持せず」をあわせると,30%近くに達し,記録保持率は化学肥料よりも低かった(表5)。

 記録の付け方は紙への記帳が主力で,コンピュータ利用はまだ高くなかった。

●終わりに

 イギリスでは環境保全を配慮した施肥を強力に推進している。そうした状況下で農業者は規定されたことをどの程度遵守しているのかが,気になっていた。この調査報告書から,平均値でみた範囲では,農業者は全体として規定を遵守しているものの,まだ改善すべき余地があることがうかがえた。