No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行

〜硝酸脆弱地帯では施肥計画作成を義務化〜

●規制強化の経緯

 EU(欧州連合)は農業に起因した水の硝酸汚染の防止を図る硝酸指令を施行しているが,イングランドの対応は硝酸指令に照らして不十分であった。このため,硝酸指令に即して自国の農業に起因した硝酸汚染防止を図る法律を強化する方針を2008年7月に決定した。その概要は環境保全型農業レポート「No.110 イギリス(イングランド)が自国の硝酸指令を強化」に紹介してある。その後,イングランドでは「2008年硝酸汚染防止規則」(The Nitrate Pollution Prevention Regulations 2008) が2008年9月に国会に上程されて承認され,2009年1月1日から施行された(一部の施行は2012年1月1日)。

●農場が硝酸脆弱地帯に入ることへの農場主の異議受付

 硝酸汚染防止規則で硝酸脆弱地帯に指定される地域は,50 mg/Lを超える硝酸(NO3)を含有するか,アオコが繁茂して富栄養化しているか,または規則が適用されないとそうなる恐れが高い地下水や河川,湖沼,水路などの淡水の表流水(汚染水)に,表面流去や地下浸透によって排水している集水域であり,環境・食料・農村問題担当大臣によって指定される。

 既に,硝酸脆弱地帯をイングランド国土の現在55%から70%に拡大した硝酸脆弱地帯のマップが公表されている。マップは,水質汚染の実測結果と地形データによるコンピュータシミュレーションで計算されている。しかし,個々の農場のなかにはシミュレーションで作成されたマップで,自分の農場が硝酸脆弱地帯にあるとされていても,当該農場は大臣が確認した汚染水には排水しておらず,汚染水でない水に排水しているなら,硝酸汚染防止規則の規制を受けないですむ。このため,自分の農場を硝酸脆弱地帯から外すべきだとの異議を有する者は,主張を裏付ける証拠文書を異議審査パネルに提出できる。異議提出の締め切りは当初2009年1月31日とされたが,異議が多いためか,締め切り日が2009年3月10日に延長された。

●窒素施用計画の策定

 環境保全型農業レポートNo.110に紹介したように,従来は硝酸脆弱地帯の農場に家畜ふん尿還元量などの上限を課していたとはいえ,砂質土壌や浅い土壌の農場に課すだけで,規制対象外の農場が多かった。今回の法律改正によって,硝酸脆弱地帯内の全ての農場の草地を含む全農地について,家畜ふん尿窒素の還元量を利用農地面積当たり年間170 kg/ha(放牧中に排泄されたふん尿を含む)を上限とする規制が一律に課せられた。

 家畜の排泄窒素量は,同法の付表にある1頭・1日当たりの排泄窒素量の標準値を用いて計算する。日本よりも畜種,体重などによる家畜の区分が細かい。ちなみに,年間170 kg/haのふん尿窒素量の制限下で,1 haで飼養できる家畜頭数は,乳量9,000リットルを超える乳牛で1.5頭,乳量6,000リットル未満の乳牛で2.2頭,13から25か月の肥育肉牛で3.4頭などとなる。

 そして,家畜ふん尿を含む各種有機質資材由来窒素の施用総量が,年間250 kg/haを超えないことが課せられた。

 主要な作目については,化学肥料と家畜ふん尿から作物に供給される可給態窒素の総量に上限が設定された(表1)。化学肥料では全窒素の100 %が可給態窒素だが,家畜ふん尿の可給態窒素は標準値を使用して計算する(表2)。

 こうした窒素含有資材の施用量制限の下で,農業者には最適窒素施用量を計算することが義務づけられている。そのために,施肥標準(DEFRA (2000) Fertiliser recommendations for agricultural and horticultural crops (RB209): Seventh edition )にある標準値を参考にして,土壌の供給窒素量の概算値を計算する。すなわち,イングランドの施肥標準では土壌のタイプと土壌窒素供給量に応じて,標準的収穫量を上げるための窒素施用量(最適窒素施用量)がまとめられている。この最適窒素施用量は,化学肥料,家畜ふん尿,その他の有機質資材から供給される可給態窒素量であり,各資材からの可給態窒素量を計算して施用する。土壌窒素供給量が多い土壌であれば,施肥標準にある最適窒素量は表1の上限値よりも当然少なくなるが,施用すべきは上限値でなく,最適窒素量である。詳しい計算方法は省略するが,硝酸脆弱地帯の農業者用の9冊の具体的な冊子を参照されたい。

 これらのことを踏まえて,圃場・作物の種類別に硝酸脆弱地帯内の農業者は施肥計画を作成し,計画作成過程が分かるように記録を作成し,実際の施肥行為も記録することが義務づけられている。

●含窒素資材の施用の仕方

 化学肥料や有機質資材といった含窒素資材の施用の仕方については,さらにいろいろな規制が設けられている。

 (1) 農場内の河川や湖沼などの表流水と,それから10 m以内の農地に家畜ふん尿などの有機質資材を施用してはならず,2 m以内の農地に化学肥料窒素を施用してはならない。

 (2) ただし,スラリーと家禽ふんを除く固形の家畜ふんとその堆肥は,承認を受けた渉水鳥の繁殖用に管理された農地または種の豊富な半自然草地に,6月1日から10月31日までの間に散布する場合,および年間の散布総量が12.5トン/haを超えない場合には,表流水から10 m以内の農地に施用しても良い。

 (3) ボーリング孔,泉,井戸と,それらから50 m以内の農地に有機質資材を施用してはならない。

 (4) 表面流去水が表流水に流入するリスクの高いその他の農地(12度を超える傾斜農地,明渠排水路の存在する農地,24時間以内に12時間以上にわたって湛水・冠水・積雪・凍結していた土壌)や雨天などの天候不順の日に,有機質資材を施用してはならない。

 (5) スラリーは,散布軌跡が地面から4 m未満の低い装置を使用して散布し,できるだけ正確な量を散布しなければならない。

 (6) スラリー,液体消化汚泥,家禽ふんは,散布後24時間以内に土壌に混和しなければならない。

 (7) その他の有機質資材(砂質土壌表面にマルチとして施用した有機質資材を除く)でも,表流水から50 m以内の農地で,表面流去水が当該表流水に流入する可能性がある場合には,遅くとも24時間以内に土壌に混和しなければならない。

 (8) 有機質資材のなかで高可給態窒素有機質資材,つまり,資材の全窒素の30%以上が,当初から可給態窒素か,施用後1年以内に可給態窒素として放出される,牛や豚のスラリー,家禽ふん,液体消化汚泥などの有機質資材と,化学肥料については,作物の生育が旺盛でなく,窒素の吸収が活発でない期間に施用してはならない(表3)。

 (9) ただし,作物を9月15日までに播種する場合には,8月1日から9月15日までの間に,高可給態窒素有機質資材を砂土または浅い土壌の耕耘農地に散布して良い。

 (10) 正規に登録した有機栽培農業者は,表4の作物には,有機質資材を表に示された窒素量の範囲で,また,認定を受けた施肥アドバイザーメンバーの作成した処方箋にしたがう場合は,他の作物でも処方箋に示された量を,散布禁止期間内であっても,禁止期間の開始日から2月末日までにヘクタール当たり全窒素で150 kgを超えない範囲で施用できる。

 (11) 化学肥料窒素については,原則として表3に示された期間の施用を禁止するが,表4の作物については,表に示された量の範囲で施用することができる。

●有機質資材の貯留

 家畜ふん尿などの有機質資材は,下記のように貯留しなければならない。

 (1) 家畜を飼養している農場は,貯留期間(豚と家禽では10月1日から4月1日まで,その他の家畜では10月1日から3月1日までの期間)に生産された全てのスラリーと家禽ふんを十分貯留できるようにしなければならない。

 (2) スラリー貯留槽は,ふん尿に加えて,貯留期間中に槽内に流入する降雨,洗浄水,その他の液体を貯留する容量を有していなければならない。

 (3) スラリーの固液分離は,機械で行うか,液体画分を受容する槽を備えた不浸透性盤で行なわなければならない。

 (4) スラリーを除く,固体の有機質資材または家畜ふん尿の付着した敷料は,(a)容器内,(b)覆いのある建築物内,(c)不浸透性の盤上に貯留し,(d)崩れずに堆積できて液体を排出しない固形堆肥は圃場内の一時的(野積み)サイトに,貯留しなければならない。

 (5) 圃場内の一時的サイトは,(a)冠水や湛水を受けやすい圃場,(b)泉,井戸やボーリング孔から50 m以内,表流水または農地排水路(不浸透性パイプ暗渠以外の)から10 m以内に設けてはならず,(c)一つの位置に連続12か月を超えて貯留したり,(d)過去2年以内に貯留したのと同じ場所に貯留したりしてはならない。また,敷料を混入していない固形家禽ふんを圃場内の一時的サイトに貯留する場合は,不浸透性素材で被覆しなければならない。

 (6) 農場外に搬出するスラリーまたは家禽ふんについては貯留施設は必要ない。また,散布の許された期間内に表面流去リスクの低い農地に散布するものについては,散布できない気象条件などの事態に備えて1週間分の貯留施設を用意しておかなければならない。

●記録作成義務

 様々な事項について記録を作成しておくことが義務づけられている。その主要なものを下記に記す。

 農場の概要 圃場面積,リスクマップ(表流水の位置とそれから10 m以内の農地,ボーリング孔・泉・井戸の位置とそれらから50 m以内の農地,傾斜12度を超える農地,砂質土壌と浅い土壌の位置と面積,農地排水路の位置,家畜ふん堆肥を一時的に野積みで貯留するのに適した場所の位置,表面流去リスクの低い農地の場所と面積など)の記録。

 家畜関係 飼養頭羽数と農場に滞在した日数,家畜の排泄したふん尿量,購入・搬出したふん尿量,必要なふん尿貯留容量,これらの計算に使用した論拠やソフトと最終数値に到達した計算経過,ふん尿のサンプリングと分析の記録(使用した標準的表やラボの報告書など)。

 作物栽培関係 栽培作物の種類,播種・定植した期日,栽培した圃場と面積,圃場の土壌タイプ,前作作物の種類,予想収量,土壌窒素供給量と窒素の最適施用量,施用した化学肥料と有機質資材の種類・量・施用日時・全窒素含有率・可給態窒素量・施用の方法,などの記録。

●日本との比較

 日本では「家畜排泄物処理法」でスラリーの貯留や家畜ふん堆肥の製造を,雨水を遮断する覆いのある不浸透性の素材で作った施設で行なうことが義務づけられている。しかし,スラリーや家畜ふん堆肥の農地への施用量,施用時期,施用方法などについては,水質汚濁防止の規制を受けるような表流水への直接投入や,悪臭防止法の規制を受けるような悪臭をまき散らす方法での散布でない限り,何らの規制もない。

 また,施肥について都道府県が施肥基準(施肥標準)を作成しているが,この基準は農業改良普及センターが農業者を指導する際のガイドラインとして使用されているものの,法的拘束力は全く持っておらず,施肥基準を超える過剰施肥が日常化している。

 こうした日本に比べると,イングランドの法的規制は他のEU国と同様に,環境を保全する観点から具体的規制を行なって厳しくなった。日本でも畜産地帯,集約的な畑作,野菜作,果樹作,花き作の地帯では,水質汚染が深刻なところが少なくない。このため,簡単なチェックしか行なわない基礎GAP(環境保全型農業レポート「No.81 農林水産省が基礎GAPを公表」)の段階から,EUのように,汚染の深刻な地帯とそうでない地帯を区分し,汚染の深刻な地帯の農業者に対しては具体的な対応策を提示して,それを遵守する農業者にクロス・コンプライアンスの形で所得補償をする制度を開始することが必要であろう。