No.150 EUの第4回硝酸指令実施報告書

●経緯

 EUは,農業から排出された硝酸による地下水および表流水(河川,湖沼や河口)の汚染を削減・防止するために,1991年に「硝酸指令」(「農業起源の硝酸による汚染からの水系の保護に関する閣僚理事会指令(91/676/EEC)」)を公布した。この法律によって,加盟国は,硝酸指令に規定された条項の実施状況を4年ごとに欧州委員会に報告し,欧州委員会はそれらをまとめた欧州議会と閣僚理事会に提出することが規定されている。

 これまでに,欧州委員会は,第1回(1992〜1995年),第2回(1996〜1999年),第3回(2000〜2003年)の実施報告書を公表しているが(環境保全型農業レポート.「No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書」),第4回報告書(2004〜2007年)を2010年2月に公表した(European Commission (2010) Report from the commission to the Council and the European Parliament〜On implementation of Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources based on Member State reports for the period 2004-2007. COM(2010)47 final. 11p. )。報告書には関係データやマップをまとめた文書が付随している(European Commission (2010) Commission Staff Working Document〜On implementation of Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources based on Member State reports for the period 2004-2007. Accompanying document to the Report from the Commission to the Council and the European Parliament {COM(2010) 47} SEC(2010) 118 final. 41p.)。

 第4回報告書の概要を紹介する。

 EUは,2004年にそれまでの15か国に10か国が加わって25か国となり,2007年にルーマニアとブルガリアの2か国が加盟して27か国となっている。2004〜2007年を対象にした今回の実施報告書は,ルーマニアとブルガリアに報告義務がないものの,これら2か国も報告書を提出しており,第4回報告書は27か国を対象にしたものとなっている。

 なお,前回の報告書発表後にEUに加わった12の新加盟国も,モニタリングネットワークを整備し,硝酸脆弱地帯を指定し,行動計画を策定し終えている。

●地下水と表流水の硝酸濃度は安定ないし減少傾向

A.地下水

 2004〜07年におけるEU(27)の地下水の硝酸濃度は,モニタリングステーションの約66%で25 mg/L未満だったが,13%で25〜40 mg,6%で40〜50 mg/L,15%で50 mg/Lを超えていた。高濃度(40 mg NO3/L超)のステーションが集中していた地域は,エストニアの一部,オランダの南東部,ベルギーのフランダース地方,イングランド中央部,フランスのいくつかの地域,イタリア北部,スペイン北西部,スロバキアの南東部,ルーマニア南部,マルタ,キプロスで,地中海沿岸の多くのステーションも比較的高い値を示した。

 2000〜2003年の前回実施報告書のあるEU15か国について,前回実施報告書と比較すると,地下水の硝酸濃度は,モニタリングステーションの66%で安定ないし減少を示した。しかし,一方で,地下水のモニタリングステーションの34%が硝酸汚染の増加を示し,ベルギー,フランス,スペイン,ポルトガル,ドイツ,アイルランド,イタリア,イギリスでは,ステーションの30%超が増加傾向を示した。とはいえ,アイルランドを除き,これらの加盟国では,水質が改善したステーションの割合のほうが,安定か増加傾向の割合よりも高かった。

 地下水の硝酸濃度が閾値の50 mg NO3/Lを超えたステーションは,EU(15)の17%であった(国別割合は図1参照)。この強く汚染されたステーションの割合が増えたのは,ベルギー,デンマーク,ギリシャ,スペイン,フランス,アイルランド,イタリア,オランダとイギリスで,他方,減少したのは,オーストリア,ドイツ,フィンランド,ルクセンブルクとポルトガルであった。

 深さ5〜15 mの浅層地下水に硝酸濃度の高いケースが最も多く分布していた。

B.表流水

 EU(27)の淡水表流水の硝酸濃度は,モニタリングステーションのうち,2 mg/L未満が21%,2〜10 mg/Lが37%,40〜50 mg/Lが3%,50 mg/L超が3%であった。2 mg/L未満のシェアが最も高かった国は,スウェーデン97%,ブルガリア76%,フィンランド59%,ポルトガル50%で,50 mg/L超のシェアが高かった国は,マルタ43%,ベルギー10%,イギリス7%であった。そして,40 mg/L超のシェアのステーションが集中していた地域は,イギリスのイングランド,ベルギーのフランダース,フランスのブルターニュであった。プランクトンの発生などでみた富栄養化状態は,モニタリングしたステーションの33%で,富栄養ないし超富栄養となっていた。

 EU(15)では,硝酸濃度が,2 mg/L未満24%,2〜10 mg/L30% ,40〜50 mg/L4%,50 mg/L超4%であった(図2)。そして,前回報告と比べて,表流水の硝酸濃度は,ステーションの70%で安定または減少していた。こうした結果から,農業が表流水への窒素負荷になお大きく寄与しているものの,表流水の硝酸汚染に対する農業の圧力は多くの加盟国で減少してきているといえる。

●硝酸脆弱地帯の指定

 硝酸指令は,硝酸汚染や富栄養化が起きている,または,その危険のある水系の集水域を硝酸脆弱地帯として指定(国土全体を指定することもできる)し,地帯内の農業者には硝酸汚染を起こさない農業規範である行動計画を遵守することを義務として課している。

 硝酸指令施行の初期には,硝酸脆弱地帯の指定を期限までに行なわなかったり,不十分な指定しか行なわなかったりした加盟国も少なくなかった。しかし,指定はかなり改善し,前回報告期間に比べて,硝酸脆弱地帯の面積はEU(15)で増加した。EU(15)では指定された面積は国土の43.7%から44.6%に増加し,EU(27)全体では,国土全体に行動計画を適用している加盟国を含め,国土の39.6%が指定されている(表1)。しかし,欧州委員会は,水質データをチェックし,旧来からのEU(15)と新加盟国のEU(12)の双方で,いくつかの地域では,硝酸指令で規定された基準に従えば,さらに指定地域を増やす必要のある地域がいくつか存在することを指摘している。

●行動計画

 EU(15)では,前回報告期間と比べて行動計画の質がさらに改善された。しかし,まだ違法な手続がなされているケースも少なくない。全ての新加盟国は行動計画を策定したが,いくつかの行動計画は硝酸指令の要件を完全に遵守するためにはさらなる改善が必要であり,特に家畜ふん尿貯留施設の建設,施肥の改善,家畜ふん尿や肥料の農地施用を禁止する期間の設定に関連した条項で改善が必要であることを指摘している。そして,行動計画の効果的な実施を確保するためには,農業者への情報提供とトレーニングが必要なことを指摘している。

●今後の課題

 硝酸指令は,EUの環境保全に関する他の法律とも密接に関係している。一つは「水枠組指令」である。つまり,表流水,地下水,沿岸水などの水系の汚染については,どこの国も汚染原因物質や地域別に汚染防止の法律を作って,水質改善を図ってきている。しかし,EUは,さらなる改善を図るには,集水域単位に全ての水系や汚染原因に対して,包括的な取組を行なうことが必要だとして,2000年に「水枠組指令」を施行している(環境保全型農業レポート.「No.34 欧州の水系汚染対策」)。また,EUはアンモニア,二酸化イオウなど,国境を越えて長距離移動して酸性雨などの被害を起こす大気汚染物質の排出上限量を定めた「国別排出上限指令」を施行している。

 こうした関連する法律を正しく施行するには,窒素サイクル全体を考慮して総合的アプローチが必要であり,国およびヨーロッパレベルの双方での科学界からの適切かつ不断の支援が必要になろう。