No.41 長崎県版GAP(適正農業規範)

環境保全・食品安全性・健康を結合

●経緯

 農林水産省は『環境と調和のとれた農業生産活動規範』(環境保全型農業レポート.No.12. )と『食品安全のためのGAP』を別個に定めている。これに対して,長崎県は食の安全と環境の安全を結合させる観点に立った「人と環境にやさしい長崎県農林漁業推進条例」を2004年4月1日から施行している(環境保全型農業レポート:2004年10月22日号)。長崎県は,この条例を具体化する方策の一つとして,「長崎県適正農業規範(GAP)推進協議会」を設置して検討を重ね,環境の保全と食品の安全性確保の両者を結合させた『長崎県版GAP(適正農業規範)』を2006年2月15日に策定した。

●長崎県版GAPの基本的な考え方

 長崎県版GAPは次のような考え方に基づいて作成されている。

(1)長崎県はこれまでに,環境保全型農業,持続的農業,長崎県特別栽培農産物,有機農産物,生産履歴記帳・トレーサビリティ運動,残留農薬対策,農業者・消費者の健康増進,農村の景観向上,農作業安全運動等を別個に推進してきた。今後はこれらの農業による環境の保全,食品の安全性確保と生産者・消費者の健康の維持増進に関する取組の共通基盤として長崎県版GAPを位置づける。そして,長崎県版GAPを「人と環境にやさしい長崎県農林漁業推進条例」の具体的な取組の一部に位置づける。

(2)問題発生を未然に防ぐためのしくみ(リスク管理方式)を導入し,関係法令・条例の遵守を重視したものにする。

(3)長崎県版GAPを県下に一律に適用するのではなく,長崎県版GAP指針と長崎版GAPチェックシートを参考に,農業者,生産団体等が,必要な追加や削除等を行い,それぞれの地域や団体の実情に合った主体的なGAPを作成する。

(4)長崎県版GAPの認証,登録,確認等の制度化は,その是非を含めて今後検討する。

(5)県の「適正農業規範(GAP)推進協議会」が中心になって,既存の市町「環境保全型農業推進協議会」あるいは新規に設置する市町「適正農業規範(GAP)推進協議会」等の組織が核になって,市町,農業団体,県機関,販売流通者,消費者と協力して,長崎県版GAPを推進する。

(6)国は農業環境規範の実践を一部の交付金事業の要件にするとしているが,長崎県版GAPの実践を農業環境規範の実践とみなすものとする。また,県が助成する整備事業・推進事業は必要性の高いものから施行するが,その際,長崎県版GAPとの整合性を図ることとする。

(7)実践記録は自己確認が基本であり,農業者が自ら点検・検証する。ただし,所属する団体単位による監査によってチェック機能を向上させ,さらに,第三者による監査などによって信頼性を担保することが望まれる。

●長崎県版GAP指針

 長崎県版GAP(適正農業規範)は,「推進方針」,「指針」および「チェックシート」の3つの部分からなるが,GAPの内容は「長崎県版GAP(適正農業規範)指針」に記載されている。「指針」は事実上作物生産を対象にして,家畜生産を対象にしているとは思えない。その中の「5.栽培前における管理」から「9.文書管理」で,作物生産に関して次の重要性を指摘している。

○「5.栽培前における管理」

圃場やハウスの台帳整備,農業機械・機具の台帳整備,栽培計画の作成,灌漑水と収穫物洗浄水の区別,貯水設備・配管の維持など。

○「6.栽培期間における管理」

種苗の記録,育苗記録,土壌診断や堆肥の施用(成分調整型堆肥の研究進展も記載),肥料・堆肥の品質表示の確認,購入・施用記録,IPMによる防除計画の策定,農薬の選定,撒布,保管の記録,生産管理履歴に必要なそのほかの事項の記帳と保管など。

○「7.収穫・調整・出荷時における管理」

 取引先に応じて適切な品質の出荷,収穫・出荷過程における衛生・品質リスクの最小化,集出荷・選果選別施設における衛生管理など。

○「8.継続的改善」

年1回以上の実施状況の点検,見直し事項の整理,そのための計画づくりの「PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクル」の実践など。

○「9.文書管理」

 組織体制・ルール・手順・実践過程の文書化,各種記録の作成・保存など。

 チェックシートはこれらの事項を実施したかを確認するためのものだが,初心者用と達人用とが用意されている。公表されているのは初心者用で(達人用は準備中),簡単なものだが,チェック項目は農林水産省の『環境と調和のとれた農業生産活動規範』よりは広い行為を対象にしている。

●期待される今後の展開

 長崎県版GAPは,環境保全・食品の安全性・健康を結合させた農業を展開することを意図したもので画期的な試みである。『環境と調和のとれた農業生産活動規範』,『食品安全のためのGAP』,ISOのマネジメントシステムなどを踏まえて,あるべき規範の骨格を描いたもので,まだ十分具体的なものになっているとはいえない。具体化は農業者団体などが行うことになろうが,その参考になるような具体例を示すことが望まれる。農業者が実践しやすいようにするには,どのように具体化するのが良いのか。イギリスの規範のようにマニュアル的内容も同時に掲載したり,具体的技術については別個に解説書をつくったりする方策も考えられる。原則的な注意事項の指摘に終わらずに,具体的対処方法を解説することが必要である。

 そして,何よりも大切なのは農業者が長崎県版GAPを実施しようとする動機付けであろう。国や県の補助金を受けるために最低のことだけを行おうということになってしまうと,形式だけのものになる危険がある。GAPを実践したら,地域環境が改善され,より安全で高品質な農産物を生産できて,地域住民から喜ばれ,かつ農産物を買ってもらえるという効果が目に見えるようになることが何よりも大切だろう。そのために,どのような工夫をしたら良いのか。長崎県におけるGAPの今後の発展を注視しながら期待したい。