ルーラル電子図書館トップ >> 「農業技術」コーナー >> 西尾道徳「環境保全型農業レポート」

西尾道徳「環境保全型農業レポート」

◆2004年10月22日号記事一覧

  1. 新たな食料・農業・農村基本計画における農業生産環境施策の方向
  2. ダイオキシンの汚染源は除草剤か焼却炉か?
  3. 「群馬県における農薬の適正な販売,使用及び管理に関する条例」と「人と環境にやさしい長崎県農林漁業推進条例」


1.新たな食料・農業・農村基本計画における農業生産環境施策の方向

食料・農業・農村基本法に基づいて,おおむね5年ごとに農業政策の重点的方針(食料・農業・農村基本計画)が食料・農業・農村政策審議会によって策定されることになっている.現行の食料・農業・農村基本計画は2000〜2004年のものであり,2005年からの新たな基本計画が食料・農業・農村政策審議会で検討されている.2004年8月に新基本計画策定のための基本路線を示す「中間論点整理」が公表された。

●中間論点整理が重視した諸点

 中間論点整理が最も重視しているのは,農業基本法農政で解決できなかった農業の構造改革である。規模の大きな「効率的かつ安定的な経営体」が農業生産の相当部分を担い,これが核となって兼業農家や高齢農家と役割分担をして合意形成を図りながら,グローバル化の中で国際競争力を強化しつつ,地域農業の再編に取り組むことを最重要課題にしている。そして,地域農業の再編に取り組む際に,
(1)農業者や地域が主体性や創意工夫を発揮すること,
(2)食の安全・安心を一層担保しつつ消費者の多様なニーズに応えること,
(3)農業の持つ多面的機能を発揮し,環境保全を重視すること,
 などをうたっている。こうした基本的考え方に立って,担い手である「効率的かつ安定的な経営体」とそれを目指す経営体を助成することを施策の中心に置いている。このため,幅広い農業者を助成してきたこれまでの価格保証政策から,認定農業者制度などで認められた担い手を強く支援する政策に転換するとしている。

●環境保全にかかわる施策〜EUとわが国の考え方の違い

 こうした施策の中で,農業における環境保全にかかわる施策はどのように位置づけられているのであろうか。
 環境保全を図る農業を助成する政府の補助金は,WTO農業協定で削減対象から除外されている。EUはこれをフルに活用した政策を展開している。すなわち,環境保全を図るために農業者が守るべき優良農業行為規範を定めている。規範を守ることは農業者の義務で,農業者にそのための補助金は支給しないし,規範を守らない農業者には法律に基づいて罰金や罰則を課している。しかし,規範で定められた水準よりも環境を良くしたり,負荷を少なくしたりする農業生産には,それによって生ずる経済的損失に直接支払の形で補助金を支給している。
 これに対して中間論点整理は,EUの直接支払では支払のベースを過去の生産実績に置いているため,現状の生産構造を固定化することになりかねない。構造改革を目指す日本で直接支払を導入するなら,構造改革を可能にする「日本型直接支払」を導入することが必要であるとしている。
 また,「中間論点整理」では,『環境に与える負荷を低減させる取組は,特別の農産物を生産する高付加価値型農業であり,支援の必要性が乏しいと認識されがちであるが,………この取組が広範に普及するにつれて,生産される農産物の付加価値の低下が避けられないこと等を国民に説明していく必要がある。』と記している。

●中間論点整理がはらんでいる問題点

 中間論点整理はまだ結論ではなく,最終の基本計画を策定するための基本路線を示したものだが,農業生産環境政策について,いくつかの問題点を有している。
 第一は,中間論点整理は明確に記載していないが,構造改革を可能にする「日本型直接支払」とは,担い手により多く支払を行えるようにするという意味にも理解されかねない点である。
 効率の高い農業生産はこれまで環境に負荷をかけ,多面的機能を低下させるケースが多かった。EUでも,効率の高い農業生産は,優良農業行為規範を守ることを要件にして行われており,優良農業行為規範を守ることには何らの補助金も支給していない。補助金を支給している主対象は,規範以上に環境にやさしい農業を行う規模の小さな経営体である。したがって,規模の大きな担い手が核となって兼業農家や高齢農家と役割分担をして地域農業を再編しようとするなら,規模の大きな担い手には最低でも規範を守ることを課し,それには特別の場合を除き補助金を支給しない。規範以上に環境にやさしい農業を行って補助金を受ける主対象は,むしろ兼業農家や高齢農家になるはずだと考えられる。
 中間論点整理のいう『環境に与える負荷を低減させる取組』とは,有機農業や特別栽培制度などをさしているのであろうが,これらも付加価値農業というのではなく,環境を守ることを第一の条件にして位置づけし直すべきである。
 中間論点整理は,農業生産環境政策について,次の当面の行動を提起している。
(1)農業者が最低限取り組むべき規範(優良農業行為規範)を2004年度中に有識者の意見を踏まえて策定するとともに,2005年度以降,その規範の実践を各種支援策のうち可能なものから要件化していく。
(2)環境保全への取組が特に強く要請されている地域において,農業生産活動に伴う環境への負荷の大幅な低減を図るためのモデル的な取組を導入するが,モデル的な取組に対する支援を円滑に導入するために,2005年度から環境負荷の低減効果に関する評価・検証手法等を確立するための調査に着手する。そして,このモデル的な取組に対する支援の具体的手法,支援対象地域等については,調査の結果を踏まえて検討する。
 上記2点のうち,第一の点について早速,農林水産省は検討を始めている。
 一方,環境省は1999〜2003年度に硝酸性窒素総合対策推進事業を実施し,地下水を水道水源にしていて,地下水が硝酸性窒素で汚染されている地域を選定して,当該地域に設置された連絡調整会議が汚染の実態や対策を検討した結果を,「硝酸性窒素による地下水汚染対策事例集」として2004年8月に公表した(環境保全型農業レポートNo.3)。これを発展させた「硝酸性窒素重点地域対策モデル事業」を2005〜07年度に実施するために予算要求を行っている(要求額2100万円)。
 この事業では,硝酸性窒素が環境基準を大きく超過し,かつ,飲用水源の地下水への依存度の高い地域をモデル地域として選び,関係省庁と連携を図りながら,上水道への早期転換,恒久的な窒素負荷低減対策(施肥対策,生活排水対策,家畜排泄物対策等),浄化対策など,硝酸性窒素対策を重点的に実施するための制度的な仕組(地域を指定する制度,対策実施の仕組み)を検討することを目的にしている。したがって,農林水産省も環境省などの動きとの関係もあって,いよいよ地下水の硝酸性窒素汚染に本格的に取り組むことが必要になってきたといえよう。

  硝酸態窒素診断に関連した『農業技術大系』の記事を検索するにはこちら →


2.ダイオキシンの汚染源は除草剤か焼却炉か?

●ダイオキシンの汚染源はどこか?

 1999年2月の埼玉県所沢産野菜のダイオキシン類汚染報道などが契機になって,農業でもダイオキシン汚染が関心を集めた。ダイオキシン類の主要な排出源は一般に焼却施設であると理解されている。環境省は1997年以降,我が国におけるダイオキシン類の排出目録を調査しているが,それを見る限り,やはり焼却施設が圧倒的大部分を占めている(表)。このため,1999年に公布されたダイオキシン類対策特別措置法によって,焼却施設からの排出が重点的に抑制され,ダイオキシン類の排出が急激に減少した。

 * 毒性等価量  ** 焼却施設は,一般・産業廃棄物焼却施設と小型廃棄物焼却炉を合わせた値  環境省 (2003) ダイオキシン類の排出量の目録 から作表

 しかし,このダイオキシン類の排出目録に早くから疑問を出していた人がいる。当時,横浜国立大学の教授であった中西準子氏である(現在,産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センター長)。
 その疑問の発端は次の事実である。すなわち,
(1)内陸の焼却施設周辺の人達の食べ物を通したダイオキシン類の摂取量を調べても,一般の人達とさほど変わらなかった。
(2)だが,ダイオキシン類の摂取量の異常に多い人達がいた。それは魚介類を多量に摂取している人達であった。
 その理由として,中西氏は,ダイオキシン類を不純物として含有する農薬が日本で多量に散布された結果,それが農地から流出して,河川をへて海底に溜まり,魚介類に濃縮されたためと推定した。そして,最も重要な汚染源であるダイオキシン類を混入した農薬を排出目録で扱わずに何の手も打たず,800℃以下の焼却施設の閉鎖・建て替え・焼却灰の処分に莫大な金をかける愚を指摘した。こうした見解を,中西氏は「環境ホルモンの空騒ぎ」と題して新潮45(1998年12月号)に発表された(同氏の原稿はhttp://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/45draft.htmlで読むことができる)。

●農薬に混入していたダイオキシン類

 除草剤の2,4,5-Tはダイオキシン類を含み,ベトナム戦争で枯葉剤として使用されて,子供達に奇形を起こしたことは有名である。この外にもその後,除草剤のPCP,CNPや殺菌剤のPCNBに製造過程でダイオキシン類が副次的に生成・混入していたことが判明したり,疑念がもたれたりしていた。日本では,かなりの量のPCPが1960年代に水田用の主力除草剤として使用された。しかし,強い魚毒性のために使用禁止になり,それに代わってCNPが1994年まで製造・販売され,一時は除草剤原体生産量の40%強を占める水田用の主力除草剤であった。
 環境省が2002年度に実施した農用地土壌のダイオキシン類調査結果から計算すると,土壌中のダイオキシン類濃度の平均値は,普通畑作物や野菜を栽培した焼却施設周辺の畑で18 pg -TEQ(毒性等価量)/g乾土,一般の畑で19であったが,焼却施設周辺の水田で24,一般の水田で37と,水田が畑よりも傾向が認められる。この数値にあらわれた土壌中のダイオキシン類濃度は,食料の安全性を損なう濃度ではない。しかし,安全な食料を生産すべき農業においてダイオキシン類を含有する農薬が使用され,微量とはいえ,土壌に蓄積したとすれば許されることではない。

注)pg -TEQ(毒性等価量)/g乾土:ダイオキシン類には毒性の異なる多数の異性体がある。このため,ダイオキシン類全体の総量を表示するために,ほ乳類に対する毒性の最も強い2,3,7,8-TCDD(2,3,7,8-四塩化ダイオキシン)を1として,これと比較した毒性によって各異性体の重量を換算して,合計した総重量で,毒性等価量という.重量の単位はピコグラム(1兆分の1g)。この場合は乾土1g当たりの毒性等価量をピコグラムで表示。

●水田でのダイオキシン類の挙動

 現在はダイオキシン類が混入した農薬は製造・使用されていないが,過去に使用されたときに水田でどのような挙動をしていたのであろうか。この点について(独)農業環境技術研究所のダイオキシン類研究グループが地道に解明してきている。同研究所の最近の研究成果情報からその一部を紹介する。
(1)水田に散布された除草剤中のダイオキシン類は,代かき後の強制落水によって土壌粒子とともに水田から排出されて,水田とつながった小河川の底泥に溜まる。そして,水田からの排水量の多い落水時やその後の豪雨によって下流に移動する(http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/result/result18/niaes00002/niaes00002.html)。
(2)代かきのときに凝集剤として,塩化カルシウムまたは塩化カリウムを施用すれば,代かきで懸濁した土壌粒子を速やかに沈降させ,水稲収量を低下させることなく,ダイオキシン類が水田系外に流出するのを大幅に軽減できる(http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/result/result20/niaes03002/niaes03002.html)。
(3)水田土壌にダイオキシン類が存在しても,イネが根から吸収するダイオキシン類の濃度は極わずかに過ぎず,茎葉の汚染は大気中に存在するダイオキシン類によって発生する。籾の外側も汚染されるが,籾に保護されているため,玄米の汚染は極わずかに過ぎない(http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/result/result19/niaes02001/niaes02001.html)。
(4)1960年から農業環境技術研究所が毎年保管していた全国5か所の水田土壌試料のダイオキシン類を分析して,過去にさかのぼって水田土壌におけるダイオキシン類の消長を調べた。混入しているダイオキシン類の構成は物質によって異なり,PCPにはOCDDという異性体が多く,CNPには1368-/1379-TeCDDという異性体が多い。1960年以降の水田土壌を分析した結果,水田土壌中のダイオキシン類全体の濃度は1960年代前半から急激に上昇した。この時期はPCPの使用量が急激に増加した時期であり,PCPに多く混入しているOCDDの濃度も急激に増加した。PCPが使用禁止になると,代わってCNPが使用され,CNPに多い1368-/1379-TeCDDという異性体が1960年代末から急激に増加し,1970年代前半をピークに減少している。PCPとCNPの原体の出荷量と,それぞれに多い上記2つの異性体の濃度の推移とが一致した(下図)。

 水田土壌中のダイオキシン類の各種異性体の年次変動を解析した結果,ダイオキシン類の主な起源は,1960年前後は燃焼・焼却過程,1960〜1970年代はPCP製剤とCNP製剤で,1980年代以降は再び燃焼・焼却過程であると推定された。従って,水田除草剤のPCPやCNPが水田土壌を汚染したことは疑いなく,水田から流出して河川や沿岸の底泥に蓄積したことも推定される。PCPは1990年に,CNPは1996年に農薬登録が失効しており,現在は製造・使用されていない。実験結果から推定したダイオキシン類の半減期は約15年で,現在では燃焼・焼却過程で発生したダイオキシン類が主たる汚染源になっていると推定される(http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/result/result20/niaes03001/niaes03001.html)。

●ダイオキシン汚染の教訓

 これらの結果から,農薬由来と焼却施設由来のダイオキシン類は,ともに現在では排出のピークを過ぎて,問題は沈静化に向かっているといえよう。しかし,底泥に溜まったダイオキシン類は容易には消失しない。半減期が15年とはいえ,低濃度になると,土壌粒子に強く結合されたものの割合が高くなり,半減期も遅くなり,予想以上に長期間存在し続け,食物連鎖を通じて人間や野生生物に影響を及ぼすことが懸念される。環境中のダイオキシン類をより迅速に浄化する研究を急がなければならない。
 また,PCPやCNPにダイオキシン類がこれほどの問題になるほど含まれていることに気づくのが遅かったことを,研究,行政および業界が反省し,類似した問題の再発を未然に防止する努力を行わなければならない。
 除草剤に混入したダイオキシン類のみならず,散布した農薬自体や,施肥した窒素およびリンも,代かき後の強制落水によって,水田から排水路をへて河川や湖沼に流出することから,環境保全の観点から代かき後の強制落水を行わないようにすることが必要である。

  ▼農薬などによる土壌汚染に関連した『農業技術大系』の記事を検索するにはこちら →


3.「群馬県における農薬の適正な販売,使用及び管理に関する条例」と「人と環境にやさしい長崎県農林漁業推進条例」

●登録農薬と安全性

 農業用農薬の製造・輸入・販売・使用は,人間の健康と野生生物への安全性に関する試験結果を踏まえて認可されている。認可を受けた農薬は国に登録されるので,登録農薬とよばれる。国は登録に際して,個々の作物ごとに調べた農薬の残留量とその作物の日本人による平均摂食量とから計算した当該農薬の平均的な総摂食量が,安全レベルを超えないことを確認している。従って,登録された種類以外の作物に農薬が使用されると,当該農薬の総摂取量が国の推計する量を超えることになりかねないし,日本で登録されていない農薬が違法に輸入されて使用されれば,その摂食量を把握できず,安全性の確認ができなくなる。
 2002年7月以降,登録はされてはいるが,登録対象外の作物に使用されたり,日本で登録されていない農薬が違法に輸入されて使用されたりしている事例が立て続けに発覚した。このため,2002年と2003年に農薬取締法が改正され,次の点が強化された(農薬取締法関係の資料はhttp://www.maff.go.jp/nouyaku/から入手できる)。すなわち,
(1)販売だけでなく,無登録農薬の製造及び輸入の禁止
(2)無登録農薬の輸入の代行手続を行う業者の広告の制限
(3)無登録農薬の使用規制の創設
(4)農薬の使用基準の設定
(5)法律違反の罰則の強化
(6)販売された違法農薬の回収を販売者に対して命令
(7)登録の必要ない非農耕地専用除草剤が農業で使用できないことを表示する義務
(8)農林水産大臣所管の農薬登録と厚生労働大臣所管の残留農薬基準の整合性確保

●「特定防除資材」というカテゴリ

 なお,農業用農薬は全て農林水産大臣の登録を受けなければならないが,2002年の農薬取締法の改正の際に,登録を受ける農薬の範囲が問題になった。そして,農薬のうち,健康や野生生物への悪影響を考えにくいものを「特定農薬」に指定して,登録の対象外とするように改正された。有機農業は無農薬栽培を行っているが,化学薬剤の農薬を使用してなくても,特定農薬に属すると考えられる資材を使用するケースが多い。このため,特定農薬という農薬を使用した栽培となり,消費者が無農薬栽培と理解してくれなくなるという恐れがある。この点を有機農業関係者が問題にしたため,特定農薬は「特定防除資材」と通称されることになったものの,正規には特定農薬であることに変わりはない。
 特定農薬の論議の初期段階では,アイガモも農薬かといった論議が起きたが,農業資材審議会の論議を経て,アイガモやコイ,防虫シート等は農薬に該当せず,2003年3月に食酢,重曹および使用場所の周辺で採取された天敵が特定農薬として指定された。そして,申請のあった莫大な数の各種資材については,情報不足から判断が保留されている。保留されている資材は販売せず,自ら製造して使用する限り,取締の対象にしないことになった。
 特定農薬というカテゴリを設けたために混乱が生じたが,これは農薬取締法の農薬の定義に無理があるためといえよう。すなわち,農薬取締法では農薬を有害生物の防除や作物の生理機能の増進や抑制に使用する薬剤と定義しているものの,これに加えて,防除のために利用される天敵も農薬とみなしている。世間一般の概念からすれば,農薬はあくまでも薬剤(合成および天然化学物質)に限定すべきであり,天敵などの生物は別のカテゴリ(例えば作物保護生物)に位置づけて,農薬取締法と別の法律で規制するようにすれば,用語上の混乱はかなり減っていたと考えられる。

●農薬の「使用基準」がはらむ不徹底さ

 さて,農薬取締法の改正にポイントの一つである「4)農薬の使用基準の設定」として,「農薬を使用する者が遵守すべき基準を定める省令」(農林水産省・環境省令第5号)が定められ,2003年3月10日から施行された。
 ここでいう農薬使用者は,防除業者,農家,ゴルフ場管理者などである。使用基準はまず農薬使用者の責務を記している。すなわち,農薬使用者は,(1)農作物等に害を及ぼさない,(2)人畜に危険を及ぼさない,(3)農作物等を汚染し,かつ,その汚染農作物等の利用が原因となって人畜に被害を生じさせない,(4)土壌を汚染し,かつ,そこで栽培された農作物等の利用が原因となって人畜に被害を生じさせない,(5)水産動植物に被害を発生させない,(6)公共用水域の水質を汚染し,かつ,その水や水産動植物の利用が原因となって人畜に被害を生じさせないようにする責務を有すると規定されている。これは当然で,そのために具体的に何をすべきで,何をしてはならないかが使用基準としては重要である。
 具体的には,(1)登録されていない作物に当該農薬を使用しない,(2)定められた量を超えて使用しない,(3)定められた希釈倍数の最低限度を下回る希釈倍数で使用しない,(4)定められた使用時期以外に使用しない,(5)は種から収穫までの間に定められた総使用回数を超えて使用しないことを遵守し,(6)最終有効年月を過ぎた農薬を使用しないよう努めること,並びに,(7)水田で指定された農薬を使用する際には流出防止に必要な措置を講じるよう努めること,(8)クロルピクリンおよび臭化メチルは土壌からの揮散を防止するのに必要な措置を講ずるように努めること,などが規定されている。要するに,農薬容器のラベルに記されている注意事項を守れと記されている。
 食料輸入業者や防除業者などによるくん蒸剤の使用や航空機散布およびゴルフ場での農薬散布に関する項目もあるが,農家を含めた農薬使用者に対して,(1)農薬を使用した年月日,(2)使用場所,(3)使用農作物等,(4)使用農薬の種類・名称,(5)使用農薬の単位面積当たりの使用量または希釈倍数を,帳簿に記載するように努めることを記している。
 こうした国の定めた農薬使用基準では,実際に農薬が基準に従って使用されたかどうかが判然としない。この点に踏み込んで,国の農薬使用に上乗せした条例を群馬県が施行している。それは,2002年10月に制定され,2003年3月に改正された「群馬県における農薬の適正な販売,使用及び管理に関する条例」である。条例は群馬県法規集の【第5編経済-第2章農業-第5節農薬・肥料・農機具】から入手できる(同条例施行規則はメニュー画面に表示されてはいるが,入手できない)。

●群馬県の条例で特筆すべき諸点

 群馬県の条例で特筆される第1点は残留農薬の自主検査を課している点である。すなわち,
残留農薬の自主検査)
第十条 農産物の出荷団体又は農薬使用者は,農産物を出荷し,又は販売しようとするときは,その出荷又は販売前に自主的な残留農薬の検査を実施し,当該農産物の安全を確認するよう努めるものとする。
 2 知事は,前項の検査について,必要があると認めるときは,農産物の出荷団体又は農薬使用者に対し,必要な助言を行うことができる。
(残留農薬の検査)
第十一条 知事は,残留農薬の検査体制を整備し,農産物の安全を確認するため特に必要があると認めるときは,残留農薬について検査するものとする。
(出荷停止等の勧告)
第十二条 知事は,無登録農薬その他農産物の安全に著しい影響を及ぼすおそれのある農薬の使用が確認されたときは,農産物の出荷団体又は農薬使用者に対し,当該農産物の出荷若しくは販売の停止又は回収の勧告をすることができる。
 つまり,農産物の出荷団体または農薬使用者が自主的に農産物の残留農薬検査を実施し,しかも,県も必要に応じて残留農薬検査を行って,基準を超える残留が検出された場合には,当該農産物の出荷・販売の停止や回収を勧告できることを規定している。農薬の使用をこのような形でモニタリングして始めて使用基準が遵守されたか否かが確認できる。
 特筆される第2点は,農薬使用の管理を強化した点である。すなわち,国の使用基準では農薬購入の記録を記帳することが記されていないが,群馬県は使用に加えて,農薬の購入も記帳し,記録を3年間保持することを記している。そして,農薬の販売者と使用者に対して必要な場合には立入検査を行うことを明記している。
 第3点は,違反を認めた場合,知事は,販売者や農薬使用者に対して,必要な措置をとるように勧告することができ,勧告に従わないときは,その旨を公表することができることを規定している点である。

 行政がモニタリングや立入検査をし,違反がないか否かのチェックを行わない限り,使用基準は守るべき「礼儀」に終わってしまう恐れがある。
 こうした条例を制定した意図について,群馬県食品安全会議の内山征洋議長は,雑誌の中で,「農薬取締法においては,農薬の使用に際しては安全使用基準に従って使用しなさい,と指導していただいただけでした。それでは消費者はとても納得できないだろうということで,県として条例をつくることになったわけです。」と述べている(内山征洋:地方自治体の責務を果たすための群馬県の取り組み.法律文化.2003年10月号.p.10-13)。

●長崎県の条例で特筆すべき諸点

 一方,長崎県は2003年12月に「人と環境にやさしい長崎県農林漁業推進条例」を公布し,2004年4月1日から施行している。この条例は,農薬、肥料、飼料および動物用医薬品を適正に使用し、かつ,家畜排せつ物等の有効利用による地力の増進及び養殖漁場の改善などを図ることによって,安全・安心な農林水産物の安定供給と,環境保全および多面的機能の発揮を一体的に推進することを目的としている。
 長崎県はこのために必要な基本方針((1)安全で安心な農林水産物の生産及び供給,(2)環境と調和した農林漁業の推進,(3)生産者と消費者の連携強化,(4)農薬等の適正使用の指導,(5)その他必要な事項)を定め,これに基づいて必要な施策を推進することとしている(条例はhttp://www.pref.nagasaki.jp/subindex/kurashi/shokuhin.htmlから入手できる)。
 農薬については,
(1)生産者等は農林水産物を出荷・販売しようとするとき,残留物に関する検査を自主的に実施して,農林水産物の安全性を確保するよう努める
(2)県は生産過程における履歴を確認することができるシステムの構築し,食品の表示の適正化および衛生管理の高度化並びにその状況の監視の強化などの施策を推進する
(3)生産者等は,農薬,肥料,飼料および動物用医薬品の使用方法について法令で定める基準に従って農林水産物を生産し,違反があった場合には出荷・販売してはならない
(4)知事は,生産者等から必要な報告を求め,職員に立入検査をさせることができる
(5)知事は,違反があった場合,勧告を行い,その旨を公表することができる
 ことなどを定めている。
 この長崎県の条例は,農薬に関して,県による残留農薬等の検査が規定されていない点を除き,群馬県の条例と同様の条項を規定している。長崎県の条例は食の安全と環境の安全を結合させた点で評価される。



西尾道徳(にしおみちのり)
東京都出身。昭和44年東北大学大学院農学研究科博士課程修了(土壌微生物学専攻)、同年農水省入省。草地試験場環境部長、農業研究センター企画調整部長、農業環境技術研究所長、筑波大学農林工学系教授を歴任。
 著書に『土壌微生物の基礎知識』『土壌微生物とどうつきあうか』『有機栽培の基礎知識』など。ほかに『自然の中の人間シリーズ:微生物と人間』『土の絵本』『作物の生育と環境』『環境と農業』(いずれも農文協刊)など共著多数。