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西尾道徳「環境保全型農業レポート」

◆2005年3月31日号記事一覧

  1. コーデックス委員会の専門家会議がコメのカドミウム濃度基準案を検討
  2. 世界の有機農業の現状
  3. 施肥量の精密な制御が可能な施肥機


1.コーデックス委員会の専門家会議がコメのカドミウム濃度基準案を検討

●コメのカドミウム濃度をめぐる世界の動き

 コーデックス委員会は,FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の合同委員会で,国際的な食品規格のガイドラインを定めている。かねてからその作業の一端として食品中のカドミウム濃度の基準案を検討している。
 我が国では,「食品衛生法」に基づく食品規格基準で,玄米のカドミウム濃度は玄米1kg当たり1mg未満と定められており,これを超えるカドミウムを含むコメは焼却処分されている。ただし,我が国も現在の玄米1kg当たり1mg未満というカドミウムの規制値に自信がないようで,30年以上前から食糧庁が0.4mg以上1mg未満の玄米を農家から買い上げて,工業用のノリ用に販売し,食用には流通させていない。
 これに対して,コーデックス委員会は食品中のカドミウム濃度の基準案として当初0.2mg/kg玄米案を提示した。有害物質の規制濃度が低ければ低いほど,食品の安全性が高まることは事実だが,実際の食生活に影響がないのに,不必要に規制濃度を低くすれば,生産コストが高くなり,非現実的な規制となってしまう。仮にコーデックス委員会が0.2mg/kg玄米を規制値とした場合には,我々は有毒のコメを食べていたことになり,我が国の水田の多くでコメを生産できなくなる。このため,コメのカドミウム濃度の安全基準値がどこに設定されるかは,我々の健康と稲作の継続の観点から関心を持たざるをえない。
 我が国は安全性に関する実験データに基づいて,0.4mg/kg精米案をコーデックス委員会に提出した。2004年3月に開催された同委員会食品添加物・汚染物質部会では我が国の案が支持された。しかし,同年6月に開催されたコーデックス総会で,基準値を0.2mgと0.4mg/kg精米のいずれにするかを,再度,食品添加物・汚染物質部会に差し戻し,2005年2月に開催される合同食品添加物専門家会議での論議を踏まえて再検討することとされた。

●最終結論はまだだが,0.4mg/kg精米の可能性強まる

 2005年2月8日~17日にローマで開催された合同食品添加物専門家会議は,コメの規制値を0.2mgと0.4mg/kg精米とする当初案と変更案について,世界の地域別の食料摂取パターンの違いに基づいて,食品からのカドミウム摂取量を比較した。その結果,最終的にいずれの値を設定したとしても,カドミウムの総摂取量と人の健康上のリスク双方について,ほとんど差がないとの結論に達した。
 この結論から,コメの規制値を0.4mg/kg精米とする可能性が高まったといえよう。ただし,今後,合同食品添加物専門家会議での結論を踏まえて,2005年4月に開催されるコーデックス委員会食品添加物・汚染物質部会を経て,7月のコーデックス総会で議論される予定であり,まだ最終結論には至っていない。
 これらに関する概要は,厚生労働省のHP及びコーデックス委員会のHPから入手できる。
 コーデックス委員会の決定は直ちに法的拘束力を持つものでなく,それを踏まえて国内法を改正して初めて法的拘束力を持つ。我が国には,主に鉱山から排出され,水系を通してカドミウムに汚染された水田土壌が存在する。このため,「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」によって,1mg/kg玄米以上のカドミウムを含むコメを生産する土壌には,汚染除去・軽減の対策が講じられている。「食品衛生法」の食品規格基準で,カドミウム濃度が0.4mg/kg精米未満に改正された場合には,「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」も改正されて,対策を講ずべき水田面積が拡大することになろう。
 余談だが,喫煙者の血中のカドミウム濃度は非喫煙者よりも高く,しかも喫煙の有無にかかわらず,加齢によって血中のカドミウム濃度が高まることが知られている。従って,喫煙している高齢者が,コメのカドミウムを心配しても,もう手遅れだろう。

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2.世界の有機農業の現状

 ドイツのSOEL(「生態学及び農業基金」)が毎年世界の有機農業の現状に関する統計を整理して,IFOAM(国際有機農業運動連盟)から刊行している。2005年2月に2005年版が刊行された。全文を入手するには16ユーロを要するが,第1章と有機農業面積に関する第2章は無料で入手できる(Helga Willer and Minou Yussefi (Editors) (2005) The World of Organic Agriculture - Statistics and Emerging Trends - 2005. IFOAM.197p)。なお,2004年版は無料で入手できる。2005年版による2003年時点での有機農業の行われている面積に関する統計を紹介する。なお,ここで示されている面積は,認証を受けた有機農業の行われている面積(転換中の農地を含む)に限定されている。

●有機農業の行なわれている面積

 2003年時点における有機農業を行っている農地の総面積は世界全体で2646万haに達する。このうちの1130万haをオーストラリアが占めている(表1)。このため,有機農業の農地面積の地域別シェアをみると,オセアニアが全体の約43%を占めており,次いでヨーロッパと中南米が約24%ずつを占めている。オセアニアに中南米とヨーロッパのシェアを加えると全体の90%に達し,残りの地域のシェアはわずかに過ぎない。

 オーストラリアとアルゼンチンでは,有機農地の大部分が粗放的な放牧地であるため,世界の有機栽培の耕地面積は,表の総面積の半分以下と推定される。そして,有機栽培の行なわれている耕地面積が最も多いのはヨーロッパであると推定されている。

●主要地域の状況

 有機農産物は世界中で生産されているが,その大部分が北アメリカとヨーロッパで購入・消費されており,オセアニア,中南米,アジア,アフリカの有機農産物の大部分は輸出されている。
 オーストラリアは,野菜,果実,乳製品,コメ,ハーブ,ワイン,野菜種子,羊肉を生産して,その大部分を輸出しており,ドイツ,オランダおよびイギリスへの輸出が全輸出額の70%を超えている。オーストラリアとニュージーランドでは有機農業に対して何らの補助金も支給していない。
 中南米も補助金なしで,輸出型の有機農業を行っており,主なところでは,中米諸国がコーヒーとバナナ,パラグアイが砂糖,アルゼンチンが穀類と肉を輸出している。
 ヨーロッパ全体の有機農業を行っている面積は620万haだが,EUの15か国がその多くを占めている。EU(15)における有機農業面積は570万ha(全農地の3.4%)で,有機農場数は14.3万戸(2%)に達している。オーストリアとスイスでは有機農業面積が全農地の10%を超えている。
 北アメリカではアメリカが有機農産物の生産と消費の主体をなしている。北アメリカの有機農業面積は150万haで農地の0.3%に達している。2003年における世界全体の有機農産物の総販売額は250億ドルだが,北アメリカでの販売額はヨーロッパを超え,108億USドルに達している。
 アジア全体の有機農業面積は73.6万haで,農場数は6.6万戸とまだわずかだが,急速に伸びてきている。そのなかで主要な生産国は,中国,インド,インドネシア,日本である。有機の生産基準を定めている国は,インド,日本,韓国,台湾,タイの外,多数あるが,自国の認証組織を持っている国は中国,イスラエル,日本だけで,その他の国は外国の認証組織の認証を受けている。国内での販売額が最も大きいのは日本だが,中国,マレーシア,フィリピン,シンガポール,タイでも国内販売額が増加しつつある。
 アフリカの有機農業面積は43.5万haで,農場数は11.8万戸に達し,主にヨーロッパに輸出している。アフリカで有機農業が拡大している背景には,先進国での有機農産物の需要が拡大していることと,劣化した土壌の肥沃度を回復させるのに有機農業が使われていることがある。

●日本における有機農産物の生産と消費

 参考として,農林水産省がまとめた日本で流通した有機農産物および同加工食品を認定事業者が格付けした2003年の実績を下の表に示す(http://www.maff.go.jp/soshiki/syokuhin/heya/new_jas/h15nintei_kakutuke.pdf)。金額ではなく量だが,日本で流通している有機農産物および同加工食品のかなりの部分が輸入されていることが分かる。


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3.施肥量の精密な制御が可能な施肥機

 化学肥料などの肥料の量を正確に施用することは環境保全型農業の基本である。手で肥料を撒くにしても,畝全体に均一に施用することが意外に励行されていない。また,施肥機を使うにしても,現在の通常の施肥機は基本的には,肥料タンクからの肥料の落下量と走行速度とを制御することによって,施肥量を調節しているだけである。機械の調節をこまめにして,走行速度を一定に保たないと,施肥量がかなりずれてしまう。こうした問題を克服して正確な施肥量を可能にした最近の研究を紹介する。

●散布量が作業速度に連動する茶園用歩行型施肥機の開発

 現在の茶園用歩行型(手押し式)施肥機は肥料をタンクから自由落下で排出させるため,作業者の歩行速度が変化すると,面積あたり散布量が大きくばらついてしまう。(独)農業・生物系特定産業技術研究機構の野菜茶業研究所の茶業研究部作業技術研究室と大阪市の農業機械メーカの(有)東製作所は,散布量を作業速度に連動させて調節できる歩行型の茶園用施肥機を開発した。
 この施肥機は次の構成となっている。すなわち,猫車式の一輪車に容量32リットルの肥料タンク(化学肥料なら20kg積める)を取り付け,その下にロール式肥料繰出し機構を装備している。肥料繰出し機構は,一定容積の溝をつけたロールの回転数により肥料を正確に繰出しながら,土壌面に20~30cmの幅で散布する。車輪とロールとを多段変速機を介してチェーンで接続しているため,車輪とロールの回転数が常に比例し,作業速度が速いと肥料繰出し量が多くなり,速度が遅いと繰出し量が少なくなる。肥料の落下量は,多段変速機を調節して車輪とロールの回転比を変えることと,肥料タンク底部の開口面積を調節して肥料繰出しロールの有効幅を調整することとによって調節できる。
 茶園で用いられる多様な物性の肥料において,ロール回転数が80rpm以下なら,肥料繰出し量は,ロールの1回転あたり繰出し容積と回転数および肥料の比重(かさ密度)から算出できる理論値と一致することが確認できた。そして,硫安と菜種油粕を用い,作業速度が大きく変動する条件(硫安:0.57~1.54m/sec,菜種油粕:0.45~1.1m/sec)で施肥したところ,面積あたり肥料散布量の変動係数は,硫安で3.1%,菜種油粕で3.2%と非常に小さく,作業速度が大きく変動しても面積あたり肥料散布量は一定にできることが確認された。ただし,菜種油粕などの比重の小さい(0.6以下)肥料で設定散布量を80kg以上に設定すると,ロール回転数が80rpmを超えて,散布精度が悪くなることがあったため,市販モデルには,仕様の変更等を加え対応する。
 施肥量の設定は,まず肥料繰出しロールの有効幅(肥料タンク底部の開口部面積)を調整(7段階)しておおまかに決めた後,車速連動機構の多段変速機の伝達比を調整(8段階)して微調整する。茶農家が使用する肥料は5種類程度なので,肥料の種類ごとに,これらロールの有効幅と多段変速機の伝達比の組み合わせ,および肥料のかさ密度から計算できる「面積あたり散布量の表」を事前に用意しておくことで最適な組み合わせを選択し,目標施用量を確保することができる。
 メーカでは茶園用の歩行型施肥機を今年から市販する予定とのことである。また,汎用運搬台車を利用した野菜用の施肥機も考えている模様である。
 本施肥機の概要は野菜茶業研究所のプレスリリースから入手できる。詳細を記した論文は現在準備中だが,概要は学会発表の講演要旨(茶業研究報告,98(別),34-35,2004)に記載されている。

茶園用歩行型施肥機
(野菜茶業研究所のプレスリリースから)

●設定が容易で作業中に任意に施肥量を変更できる走行型の施肥制御装置

 (独)農業・生物系特定産業技術研究機構の生物系特定産業技術研究支援センターの生産システム研究部大規模機械化システム研究単位が施肥量を正確に,しかも作業中に任意に変更できる走行型施肥機用の施肥制御装置を開発した。
 現在の走行型の施肥機は,一定容積の溝を持ったロールによって,ロールの回転ごとに一定量の肥料を繰り出している。しかし,肥料によって比重(かさ密度)が大きくことなる。開発者によると,100種類近い肥料の物性を測定したところ,かさ密度は0.7~1.1(平均0.9)(kg/L)と大きく異なった。そこで,事前に,かさ密度と施肥量(現物kg/10a)を入力すると,それに応じたロール一回転当たりの肥料繰出質量を維持するようにコンピュータで制御するようにした。そして,走行速度の情報を加味して,走行速度に応じて繰り出し量を自動的に調節できるようにした。
 すなわち,図1に示すように,表示部にある施肥量とかさ密度のメータ部分で両者の値を入力する。制御部が,この設定値によって予め用意された検量線をもとに繰出部の回転速度を算出する。そして,車速センサからの走行速度データによってロールの回転速度を補正し,その結果を機種に応じたロール回転数制御機構に伝えて,ロールの回転を制御する。一部の機種については,設定株間検出センサからのデータでさらにロールの回転数を補正する。そして,圃場の肥沃度にむらの大きい大区画の場合には,事前に圃場むらの状態を記憶している外部コンピュータと情報をやりとりしながら,圃場むらに応じた施肥を行うことも可能になっている。さらに,施肥作業中に表示部にある増減ボタンを操作することによって,任意または段階的に施肥量を変更することもできる。
 現在,田植機に搭載されている側条施肥機の場合は,走行速度の情報を簡単に取得できるので,本施肥制御装置を田植機側条施肥機や水田ビークル用粒状物散布機に装着することで,設定施肥量に対して±5%の高い精度で施肥を行なえることが確認された。
 この外,野菜や畑作用の機械でも,走行速度の情報を取れるようにすれば,本制御装置を取り付けることが可能になる。
 現在,農業機械メーカと市販化の検討を行っており,追肥用については,早ければ2006年に乗用管理機に搭載できる散粒機が予定されており,これは水稲だけでなく,野菜,畑作でも利用できるとのことである。
 本制御装置の概要は,生物系特定産業技術研究支援センター平成15年度研究所成果情報「設定が容易で作業中に任意に施肥量を変更できる施肥制御装置」から入手することができる。

施肥制御装置の概要(生物系特定産業技術研究支援センター平成15年度研究成果情報から)




西尾道徳(にしおみちのり)
東京都出身。昭和44年東北大学大学院農学研究科博士課程修了(土壌微生物学専攻)、同年農水省入省。草地試験場環境部長、農業研究センター企画調整部長、農業環境技術研究所長、筑波大学農林工学系教授を歴任。
 著書に『土壌微生物の基礎知識』『土壌微生物とどうつきあうか』『有機栽培の基礎知識』など。ほかに『自然の中の人間シリーズ:微生物と人間』『土の絵本』『作物の生育と環境』『環境と農業』(いずれも農文協刊)など共著多数。