No.334 農林水産省は野菜の適正施肥管理の指示を撤回したのか?

● 日本土壌肥料学会シンポジウムでの話題提供

2017年9月に開催された日本土壌肥料学会仙台大会のシンポジウムの1つとして,「肥料・ミネラルと人の健康」が行なわれた。その概要が,同学会の機関誌に掲載された。

渡辺和彦・土屋浩一郎・田中卓二・高野順平・倉澤隆平・馬 建鋒 (2018) 肥料・ミネラルと人の健康.日本土壌肥料学雑誌.89(1): 62-66.

このテーマのコンビーナは渡辺和彦(一般社団法人食と農の健康研究所)で,いくつかの微量要素の問題を取り上げている。主対象は硝酸塩から作られる微量の一酸化窒素であった。渡辺和彦が,硝酸塩(または硝酸イオン)を例にしてテーマの趣旨を述べ,土屋浩一郎(徳島大学大学院医歯薬学研究部)が,硝酸塩の生体における代謝と生理作用についての最近の研究成果を紹介した。そして,硝酸塩はこれまで人体に対して有害とみなされて研究されてきたが,有用な多数の働きをしていることが判明している。こうしたことを受けて,農林水産省は「農業技術の基本指針」(2017年3月改定)において,以下の項目を削除したと記している。

「エ.野菜の硝酸塩対策
施肥管理を徹底する。また,必要に応じて,硝酸塩低吸収品種の選定,遮光及び温度等の栽培条件の制御による野菜の硝酸塩低減技術の実証・評価を実施する。」

渡辺らの報告は,野菜では硝酸塩に配慮した施肥管理の適正化は不要であると一見思えるように,農林水産省が技術指針を変更したとの主張を展開している。

● 一酸化窒素(NO)の生理作用

アメリカのファーチゴット(Furchgott),イグナロ(Ignarro)およびムラドMuradが1998年に,循環器系における情報伝達物質としての一酸化窒素に関する発見で,ノーベル医学・生理学賞を受賞した。

NOは次のいくつかの生理作用を有している(長野哲雄 (1996) 生体ラジカルの化学.化学と生物.44(2): 82-85. )。

(1)アセチルコリン,ブラキニンなどの刺激により,血管の内皮細胞においてNO合成酵素によって基質のアルギニンからNOが生成され,これが近くの平滑筋に作用して,これを弛緩させ,血圧を下げる。NOの生成が止まると,血圧が上昇する。このようにNOが血圧をコントロールしている。

(2)リポポリサッカライドと呼ばれる内毒素の刺激により,NO 合成酵素からNO が大量に生成しガン細胞などを破壊し,生体防御反応に関与している。

(3)神経伝達物質としても機能している。

(4)脳卒中の際に神経細胞を破壊する反応種,すなわち神経細胞死を引き起こす化学種として作用しているのではないかとの説もある。

● 硝酸塩の臓器保護作用

上記のNOの生理作用を補完する形で,土屋(渡辺ら,2018)は硝酸塩や亜硝酸塩からNOが生成されることを紹介している。

(1)亜硝酸塩は体内でNOに還元されて,臓器が虚血に陥った場合,血中および組織中に含まれる亜硝酸塩がNOに変換されて,NOが血管を拡張させて虚血に陥った臓器の血流を回復させる。

(2)2型糖尿病による尿病性腎症は,血管内皮細胞障害による内皮NO合成酵素由来のNO産生の低下が関与していることが報告されている。そこでラットにNO合成酵素阻害剤を投与して障害を起こさせた。この障害は野菜中心食のヒトが1日に摂取するのと同程度の亜硝酸塩の経口投与で,飲水・餌摂取量に変化なく改善された。この結果から,糖尿病性腎症の予防および病態の進行阻止に,日常摂取する硝酸塩から生成する程度の亜硝酸塩が有用であることを示唆され,血中および組織中の硝酸塩および亜硝酸塩は,血管内皮障害時のNO合成酵素に代わるNO生成のためのプールだといえる。

● 野菜でADIを超える硝酸塩の摂取による血圧の低下の研究事例

この点に関連する問題として,環境保全型農業レポート「No. 299 沖縄県人の長寿命は食事からの高硝酸摂取による」のなかで,硝酸塩含量の高い野菜の摂取によって,血圧が低下し,高血圧にともなう障害が低下することを示した3つの研究報告を紹介した。

A.Yamori, Y., A. Miura and K. Taira (2001)の研究

沖縄県人の余命が長いのは,低塩分,大豆,魚,海藻,および恐らく緑色野菜に特徴づけられる沖縄の食事の結果として,冠状動脈性心臓病やガンによる死亡率が低いことによると結論した。

B.T. Sobko, C. Marcus, M. Govoni, S. Kamiya (2010)の研究

ボランティアの被験者25人に,10日間ずつ日本食と非日本食を毎日摂取してもらい,次の結果が得られた。

(1)各人の摂取した1日当たりの硝酸塩量は,日本食期間では平均8 mg/kg体重/日で,日本食に由来する硝酸塩量はADI(1日許容摂取量)の5倍超であった(ADI=3.7 mg/kg体重)。

(2)循環している血漿中の平均硝酸レベルは,非日本食期間後に2 ± 17.4 ?Mであったが,日本食を10日間摂取した後には153.9 ± 1494 nMに有意に増加した(P < 0.001)。血漿中の平均亜硝酸塩レベルは非日本食後に131.5 ± 75.34 nMであったが,日本食後には203.5 ± 102.3 nMに増加したが,有意差はなかった(P = 0.0063)。

(3)心臓拡張期の平均血圧(最小血圧)は,非日本食後に8 ± 7.8 mm Hgだったのが,日本食摂取後に71.3 ± 7.9 mm Hgとなり,日本食によって4.5 mm Hg有意に低下した(P = 0.0066))。なお,収縮期血圧(最大血圧)には有意差がなかった。

(4)以上の結果から,硝酸に富んだ伝統的な日本食は,健康なボランティアの心臓拡張期の血圧を引き下げると結論した。

C.Ashworth, A., K. Mitchell, J. R Blackwell, A. Vanhatalo and A. M. Jones (2015)の研究

ボランティアの女性被験者19名を2グループに分け,一方には高硝酸塩含量の野菜,他方には低硝酸塩含量の野菜を提供し,各自が自宅で日ごろのメニューで調理して食べて,残った野菜の量を毎回秤量して記録する。そして,3週間の洗い出し期間(休止期間)を設けた後,高と低の硝酸塩含量の野菜を交代させて,再び1週間各自のメニューに準じて自ら調理して摂取するように依頼した。高硝酸野菜は,レタス,ルッコラ,セロリ,リーキ,フェンネル(ウイキョウ)とサラダ葉菜ミックスとし,低硝酸野菜は,ニンジン,キュウリ,キヌサヤエンドウ,タマネギ,ピーマン,トマトとした。野菜を生または強火で素早くいためて食べるように要求した。そして,次の結果が得られた。

(1)血漿の硝酸塩濃度は,高硝酸塩食事で7日後に平均で0 μmol/Lとなり,対照の低硝酸塩食事後(平均26.0 μmol/L)よりも高くなった。血漿亜硝酸塩濃度は,高硝酸塩食事を7日間摂取した後に平均185 nmol/Lとなり,低硝酸塩食事後の平均101 nmol/Lよりも高くなった(P=0.048)。

(2)平均収縮期血圧(最高血圧)は,低硝酸塩食事後の106 mm Hg に比べて,高硝酸食事後には103 mm Hg に有意に低下した。ただし,拡張期血圧(最低血圧)では有意な差が認められなかった。

(3)各参加者の低硝酸塩食事時の最高血圧(ベースラインの最高血圧)に比べた高硝酸食事後の最高血圧の低下程度の間には有意な相関があり(r=− 0・74, P<0・001),ベースラインの最高血圧が高い人ほど,高硝酸食事後の最高血圧が大きく低下した。

(4)以上のように,本研究の主たる結果は,毎日180 gの様々な高硝酸塩野菜を7日間摂取することによって,健康で閉経前の若い女性の最高血圧が約4 mmHg低下した。そして,ベースラインの最高血圧が高い人ほど,高硝酸塩野菜の摂取によって血圧が大きく低下することが示された。血圧を5 mmHg低下させることは,イギリスで脳卒中を23%減らすことに匹敵し,これは年間13,700人の死を防ぐことに相当する。

(5)参加者の摂取した全ポリフェノール量は,対照食事よりも高硝酸塩食事で有意に多かった。ポリフェノール(抗酸化物質)は消化管におけるNOの発生量を増やして血管を拡張し,一方で,その抗酸化作用によってNOが酸化されるのを防いでいると提案されており,高硝酸塩野菜に含まれている硝酸塩とポリフェノールの両者が血圧を下げている可能性がある。

こうした結果は,硝酸塩含量の高い野菜を摂食することによって,血圧が低下することが示されたが,その低下程度は意外にも小さいとの印象を持たれないだろうか。最高血圧が150 mm Hgもある人が,高硝酸塩野菜の摂取によって最高血圧が130 mm Hg以下になったのなら素晴らしいのだが,正常血圧の人で低下程度が小さいため,こうした結果をもって,日本人の長寿命を説明するとまでいえるのだろうか。また,高硝酸塩野菜の摂食によって,血液の硝酸塩濃度が高まった割に血圧低下程度が小さいのは,血液中の硝酸塩による血圧低下は効率の悪い反応か,または,硝酸塩から多量のNOを生成すれば血圧がさらに低下するが,それを行なうと,生じた多量のNOがフリーラジカルとして害作用を発揮するために,生体保護のために多量のNO生成を抑制するメカニズムが作用しているなどが憶測される。

● 生体内の硝酸塩や亜硝酸塩から生成されて量が増えても,NOは人体に無害なのか?

NOはフリーラジカルである。原子核の周囲には,電子が一定の軌道で飛翔しており,各軌道には2個ずつの電子が飛翔している。しかし,一番外側の軌道に1個の電子(不対電子)しか収容されていないケースが存在し,こうした不対電子をもつ原子(分子)がフリーラジカルと呼ばれる。フリーラジカルの不対電子は,他の原子(分子)から電子を奪って最外殻の軌道の電子を2個にして安定化しようとする。これによって強い酸化力をもっている。そのために,ごく微量のNOの酸化力によって,上述したNOの生理作用が生じているのであるが,このNO量が多くなれば,他の多数の生体分子を酸化して,害作用が生ずることが当然予想される。

2型糖尿病による尿病性腎症では,血管内皮細胞障害による内皮NO合成酵素由来のNO産生が低下しているために硝酸塩含量の高い食物の摂取が有効とされているが,健全なヒトで,血管内皮細胞から内皮NO合成酵素由来のNOが産生されるのに加えて,生体内に蓄積した硝酸塩や亜硝酸塩からもNOが生成されたら,NOによる酸化作用によって何らかの害作用が生じないのかという疑問を消すことができない。

● 野菜の硝酸塩の毒性

日本でも北関東の農村地帯において,160.3 mg NO3/L の硝酸塩 (36.2 mg NO3-N/L) を含む井戸水(亜硝酸塩を含まず)で調製した粉ミルクを飲んでいた乳児でメトヘモグロビン血症が生じ,その治療にともなうメトヘモグロビン割合や体重変化などの経過が,筑波大学の研究グループによって報告されている(環境保全型農業レポート.No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例)。

JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会合)は,世界の発症事例をまとめて,生後3か月未満の乳児は亜硝酸塩の影響を受けてメトヘモグロビン血症を発症しやすいが,そうした乳児でも,硝酸塩(NO3) 50 mg/L以下の水ではメトヘモグロビン血症を発症しないことを確認している。

こうしたことを踏まえてわが国では,「水道法」に基づく「水質基準に関する厚生労働省令」において,亜硝酸態窒素0.04 mg/L以下,硝酸態窒素および亜硝酸態窒素10 mg/L以下であることが定められている。

他方,児童や成人について,亜硝酸塩のADI(一日摂取許容量:生涯にわたって毎日摂取しても影響のでない上限濃度)を0〜0.06 mg/kg体重,硝酸塩のADIを0〜3.7 mg/kg体重を設定している。

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一方,厚生労働省は市販食品を購入して,それに含まれる添加物を国民が1日あたりどれだけを摂取しているかの調査を行なった(マーケットバスケット方式による年齢層別食品添加物の一日摂取量の調査 )。この詳細結果を,「日本食品化学研究振興財団」が簡潔にまとめた要約を出している(表1)。

我が国では食品衛生法に基づき,発酵調製剤や発色剤添加物として,チーズ,清酒,食肉製品,鯨肉ベーコンに使用が認められているが,野菜にはこうした添加物として認められた硝酸塩よりもはるかに多くの硝酸塩が含有されている。このため,硝酸塩の摂取量はADIを上回る結果となった。そして,日本食品化学研究振興財団は,次のように記述している。『しかし,硝酸塩については,元々野菜に含まれている天然の硝酸塩に起因するものがほとんどであり,添加物に由来するものはごく僅かであると考えられ,食品としての野菜の有用性,これまでの食経験,JECFAの評価に見られるような国際的認識等から考えると,現時点で問題があるとは考えられなかった。』

JECFAは,野菜の硝酸塩問題について,次のことを記している(Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives (1995) Evaluation of certain food additives and contaminants. WHO technical report series 859. 54pp. )。

(1)野菜(ジャガイモを含む)が食餌で持ち込まれる硝酸塩の主要供給源で,通常,1日の硝酸塩摂取量の85%超を占めている。

(2)硝酸塩自体の毒性は比較的低いと一般にみなすことができる。しかし,人体内で硝酸塩の還元によって亜硝酸塩が生成され,亜硝酸塩などからN-ニトロソ化合物も生成される。このため,硝酸塩の健康影響については亜硝酸塩やN-ニトロソ化合物の毒性も考慮して評価する必要がある。

(3)硝酸塩のADIの設定に際しては,野菜は硝酸塩の供給源ではあるが,野菜の良く知られた有益性と,生体での硝酸塩の供給可能性に対する野菜母材の影響についての情報が不足していることから,JECFAは,野菜の硝酸塩への暴露とADIとを直接比較して,それによって野菜の硝酸塩についての上限値を設定するのは不適切と考える。

(4)野菜や飲料水の硝酸塩に暴露された人体についての結果をまとめるに際しては,甲状腺機能や副腎皮質機能などを含め,毒物動態学的パラメータも考慮することが望ましい。

要するに,ADIは,食品添加物としての硝酸塩について設定したもので,野菜の硝酸塩は対象外であり,野菜による硝酸塩の摂取量がADIを超えても心配ないと明言していないものの,言外にほのめかしている。

しかし,この問題に対する明確な答えが,関係機関の報告書や文献に記述されていない。このため,混乱が生じている。もしも硝酸塩が無機塩と結合して難溶性化合物になったり,植物組織の有機成分に強く保持されたりするのであれば,毒性が大きく低下することは理解しやすい。ただ,問題は,硝酸塩は水に極めて良く溶けて植物体の導管や細胞の中の水にイオンで存在しているという点である。そのため,植物体内の硝酸塩には毒性がないとして,それを信じろというのは乱暴としか言いようがない。

● 農林水産省はなぜ優先的にリスク管理を行なうべき有害化学物質のリストから硝酸塩を外したのか

農林水産省は「リスク管理検討会」において,「農林水産省が優先的にリスク管理を行うべき有害化学物質のリスト」を選定している。2006年3月に開催された第3回の「リスク管理検討会」で,リスク管理の優先度について委員で意見交換が行なわれた。その場で,硝酸塩については次の意見交換が行なわれた。

委員:畜産地帯における地下水汚染や,有機農業地域での未完熟堆肥による窒素過多が問題。EU では,残留農薬と同様に基準値を設定。

事務局:EUの基準は,超過により直ちにヒトへの健康影響があるというものではなく,出荷停止にはならないモニタリングのための基準値。完熟堆肥でも,使用方法によっては硝酸性窒素の問題が生じる場合あり。

委員:消費者の関心度は高い。

このように硝酸塩は他の有害物質に比べて毒性が弱いが,消費者の関心が高いとの意見を踏まえて,優先的にリスク管理を行なうべき有害化学物質のリストに加えられたことがうかがえる。

これを踏まえて,調査・モニタリング中期計画を作成する旨が説明され,2010年の「農林水産省が優先的にリスク管理を行うべき有害化学物質のリスト」に,「リスク管理を継続する必要があるかを決定するため,危害要因の毒性や含有の可能性等の関連情報を収集する必要がある危害要因,または既にリスク管理措置を実施している危害要因」のカテゴリーのなかの「(1)一次産品に含まれる危害要因」の「その他」として,硝酸塩(硝酸性窒素)(筆者注:食品添加物としての硝酸塩は)がリストアップされた。

これはリストアップされた他の化学物質に比べて,毒性が低いが,消費者の関心が高いために入れたと理解される。例えば,表2に示すように,食品添加物としての硝酸塩の毒性は,無機ヒ素,カドミウム,メチル水銀の千分の一のオーダー,ダイオキシン類の百万分の一のオーダーで極めて低い。

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因みに表2のTDI(一日耐容摂取量)とADI(一日許容摂取量)は,いずれも,感知できるほどの健康上のリスクを伴わずに一生涯のあいだ摂取し続けることができる化学物質の量のことを指している。このうち,「一日耐容摂取量」は,摂取することが本来意図されていない、大気や土壌、飲用水、食品などに汚染物質として混入している物質に対して用いられ,「一日許容摂取量」は摂取されることを意図して添加した物質に対して用いられ,両者は基本的には同じである。

そして,「農林水産省が優先的にリスク管理を行うべき有害化学物質のリストlは2016年1月8日に改定され,硝酸塩が削除された。これは調査や情報収集を継続したものの,野菜の硝酸塩による害作用を示す事例がなかったために,削除されたと理解される。

●「野菜の硝酸塩対策」を削除したのは農林水産省の姿勢の後退を意味するのか?

「農林水産省が優先的にリスク管理を行うべき有害化学物質のリスト」から2016年に農林水産省が硝酸塩を外したのだから,野菜の硝酸塩を有害物質として扱う必要はない。このため,2016年版の「農業技術の基本指針」にあった下記の項目を,2017年版から削除したのは当然といえよう。

————削除された項目———————————————————————————–

() 食品の安全性の向上等

1 農産物の安全性の向上

(2) 有害物質等のリスク管理措置の徹底

エ 野菜の硝酸塩対策

野菜中の硝酸塩をできる限り低減するため,過剰な施肥を避け,適切な施肥管理を徹底する。また,必要に応じて,硝酸塩低吸収品種の選定,遮光及び温度等の栽培条件の制御による野菜の硝酸塩低減技術の実証・評価を実施する。

——————————————————————————————————————

しかし,このことは,過剰施肥を避けて適切な施肥管理を徹底するなどの技術指針を農林水産省が放棄したことを意味しない。

2017年版「農業技術の基本指針」においても,日本農業の体質強化や生産コスト低減対策,さらに環境と調和のとれた農業生産の推進などの目標に対して,土壌診断に基づく適正施肥や効率的施肥の推進,肥料が環境に与える負荷の低減などを遵守すべきことが強調されている。つまり,野菜生産においてこれまでの多肥を継続していて良いとは一言も書かれてはいない。それゆえ,農林水産省の姿勢が後退したとはいえないだろう。農林水産省は「農業技術の基本指針(平成29年改定)の新旧対照表」において,「エ 野菜の硝酸塩対策」を削除した理由を,左欄の「関連情報」に記入して,誤解を生まない努力を払うべきであったろう。

● 大幅な養分投入量削減が必要な日本農業

先進国の農業を概観すると,農家の平均経営農地面積が小さい国は,肥料や農薬などの資材の農地面積当たりの投入量が多く,農地に投入した養分量から収穫物として農地外に搬出した養分量の差(養分バランス)が大きく,それにともなって様々環境負荷が生じている。OECDはこうした農業環境指標のデータを加盟国から提出させて,そのデータベースを作成している。

OECDが2017年10月に更新した農業環境データベース(環境保全型農業レポート「No.331 OECDが農業環境指標DBを2014年分まで追加」)によると,2012 – 2014年の3か年の農地ha当たりの平均余剰窒素(N)量が多い国は,韓国249 kg,日本153 kg,オランダ148 kg,ベルギー138 kgなどとなっている。1990 – 92年当時ではオランダ309 kg,ベルギー 263,韓国213,日本171 kgであったのと比べると,EU加盟国では軒並み大幅に削減されていることが注目されている。これは意図的に政府が環境保全のために施策を強化するとともに,その遵守に対して助成金を支給した結果である。こうしたEUでの変化に対して日本では,過剰施肥と家畜ふん尿の過剰が一向に改善されず,農村地帯を中心に環境汚染が進行している。過剰の窒素やリン酸が農地から表流水や地下水に流出して,「水道法」や「湖沼の生活環境の保全に関する窒素とリンの基準」を超過しているケースが少なくない。

過剰施肥は,環境問題だけではない。環境保全型農業レポート「No.296 有機栽培作物で高い抗酸化物質濃度は窒素多用で減少しやすい」に述べたように,窒素施用レベルが高いと,野菜収穫物中の硝酸塩濃度が高くなり,ビタミンCなどの抗酸化物質濃度が低下する傾向が数多く観察されている。窒素の多肥は,有機農業や慣行農業の如何を問わず,農産物の品質低下を起こしやすい。

それゆえ,環境保全と品質の高い農産物を生産するために,過剰施肥の体質を根本的に見直す必要がある。

● 体内の野菜に由来する硝酸塩,亜硝酸塩やNOは本当に無害なのか?

体内の硝酸塩,亜硝酸塩やNOは有益な作用をしているから,人体の血液中などの濃度が高まっても有害ではないといった論法が正しいとは思えない。例え話をするなら,食塩は人体に必須だが,食塩の多量摂取は高血圧などを起こして有害である。微量のNOは人体に不可欠であっても,反応性に富んだフリーラジカルのNOが硝酸塩や亜硝酸塩から多量に生成されたとしたら,有害に転ずることが考えられる。

この問題について明確な答えを記した文献を筆者は知らない。しかし,環境保全型農業レポート「No. 302 抗酸化物質による亜硝酸の害作用の緩和」に次を記した。

(1)ビタミンEとC,ポリフェノールのクルクミンといった抗酸化物質によって,メトヘモグロビンの生成が減少する。

(2)ビタミン類,フェノール化合物,イオウ化合物などに加えて,茶,コーヒー,果物ジュース,乳製品,大豆製品やアルコール飲料が,N-ニトロソ化合物の生成を阻害する。

(3)アメリカ農務省の「食品安全性検査局」所管の食用の肉類や家禽製品の製造に許される食品原料に関する法律のなかで,ベーコンの色付けや細菌の殺菌などのために,550 ppmのアスコルビン酸ナトリウムまたはエリソルビン酸ナトリウムを同時に添加することを条件に,亜硝酸ナトリウムを120 ppm(亜硝酸カリウムなら18 ppm)を使用して良いことを規定している。

このように,抗酸化物質が,硝酸塩から生成される亜硝酸塩やN-ニトロソ化合物の生成や有害作用を軽減する。このため,野菜からADIを超える硝酸塩を摂取して,血液中の硝酸塩や亜硝酸塩の一部からNOが生成されたとしても,その量はわずかであって,残りの硝酸塩や亜硝酸塩は,野菜に含まれている抗酸化物質によって,その害作用が大きく軽減されているために,野菜でADIを超える硝酸塩を摂取しても有害という結果が出ないのかもしれない。

一見過剰と思える硝酸塩や亜硝酸塩がなぜ有害でないのか? そのメカニズムが解明されるまでは,野菜の硝酸塩の安全性の問題は解決されたとはいえないであろう。