No.293 OECDがオランダの環境パフォーマンスをレビュー

●OECDによる,オランダの環境パフォーマンスの第3回レビュー

先進国で構成しているOECD(経済開発協力機構)は,加盟国の環境パフォーマンスを順次レビューしている(環境保全型農業レポート「No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー」参照)。オランダについてのレビューは2回目を2003年に行なった後, 2000-2013年を対象にして2014-2015年に3回目のレビューが行なわれ,その結果が2015年11月に刊行された。

OECD (2015), OECD Environmental Performance Reviews: The Netherlands 2015, OECD Publishing. p.226.

このレビューの対象として農業関係は一部にすぎないが,農業関係の概要を紹介する。

●オランダの環境状況の概要

OECD加盟国における2013年の陸地面積1 km2当たりの人口密度をみると,韓国515人についでオランダが499人と高い(日本は349人)。オランダのなかでも,政治・経済の中心である西部の帯状のランドスタット地域にはオランダの総人口の約45%が集中し,ヨーロッパで最大規模の都市集積地域のひとつとなっている。こうした人口過密地帯では,多数の自動車による輸送や工場からの排ガス・温室効果ガスの発生,騒音問題が深刻となっている。

こうした人口過密地帯を除く,オランダの国土面積の約半分は農地となっており,集約農業が行なわれている。なかでも輸入飼料に依存した家畜生産で排泄されたふん尿問題や,耕種農業における化学肥料や農薬の使用量レベルが,かなり低下したとはいえ,なお高い。このため,非特定汚染による水質問題などが深刻となっている。

また,住宅や工場などの都市開発のための土地利用変化,大気からの窒素降下による自然生態系の富栄養化などによって,生態系の質や生物多様性の低下が問題になっている。

●温室効果ガスの排出

一般に,経済成長にともなって温室効果ガス排出量が増えると考えられている。しかし,2000年以降,オランダは1人当たりのGDPの増加が増えているにもかかわらず,温室効果ガス排出量(二酸化炭素換算温室効果ガス排出総量)は減少し,経済成長とはデカップリングしている(共役していない)(図1)。この原因として,エネルギー節約,電力の輸入量増加,経済危機のインパクトが指摘されている。

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因みに,報告書には記載されていないが,他のいくつかのOECD国について同様な図を作成してみると,どの国でも1人当たりのGDPが2000年以降増加している。そして,大部分の国で温室効果ガス排出量も減少している。ただし,日本では2009年以降増加している(図1)。2011年3月の東日本大震災以降,原子力発電の代わりに化石燃料の増加によって温室効果ガス排出量が増加しているのはよく知られているが,実際には2009年から増加傾向が続いていることが注目される。

なお,2000年以降,温室効果ガス排出量が減少し,GDPが増加する傾向であることだけをもって,環境を保全した経済成長を行なっているとするのは短兵急である。例えば,1人当たり1 USドルのGDP当たりの温室効果ガス(二酸化炭素換算量)の総排出量を計算すると,日本1.6,オランダ4.1,ドイツ21.9,アメリカ126.3トンである(表1)。アメリカのように絶対値レベルが極端に高い国でも,経済成長は温室効果ガス排出量とデカップリングしているとして免責されるのには疑問がある。因みにアメリカのジョージ・ブッシュ元大統領(2001−09年)は,温室効果ガス排出削減をすれば経済成長が困難になるとして,京都議定書の批准を拒否した。これは持続可能な社会への移行を拒絶することを宣言した時代錯誤の態度であった。

オランダは1人当たりGDP1 USドル当たりの温室効果ガスの総排出量の絶対値が4.1トンと,OECD国のなかで低く,温室効果ガス排出総量も減少傾向を続けている。ただし,使用エネルギー総量のうちで化石燃料の割合がOECD国で5番目の高さで,90%超を占めている(天然ガス42%,石油39%,石炭10%)。このため,再生可能エネルギーをいかに増加させていくかが課題となっている。

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なお,温室効果ガス排出総量に占める農業のシェアは,2010年時点で,オランダ7.9%,ドイツ7.2%,アメリカ6.3%と比較的高いのに対して,日本は低い食料自給率とも関連して2.0%にすぎない。

●農業における養分過剰

オランダで農業における養分過剰問題が深刻であることは,環境保全型農業レポートで紹介してきている。例えば,OECDのまとめたオランダの全農地面積当たりの窒素(N)バランス(農地への投入量と搬出量の差)は,1998-2000年の平均値で302 kg N/haであり,OECD国で最も多かったのが,2000年以降減少し,2007−09年の平均値で204 kg N/haに減少し,OECDで2番目の多さに減少したとなっている(環境保全型農業レポート「No.232. OECDが2010年までの農業環境状態を公表」参照)。その後も減少し続けているが,なお過剰レベルが高い。この推移を図2に示す。図2で注目されるのは,窒素の農地への投入量で最も多いのが家畜ふん尿で,投入量全体の61%を占めていることである。

参考として,日本での同様な図を図3に示す。日本では窒素バランスが200 kg/ha弱の水準でこの20年間ほぼ一定している。窒素施用量が過剰であることは多くの野菜や果樹を中心に指摘されているのに,改善の傾向が一向にうかがえない。オランダをはじめ,EUの国々では過剰な窒素やリンの量が最近減少してきているのは,主に「硝酸指令」による規制によるとされている(環境保全型農業レポート「No.251 EUにおける農地からの窒素排出量の内訳と硝酸指令の削減効果」)。日本では施用基準は推奨であって,規制ではないことがこうした違いを生じていると考えられる。

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また,日本では農地への家畜ふん尿による窒素の投入量がオランダの約60%と少ない。このことからも,オランダでの家畜ふん尿の過剰施用問題がうかがえる。

OECDはオランダに対して次の指摘をしている。

オランダ政府は環境に有害な補助金を少なからず支給している。PBL(オランダ環境評価庁)の試算によると,2010年における環境に有害な補助金は,特にエネルギー,輸送および農業の部門で多くみられ,50から100億ユーロに達していた。

農業部門に対する環境に有害な補助金はこれまでに大幅に減少してきているが,まだ全体の1/3を占め,これがオランダの非常に集約的な家畜セクターの展開に貢献しているが,他方で重要な養分過剰と,環境への窒素流去を起こしている。

因みに,PBLの報告書(E. Drissen, A. Hanemaaijer and F. Dietz (2011) PBL (Netherlands Environmental Assessment Agency) Note. Environmentally harmful subsidies. 15p. )は,農業における養分過剰を引き起こしている環境に有害な補助金の是正措置として,特に下記を指摘している。

(1) 全ての食品に対する付加価値税(日本の消費税に相当)として6%の低い税率が適用されているが,肉類および卵の税率を一般の税率である19%に引き上げる。これによって税収による歳入が増えるとともに,これら畜産物の生産が減少して,温室効果ガスや養分過剰が軽減されると期待される。

(2) 観賞用植物にも低い6%の付加価値税が適用されている。しかし,筆者の注釈を加えると,オランダではかつて花の生産が多大な養分排出を行なったことが批判され,花生産者の多くがアフリカなど海外に拠点を移し,汚染の移転だと批判されたこともある。その反省から環境保全に留意した花き生産についての国際環境認証プログラムをオランダが開始した(環境保全型農業レポート「No.47 花き生産における国際環境認証プログラム:MPS」)。こうしたことから分かるように,花き生産では養分過剰のケースが多いので,税率を上げて生産を減少させる。

ただし,PBLが当該農産物への付加価値税の税率引き上げを提言していても,オランダ政府はそれを施行していないし,OECDのレビュー報告書もその実施を勧告していない。とはいえ,付加価値税の税率をめぐる論議を経済成長と生活の側面だけから考えるのでなく,環境負荷の軽減の側面からも考えるのには敬服する。

●国の環境に関する法律を全て一元管理

オランダは,産業部門別に分散している環境法律(13の法律と,それ以外の14の法律の一部)を,新たに作る「環境・計画法」the Environment and Planning Actに統合し,国の全ての環境に関する法律を一元管理することを決定している。

新しい法律には,土地利用計画,都市および農村開発,水管理,環境保護,自然保全,建設,文化遺産,採掘,主要な公共および民間の労働開発を含む,環境に影響する広範囲の活動に関する総合化した規則を含むことになる。法律は2018年に発効する予定である。その施行を支えるための二次法律を導入するプロセスで,より多くの裁量権を地方当局に与えることにしている。このことは,地方分権の流れのなかで環境行政の施行に強力な基盤を構築するのに大切である。