No.171 OECDが日本の環境パフォーマンスをレビュー

●OECDの環境パフォーマンスレビュー

 OECD(経済協力開発機構:フランス,イギリス,ドイツ,アメリカ,日本など先進34か国が加盟して,世界の経済・社会問題などの課題を論議する国際組織)は,加盟国の環境政策とそのパフォーマンス(実績)を当該国との間で対話しながら評価して,加盟国の環境政策に対して改善勧告を行なうとともに,加盟国が他国の政策を自国の政策の改善に役立てることなどを目的にして,1993年から環境パフォーマンスレビューを実施している。実施に際してはOECD内に特別の環境パフォーマンスレビューチームが編成されて,当該国に出向いて行なうヒアリングを含めて,詳しい調査を行なったうえで報告書案を作成し,レビュー作業部会で承認を得てから,報告書を公表している。

 日本はこれまでに,1994年と2002年に環境パフォーマンスレビューを受けていた。2010年に3回目のレビューが行なわれ,3回のレビューを受けた最初の加盟国となった。2010年のレビューは2002〜09年を対象にしたもので,レビュー報告書が2010年11月に刊行された(OECD (2010) Environmental Performance Reviews: Japan 2010, 195pp. OECD, Paris. :”Look inside”をクリックすると,無料で内容を読むことができる。ただし,ダウンロードに長大な時間がかかる。購入なら短時間で済むが)。その概要を紹介する。

●日本の環境パフォーマンスについての主な評価

 報告書は,前回の2002年環境パフォーマンスレビュー以降のレビュー期間における日本の環境パフォーマンスについて,次の諸点を前進面として高く評価している。すなわち,日本は,特に大気汚染や水質汚染といった古典的環境問題の状況を改善し,単位GDP当たりの大気への排出物質量,単位GDP当たりのエネルギーおよび物質使用量や,廃棄物の最終廃棄量をさらに減少させ,健全な廃棄物および物質管理のための3R(リデュース,リユース,リサイクル)運動や,エコイノベーションおよびグリーン技術のための革新的手段を含むいくつかの領域でリーダーシップを発揮している。ただし,3RがOECD国で最も先行しているとはいえ,廃棄物問題の深刻度は高まっている。これと同時に,気候変動や生物多様性保全といったより複雑で長期的ないくつかの課題も前面に出てくるようなった。

 レビュー期間の8年間に,日本の経済は全体として緩慢に成長した。しかし,輸出への過度の依存,弱い国内需要,低所得な非常勤労働者の増加,高齢者人口の増加,近隣諸国のより高い経済成長が相変わらず問題になっている。このため,新経済成長モデルの必要性が2008〜09年の金融危機を契機に再認識された。日本政府は2009年12月30日にグリーンイノベーションによる環境・エネルギー大国戦略を,成長と雇用創出の駆動力の一つとする「新成長戦略(基本方針)」を閣議決定した。

 これはOECDの2011年経済・財政大臣会合に提出するために,OECDが現在策定中の「グリーン成長戦略(案)」を事前に取り込んだものであり,日本での今後の成否がOECDの成長戦略の是非を検証することにもなる。

●主な勧告

 報告書は日本の環境政策とその実績を詳細に分析し,それを踏まえて,38の政策上の勧告を行なっている。その主要なものを,補足を加えながら,紹介する(順不同)。

 1.日本政府は今後の環境政策の方向として,低炭素経済,健全な物質循環,自然との調和という3つの柱に立脚した日本型持続可能社会を目指す「21世紀環境立国戦略」を2007年6月に閣議決定した。この戦略にみられるように,「持続可能な発展」の概念は日本の政策立案に根付いているといえる。しかし,持続可能な開発についての政策を調整するメカニズムが一応用意されているとはいえ,政策を調整する特別な組織はなく,府省や地方自治体が所管する分野に焦点を当ててそれぞれ策定していて,総合的な政策立案は難しいままである。このため,全ての府省の政策と環境政策との首尾一貫した整合性を確保するために,組織間の協力を強化することが必要である。

 2.環境基本法で規定されている複数年にまたがる環境基本計画が,府省間の協議で作られ,内閣の承認を得て,環境政策を実施するための主たる手段として政府予算の配分に使われている。その後は,環境基本計画は府省の所管する産業部門別に施行されている。ほとんど全ての都道府県と大都市に加え,小規模な市の約半分も,自らの環境基本計画を立案して,独自予算で実施している。一部の地方自治体(例えば大阪府)は,国レベルで決められる対策を予想した上で,それよりも一歩進んだ環境対策を推進している。しかし,いろいろな府省や地方自治体の計画と国の環境基本計画との間の関連性と優先順位度合を明確にすることが必要である。

 3.環境省と中央環境審議会は,環境基本計画の実施状況を体系的に評価し,関係情報を公開しているのに加え,地方自治体も自らの計画を評価している。しかし,こうした評価結果が毎年の計画や予算査定に影響を与えている証拠はない。さらに,いろいろな政策手段のコスト効果,有効性や効率性が事前に評価されているケースがほとんどない。このため,政策手段の事前および事後の経済分析を強化することが必要である。

 4.日本の環境政策では,製造業やサービス業などの産業界が自主的決定(経団連環境自主行動計画など)や,「エネルギーの使用の合理化に関する法律」(省エネ法)を踏まえたトップランナー制度といった産業界と合意した達成基準や協定を強く重視しているという特徴をもっている。トップランナー制度とは,自動車の燃費基準や電気・ガス石油機器(家電・OA 機器等)の省エネルギー基準を,各々の機器においてエネルギー消費効率が現在商品化されている製品のうち,最も優れている機器の性能以上にする制度のことである。こうしたやり方は,競争で有利に立てるクリーン技術に対して産業界からの投資を呼び込むのに役立つが,環境政策立案者が望んでいる程度に環境パフォーマンスを向上させたり,その達成に必要な新しい技術を開発させたりする駆動力になるかには疑問がある。このため,現在のパフォーマンス・ターゲット(トップランナー制度など)の効果を分析することが必要である。また,2020年までの「新成長戦略」が環境に及ぼすインパクトを評価するとともに,環境関連部門が経済成長や雇用に与えるインパクトを評価することが必要である。

 5.日本は,エネルギー効率の高い家庭用品や自動車の購入を奨励する刺激事業(エコポイントプログラムなど)によって,事業者や家庭が省エネや汚染防止装置に投資するのに金銭的支援を提供している。しかし,エネルギー効率の高い製品または環境にやさしい製品を金銭的に優遇することは,公的予算に無理を与えるだけでなく,そのコスト効果は,環境インパクト対策コストを商品やサービスの価格に内部化させるよりも高くない。日本では家電製品のエネルギー効率の向上にもかかわらず,住宅部門の総電力消費量は増加している。買換促進にともなう製品のライフサイクルが及ぼす環境インパクトを考慮すべきである。

 6.安価な外国産農産物を輸入制限し,国内産農産物を国際相場よりも高い価格に維持する価格保証を行なっていると,農業者は肥料や農薬といった資材を多投して単収を上げると同時に,栽培面積を拡大して,総収穫量を上げ,所得を向上させようとする。これにともなって,農業による環境汚染がひどくなるというのが,OECDを始めとする国際的認識である。日本はこうした国内農業に対して,政府が多額の補助金を出して支持を行なっている。日本は農業支持を以前よりも減らしたとはいえ,農業に対する支持は高いままで,その大部分が生産とリンクしている。農業以外でも,日本はエネルギーの安定供給のために,化石燃料に関係した探索や精製のような事業活動に補助金を出し続け,いくつかのセクターで使用される燃料には消費税を免除している。これによって化石燃料の使用が助長されて温室効果ガスの排出量を増やすのが助長されてしまう。この他にも,企業は環境目標を達成するのに政府の財政援助を受けており,それによって汚染者が自己負担で汚染原因をなくし,汚染によって生じた被害を弁償するという汚染者負担原則の首尾一貫した適用から外れてしまう。そうした環境に悪い影響を与える可能性が高い補助金をなくすことが,政策手段のコスト効果を高め,公的予算に対する圧力を減らすことを強く認識すべきである。

 7.日本は他の多くのOECD国に比べて,GDPに対する税収の比率が比較的低く,しかも全歳入に占める間接税の割合が低い。そのため,環境関連の税金を広げる余地が残されている。一般に,環境関連の税金は,経済状況に応じて,負債削減による財政統合に役立ったり,他の税金を減らすのに使われたり,環境支出を含む政府支出の財源にしたりするのに役立っている。

 8.こうしたことから,2011年の税制改革においては,環境への配慮を重視し,環境関連の課税の使用を広げ,環境に悪い影響を与えるか汚染者負担原則に反することを助長させる制度や補助金を削減するように改革することが必要である。

●農業関連の主な指摘事項

 報告書は,環境と農業の関係について多くの指摘をしている。その主なものを紹介する(順不同)。

 1.レビュー対象期間に農業生産は引き続き減少し,農業総生産額は2000年のGDPの1.8%から2007年には1.5%に低下した。日本は農産物と林産物の世界最大の純輸入国であり,日本のなかで農業は高度に保護されたセクターである。農業に対する支持は減少したとはいえ,OECD国ではなお最大である。さらに農業補助金の圧倒的大部分は生産レベルとリンクしており,環境に対してマイナスインパクトを与えている潜在的可能性が高い。

 2.農業者に対する政府の支援額が総農家収入に占める割合は,2000-02年の58%から2006-08年には49%に減少した。しかし,それでも日本の農業者に対する支援レベルはOECD平均の2倍となっている。その上,生産(投入物量または産出レベル)にリンクした支援額が,生産者に対する支援額の約95%を占め,OECD平均の55%よりもはるかに高い。支援のうち,価格支持が農業支援のなお85%を占めている。この種の生産にリンクした支援は,生産拡大や投入物使用を助長し,水や土地にマイナスインパクトを与えるので,一般に貿易を歪曲させ,環境に有害である。これとともに,日本の農産物価格は高く,日本の消費者は,農産物に対して世界の市場価格の約2倍も支払っている。日本は高い支持レベルを引き下げ,生産に対する支援から,農業者に対する直接支援に切り替える必要がある。支援の内容構成を変えることは,農業者,消費者および環境に利益をもたらすであろう。

 3.国際自然保護連合に登録された日本の自然保護地域は国土の6%未満で,OECD基準よりも低く,最近になって指定された保護地域は極めて少ない。農業も生物多様性に対する圧力の主要原因となっている。日本の農地単位面積当たりの肥料と農薬の使用量はOECDの平均値よりも明らかに多いままである。このため,環境インパクトを最少化し,生物多様性を保護するために,農業支援方策をデザインし直すことが必要である。

 4.淡水の総取水量は利用可能な淡水資源量の約20%で,水ストレスとしては適切である。日本の河川の全体的水質は,廃水処理システムの普及によって改善している。しかし,湖沼や沿岸域ではしばしば藻類の異常繁殖が生じており,農業,小規模廃水処理施設や小規模工場からの高レベルの養分負荷に起因している。

 5.日本は,化学肥料と農薬の使用量を半分にする,環境にやさしい農業に対する直接支払を導入した(注:地域でまとまって化学肥料・化学合成農薬の使用を大幅に低減する先進的な営農活動等を支援する「農地・水・環境保全向上対策」のうちの営農活動支援のことであろう)。しかし,この支払額は農業者に対する総支払額のわずか0.5%にすぎず,他の主要OECD国での農業環境支払と比べて極めてわずかにすぎない。2002年のレビューで勧告したように,農業支援を適切な環境基準の達成を条件にすることが必要である。

 6.河川の生物学的酸素要求量,ならびに,河川への窒素,リンや重金属の放出量がかなり減少して,日本の河川の水質がかなり改善された。これは,(1)大都市における下水道処理と廃水処理のカバー率の拡大(人口100万を超える都市では人口のほぼ100%のレベルに到達),(2)農村地域における排水システム(浄化槽を含む)の拡大,(3)農業からの養分負荷の減少,に起因する。しかし,湖沼や沿岸域では,引き続き,農業からの高養分負荷,小都市における不十分な下水・排水処理能力,小規模汚染源からの不規則な放出によって,藻類繁殖(富栄養化)が生じている。

 7.養分負荷に占める農業のシェアを明確にした情報はほとんどないが,間接的証拠から農業が内陸や沿岸の水系の富栄養化の重要な要因であり,このことはなお続くであろう。

 8.日本の野生生物では固有種の割合が比較的高いが,哺乳類種の約1/4と淡水魚種の1/3超が絶滅の危機にさらされている。82の絶滅危惧種について保全プログラムが実施されているものの,2002年のレビュー以降,事態は悪化している。農・林・水産政策への環境配慮の不十分性および外来侵入種の増加が,種とその生息地に対する主たる圧力源となっているうえに,地球温暖化がこうした圧力を拡大している。

 9.里山イニシアティブが意図している生物多様性保護を高めるには,農業者に対する支払を,生物多様性保護にインセンティブを与えるようにターゲットを絞ることが必要である。換言すると,里山イニシアティブを成功させるには,日本は農業生産以外の多面的機能(里山サービス)をターゲットにした支払の導入を考えるべきである。また,消費者の認識向上を図って,里山地域からの農産物に対する需要を創出することも必要である。2008年に農林水産省は「生きものマーク」と呼ぶ自主的なエコラベルの使用を奨励し始めた。これはローカルな生きものを保全するように生産した農林水産物で使える(例えば,コウノトリマークのついたコメ)。こうしたブランドは,たくさんの魚と鳥が生息している水田で育ったコメは,人間にも安全で体に良いことを認識している消費者に歓迎されて,地方経済を助けている。里山の保全・修復において生物多様性保護の効果を上げるにはモニタリングが大切である。

 10.日本の農薬使用強度はOECD国のなかで非常に高い。有機農業技術は今後採用されてしかるべきであり,そのために,農林水産省は44億円の予算で実証農場を設置した。2011年までに全ての都道府県と市町村の半分が有機農業推進計画を施行する予定であり。既に14都道府県が実施している。現在のところ有機農産物の生産量は,重量で農業生産のわずか0.2%を占めるにすぎない。

 11.「国連気候変動枠組条約」の京都議定書で,日本は1990年レベルに比べて2008-12年の平均で温室効果ガス排出量を6%削減することを約束した。しかし,2007年の日本の全温室効果ガス排出量は,1990年の基準レベルよりも約9%も多くなった。2008年の温室効果ガス排出量(二酸化炭素換算量)のうち,二酸化炭素が94.7 %,メタンが1.7 %,亜酸化窒素が1.8 %などを占めた。温室効果ガス排出量の89.9 %は,電力や燃料といったエネルギー源として使用した化石エネルギーに起因する二酸化炭素だが,農業で使用したエネルギーに起因した二酸化炭素排出量は,2008年の温室効果ガスの総排出量の0.9 %のみで,1990年に比べて2007年には40.5 %も減少した。メタンや亜酸化窒素の排出では農業のシェアが高いが,全温室効果ガスの3.5 %しか占めておらず,両者の総排出量も,基準年に比べて2007年にはそれぞれ31.8 %と28.3 %も減少した。つまり,農業に起因した温室効果ガス排出量は全体に占めるシェアも小さい上に,農業の縮小によって大幅に減少した。このため,報告書は,温室効果ガス削減対策として農業の果たすべき課題や役割については何ら論及していないことを注記しておく。

 12.2002年公布の「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」によって,電気事業者は基準量以上の新エネルギー等による電力を販売しなければならないことが規定された(注:「新エネルギー等」とは,太陽光,地熱,出力1000 kw以下の水力,バイオマスなど)。2014年までに,新エネルギー源から現在の生産レベルのほぼ5倍の170億kWhの電力を生産することを目標としており,年間目標はこれまでのところ達成できている。

 「バイオマス・ニッポン総合戦略」(2002年閣議決定,2006年改訂)は,バイオマスエネルギーを気候変動対策として促進し,健全な物質循環社会に貢献し,農林業の発展を支えるものとして位置づけている。そして,バイオマスエネルギーに大きく依存する「バイオマスタウン」を300ほど2010年までに作ることを計画し,2009年末現在,すでに221のバイオマスタウンが作られている。そして2010年までに,輸送用燃料消費量に相当する5億リットルの原油分をバイオマスから製造することを目標にしている。これは二酸化炭素排出量を130万トン削減することに相当する。しかし,バイオ燃料の国内製造コストが高いので,日本は国内供給を促進するにはかなりの補助金を提供するか,目標達成のために海外で製造して輸入することになろう。そうしたとしても,バイオ燃料使用による排出量削減費用は,排出権取引といった他の手段で達成されるよりもはるかに高くなっている。

●おわりに

 今日,環境問題というと,地球温暖化問題が前面に押し出されていて,日本では古典的な大気汚染や水質汚染への関心は低いように思える。しかし,本報告書が日本について指摘している農業が主たる原因の環境問題は,温暖化ではない。温室効果ガス発生源としての農業の占めるシェアは小さい上に,農業生産が年々縮小しているので,農業において温室効果ガス発生低減対策を現在以上に特段講じなくても,農業に起因する温室効果ガス発生量は着実に減少していくと考えられるからである。

 本報告書は,調査の対象外なので論及していないが,地球温暖化問題で日本農業が対処すべき最も重要な問題は,温暖化にともなう収量や品質の低下に対する対策技術の開発である。また,本報告書が指摘しているように,日本では農業が水質汚染や生物多様性劣化の大きな原因になっており,これらに真剣に取り組む必要がある。

 そして,OECDは日本の生産にリンクした多額の補助金は,消費者に高額な農産物価格を強いているだけでなく,環境に負荷をかける温床となっていることを繰り返し警告している。この問題に真剣に取り組むことが必要だろう。