No.261 ミシシッピーデルタにおける環境保全対策効果の実証

●アメリカにおける農業環境保全対策事業の効果を検証する研究プロジェクト

農業による環境負荷が深刻なアメリカは,USDA(アメリカ農務省)のNRCS(自然資源保全局)が中心になって各種の対策事業を行なっている。その際に,事業ごとに事前に定められた環境保全的な技術を農業者が行なうと奨励金が支給されている。その技術的基準になっているのが,NRCSの定めた環境保全農業規範 (Conservation Practices)である。

NRCSは規範を定める一方,規範を実施して生じた環境改善効果を検証する研究プロジェクトを,1994年から2003年まで,「管理システム評価区域」(Management Systems Evaluation Areas: MSEA)という名称で複数の現地で行なった。2004年以降は「全米プログラム201 (National Program 201 ー Water Quality and Management )」に再編され,全米12か所の集水域で保全的対策とその環境改善効果を含めて,水質のモニタリング研究が継続実施されている。

●ミシシッピーデルタのビースリー湖集水域

全米プログラム201の一部として,ミシシッピーデルタのビースリー湖集水域でモニタリング研究が継続実施されている。ミシシッピーデルタは,ミシシッピー川沖積平野の南側部分で,ミズーリ州南東部からメキシコ湾まで1,100 km超に広がった細い帯状になっており,1100万haの広がりを有している。以前は,ワタやダイズ,トウモロコシなどの畦を立てて栽培する作物が多く,秋に畑をディスクプラウで耕耘し,春に植え付けするまで放置していた。そして,冬と春に雨が多いために,耕耘されて柔らかくなった土壌が雨で表面流去して,河川を汚染し,最終的にメキシコ湾を汚染した。1981年の研究報告では,ミシシッピーデルタの平坦な集水域での5年間平均沈積物量が,年間17.7 t/haに達していたことが報告されている。

ビースリー湖集水域は,ミシシッピー州のサンフラワーカウンティに所在し,ミシシッピー川の支流であるサンフラワー川の蛇行部分を真っ直ぐな流れに改修して生じた,U字型をした三日月湖のビースリー湖 (25 ha) を中心にした集水域 (約915 ha) で,集水域内の高低差は8.6 mである。気候は湿潤亜熱帯で,年間総水量は1,140から1,520 mm,平均気温は18℃である。

このビースリー湖集水域で,1995年から導入した環境保全技術と水質の関係を調べるモニタリング研究が継続実施されている。1995年当時,集水域全面積の79%にあたる約724haに畦栽培作物が栽培され,残りは25 haの湖,135 haの湖岸林などであった。当時はワタが畦栽培作物の63.3%であったが,最近は8.9%に減少し,畦栽培作物としてはダイズ,トウモロコシ,ワタへと多様化した。そして,さらに農産物の生産抑制のために,2003年からは約12%の作物栽培地を,転換農地に植林する「保全留保プログラム(CRP: Conservation Reserve Program)」に参加している。

●ビースリー湖集水域での環境保全対策の変遷

ビースリー湖集水域では当初,圃場から排出された表面流去水中の土壌粒子を圃場内部に沈殿させて除くだけの技術を導入したが,それだけでは不十分なことが分かり,段階的に別の技術を導入していった。なお,技術は導入後継続実施されているため,後の時期になるほど複数の技術が並行実施されている。

A.1995年以降

ビースリー湖集水域では,1995年から1998年に,圃場の縁部分に簡単な仕掛けをつけた空間を設けて,表面流去水中の懸濁物(土壌などで湖底に沈降すれば堆積物)を除く技術を施行した。具体的には,

(1) 牧草ろ過帯(執筆者注:トールフェスクやスイッチグラスなどの草丈の高い牧草をベルト状に密生させて土壌留意をろ過する牧草帯)

(2) Slotted Board Riser(執筆者注:ゆるやかに傾斜した圃場の低い側の縁に土手を作り,土手の一部に排水口を設け,そこに水止め板を挿入し,水位を板の高さで調節して排水が圃場内に溜まるようにする水位調節装置。水を溜めて土壌粒子を沈下させる。)

(3) Slotted Inlets Pipes(執筆者注:圃場の底部に設けた吸水口にパイプを立てて,パイプの上端から排水させるようにして,排水口を高くして圃場縁部分に表面流去水が溜まるようにした装置)

などの対策を圃場の縁部に講じた。

B.1999年以降

ワタ,ダイズ,トウモロコシなどの畦栽培作物を栽培するのに,畑の耕耘を省略ないし大幅に減らした保全耕耘を1999年から導入した。また,1999年から除草剤耐性やBt耐性のトウモロコシ,ダイズ,ワタを導入し,除草剤や殺虫剤の使用量を減少させた。

C.2004年以降

2004年から,生産を抑制するために,畑の一部をCRPに登録して,ヒロハハコヤナギ,オークやヒッコリーを植林した。

D.2006年以降

2006年秋に,湖の南岸に沿った耕地14.5 haを畦栽培作物生産から外し,鳥のコリンウズラ(Colinus virginianus)を呼び寄せるために,植生ろ過生息地に転換した。

ビースリー湖集水域での,1995年からの水質をモニタリングした研究の概要を,下記の文献(いずれもフリーアクセス)を基にして紹介する。

1.Smith, Jr., S., C.M. Cooper, R.E. Lizotte, M.A. Locke, and S.S. Knight. (2007) Pesticides in lake water in the Beasley Lake Watershed, 1998-2005. International Journal of Ecology and Environmental Sciences 33:61-71.

2.Locke, M.A., S.S. Knight, S. Smith Jr., R.F. Cullum, R.M. Zablotowicz, Y. Yuan, and R.L. Bingner (2008) Environmental quality research in the Beasley Lake watershed, 1995 to 2007: Succession from conventional to conservation practices. Journal of Soil and Water Conservation 63(6): 430-442.

3.Cullum, R. F., M. A. Locke, S. S. Knight (2010) Effects of Conservation Reserve Program on Runoff and Lake Water Quality in an Oxbow Lake Watershed. Journal of International Environmental Application and Science, Vol. 5 (3): 318-328.

4.R.E. Lizotte, Jr., S.S. Knight, M.A. Locke, and R.L. Bingner (2014) Influence of integrated watershed-scale agricultural conservation practices on lake water quality. Journal of Soil and Water Conservation. 2014. 69(2): 160-170.

●湖水の透明度と懸濁物量の変化

湖水の透明度は,セッキ円盤(白と黒に塗り分けた直径20 cmの円盤)を湖水につり下げ,円盤が識別できるまでの深さcmを2週間ごとに測定するとともに,水中の懸濁物量は,湖の所定のサイトで深さ5 cm以内の水を2週間ごとに採取して分析した (Cullum et al. 2010)。

その結果,セッキ透明度の平均値は,1995〜1998年に16 cm,1999〜2003年に21 cm,2004〜2005年に38 cm,2006〜2008年に49 cmと次第に増加した。湖の表層水中の総懸濁物量の平均値は,1995〜1998年に333 mg/L,1999〜2003年に171 mg/L,2004〜2005年に129 mg/L,2006〜2008年に88 mg/Lと次第に減少した。

このように,1995年からの圃場の縁部分で水を一時的に貯留させたり,草でろ過させたりして,表面流去水中の懸濁物を減らす技術だけでは,湖水の懸濁物量があまり減少せず,透明度も向上しなかった。しかし,1999年から保全的耕耘,2004年からCRPによる植林,2006年からはウズラ誘因植生帶を導入した。その結果,施行した保全的技術の数が累積して増えるのにともなって,湖水の透明度が上昇し,湖水中の懸濁物量が減少した(Cullum et al. 2010)。

いろいろな技術を導入した2005〜2008年に,畦栽培作物圃場サイトとCRPの植林サイトを比較すると,4年間の合計で,総降水量は2048 mmで同じだが,サイト外に流出した表面流去水量は圃場サイトで934 mm,CRPサイトで595 mm,流出した懸濁物量は圃場サイトで8361 kg/ha,CRPサイトで1290 kg/haであった。圃場には2004年までに既にいくつかの技術が導入されて,かつてよりは流出する懸濁物が減少していたとはいえ,CRPでの植林地よりは多かったことが示された。とはいえ,圃場サイトからの懸濁物の流出量は年平均にすると2.1 t/haで,CRPサイトからは0.3 t/haにすぎず,NRCSの土壌侵食の許容レベルは3 t/ha未満なので,圃場サイトも許容範囲に入っている(Cullum et al. 2010)。

別の報告での1996年から2009年の透明度の経年変化の結果をみると,湖水の透明度は春,夏と秋に高く,セッキ深の各年の中央値は,年次とともに高まった。これに対して,冬の透明度は低く,年次が進んでも低いままであった (Lizotte et al. 2014)。

複数の保全的技術の集水域での実施によって,湖水に流入する懸濁物量が減少し,特に春と夏における水の透明度が上昇した。湖水の透明度は,保全耕耘の実施(2001年から2002年)と,その後のCRPの実施(2003年から2004年),ならびにウズラ生息地緩衝帯の導入(2006年)によって、ひき続き上昇した(Lizotte et al. 2014)。

●湖水中の化学物質量の変化

表面流去水や懸濁物質の流入量が減少するのにともなって,表面流去水に溶解した化学物質や懸濁物質に収着した化学物質の湖水への流入量が減少した。

1995年から2005年の11年間に,年間の平均値でみると,湖水中の懸濁物質濃度が70%減少し,セッキ透明度が97%増加して,全リン濃度が41%減少した (Locke, 2008)。

導入した保全的技術の増えた2005年から2008年において,圃場サイトとCRPサイトでの化学物質流出量の年間平均量は,無機リン酸態P (PO4-P)は,圃場サイトで713〜2,791 g/ha,CRPサイトで694〜2,000 g/ha,硝酸態窒素(NO3-N)は,圃場サイトで3,204〜5,342 g/ha,CRPサイトで46〜3,105 g/haで,保全的技術を導入して減少したとはいえ,圃場サイトからの化学物質の流出量はCRPサイトよりも多かった(Cullum et al. 2010)。

●湖水からの農薬の検出

1998年から2005年の8年間にわたって,毎月,湖の表層水を採取し,0.1 ppb (μg/L)以上の濃度で検出された農薬の種類を同定した (Smith et al. 2007)。8年間で総計80回,農薬が検出された。そのうちの85%は除草剤が検出されたものである。そして,総検出回数の55%は1998年から2000年に存在し,26%が2001年から2002年に存在し,19%が2003年から2005年に存在した。

このように除草剤が検出された回数が最も多かったのは,当該集水域で栽培された作物の種類と,管理方法の動向を反映している。すなわち,2000年以前は,除草剤などの農薬を使った慣行耕耘で,畑の大方でワタが生産されていた。2001年から2002年に,保全耕耘によるワタとダイズが畑の大部分を占めるようになった。2003年からは,保全耕耘のダイズが畑の主体になり,ビースリー湖の北側ではCRPに基づいて植林がなされた。

このため,2001年以降,湖水の0.1 ppb以上の除草剤や他の農薬が検出された回数は,集水域において,慣行耕耘から保全耕耘や保全耕耘プラスCRPと対策が積み重なったために,徐々に減少した。なお,2001年から2005年の間に1 ppb以上で農薬が検出された回数のうち,ほぼ1/3は以前に使用禁止になったDDTなどの「伝説的な農薬」であることも注目された(Smith et al. 2007)。

また,Zablotowiczらの研究(2006)によると,検出された除草剤のなかで,フルオメツロンはワタに使用されていて,慣行のワタ栽培面積が大きかった1996年には,ワタを植え付けた約2か月後の6月に湖水から検出された。1998年に作物栽培地の約30%でトウモロコシがワタに置き換わり,フルオメツロンの最高濃度は,1996年と1997年に観察された値の約半分になった。2000年よりも後になると,グリホサート耐性ワタの使用増加が増加したのにともないフルオメツロン除草剤の使用量が減少し,湖水のフルオメツロン濃度はさらに低くなった。

Locke et al. (2008)は,除草剤のグリホサート耐性のワタ,ダイズ,トウモロコシなどの使用は,発芽前除草剤の現出回数の減少に恐らく寄与していると考えられることともに,遺伝子組換えのBt毒素遺伝子導入ワタの使用はピレスロイド殺虫剤散布量を減らし,Btワタ栽培畑からの表面流去水中のピレスロイドの検出回数が,非Btワタからよりも有意に少なくなったが,Btワタと非Btワタをそれぞれ栽培した畑からの表面流去水の検査では,有機リン剤の検出には違いがなかったことを指摘している。

●おわりに

14年間の研究期間にわたって,優良農業規範にある複数の環境保全的技術を実施して,湖水の水質の改善を集水域レベルで検証し,それらの保全的技術が現地で実際にどの程度の効果を発揮しているかを,長期にわたって追跡したデータは貴重である。ミシシッピーデルタにあるビースリー湖集水域で,湖水の水質が,圃場の縁での表面流去水中の土壌の沈殿除去に加えて,保全耕耘の実施(2001年から2002年)と,その後の保全留保プログラムの実施(2003年から2004年)の実施,ならびにウズラ生息地緩衝帯(2006年)の導入によって上昇した。

環境保全型農業を実践するなら,当該農地周辺の環境状態をデータで把握し,その改善経過を経時的に把握することが必要であり,ここでの研究事例はその際に多いに参考となろう。