No.240 アメリカ小児科学会の有機食品に対する見解

●アメリカ小児科学会の意図

アメリカでは有機食品の消費量が増えている。それは,消費者が,有機食品のほうが栄養価が高く,添加物や汚染物質が少なく,かつ,より持続可能な形で育てられていると信じて選択していることにも起因している。そして,幼児や未成年者のいる家族や若い消費者は,一般に有機の果実や野菜を他の消費者よりも購入していることが多いとされている。

アメリカ小児科学会は,こうした背景から,乳児や児童の健康を心配する患者から,会員の小児科医が有機食品や関連する表示の食品について問われることが多いため,学会としての見解を下記に公表した。

Joel Forman, Janet Silverstein, Committee on Nutrition and Council on Environmental Health (2012) Organic Foods: Health and Environmental Advantages and Disadvantages. Pediatrics (American Academy of Pediatrics) 130:e1406 – e1415.

この概要を紹介する。なお,執筆者に名を連ねている”Committee on Nutrition”(栄養委員会)と”Council on Environmental Health”(環境衛生に関する諮問委員会)は,アメリカ小児科学会のもの。

●結論:キーポイント

小児科学会は結論として,下記のキーポイントをまとめている。

  1. 有機と慣行の生産物における栄養的差異はわずかにすぎず,有機と慣行の生産物との間に,臨床的に栄養的違いが意味をもっているとの証拠はない。
  2. 有機生産物は慣行のものよりも残留農薬量が少なく,有機生産物による食物を消費することは,農薬による人体の曝露を減らす。
  3. 有機の家畜飼養は,抗生物質の非治療薬使用を禁止しており,薬剤耐性菌によって引き起こされる人間の疾病を減らす可能性を有している。
  4. 有機と慣行のミルクには臨床的に有意な差を示す証拠がない。
    1. 有機と慣行のミルクの間には栄養的な違いがあまりなく,あってもわずかである。違いが存在しても臨床的意義が存在することを示す証拠はない。
    2. 有機ミルクのほうが慣行ミルクよりも細菌汚染レベルが臨床的に有意に高いという証拠はない。
    3. 慣行ミルクの牛成長ホルモン含有量が有意に高いという証拠はない。仮に慣行ミルクに牛成長ホルモンが残っていたとしても,構造が違うことと,胃での消化を受けるために,人間では生物学的に活性ではない。
  5. 有機農業は慣行よりも通常高額になるが,注意深くデザインした実験農場だと,コストの差は緩和できる。
  6. 有機農業技術が発展し,殺虫剤や除草剤に加えてエネルギー価格が上昇するなど,石油製品の価格が上昇すると,有機と慣行の食品価格の差は,減少ないし除去できよう。
  7. 有機農業は化石燃料の消費量を減らし,農薬や除草剤による環境汚染を少なくする。
  8. 大規模な患者集団について食物摂取を正確に記録し,環境的曝露を直接測定すれば,慣行食物に由来する農薬曝露と人間の疾病の関係,ならびに,ホルモン処理家畜の肉の消費量と女性の乳ガンリスクの関係についての理解が大幅に向上しよう。

上記のポイントについて,論文に記されている内容を下記に紹介する。

●有機と慣行の生産物が栄養的に大きく異なるとの証拠はない

消費者は,有機生産物が慣行で育てられたものよりも栄養的に優れていると信じているが,研究からはこのことが決定的に正しいとの支持がなされていない。多くの研究が,炭水化物,ビタミン,ミネラルの含量に有意の重要な差がないことを証明しているが,いくつかの研究は,慣行で栽培された食品に比べて有機食品では硝酸含量が少ないことを示している。また,ホウレンソウ,レタス,チャード(フダンソウ)のような葉菜類では慣行で栽培した同種の野菜よりも36例中の21例(58%)でビタミンC含量が高いことが認められている。慣行で育てた生産物よりも総フェノール量が多く,有機生産物は抗酸化作用の点で優れていると推定している研究もある。

2009年に,既往の膨大な研究を体系的にレビューした報告が出された(環境保全型農業レポート「No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない〜イギリスが体系的文献レビューで結論」で紹介)。この著者のダングールらは,慣行と有機の農産物の栄養成分を比較した研究を点検し,作物農産物について,例外的に慣行栽培で窒素含量が高く,有機農産物で滴定酸度とリン含量が高いことを認めたが,大部分の栄養分で有意な違いを認めなかった。こうした結果から,現時点では,有機と慣行の生産物が栄養的に大きく異なると確信させる証拠はないと,小児科学会は結論している。

なお,この点について執筆者の見解を加えれば,環境保全型農業レポートNo.137にも書いたが,次のようにいえよう。

「窒素などの養分を少な目に施用して,かつ節水栽培すれば,窒素過剰施用で潤沢に水分を供給した場合よりも,糖度やビタミンCの濃度の高い作物を生産することができる。こうした条件を慣行栽培で確保することも可能であるが,同様に,有機栽培で条件を確保できれば,糖度やビタミンC濃度の高い有機農産物を生産できる。しかし,実際には,多数の農家が異なる品種を用いて様々な条件で栽培した作物の成分品質は,たとえ有機栽培の同じ種類の作物であっても,かなりの幅をもち,サンプル数が多くなれば,この研究レビューの結論のように有意差を持たなくなるであろう。」

●慣行の牛のミルクや赤肉へのホルモン混入の不安

アメリカでは,遺伝子組換え細菌に作らせた牛成長ホルモンを,慣行飼育の乳牛に注射して投与することが認められている。これによってミルク収量が10-15%増加する。また,牛に性ステロイドを投与すると,脂肪の少ない赤みの筋肉を増やし,成長速度を高め,肉の収量を向上させる。アメリカの慣行畜産では,これらのホルモンの使用が認められている。無論,有機農業ではこれらホルモンの使用は認められていない。このため,ミルクや肉に存在する恐れのあるホルモンによって,人間,特に子供達の成長に望ましくない影響を与えることを恐れる消費者が,有機畜産物を選択しているケースが多い。

こうしたことから,小児科学会はこれらのホルモン投与が人間の健康に関係なく,慣行のミルクや牛肉も安全だということを強調しようとしている。

成長ホルモンは種特異的であって,牛成長ホルモンは人間には不活性であり,食品中の牛成長ホルモンが人間の胃腸からそのまま吸収されたとしても,人間に生理学的影響を与えることはないとしている。これに加えて,ミルク中の牛成長ホルモンの90%は殺菌過程で破壊される。その一方,ミルクの全体的組成(脂肪,蛋白質と乳糖)が牛成長ホルモン処理で変化したとか,ビタミンやミネラルの含量が変化したとの証拠はないとしている。

性ステロイドのエストロゲン(女性ホルモン)は,エストロゲンのペレットを牛の耳の裏側に移植し,屠殺時に耳ごと捨て去っている。肉に残留しているエストロゲン濃度は低く,無処理の乳牛で見られる濃度と同じであり,成人や子供でのエストロゲンなどのステロイドの日生成量に比べて意味を持たない量であることが判明している。そして,1998年にFAOとWHOは,合同で,エストロゲン処理した家畜は,肉中の残留レベルのデータに基づいて安全であると結論している。また,エストロゲン処理した乳牛のミルクを摂取しても子供に安全と考えられている。

しかし,性ホルモン処理した家畜に由来する食品で摂取したエストロゲンは,思春期到来の早期化をもたらし,思春期に赤肉摂食量が多いほど,乳ガンのリスクを高めることが疑われている。この点については研究の積み重ねが必要であるとしている。

●有機と慣行のミルクには多少栄養的違いがある

一般に有機と慣行で飼養された乳牛のミルクは,蛋白質,ビタミン,微量元素や脂肪の含量の点で同じである。なお,脂質溶解性抗酸化物やビタミンに違いがあることがあるが,それは飼料中の天然成分や,飼料にサプリメントとして添加した合成化合物に主に由来している。

注目されるのは,低投入の有機システム(飼料投与レベルの低い有機システム)と非有機のシステム(飼料投与レベルの低い慣行システム)のミルクは,高投入システムのもの(飼料投与レベルの高い有機や慣行のシステム)に比べて,一般に栄養的に望ましい不飽和脂肪酸(共役リノール酸やオメガ-3脂肪酸)や,脂質溶解性抗酸化物質が有意に高いことが示されている。

●抗生物質の非治療薬的使用を排除していることは高く評価できる

慣行の家畜飼養では,成長促進や収量増加を図るために,抗生物質が非治療薬として飼料に投与されている(環境保全型農業レポート「No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌」)。アメリカで毎年使用されている抗生物質の40〜80%は家畜飼料に使用され,その3/4は非治療目的である。こうした抗生物質の非治療使用は,家畜体内に薬剤抵抗性微生物の増殖を促進し,やがて食物連鎖を介して人間社会に伝播していることが危惧されている。有機農業は抗生物質の非治療的使用を禁止しているので,薬剤抵抗性微生物によって起こされる人間の疾病の脅威の減少に貢献していよう。

●有機生産物の食事は人間の農薬曝露を減らしている

毒性の強い農薬や残効性の非常に長い農薬は使用禁止になったが,現在でも有機リン殺虫剤を中心に,農作業者の急性農薬中毒が生じている。農作業者では慢性障害として,呼吸器障害,記憶障害,皮膚症状,うつ病,パーキンソン病を含む神経障害,流産,異常出産,ガンなどが生じている。胎内での有機リン殺虫剤への曝露で,新生児の体重や身長の減少,頭部円周長の低下,新生児の24か月齢での知的発達指数や,3.5歳と5歳時における注意力が低いことが認められている。

乳児や児童は主に食事だが,食事意外にも,水に含まれている農薬残留物によって体内被曝を受けている。この点を有機リン殺虫剤残留物について明確に示した実験に次がある。

Lu, C., K. Toepel, R. Irish, R. A. Fenske, D. B. Barr and R. Bravo (2006) Organic diets significantly lower children’s dietary exposure to organophosphorus pesticides. Environmental Health Perspectives 114 (2) 260-263

著者のルーらは,日頃慣行の食事を行なっている小学生23人に,それぞれの家庭で15日間にわたって,朝起きてすぐと夜就寝前の尿を採取してもらった。第1段階(1〜3日目)は各家庭で通常の慣行の食事をしてもらい,第2段階(4〜8日目)は研究スタッフが用意した,新鮮な果実と野菜,ジュース,加工した生鮮果実と野菜(サルサなど),小麦ないしトウモロコシベースの食べ物(パスタ,シリアル,ポップコーン,チップス)といった有機食品の食事を,5日間食べてもらった。ただし,有機リン農薬は肉類や酪農製品からは日常的に検出されていないため,これらの食物については代替物を用意せず,各家庭の慣行産物を使用してもらった。そして,第3段階(9〜15日目)には通常の慣行の食事をしてもらった。

そして,各家庭から毎日回収した尿中に含まれている,有機リン殺虫剤のマラチオン(マラソンは商品名)とクロルピリホスに特有の代謝産物を定量した。

その結果,マラチオンの代謝産物であるマラチオンジカルボン酸(malathion dicarboxylic acid)の尿中の平均濃度と最大濃度は,第1段階で2.9と96.5 μg/Lであったが,有機の食事に切り替えた第2段階ではそれぞれ0.3と7.4 μg/Lに直ぐに減少し,再び慣行の食事に切り替えた第3段階では4.4と263.1 μg/Lに上昇した。また,クロルピリホスの中間産物である3,5,6-トリクロロ-2-ピリジノール(3,5,6-trichloro-2-pyridinol: TCPY) の尿中の平均濃度と最大濃度は,第1段階で7.2と31.1 μg/Lあったが,有機の食事に切り替えた第2段階ではそれぞれ1.7と17.1 μg/Lに直ぐに減少し,再び慣行の食事に切り替えた第3段階では5.8と24.3 μg/Lに上昇した。

このように,有機農産物は,慣行農産物に比べて必ず農薬残留物が低く,有機の食事は児童の農薬への曝露を減らしていることを明確に示している。また,この実験結果は,食事で摂取した有機リン殺虫剤が,これらの児童における曝露の主たる汚染源であることも明確に示している。測定できる濃度での農薬への慢性的曝露は,健康にも良くないと考えられる。しかし,この曝露レベルで,児童に健康障害が起きている兆候はない。慣行農産物を用いた食事の摂取による農薬残留物曝露レベルと,人体への潜在的毒性について結論を導くには,さらにデータ集積が必要であるとしている。

●有機農業は環境負荷が少なく,生産性も遜色ない(?)

有機農業は合成農薬を使用せず,輪作などによって農業生態系を維持する点で優れている。そして,エネルギー使用量や廃棄物量も少ないなど,有機農業は,慣行農業に比べて環境負荷が少ないことを強調している。

小児科学会は有機農業の生産性について,コーネル大学のピメンテルらが,アメリカの有機農場として有名なロデール研究所で実施した下記の研究を引用している。

Pimentel D, Hepperly P, Hanson J, Douds D, Seidel R. (2005) Environmental, energetic, and economic comparisons of organic and conventional farming systems. Bioscience. 55(7):573-582

この研究は,20年間を超える観察によって,有機圃場は一般に慣行圃場に比肩できる収量や生産性を示し,除草剤や殺虫剤による環境汚染がなく,化石燃料の消費量を30%削減した。生産コストは労賃の上昇によって高くなったが,有機圃場での収益は,市場で高い価格が設定されているため,より多くなったとしている。

しかし,有機農業による単収が慣行農業に比肩できるか否かはかねてから論議の対象である。小児科学会の見解をまとめた委員らは,農業の生産過程には詳しくなく,有機と慣行の収量や生産性についての論文収集を十分に行なわなかったようである。環境保全型農業レポート「No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因」や「No.222 有機農業だけで世界の人口を養えるか?」に紹介したように,世界的にみると,有機農業の単収が慣行農業に比肩できるとするのには無理がある。

●価格の高い有機の果実や野菜の消費量が減ることが心配

有機産物は,一般的には慣行のものよりも10〜40%価格が高い。果実や野菜を食べることは,肥満や心臓血管疾病の軽減,ある種のタイプのガンの発生率の低下といった効果がある。しかし,果実や野菜の価格が高いために,消費者のこれらを食べる量が減ることが心配される。

●おわりに

アメリカ小児科学会は,小児科にくる患者からの有機食品と子供の健康の関係についての質問に対して,学会として有機食品についての見解をまとめ,小児科医に,ここにまとめた事実を率直に患者に説明することを勧めている。

一方的に有機食品は良いとか悪いとか決めつけるのでなく,科学的裏付けを踏まえていえる範囲を明確にしている点が評価される。