No.226 有機農業の土・水・大気環境に及ぼす影響

●はじめに

有機農業が環境に及ぼす影響については,世界中で多数の研究が実施されている。それらをまとめた研究レビュー(総説)もときおり刊行されている。最近では,2011年にイタリアのパドバ大学のゴミエロらが研究レビューをまとめている。

Gomiero T., D. Pimentel and M, G. Paoletti (2011) Environmental Impact of Different Agricultural Management Practices: Conventional vs. Organic Agriculture. Critical Reviews in Plant Sciences, 30(1-2), 95-124

この総説をベースにして,有機農業の環境,特に土・水・大気への影響の主要点を紹介する。そして,研究レビューでは研究結果の具体的内容が分かりにくいケースが多いので,ポイントになる研究をその原著論文に基づいて紹介して,内容を補完する。

●土壌への影響

集約的な慣行農業では,コスト的に安価で作業能率も高い化学肥料を施用しつつ,頻繁に機械耕耘を行なって作物を栽培し,高い収量を上げている。しかし,手間のかかる堆肥などの有機物を施用せずに,化学肥料で十分な量の養分を施用しながら耕耘をくり返していると,土壌有機物の分解が促進される一方で,有機物の補給が少ないので,土壌有機物含量が減少してしまう。それと同時に,作物に吸収されない余剰な肥料由来の窒素が硝酸性窒素となって,地下水や表流水に流亡して,水質汚染を起こしやすい。

これに対して,欧米の有機の畑作農業では,化学肥料を使用せず,マメ科牧草などの緑肥の鋤きこみを含め,農場内や地元に存在する有機物を循環利用して養分を確保している。そして,土壌の耕耘によって雑草を機械で除草しているケースも多いが,条件的に可能な場合には,作物残渣を鋤きこまずに土壌表面に放置して,マルチングによって雑草を防除しているケースも少なくない。

耕耘が少ないほど,土壌有機物の減耗が抑制され,土壌有機物含量が増加しやすくなる。そして,緑肥作物を含めた作付体系によって,土壌表面が作物で被覆されている期間を長くして,裸地期間を短くし,裸地期間に生じやすい豪雨による水食や強風による風食を防止している。こうして,有機農業では,土壌生産力を長期に持続させることを大切にしている。このため,有機農業が,表土を失わせる土壌侵食に及ぼす影響や,土壌生物の食物連鎖の出発点であり,土壌の養分の貯蔵庫であるとともに,土壌の団粒構造の形成に不可欠な土壌有機物の含量に及ぼす影響に関する研究が,これまでに多く実施されている。そして,それらの研究によって,有機農業によって土壌侵食が減少し,土壌有機物含量が増加することが確認されている。
このことを確認した長期試験の事例の一部に,下記がある。

(1)ワシントン州の農場での調査

アメリカのワシントン州の乾燥地冬コムギ栽培地帯で,1948年以来,冬コムギを有機と慣行で輪作栽培している2つ別の農場(それぞれ320 haと525 ha)の土壌を,約40年後の1985年に分析した結果がある。2つの農場は隣接し,土壌の生成要因は全く同じで,管理方法が異なるだけである。(Reganold, J. P., L. F. Elliott and Y. L. Unger (1987) Long-term effects of organic and conventional farming on soil erosion. Nature 330: 370-372 )。
有機農場では,冬コムギ→食用の春エンドウ(Pisum sativum)→緑肥用のオーストリア冬エンドウ(P. sativum spp. arvebse)を輪作し,慣行農場では,冬コムギ→食用の春エンドウを輪作し,緑肥栽培を行なわなかった。そして,干ばつ年には春エンドウを栽培せずに,土壌水を保全するために休閑とした(6年に1回の割合)。
有機農場は1909年の開墾以来,上記の栽培を続けており,慣行農場は1908年に開墾し,1948年から化学肥料,1950年代初期から化学合成農薬を施用した慣行栽培を継続している。慣行農場では冬コムギに化学肥料で,窒素(N)を96 kg/ha,リン(P)を34 kg/ha,イオウ(S)を16 kg/ha施用し,春エンドウは無肥料としている。1982年から1986年の5か年のコムギの平均収量は,慣行農場で4.90 t/haに対して,有機農場では4.50 t/haと約8%低かった。
化学肥料を施用してから約40年を経過した1985年の夏に,2つの農場の境界線からそれぞれ4.5 m内側の位置で,境界線に沿った長さ55 mの直線に沿って,10か所から深さ100 cmまでの土壌サンプルを採取して分析した。そして,有機農場と慣行農場の土壌の違いとして,いずれも統計的に有意な差を示したいくつかの点が注目された(下記の数値はいずれも平均値)。

(a) A1層(畑などの土壌の一番上に存在する土壌有機物の豊富な黒色の土層)の厚さが,有機農場では39.8 cmに対して慣行農場では36.68 cmと,有機農場の方が約3 cm 厚かった。
(b) A1層+A2層(A1層の下に位置して,種々の物質が溶脱して土色が灰白色になった土層。溶脱した物質が沈着した土層がB層)の厚さが,有機農場で55.6 cmに対して,慣行農場では39.8 cmしかなかった。
(c) 1948年に比べて,1985年には土壌侵食によって土壌が流亡した。このため,土壌の最表面の位置が,有機農場で5 cm下がったのに対して,慣行農場では21 cmも下がった。慣行農場では,A2層を耕耘してA1層にしてきた。この結果,慣行農場では1985年に有機農場に比べてA1層が約3 cm薄いだけだが,A2層は有機農場の15.8 cmに対して,慣行農場では3.1 cmに激減していた。
(d) この結果から,1948年から1985年の間に,有機農場では水食による土壌流亡量が年間8.3 t/haであったのに対して,慣行農場では31.5 t/haと計算された。新たな土壌生成を勘案した最大許容土壌損失量は,当該地域では年間11.2 t/haとされており,有機農場での水食量は許容範囲であった。しかし,慣行農場の値は許容上限を大幅に超えていた。
(e) 両農場を比較した既往の研究で,有機農場の土壌のほうが慣行農場のものよりも有機態炭素含量が高いことが確認されている。これに加えて,土壌の多糖類含量が,有機農場で1.13%で,慣行農場での1.00%よりも高かった。こうした土壌有機含量の増加によって,微生物バイオマスも増えて,土壌の団粒化が進んで,土壌の水分含量が,慣行農場の8.98%に対して,有機農場で15.49%と高かった。これの結果によって,有機農場の土壌は乾燥地域で大切な水分をより多く保持していることが明らかとなった。

(2)ロデール研究所での長期試験

ロデール研究所は,アメリカのペンシルベニア州にある民間研究所で,アメリカの有機農業研究の中核機関である。この研究所にある試験圃場の1つである1981年に開始された「農業システム試験」の圃場について,2002年に行なわれた土壌などの分析結果が,下記の論文に報告された。

Pimentel, D., Hepperly, P., Hanson, J., Douds, D., and Seidel, R. (2005) Environmental, energetic, and economic comparisons of organic and conventional farming systems. BioScience 55: 573-582.

研究所が所在する地域は,平年の年間降水量は1,105 mmで,4〜8月の平年降水量は500 mmだが,これをかなり下回る年もある。
5.5 ha (6×92 m) の区画3つに,慣行区と有機区2つ(有機牛ふん区,有機マメ科区)を設けた。慣行区は食用穀物の生産体系で,アメリカ中西部の代表的な作付体系にしたがって,子実トウモロコシ→子実トウモロコシ→ダイズ→子実トウモロコシ→ダイズの作付体系(5年5作)とした。地域の標準にしたがって化学肥料と除草剤を施用し,収穫残渣は圃場に放置して,裸地になることをできるだけ少なくした。ただし,カバークロップは栽培しなかった。
「有機牛ふん区」は,牛生産農家を想定して,子実穀物に加えて,飼料作物(ここで栽培した子実トウモロコシは牛の餌用)を生産し,古くなった牛ふんで養分を施用した。子実トウモロコシ→ライムギ(カバークロップ)→ダイズ→ライムギ(カバークロップ)→青刈りトウモロコシ→コムギ→赤クローバ+アルファルファ(乾草生産)の作付体系(5年7作)とし,牛ふんを乾物で6トン/haずつ2回のトウモロコシの前に施用し,土壌に混和した(5年に2回施用)。これとマメ科牧草の鋤きこみによって,全窒素での施用量が年平均40 kg T-N/ha,トウモロコシ栽培年は198 kg T-N/haとなる。リレー栽培(収穫前に畦間に次の作物を播種)によって裸地期間をできるだけ短くするとともに,機械除草を行なった。
「有機マメ科区」では,食用の穀物生産を目的にしたもので,窒素の供給源としてマメ科牧草を用いている。年次によって作付体系が変更された。
1981-85年には食用穀物として,1年目にトウモロコシ,2年目にダイズ,3年目にエン麦,4年目にトウモロコシ,5年目にエンバクを栽培し,3年目と5年目のエンバクと同時にカバークロップとして赤クローバを栽培した(5年7作)。
1986-90年には食用穀物として,1年目にトウモロコシ,その収穫後にオオムギを播種し,2年目にはこのオオムギの収穫前にダイズを栽培し,3年目にエンバクを栽培した。3年目のエンバクと同時に赤クローバを播種し,サイクルをくり返して赤クローバの中にトウモロコシを栽培した(3年5作)。
1991-2002年には食用穀物として,1年間にトウモロコシ,2年間にダイズとその収穫直後にコムギを播種した。カバークロップとしてコムギの跡にヘアリーベッチを播種し,サイクルをくり返して,ヘアリーベッチの中に子実トウモロコシを播種し,トウモロコシの収穫後にライムギ(カバークロップ)を栽培した(3年5作)。カバークロップを鋤きこみ,全窒素での施用量が年平均49 kg T-N/ha,トウモロコシ栽培年は140 kg T-N/haとなる。除草はリレー栽培と機械除草で行なった。
こうした3つの区で次の結果が得られた。

(a) 最初の5年間(1981〜85年)の転換期間における子実トウモロコシの収量は,慣行区5,903 kg/ha,有機牛ふん区4,222 kg/ha,有機マメ科区4,743 kg/haと,有機区の収量は慣行区よりも低かったが,その後に施用した牛ふんやカバークロップの残渣が蓄積して,土壌からの養分供給が増加して収量が増えて,慣行区に匹敵する収量がえられた。1986年から2002年の平年降水量の年の平均収量は,慣行区6,553 kg/ha,有機牛ふん区6,431 kg/ha,有機マメ科区6,553 kg/haとなった。
(b) 1981〜2002年の全期間におけるダイズ収量は,慣行区2,546 kg/ha,有機牛ふん区2,461 kg/ha,有機マメ科区2,235 kg/haで,有機マメ科区の収量が低かった。これは1988年に有機マメ科区のダイズ収量が極端に低かったことに起因している。この年は雨量が少なくて,大きく育ったライムギが多量の土壌水分を奪った。そのために,ライムギの間にリレー栽培で播種したダイズが干ばつ害を受けたのであった。この年の収量を除けば,3つの区のダイズ収量には差がなかった。
(c) 干ばつ年には,有機区の収量が慣行区よりも有意に高くなった。すなわち,4〜8月の平年降水量は500 mmだが,1988〜1998年の間に5年間にわたってこの期間の降水量が350 mmを下回る干ばつ年であった。この5年間のトウモロコシ子実の収量は,慣行区5,333 kg/ha,有機牛ふん区6,938 kg/ha,有機マメ科区7,235 kg/haとなった。これは,有機区の土壌が慣行区の土壌よりも,表面流去する水を減らして浸透する水量を増やし,かつ,水分を多く保持していたためである。事実,土壌表面から36 cm下に設置した直径76 cmの円筒から下に流出した浸透水量は,慣行区に比べて,有機牛ふん区で20%,有機マメ科区で15%多かった。
(d) ただし,極端に少雨の1999年(4〜8月の雨量が224 mm)のトウモロコシ収量は,慣行区1,100 kg/ha,有機牛ふん区1,511 kg/ha,有機マメ科区421 kg/haとなり,有機マメ科区で極端に低くなった。これは有機マメ科区でヘアリーベッチの間にリレー栽培で播種したトウモロコシが,極端な水分不足になったためである。しかし,この年のダイズ収量はトウモロコシと異なり,慣行区900 kg/ha,有機牛ふん区1,400 kg/ha,有機マメ科区1,800 kg/haとなった。
(e) 試験を開始した1981年に比べて2002年には,土壌の全炭素量が,慣行区2.0 %に対して,有機牛ふん区2.5 %,有機マメ科区2.4 %と有意に増加した。同様に土壌の全窒素も,慣行区0.31 %に対して,有機牛ふん区0.35 %,有機マメ科区0.33 %と有意に増加した。
(f) 土壌の全炭素や全窒素の増加から分かるように,有機区では土壌有機物が増加し,これによって土壌生物バイオマス量と土壌の生物多様性を高めるとともに,土壌構造を向上させて,より多くの水分を保持できる土壌となった。これによって特に干ばつ年の収量の激減を緩和できた。

●土壌からの硝酸の地下水や表流水への溶脱・流亡

慣行農業では化学肥料窒素の過剰施用や,工業的な集約的家畜生産による農地の受容力を超えた家畜ふん尿の生産によって,作物の吸収量をはるかに超えた窒素が施用され,余剰になった窒素が水に溶けて移動しやすい硝酸になって,農地から地下水に溶脱したり,表面流去水とともに土壌表面を流れて表流水に流入したりしている。こうした慣行農業に比べて,有機農業での農地土壌からの硝酸の溶脱量を調べた研究をみると,慣行農業と差のないケースやむしろ慣行農業よりも溶脱量の多いケースも一部には存在するが,有機農業のほうが溶脱量の少ないことを確認した研究が多い。
有機農業であっても,作物吸収量を大幅に超える有機態窒素を施用すれば,それらが微生物に無機化されて,多量の余剰窒素が生じて,化学肥料の過剰施用と同じ結果になってしまう。また,1作当たりの有機態窒素の施用量が少なくても,毎作繰り返し施用していると,土壌に蓄積した残渣から放出される無機態窒素量が年々増加して,やがて作物の要求量を超えて,余剰窒素が溶脱するようになる。つまり,有機の堆肥や緑肥からの養分の緩効的な放出はコントロールすることが難しく,作物要求に合わせることができず,やがて溶脱や揮散による窒素ロスを生じさせる。このため,有機農業で窒素の溶脱量が慣行農業よりも少ないのは,可給態窒素の投入量が慣行農業よりも少ないケースが多いのが第1の理由である。
これに加えて,欧米の露地畑などで多いマメ科作物のカバークロップとしての栽培は,窒素固定による窒素の供給や,土壌有機物の形成として土壌肥沃度形成に貢献すると同時に,食用作物の吸収しきれなかった窒素を吸収して土壌から回収して,窒素を捕捉するのに役立っている。その上,有機農業では土壌有機物が多く存在して,脱窒菌による硝酸の脱窒活性が高まっていることが確認されている。

(1)有機果樹園での脱窒活性の向上

有機リンゴ園で脱窒活性が高まっていることを下記の論文によって紹介する。

Kramer, S.B., J.P. Reganold, J.D. Glover, B.J.M. Bohannan, and H.A. Mooney (2006) Reduced nitrate leaching and enhanced denitrifier activity and efficiency in organically fertilized soils. PNAS (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America) 103(12) 4522-4527

関連文献も合わせると,実験に使用したリンゴ園の栽培管理概略は下記のとおりである。
アメリカのワシントン州の牧草地を,1994年1月に深さ30 cmまでを耕起して造園し,同年5月にゴールデンデリシャスを定植した。4処理区(慣行区,総合区と,2つの有機区)を設け,各処理区は,4畦で1畦に80本を定植(定植は2,240本/haの割合)し,4反復とした。処理区全体の周囲を5 m幅の牧草ベルトで囲んだ。牧草ベルトを含めて,全体面積は1.7 ha。年間降雨量は200 mmで,不足分はスプリンクラーで潅水。1999年と2000年にわたって,需要変化に対応するために,ゴールデンデリシャスにギャラクシーガラ(Galaxy Gala)を接ぎ木した(アメリカにおけるリンゴの有機栽培については,環境保全型農業レポート「No.188 アメリカの有機と慣行のリンゴ生産」も参照)。
施肥は,いずれの処理区にも全窒素で同量を施用した。
当初のゴールデンデリシャスのときには,1994年と95年に全成分量で28.8 kg/haずつ施用した。使用した肥料は,慣行区では硝酸カルシウム(Ca(NO3)2,15.5%N),総合区は硝酸カルシウムと鶏ふん堆肥(3%T-N)でN量の半分ずつ,有機区は鶏ふん堆肥)。ギャラクシーガラに切り替えてからは,2002年10月に67.3 kg N/haずつ,2003年5月に44.9 kg N/haずつを施用した。そして,2つある有機区の1つでは継続して鶏ふん堆肥を施用し,もう1つの有機区にはアルファルファ粉末(3%T-N)を施用した。除草は慣行区と総合区は除草剤のグリホサートで行ない,有機区は草刈り機で除草した。
こうしたリンゴ園の土壌で次の結果を得た。

(a) 有機区は慣行区に比べて,土壌の土壌有機物含量,微生物バイオマス炭素量,硝化能力,土壌酵素活性の点で高く,総合区は両者の中間の値を示した。
(b) 実験室内での潜在的脱窒能力(土壌1 gが1時間当たりに硝酸を窒素ガス(N2と亜酸化窒素ガス(N2O)にガス化させる能力で,ガス化された窒素のマイクロモル(μmol)数で表示)は,有機区113.92μmol,総合区40.39μmol,慣行区12.21μmolで,有機区が最も高かった。微生物バイオマス炭素量は有機区512.7 mg C/kg土壌,総合区420.8 mg C/kg土壌,慣行区357.7 mg C/kg土壌であった。そして,微生物バイオマス炭素の単位量(mg C/kg土壌)当たりの潜在的脱窒能力は,有機区0.22μmol,総合区0.10μmol,慣行区0.03μmolであった。つまり,微生物重量当たりの脱窒能力が有機区で高く,有機区の微生物群には脱窒菌の割合が高いことが示された。
*マイクロ(μ)は100万分の1。1マイクロモル(μmol)は100万分の1モル
脱窒によって窒素ガスだけが放出されるならば問題ないが,亜酸化窒素は強力な温室効果ガスであると同時にオゾン層破壊物質であるため,亜酸化窒素の発生量が多いと問題である。上記の潜在的脱窒能力のうちの亜酸化窒素発生能力は,有機区43.08μmol,総合区30.82μmol,慣行区8.68μmolであった。窒素ガスと亜酸化窒素ガスを合わせた潜在的脱窒能力を1にしたときの潜在的亜酸化窒素能力の比率は,有機区0.38,総合区0.78,慣行区0.73であった。つまり,有機区では潜在的脱窒能力全体が高いが,そのうちの亜酸化窒素の割合は他の処理区よりも小さく,有機区での脱窒は窒素ガスへの転換効率が高かった。
(c) 2002年秋と2003年春の施肥後約1か月の時点で,各処理区の深さ1 mよりも下に溶脱した硝酸性窒素量,脱窒で気化した窒素量と土壌中の硝酸性窒素量を測定した。2003年5月のデータでは,溶脱した硝酸性窒素量は,有機鶏ふん堆肥区0.118 ナノグラム(ng)N/cm2・時間,有機アルファルファ粉末区0.135 ngN/cm2・時間,総合区0.593 ngN/cm2・時間,慣行区0.916 ngN/cm2・時間であった。
*ナノ(n)は10億分の1。1ナノグラム(ng)は10億分の1グラム
このように,土壌から溶脱する硝酸性窒素量は有機区で他の区よりも非常に少なかった。そして,土壌からの溶脱窒素量は,土壌に存在した硝酸性窒素量と有意の相関を有しており,硝酸性窒素量が多く存在している土壌から多くの硝酸性窒素量が溶脱した。
(d) 現地土壌で測定した脱窒量は,有機区で土壌中の硝酸性窒素の存在量の42%に達したことから,有機区では活発な脱窒活性によって土壌中の硝酸が減少し,それによって土壌から溶脱する硝酸性窒素量が少なくなったことが強く示唆された。

(2)マメ科作物ベースの作付体系で炭素と窒素のロスが減少

前出した「(2)ロデール研究所での長期試験」と同じ圃場で,別の研究者によって1981〜95年に,有機牛ふん区,有機マメ科区,慣行区について,土壌中の炭素と窒素の蓄積ならびに硝酸の溶脱が調べられた。
Drinkwater, L. E., P. Wagoner and M. Sarrantonio (1998) Legume-based cropping systems have reduced carbon and nitrogen losses. Nature 396: 262-265
そして,化学肥料由来の窒素よりもマメ科作物由来の窒素のほうが,微生物バイオマスや土壌有機物に多く吸収されて有機化され,そのために慣行対照区に比べて硝酸(NO3)の溶脱量が60%減少することが観察された。

(a) 1986〜95年の10年間のトウモロコシ平均収量は,ふん尿システム,マメ科システムと慣行システムでそれぞれ7,140 kg/ha,7,100 kg/haと7,170 kg/haで,有意差はなかった
(b) 1981〜95年における地上部の純一次生産の合計量(注:総一次生産(植物の光合成による炭素吸収量)から,呼吸による炭素放出量を差し引いた値)は,有機牛ふん区,有機マメ科区と慣行区のそれぞれにおいて,69トンC/ha,68トンC/haと75トンC/haで,慣行区の純一次生産量が有意に高かった。
筆者注:純一次生産とは,総一次生産(植物の光合成による炭素吸収量)から,呼吸による炭素放出量を差し引いた値。
そして,実験期間中に生育した作物や雑草の残渣,さらには有機牛ふん区では牛ふん施用によって土壌に還元された有機物中の炭素の合計量は,有機牛ふん区,有機マメ科区と慣行区のそれぞれで,44トンC/ha,39トンC/haと43トン C/haで,有機物マメ科区での値が若干だが有意に低かった。しかし,15年間に増加した土壌炭素量は,有機牛ふん区,有機マメ科区と慣行区のそれぞれで,12トンC/ha,6.6トンC/haと2.2トン/haで,慣行区での炭素増加量が最も少なかった。
(c) 有機牛ふん区で土壌炭素蓄積量が特に多かったのは,ふん尿は牛消化管内で既にかなり分解されて,化学的に難分解性の有機化合物の割合が高くなっていためであろう。
(d) 土壌に還元された有機態炭素に占めるトウモロコシ由来の炭素は,慣行区で74%,有機牛ふん区で48%,有機マメ科区で22%と計算され,慣行区にはトウモロコシを主体とする植物残渣が還元された。トウモロコシは,栽培した他の植物とは光合成メカニズムが異なり,土壌有機物中の質量13と14の炭素の同位体の存在比を調べると,トウモロコシ由来の炭素量と,それ以外の植物由来の炭素量を推定することができる。土壌有機物炭素同位体の自然存在比を調べた結果から,慣行区ではトウモロコシ由来の炭素が若干増加したが,いずれの処理区でも増加した炭素の圧倒的大部分はトウモロコシ以外の作物や牛ふんに由来していた。この結果から,トウモロコシ残渣よりもマメ科作物残渣の炭素の方が土壌に蓄積されやすいと推定される。
(e) 3つの処理区における1981〜95年の間の窒素収支を計算すると(筆者注:ここの数値はグラフからの読み取りで概数),土壌への搬入量から作物収穫による搬出量を差し引いた余剰窒素量は,有機牛ふん区で約560 kg N/ha,有機マメ科区で約210 kg N/ha,慣行区で約500 kg N/haであった。これに対して,土壌蓄積した窒素の増加分は,有機牛ふん区と有機マメ科区で,それぞれ約460 kg N/haと170 kg N/haであったのに対して,慣行区では-540 kg N/haと減少していた。そして,1991-95年において実測した溶脱による窒素ロスは,有機のマメ科と牛ふん区とで同程度で,平均13 kg N/ha・年であったが,慣行区では約50%多く,平均20 kg N/ha・年であった。3つの区のいずれでも溶脱量が最も多い季節は,晩秋から早春の無機化が作物要求を超える時期であった。
こうした結果から,土壌への窒素蓄積に影響する重要な要因は,窒素収支の量的違いでなく,窒素投入物の形態の質的違いであり,肥料由来の窒素よりもマメ科由来の窒素のほうが,微生物バイオマスや土壌有機物に多く組み込まれた。

●土壌からの亜酸化窒素の発生

N2O(亜酸化窒素,正式名称は一酸化二窒素)は温室効果ガスで,全ての温室効果ガスによる地球温暖化力(ポテンシャル)の約6%しか占めていないが,亜酸化窒素発生の約80%は農業に由来している。このため,有機農業によって,炭素が長期にわたって土壌に蓄積されて二酸化炭素の排出量が削減されたとしても,亜酸化窒素の発生量が増加したならば,有機農業の温室効果ガス削減効果が相殺されかねない。
これまでの有機農業と慣行農業での亜酸化窒素の発生量を比較した研究の多くが,有機農業のほうが慣行農業よりも亜酸化窒素発生量が少ないことを報告している。しかし,亜酸化窒素発生量の最も大きな決定因子は窒素投入量であり,有機農業では慣行農業よりも窒素投入量が通常少ないために,有機農業のほうで亜酸化窒素発生量が少なくなっていると考えるべきである。
ヨーロッパの主要酪農地帯に所在している5か国(オーストリア,デンマーク,フィンランド,イタリア,イギリス)で,有機と慣行の酪農用作物輪作体系について12か月間にわたって亜酸化窒素発生量を比較した共同研究がある(Soren O. Petersen, S.O, K. Regina, A. Pollinger, E. Rigler, L. Valli, S. Yamulki, M. Esala, C. Fabbri, E. Syvasalo, F.P. Vinther (2006) Nitrous oxide emissions from organic and conventional crop rotations in five European countries. Agriculture, Ecosystems and Environment 112: 200-206 )。
EUの有機農業実施規則では,有機畜産では家畜の飼養密度を排泄窒素量で年間170 kg/haを超えないことを規定しており,それに相当する家畜頭数は乳牛成畜では最大2頭/haの飼養密度にすることが規定されている(具体的には加盟国が最大値以下の値を定めることになっている)。5か国で測定した圃場では,乳牛成畜で有機圃場には0.5〜1.4頭/ha分の牛ふん尿を,慣行圃場には0〜2.4頭/ha分の牛ふん尿と化学肥料窒素を施用した。また,作物の輪作体系は5か国で異なり,マメ科のクローバやアルファルファを組み込んだものもある。そして,いずれの国の圃場でも窒素の投入総量は慣行圃場に比べて有機圃場でのほうが少なかった。
5か国での測定結果から,窒素投入量と年間の亜酸化窒素発生量の間に有意な関係が存在し,総窒素投入量の1.6±0.2%(平均値±標準誤差)の亜酸化窒素が発生することが見いだされた。有機圃場のほうが窒素投入量が慣行圃場よりも少ないので,有機圃場でのほうが亜酸化窒素が少ない結果が得られた。この結果は,有機圃場といえども,窒素投入量を無闇に多くすれば,慣行圃場よりも多くなりうることも示唆している。

●土壌の炭素貯留能力と二酸化炭素の排出の長期的推移

有機農業に転換して堆肥などを施用し続けると,土壌炭素が増加する。しかし,こうした土壌炭素の増加が継続するのは最初の50年程度で,その後は毎年の土壌への蓄積量が漸減し,やがてはゼロになってしまう。つまり,やがて見かけ上,1年間に投入された炭素が全て二酸化炭素として放出されてしまい,有機農業といえども土壌炭素を貯蔵できなくなってしまう。また,土壌の耕耘を大幅に減らす不耕起ないしミニマムティレッジでも,土壌表層の炭素蓄積量が増加するが,これも有機農業への転換と同様に,その効果は永続しない。
有機農業や不耕起は二酸化炭素を削減する大切なオプションではあるが,温室効果ガスの排出削減を長期的に解決するには,有機農業に過度に期待するのは誤りで,人間社会での化石エネルギー消費量全体の削減に真剣と取り組むべきである。
この点については,環境保全型農業ポート「No.223 有機農業による炭素の土壌蓄積増加は温暖化防止の解決策か」に詳しく記載したので,参照されたい。