No.003-2 総務省が湖沼の水質保全で農業などからの負荷削減の取組強化の必要性を指摘

1984年に湖沼水質保全特別措置法が公布されて20年が経過した。しかし,全国的に水質環境基準を達成していない湖沼が多く,全体として水質の悪さは横ばい状態にある。同法によって,基準を下回り,水の利用状況や汚染の経過などからからみて,総合的な水質保全対策を講ずる必要のある湖沼を「指定湖沼」,その集水域を「指定地域」として,環境大臣が指定することになっている。現在,霞ヶ浦,印旛沼,手賀沼,琵琶湖,児島湖,諏訪湖,釜房ダム貯水池,中海,宍道湖,野尻湖の10の湖沼が指定されている。指定湖沼の存在する都道府県の知事は,5年ごとに湖沼水質保全計画を作成して,期間ごとの方針を立て,必要な規制を行うとともに,汚染原因となっている下水やし尿の処理施設の整備,浚渫,その他の湖沼の水質保全に必要な事業を実施しなければならない。
これまで20年間に4回の湖沼水質保全計画が実施されながら,指定湖沼の水質悪さが横ばい状態にあるのは,どこに原因があり,どのような改善が必要なのだろうか。

●湖沼汚染の実態と対策のアンケート結果

総務省は2002年12月から2004年6月にかけて,関係省(総務省,厚生労働省,農林水産省,経済産業省,国土交通省,環境省),関係道府県,市町村,事業者,NPO,住民,関係団体から聞き取りとアンケートを行って,10の指定湖沼と抽出した18の非指定湖沼について,これまでの汚染状況の推移,湖沼水質保全計画の内容,事業の実施状況などを調査した。その結果をもとに,2004年8月に『湖沼の水環境の保全に関する政策評価書』を公表し,改善のための意見を提示した。同評価書は,資料を含めて全139ページで,http://www.soumu.go.jp/s-news/2004/040803_3_h.htmlから入手できる。
湖沼の水質基準のうち,COD(化学的酸素要求量:有機物濃度の指標),全窒素と全リンの濃度について,指定湖沼の2002年度での達成状況をみると,わずかに琵琶湖(北湖)と諏訪湖で全リン濃度が達成されただけである。そして,指定湖沼について,県が5年ごとに策定したこれまでの湖沼水質保全計画のうち,期間内の目標を達成できたのは,CODで2湖沼,全窒素と全リンで3湖沼ずつに過ぎず,計画がほとんど達成されていない。こうしたことから計画自体の妥当性も疑問になる。

●湖沼への負荷発生源と対策の現状

湖沼への負荷発生源は,特定汚染源(点源)と非特定汚染源(面源)に大別される。前者は工場,下水処理場,畜産事業所など,比較的高濃度の排出を行う施設である。後者は,低い濃度だが,広い面積から排出する農地,山林,市街地雨水排水などである。総務省が各種資料からまとめた結果(指定湖沼の発生源別の負荷量の全窒素に関する推定値を表1に示す)によると,指定湖沼によって各発生源の割合は異なり,霞ヶ浦,手賀沼,児島湖では特定汚染源が57〜79%を占めるが,他の指定湖沼では非特定汚染源が51〜93%を占めている。非特定汚染源のうち,生活系(生活排水)が過半を占めている手賀沼と児島湾や,自然系(山林などからの排水)が大部分を占めている野尻湖などもある。しかし,霞ヶ浦,印旛沼,琵琶湖,諏訪湖,中海,宍道湖では,生活系に加えて,畜産・水産系(畜舎・養殖場)+農地系も大きな割合を占めている。
計画には,下水道,家畜排せつ物,他の廃棄物の処理施設の整備に関する事業と,その他の対策が盛り込まれている。しかし,どの指定湖沼でも事業費の大部分は汚水処理施設の整備に投入されている。例えば,霞ヶ浦では,1985〜2002年に投入された事業費の89%が特定汚染源対策に投入されている(汚水処理施設整備74%,廃棄物処理施設整備14%,家畜排せつ物処理施設整備1%)。しかも,税収逼迫から計画が遅れ,指定地域全体の人口の21.2%には汚水処理施設による処理がなされていない。そして,負荷割合で過半を占めるケースの多い非特定汚染源対策には,ほとんど事業費が投入されていなし,対策の記述も定性的で,放任に近い状態になっている。この原因は,市街地や農地からの負荷については,認識不足であったこと,有効な対策が確立していないこと,非特定汚染源にまで対策を講ずる財政的ゆとりがないことを,行政担当者が述べていることを指摘している。

●総務庁「政策評価書」の結論

こうした実態を踏まえて,政策評価書は下記の意見を結論としてまとめている。
(1)湖沼に流入する負荷や湖沼内で発生する負荷の機構の解明や実態の把握が政策の基礎になるが,これらが十分でない。その的確な解明や把握の推進を図ること。
(2)指定湖沼の水質改善の基盤になるのが水質保全計画であるが,負荷量の把握も技術的に不十分であり,計画に掲げた水質改善目標値と実態が乖離し,目標を達成できていない。的確な水質保全計画を作成して,それに基づく施策を着実に実施すること。
(3)非特定汚染源からの負荷についてほとんど対策が講じられてない。非特定汚染源からの負荷に対する有効な対策を検討し,着実に実施すること。
(4)なお指定地域の人口の21.2%については汚水処理施設の整備が不十分であり,水質保全計画に基づいて整備を進めるとともに,なお不十分な農村集落排水処理施設や単独浄化槽の浄化能の改善を図ること。
(5)永年の政策実施にもかかわらず,事態の改善がみられないことから,これまでの施設整備や規制に加えて,排出権取引などの経済合理性に基づいた政策の導入も検討すること。
なお,排出権取引は,温室効果ガスの削減で実施され始めたが,アメリカでは水質汚染にも導入されている。例えば,ある河川に排水を流している工場が基準を達成できないが,周囲の農業地帯が基準以下しか排出していないとする。そして,農業地帯の超過達成分が工場の基準超過分以上になり,両者の和が河川への総負荷許容量以下になる場合は,工場が農業者に金を払って排出権を買い取り,基準を超えた一定の排出を認めてもらう。
総務省の政策評価は,かつて総理府が行っていた行政監察を,中央省庁再編を契機に発展させたもので,ここで指摘された事項には確実に対応することが求められる。したがって,農地などの非特定汚染源からの負荷については,より定量的な実態把握とその手法の開発,負荷削減の有効な方策の検討,ならびにその着実な実施が求められると考えられる。