No.133 アメリカ農務省が中国輸入食品の安全性を分析

●中国輸入食品の安全性に対する関心の高まり

 アメリカでは2007年と2008年に,工業用化成品のメラミン(*注)を混入した食品,発がん性のある動物医薬品の残留した養殖した魚やエビ,工業用漂白剤を使用した麺,病死や罹病した個体から製造した豚肉を使用した加工食品など,中国から輸入した食品の安全性に対する関心が高まった。このため,アメリカ農務省の経済研究所が2009年7月に中国食品の安全性についての総説をまとめた(Fred Gale and Jean C. Buzby (2009) Imports From China and Food Safety Issues. Economic Research Service: Economic Information Bulletin. No.52. 30p.) 。その概要を紹介する。

 *注:尿素とアンモニアから合成する窒素含有率の高い化合物で人体に有害。メラミン樹脂の原料などに利用されているが,中国でタンパク含有率を高くごまかすために,メラミンを添加した小麦や米から抽出したタンパク質と牛乳を使って,様々な加工食品が製造されて多数の国に輸出された。

●アメリカの中国からの食品輸入の状況

 2001年12月に中国がWTO(世界貿易機関)に加盟してから,安い労賃に支えられた安価な中国製食料のアメリカへの輸出量が急激に増えてきている。そのことは,アメリカの中国からの輸入食料金額が,2001年には13億ドルだったものが,2008年には52億ドル(2005年の基準相場105円/ドルで日本円に換算すると5460億円)に増加したことから明らかである。ただし,アメリカは農産物輸出国であり,2005年における国内の食料供給量に占める全ての国からの輸入食料の割合は,金額ベースで7.0%にすぎない。そして,輸入食料に占める中国からの輸入食料の割合は2008年で5.8%であるため,アメリカの国内食料供給量に占める中国からの輸入食料の割合(金額ベース)はわずか0.4%だけである。

 穀物や油糧種子の価格は中国から輸入するよりアメリカのほうが安く,酪農製品は輸出できるほど中国では生産されていない。しかも,アメリカは中国の獣や家禽の肉そのものの輸入を認めていないため,アメリカの食事の核となっている穀物,肉,酪農製品は中国からほとんど輸入されていない。またそれ以外にも,野菜,果実などの生鮮物も,中国からは基本的に輸入していない。輸入している中国製の食料は加工食品で,リンゴジュース,ニンニク,マンダリンオレンジの缶詰や加工処理した魚類やエビが主なものである。2007年において中国からの輸入品がアメリカでの総供給量に対するシェアは,リンゴジュースで60%,ニンニクで50%超,エビで9.6%,ナマズで1.9%などとなっている。

●FDAによる通関届出検査

 アメリカでは,食品,医薬品,医療器具,照射装置を輸入して販売しようとする際には,本格的な輸入に先立って,必要書類と当該商品の積荷を,保健社会福祉省のFDA(食品医薬品局)に提出して,輸入届出手続を行なうことになっている。

 FDAは提出された輸入届出用積荷を全て検査するのではなく,その一部を検査しているだけである。1997から2007会計年度の間に,FDAが所管する食品の通関手続数は3倍に増え,検査された積荷の割合は1992年の8%から,最近では1%に低下したとのことである。FDAは,輸入届出が関係法規に照らして適法であるか否かを判定するが,この判定では,厳密な証拠に裏付けられていなくとも,書類上の不適合や係官が違反を疑うに足る肉眼検査での論拠があれば良く,係官が判断した違反のタイプを記して,不適格なものとして輸入を拒絶する。拒絶理由は,ごみなどの異物の混入,違法な添加物の使用,違法な農薬や動物医薬品などの化学物質の残留,病原菌による汚染や腐敗,不当表示(英語による内容表示の欠如を含む),製造者の事前登録の欠如などに分類される。そして,書類や肉眼検査では判断できない場合に,分析によって違法な化学物質や病原菌などの混入が確認される。

 FDAは,輸入届出手続において輸入を拒絶したケースを,毎年報告書として刊行している。この輸入拒絶報告書は,アメリカに輸入された食品全体での違反を反映したものではないが,ERS(経済研究所)はこの報告書を基本に置いて,中国の食品の安全性問題を解析した。

●輸入拒絶の多い三大食品

 中国からの食品の輸入届出手続で拒絶の多い品目は,「魚類・エビ製品」,「果実・ジュース製品」および「野菜・キノコ製品」の3つで,2002年以降,中国からの輸入食品で拒絶されたものの70〜80%を占めている。ただし,2002年以降でもこれら3品目内での構成割合は変化しており,魚類・エビ製品は2000-04年に拒絶されたものの約20%を占めていたが,2007と2008年にはほぼ40%に増加した。他方,果実・ジュース製品と野菜・キノコ製品は両者の合計で,2002-04年で拒絶された食品の約50%を占めていたが,2008年には約30%に減少した。減少が特に顕著なのは野菜・キノコ製品だが,その減少が,法律遵守程度が向上したためなのか,他の原因によるのかは分からないとしている。
 

 (1)魚類・エビ製品

 魚類・エビ製品では,ウナギ(冷凍と蒲焼き),ナマズの切り身とエビが拒絶されたものの大部分を占めている。その他,ティラピア,マグロ,アンコウ,イカ,クラゲ,ザリガニ,カニ,サバ等の様々な製品にも拒絶されたものがある。

 ウナギ,ナマズ,エビなどから,アメリカでは発がん物質の可能性のために禁止されているマラカイトグリーン,ニトロフラン,ゲンティアンバイオレット,人間による摂食で抗生物質抵抗性を誘導する可能性のために禁止されているフルオロキノロンが慢性的に検出されたため,FDAは2006年10月から魚類・エビ製品のモニタリング頻度を高めたが,2007年3月末までの間に,テストしたサンプルの25%からこれらの薬剤残留物を検出した。このため,中国で生産されたウナギ,ナマズ,エビなどの製品に対して,2007年に輸入警告を発した。
 
 警告対象となった積荷は,第三者の検査結果またはその他の証拠によって,当該製品に有害な残留薬物がないことを証明できれば,アメリカでの販売に供することができる。そうでなければ,積荷は保留されて,残留分析で含有量が基準以下であることが確認されてから販売用に開放されることになる。因みに2008年4月までにFDAは約3000の積荷を保留にし,残留分析の後にそのうちの1387がアメリカでの販売用に開放されたとのことである。そして,輸入警告が発せられると,当該食品の輸入量は減少することになる。

 
 (2)果実・ジュース製品と野菜・キノコ製品

 果実・ジュース製品や野菜・キノコ製品は2002-04年に比べて,最近では拒絶割合が減少しており,量的に輸入量の多いニンニク,リンゴジュース,蜂蜜の拒絶件数は大幅に減少している。拒絶された「果実・ジュース製品」は,主に缶詰・乾燥・塩漬けされたプラム,サンザシ,クコなどの果実やクコのハーブティなどの果実飲料などであった。また,「野菜・キノコ製品」のなかでは,アジア料理に使われる,キノコ・カビ製品(乾燥・煮たもの・缶詰)を始め,タケノコやショウガの加工品,漬け物のダイコンやキャベツには,相変わらず拒絶されているものが多い。
 2007〜08年に拒絶されたその他の食品で多かったのは,アジア独特の食品である。なかでも豆腐と醤油が「ソース/特殊食品」の品目で拒絶されたものの大部分を占め,大豆が「ナッツ/食用種子」の品目で拒絶件数の多くを占めている。

●輸入拒絶の理由

 (1)積荷の三大違反

 2007-08年に最も多かった三大違反は,「不潔」,違法添加物と不当表示であった。
 「不潔」は,ごみや腐敗ないし分解した物質(人間や動物の毛,糞,昆虫や泥)を含んでいたり,腐っていたりするもので,違反の20%を占めていた。

 違法添加物は,違法な着色料や色素,ズルチン,チクロ,基準以上の亜硫酸塩,メラミンなどの添加物を含有していたもので,違反の22%を占め,果実製品で最も多かった。全ての国からの届出用積荷では違法添加物の違反割合は約7%に過ぎなかったが,中国からの積荷での違反割合22%はそれよりもはるかに高かった。

 不当表示は,内容物,重量ないし個数,栄養情報,人工着色料や甘味料使用の有無を誠実に表示していないか,英語表示していないもので,違反の約22%を占めた。

 2007-08年に4番目に多く,違反の14%を占めていたのが,動物医薬品の残留問題である。最近になってこの違反割合が高まってきたが,それはFDAが魚や海産物の検査を厳しくしたことと関連していよう。動物薬剤残留の違反はほぼ全て魚とエビ製品で起きている(アメリカは中国から肉類や家禽肉を輸入していない)。この点について,著者らは,中国から輸入された魚やエビの大部分は,悪い水質の池で養殖されており,生産者は養殖池で疾病やカビの感染を防止するのに薬剤を一般的に使用しているためとしている。

 次いで多かった違反は製造者による製造計画や製造プロセスのFDAへの事前登録の不履行で,違反の約10%を占めた。この違反は,野菜の漬け物や乾燥品,その他の加工品で最も多かった。

 (2)その他の理由

 次いで病原菌やその毒素の混入が約6%を占めた。病原菌は主に魚やエビで問題になっており,主な病原菌では,サルモネラが主に魚,海産物,スパイス,調味料から検出され,リステリアが魚や海産物から検出されている。また,カビの生産する発がん性物質であるアフラトキシンが,ナッツ,種子,キャンディ(ナッツ含有)から検出されている。

 残留農薬は違反の約4%を占めた。違法な残留農薬が,セロリ,大豆,レンコン,エンドウの莢,キノコ,ワケギ,ショウガ,朝鮮人参など,一部の野菜とその製品から検出された。有機と称された豆やベリーで,残留農薬のために拒絶されたものもある。また,残留殺虫剤で汚染されたウナギの積荷も多かった。中国の中央テレビ局の調査番組が,魚を干物にする過程で群がってくる虫を殺すのに殺虫剤を散布している者を見つけて放映したとのことで,著者らはウナギもこうした方法で汚染されたと推定している。

 (3)違反は製造過程のどこで生じたのか

 中国からの輸入食品でFDAが摘出した違反の多くは,農場での一次生産過程ではなく,食品の加工やハンドリング過程で生じた問題であった。「不潔」は不衛生な包装や加工施設への汚物や異物の持ち込みのために生じている。違法添加物は加工過程で色,フレーバや保存性を向上させるために添加していることが多い。農場での一次生産過程の問題では魚やエビでの動物医薬品の残留問題が多いが,違法な農薬残留や重金属汚染といった問題は,実際には他の理由で拒絶された積荷についても分析を行えば,摘出されたよりも高い頻度で起きていると考えられるとしている。そして,中国産食品の残留農薬や重金属汚染は,日本,香港,中国国内で大きな関心事項となっていることを記している。

●中国国内向け食品の安全性問題

 中国では,国内市場向けと輸出用とで,食品の生産や品質管理に関する規制や生産態勢が異なる。主に輸出用には,優良規範と高度な装置を備えた数千の現代的で大規模な企業や農場が操業している。他方,国内向け食品の生産は主に小規模な農家や事業体によって支えられている。すなわち,中国には約2億戸の農家があり,その平均農地面積は04〜0.8 haにすぎない。食品加工事業体は少なくとも40万はあり,その大部分は従業員が10人以下である。この他,数百万の人々や事業体が農場外での食品のハンドリングや運搬に関与している。

 このように,小規模な農家や事業体によって13億の人口を養う食料の生産を確保するために,中国はこれまで資材を多投した集約農業を行なってきたし,中央政府は資材多投路線を継続するとしている(環境保全型農業レポート「No.89 中国における農業環境問題」参照)。

 
 (1)生産および食品加工の実態について

 中国の資材多投型農業では,有毒な残留物質が残る恐れのために,先進国で禁止されている薬剤や動物医薬品を広汎に使用して,高い収量の作物や動物の生産が達成されている。

 多数の農場や食品加工工場が沿岸部の工業地帯に存在し,その一帯が土・水・大気が工場や車両からの廃液や排ガスで汚染されている。香港の研究者は,中国南部の珠江デルタの耕地土壌に,高レベルの鉛やカドミウムが蓄積していることを認めている。また,大方の農村地域では下水道が未整備で,人間や家畜の排泄物が劣悪な水質に部分的には寄与しており,家畜や家禽の排泄物を圃場散布したり魚の餌にしたりすることは日常化している。

 中国の国内市場向けの食品の加工・貯蔵・流通の施設は,安全性の点で多くの問題を内蔵している。生鮮物の野菜や肉は,通常,小さな屋根なしトラックで輸送され,収穫・屠殺されたその日のうちに,小規模な小売店で販売されるのが伝統となっている。冷蔵庫や冷蔵輸送装置はまれにしかない上に,それらが利用可能であったとしても,停電,鉄道の遅れ,温度基準の違いなどによって,腐敗が起きかねない。中国では食品を介した病気のリスクについての認識が低く,そうした事故の統計は過小評価になっていようとしている。

 こうした背景の下で,多数の食品加工業者が,食品保存のために,違法な添加物や色素,外見だけは類似した効果のない偽化合物を使用して生産コストを削減したり,製品の見てくれを良くするなどしたりしている。広東市の南地区で食品の安全性を監視している係官は,食品製造では,不適切な建築材料による時代遅れの施設,古いさびた装置,労働者の健康・衛生の不適切な管理,汚染された水の使用,記帳がないか詐欺的な記帳,食品ラベルには含有成分,栄養,その他の情報が適切に表示されていないことなどの問題を指摘している。

 中国の食品セクターでは新規参入する農業者や事業者が多く,労働者の回転も早い。その結果,基準や規範を知らない経営者や労働者も多い。事業体間競争の厳しい中国においては,経費を節約し,有毒物質を添加し,安全管理を手抜きして,わずかな利益を増やしている生産者や商人がいることも事実であるとしている。

 (2)中国の新しい法律による食品安全規制

 中国の食料政策ではこれまで13億人を食べさせる食料の量を増やすことを優先させ,食品の安全性が政府の優先事項になったのは,21世紀に入ってからである。危険な農薬や動物医薬品の過剰使用や土・水・大気の汚染に対する関心の高まりを受けて,食料の安全性についての調査も実施され始めている。例えば,農業省は国内市場における野菜,肉類,魚類の農薬と薬剤の残留について検査しているが,2007年には農産物の91〜100%が遵守されているとの結果が報告されている。しかし,検査の詳細はほとんど公表されていない。また,中国の農業省と環境保護省は,野菜,肉類,魚類の化学物質や薬剤の残留物の広汎な検査,および,農村の土壌,大気,水の重金属やその他による汚染の検査を最近開始した。中国ではこうした調査結果が公表されていないことが多いため,中国のデータによって安全性を具体的に評価することが難しい。

 中国では,2009年2月28日に中華人民共和国第11期全国人民代表大会常務委員会第7回会議で『中華人民共和国食品安全法』が採択・公布され,2009年6月1日から施行された。この法律は,国定食品基準の制定,食品安全委員会の設置,製造者に対する記録の保持要求,食品安全性違反を行なった供給者への責任賦課などによって,食品の安全性に対処する枠組を定めたもので,これから基準などが具体的に施行令などによって定められることになるので,新しい法律の効果は,その執行の仕方次第で違ってこよう。なお,食品安全法の日本語訳はジェトロ(日本貿易振興機構)のホームページから入手できる。

●輸出食品の安全性システム

 中国は,輸出食品については国内食品よりも厳しい安全性基準を厳格に運用し,選りすぐりの企業や農場だけに輸出食品の生産を認め,安全性に関する行政を中央政府の国家質量監督検験検疫総局(General Administration of Quality Supervision, Inspection, and Quarantine: AQSIQ)とAQSIQ直轄の支局(CIQs)に一元化させている。

 輸出しようとする食品加工事業体は,所有する生産施設,装置,製品,輸出先の国名,水質と水処理方法,生産プロセス,労働者の質,分析室の装置,原材料の調達源,取得している認証に関する情報を添付して,AQSIQのCIQに衛生登録を行なう。

 輸出しようとする食品加工事業体は,原料農産物を,登録してある「生産基盤」(事業体が直接管理している農場か,事業体に原料農産物を供給している特定の農場グループ)から調達しなければならない。そして,問題が起きたときに追跡を可能にするために,AQSIQは加工事業体と原材料の生産者に,原材料に関する生産記録(栽培場所,栽培・収穫の期日,化学資材の施用について記録)を保持することを求めている。食品加工事業体に対して輸出して良いかの認証は,検査結果を踏まえてCIQが決定する。

 中国国務院の2007年報告書によると,中国の44万8000の食品加工事業体のうちの約1万2000だけが食品輸出を認められ,1億2100万haの農地のうち,38万haだけが輸出用作物の生産を許可された。そして,CIQの認証は3年後に更新しなければならない。CIQは輸出時点で製品サンプルが輸出食品の安全性基準を遵守しているかをテストしており,2007年9月からは輸出用の各積荷にAQSIQの合格シールを張らせている。そして,検査結果の優れた事業体に,「有名ブランド」食品輸出事業体と「検査免除」食品輸出事業体の資格を与えている。

 中国はこうした登録システムによって食品の輸出事業体を選ばれた少数の者に限定している。そして,輸出を行なっている食品加工事業体のなかには,外国で要求されているHACCPや適正製造規範,ISO 9001,グローバルGAPなどの国際的な安全性認証も取得しているものも少なくない。中国でHACCP認証を取得している食品事業体が約2800,グローバルGAPを取得しているものが約300に達している。

●輸出食品の安全性システムの問題点

 (1)情報更新と情報公開

 理屈の上では,輸出をAQSIQの承認した事業体に限定することは食品の安全性を向上させることになろう。しかし,いくつかの問題がある。

 その一つは,AQSIAが多数の企業や生産基盤を常にモニタリングして情報を更新し続けるにはかなりの資源が必要だが,更新が頻繁にはできていないことである。例えば,報告書の著者らがAQSIQのホームページにある輸出事業者のリストを2009年3月にチェックしたところ,2年前のものであった。

 そのほかにも,輸出を認められた事業所の英訳リストの公開が限定的で,香港とマカオに輸出できる事業体はAQSIAのホームページから入手できるが,アメリカ向けのものは同じホームページからは入手できない問題もある。省に所在する支所のCIQsのホームページから当該省に所在するアメリカに輸出可能な事業体のリストが一部品目について入手できるが,アメリカに輸出可能な事業体の全体は,英語では無論,中国語でも入手できない。その上,事業体の中国名の英訳がまちまちで,事業体名や所在地の変更のフォローが乏しく, AQSIQのリストにある事業体名が当該事業体のホームページにある名称と一致しないことすらある。同一所有者が複数の事業体を所有している場合,各事業体の区別が明確でないこと,事業体のホームページには当該施設とは異なると思われるものの写真を掲載しているケースが存在するなどの問題がある。

 (2)メラミン混入乳児用品や日本で問題になった農薬混入餃子

 メラミン混入乳児用品や2008年に日本で問題になった農薬混入餃子を製造したのは,「検査免除」の認定を受けた食品輸出事業体であり,両事業体ともHACCP認証も受けていた。こうしたケースが起きると,AQSIQの監査が信頼しにくいことになりかねない。

 国際的にはHACCP,グローバルGAP,ISO 9000,有機などの認証は,政府機関とは別の第三者機関によって行なわれている。しかし,中国では,輸出事業体に対するHACCP認証は,省の検疫局によって実施されている。また,CQC(中国品質センター)が,有機,グローバルGAP,ISO 9000に加えて,HACCPの認証も行なっている。CQCは名目的には独立組織だが,2002年までAQSIQの支所であり,実質は政府系組織である。また,中国ではこれらの認証に加えて,食品の安全性チェックのための成分分析も,政府系組織がほとんど行なっていて,民間のNGOや第三者機関によるものはごくわずかでしかない。

 例えば,水質検査も政府系組織によって通常なされているが,技術的問題,基金や人材の不足,係官によるテストの選別やデータの操作がつきまとっていると記している。そして,民間の第三者機関の認証組織やラボが中国で自由に活動でき,政府系組織による認証やラボに加えて,輸出事業体が民間の第三者機関の認証組織も自由に選択でき,双方の分析結果や監査結果が互いに再確認できるようになれば,海外および国内の消費者の双方とも,中国の食品製品をより信頼するようになろう。

●終わりに

 いくら規制や監視態勢を整備したとしても,どこの国でもあえて違反を犯す者はなくならない。問題は,違反して摘出されたら莫大な損害を被ってしまうので,違反をせずに誠実に商売をしたほうが得になるという規範が定着する社会を作ることが大切である。

 中国では,輸出用食品は,厳格に安全性が管理され,さらに国内外の価格差もあるために,国内向け食品よりも高い価格になる。大きな価格差が存在すれば,安全性の乏しい管理下で低コスト生産した質の劣る製品を輸出用に販売したいという誘惑にかられる。こうした誘惑が生じやすい構造を温存したまま,輸出用食品の安全性を確保するには,食品の生産・流通チェーンを監視して違法な輸出用食品を排除することの強化が必要になる。

 アメリカの保健社会福祉省(FDAの所属省)は2007年12月に中国のAQSIQと食品の安全性問題について協議し,FDAは中国製食品の輸入の許諾を判定する際に,AQSIQの管理している登録および認証のデータベースを利用できるようにし,さらに緊急事態にはFDAの検査官が中国の事業体に時宜適切にアクセスできるようにすることが合意された。しかし,中国では,「陰の工場」,記録偽造のための高度な戦略など,監査を巧みにすり抜けている事業体も存在するため,全ての監査を信頼できるものにすることが難しいことを,著者らは記している。

 中国では2002年以降,食品の安全性に対する取組が強化されたが,行政官,農業者,食品の加工・流通に関係している経営者や従業員は,まだ国際的な安全性基準や規範を勉強しているところである。こうした人達に対して基準や規範のトレーニングを実施して,認識を向上させるために,保健社会福祉省はAQSIQとの間で,食品安全性に関する検査官と分析技術者のための共同トレーニングプログラムを開設することを合意した。

 しかし,農業者や食品加工事業体の労働者の認識レベルをいかに向上させるかが問題になる。中国では農業や食品産業界の労働者は,回転が早いため,研修プログラムに参加することが少ない。中国の行政官は,農業者向けには,食品安全性基準や規範に関するホームページの開設,本の刊行,ビデオの作成を行なっていると述べている。しかし,農業者がこれらの媒体を使用している程度が高いとは思えない。限られた調査ではあるが,中国の農業者はほとんど新聞や雑誌を読んでおらず,インターネットにほとんどアクセスすることもなく,大方の情報をテレビで得ているとの結果が報告されている。政府機関による農業者向けの実証圃場では,現場の看板に安全性基準や規範を記述している。しかし,短い記述だけでどの程度理解されるか疑問である。中国では農業普及事業が弱く,アグリビジネス企業が農業者に技術や市場の情報を伝えているケースも事実上ない。

 中国製食品の安全性については改善すべき多くの問題が存在している。しかし,著者らが記しているように,中国からの食品輸入が急速に増加しており,しかも,そのマイナス事故が報道されると,一時的に輸入量が減少するが,事故の原因が改善されると,輸入量が回復している。このことは,中国製食品に対する旺盛な需要があることを示している。中国からの安全な製品の流れを確保することは,アメリカを始め外国の消費者と中国の供給者の利益になることを忘れてはならない。