No.132 黒ボク土のpHと可給態リン酸上昇が外来雑草を助長

●家畜の飼養形態の変化による外来雑草の繁茂

 世界的によその国から持ち込まれた植物がはびこって,その国の在来植物を駆逐しているケースが問題になっている。日本にも明治維新以降,物資の輸入にともなって様々な外来植物が入ってきて定着し,日本の景観の構成要素になりきっているものもあるが,作物生育に大きな被害を与えたり,在来植物を駆逐して伝統的な景観を一変させたりしている植物もある。

 最近,問題になっているのが,飼料用穀物に混入してアメリカなどから搬入されている外来雑草である。生産地で穀物と一緒に雑草種子も収穫され,日本に搬入されてくる。畜産農家が濃厚飼料を家畜に食べさせても,雑草種子は発芽力を保ったまま,体外に排泄される。昔なら,家畜ふん尿は頻繁に切り返しながら堆肥化され,その過程で高い温度が発生して,雑草種子は死滅した。しかし,最近では経営体の家畜飼養頭数が飛躍的に増えて,家畜の飼養管理に労働力を傾注しなければならず,十分な労働力を堆肥化にさけないケースが増えてきた。その結果,雑草種子が死滅していない未熟な堆肥やスラリーが,飼料畑,牧草地や耕地に施用されて,外来雑草が繁茂している(黒川俊二 (2003) 採草地,放牧地への雑草の侵入と対策.農業技術大系.畜産編 第7巻(飼料作物)p.基286-22〜286-29;畜産草地研究所「写真で見る外来雑草」;農業環境技術研究所「外来植物図鑑」参照)。

 外来雑草の大部分は以前に日本に導入されていたもので,目新しい雑草ではなく,和名も持っている。しかし,これまでは日本での分布が限られていたが,家畜の飼養形態の変化によって,まず飼料作物生産圃場で増え,さらに家畜ふん堆肥の流通量の増大によって耕種農家にも広がってきている。

●雑草の生育に必要な土壌条件

 だが,家畜飼養形態などの変化だけでは,外来雑草拡大の理由が十分説明されたとはいいにくい。アメリカなどの穀物輸出国と日本の気象や土壌の条件は大きく異なるので,輸出国の気象や土壌に適応した雑草は,日本では繁茂しにくいと考えることもできる。それなのに,なぜ日本で繁茂しているのか。

 農業環境技術研究所の平舘らは,北関東の台地上の黒ボク土地帯に存在する122地点の畦畔,耕作放棄地,刈り取り草地の植生を調査した(平舘俊太郎・楠本良延・森田沙綾香 (2009) 外来植物の侵入は土壌pHと有効態リン酸に関連している.農業環境技術研究所平成20年度研究成果情報)。関東は代表的な黒ボク土地帯の一つだが,調査した場所は,元々の自然植生の場ではなく,また,集約的管理を受けている耕地でもない。若干の人為的影響を受けているか,かつて受けた場で,草本群落が成立している場である。

 122地点の草本群落は大きく2つのタイプに区分できることが判明した。タイプI は,主な植物がセイタカアワダチソウやクズなどで,その他にいろいろな外来植物が少量ずつだが出現し,外来植物全体の占める植被率が高い群落であった。タイプII は,主な植物がアズマネザサ,アキカラマツ,ワレモコウ,ツリガネニンジンなどで,外来植物がほとんど出現しない群落であった(表1)。

 それぞれの植生が生えている土壌のpHと有効態リン酸(Bray II リン酸)を調べたところ,タイプ?の植生が生えていた土壌は,例外なく,pH が5.7 以下で,かつ有効態リン酸が20 mg P2O5/100 g乾土以下であった。耕地化していない自然のままの黒ボク土であれば,pHと有効態リン酸はさらに低いが,タイプ?の土壌は,比較的黒ボク土としての本来の特性に近い性質をもっていた。他方,タイプIの植生が生えていた土壌の87%は,pHが5.7以上あるいは有効態リン酸が20 mg P2O5/100 g乾土以上の土壌であった。このような土壌は,人間が肥料や土壌改良資材を投入して改善した土壌である。つまり,pHが5.7以下で,かつ有効態リン酸が20 mg/100 g乾土以下であれば,外来雑草がほとんど出現しないタイプ?の植生となり,土壌pHが5.7以上か有効態リン酸が20 mg/100 g乾土以上であれば,外来雑草が多く出現するタイプ?の植生となった(図1)。

●植物生態を新たな視点から解析

 この結果は,帰化植物が定着するには,帰化植物の生育に適した条件をもった土壌が存在することが必要であることを示している。つまり,高度経済成長以前の日本では,黒ボク土の土壌改良がほとんどなされておらず,強い酸性で,リン酸不足であった。このため,pHが高く,有効態リン酸レベルの高い土壌で生育する外来雑草は,日本に導入されても,生育可能な場所が限定されていた。しかし,最近のように,黒ボク土畑の土壌改良が進み,pHが高くなり,有効態リン酸レベルが高くなっている結果,外来雑草が急激に繁茂できるようになったといえる。

 故沼田真千葉大学名誉教授は,1972年に出版した「植物たちの生」(岩波新書)で,「わが国で最近,川原とかやや湿性の荒れ地にひろがっているセイダカアワダチソウという植物がある。・・・われわれは以前,江戸川の河川敷で調べたことがあるが,地下部をみるとセイダカアワダチソウは地表から5センチ,オギは5〜15センチ,ヨシはこれ以下のところに根茎や根の多くを分布させている。したがって,地下部の住みわけからみると,セイダカアワダチソウの落ちつくべき場所はあいていたのである。」と記している。

 日本の土壌の有効態リン酸レベルは元々低い。弥生時代に稲作が北九州から東に向かって伝播した際にも,瀬戸内海沿岸の相対的にリン酸レベルの高い沖積土地帯に急速に広まったのに,鈴鹿山脈を越えるあたりから,伝播スピードが急激に下がり,関東への伝播は最も遅れた。その原因は,鈴鹿山脈あたりから黒ボク土あるいは黒ボク土の混じったリン酸を難溶化する土壌が存在したためである,との説明がなされている(藤原彰夫 (1991) 土と日本古代文化.博友社)。

 この稲作の東進でも土壌の有効態リン酸レベルが問題になったが,台地の黒ボク土に比べれば,河川敷の沖積土壌のほうが,有効態リン酸レベルが高いはずである。そして,故沼田名誉教授の根の分布域の住み分けに加え,セイダカアワダチソウは河川敷が,日本の自然の場の中ではリン酸レベルの高い場であったことも,河川敷で繁茂した理由と推察される。

 黒ボク土の化学的性質に着目して,外在雑草の侵入を説明する試みは,これまでとは違った視点から植物生態を解析するものとして,今後の展開が期待される。