No.358 デンマーク農業における養分バランスの大幅な削減の実績

●はじめに

OECDは農業環境指標を定めて,加盟国にその値を毎年報告させ,その年次推移をモニターしている。農業環境指標の1つに養分バランスがある。これは加盟国の農地全体に投入された窒素とリンの総量(インプット量)と,そのうちの作物や家畜に吸収されて生育・成長に使用されて,圃場外に搬出された量(アウトプット量)を計算する。そして,インプット量とアウトプット量の差を養分バランスとして,国全体での総量や農地面積ha当たりの養分量kgで表示する。プラスの値は,作物に吸収されない余剰な養分量を意味する。

環境保全型農業レポート「No.331 OECDが農業環境指標DBを2014年分まで追加」に紹介したように,1990-92年における窒素バランスの3か年平均値は,オランダ309,ベルギー263,韓国213,デンマーク186,ルクセンブルク183,日本171 kg N/haであった。その後,EUの国々では窒素バランスの値が大きく減少したのに対して,日本ではわずかに漸減しただけで,韓国ではむしろ漸増した。その結果,2012-14年には,韓国249,日本153,オランダ148,ベルギー138,ルクセンブルク127 kg N/haとなった。そして,デンマークは2012-14年には83 kg N/haにまで激減させた反面,2015年の農業総生産額を1990年の120%に増加させた(環境保全型農業レポート「No. 357 OECD国の農業環境改善ペースがスローダウン」)。

以下に,このデンマークの養分投入削減の状況をもう少し詳しく紹介する。

 

●デンマークは農業での過剰養分問題に最初に対処した国の1つ

デンマークは,農業からの過剰養分による水質汚染を最初に問題にした国の1つであった。1970年代から1980年代始め,農業からの養分ロスによる家庭用井戸水での窒素濃度の上昇が多くの場所で観察されるとともに,デンマークの海洋水の酸素濃度の調査とモニタリングから,深刻な酸素欠乏状態の出現頻度の増加が示された。しかし,その後,デンマークでは農業における養分管理の法的規制を始動させた。それは,デンマークとスウェーデンの間に存在する,カテガット海峡で死んでいたロブスターのテレビジョンレポートがきっかけであった。そのレポートで,ロブスターの死滅は,農業から流出した養分で助長された藻類の異常繁殖に起因した酸欠に帰せられた。

これを契機に農業による水質汚染の規制への要求が高まり,1985年から,農業から窒素とリンのロス削減を図る最初の行動計画を施行した。そして,1991年にEU(当時はEC)の硝酸塩指令(91/676/EC)」(環境保全型農業レポート「No.84 EUの第3回硝酸指令実施報告書」参照)が成立するよりも3年前に,デンマークは水質モニタリングを行なって,表流水への窒素のいろいろな負荷源を定量できるようにして,1980年代後半には,集水域,地域および国のスケールで窒素濃度の長期的動向を把握する「国の水モニタリングプログラム」(表1には記していない)を開始した。そして,デンマークのモニタリングプログラムは,2000年に施行されたEUの「水枠組指令」で要求された,2007年までにすべてのEU加盟国で設定する監視モニタリングネットワークのデモンストレーションとして使用された。

デンマークは,1985年から水質保全を図る,国の一連の行動計画を実施し,大規模廃水処理施設などの特定汚染源からの養分の排出削減,農業における窒素利用効率向上,湿地の復元などによる農業からの水環境へのN排出低減について顕著な成果を上げ,養分の余剰とロスを低減する点でEUのなかで最も成功した国の1つとなっている。さらにこうした成果は,農業生産物の生産額をなお増加させつつ達成されたものであり,デンマークをモデルにした取り組みが他の国でも広く採用されることが望まれている。

●デンマークにおける、農業からの窒素およびリンのロスに対する国の施策

デンマークでは、どのようにして環境の改善に努力しながら農業生産物の生産額を増加することができたのだろうか。デンマークにおける、農業からの窒素およびリンのロスに対する国の施策の概要を下記資料から摘出して表1を作成した。

(1) B. Kronvang, H.E. Andersen, C. Børgesen, T. Dalgaard, S.E. Larsen, J. Bøgestrand, and G. Blicher-Mathiasen (2008) Effects of policy measures implemented in Denmark on nitrogen pollution of the aquatic environment. Environmental Science and Policy 11: 144-152.

(2) B.Kronvang, G.Blicher-Mathiesen and J.Windolf (2017) 30 Years of nutrient manage- ment learnings from Denmark: A successful turnaround and novel ideas for the next generation. In: Science and policy: nutrient management challenges for the next generation. (Eds L. D. Currie and M. J. Hedley). Occasional Report No. 30. Fertilizer and Lime Research Centre, Massey University, Palmerston North, New Zealand. 9 pages.

(3) Ministry of Environment and Food of Denmark (2017) Overview of the Danish regulation of nutrients in agriculture and the Danish Nitrates Action Programme. 31pp.

表1の冒頭に示すように,デンマークは1985年に「窒素・リン低減行動計画」を採択している。これは1987年とその後に採択された第1次から第3次の本格的な水環境行動計画に先行した規制で,行動計画の略号を,1よりも前なので0(NP0)にしてある。

(1)スラリータンクの貯留容量と家畜飼養密度

1985年の「窒素・リン低減行動計画」は,規制対象をスラリーに絞って,(1) 土地なしの家畜生産を禁止し,家畜飼養密度を2家畜単位(糞尿Nで200 kg/ha)以下として,乳牛成畜換算で2頭/haを超える高密度飼養を禁止した。なお,家畜飼養密度は1998年採択の第2次水環境行動計画で1.7家畜単位/ha(糞尿Nで170 kg/ha)とされた。そして,特に冬期にスラリーを施用すると,土壌の凍結によってスラリーが土壌浸透できない上に,牧草の生育もなくて牧草による養分吸収がない。このため,冬期にスラリーを貯留するタンクの最低容量を定めるとともに,蓋のないタンクからのアンモニア揮散の抑制や,タンクからの流出液の漏出による汚染防止を規定した。

1991年のEUの硝酸塩指令では,指令施行の最初の4年間は,ふん尿N還元可能上限量は210 kg N/ha,5年間から170 kg N/haとすることが規定されているのに比べて,1986年時点でこれよりも厳しかったことが分かる。そして,1987年に冬期のスラリータンクの貯留容量を第1次行動計画で9か月分に増やした。

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(2)水環境行動計画の目標

1987年から水環境行動計画を本格化させた。水環境行動計画では,シミュレーション式で計算した作土層の根域から下層に流亡する養分のロス量を,1980年代に比べて,Nで50%,Pで80%削減することを目標にした。

(3)窒素施用基準:農場の窒素施用可能上限量の設定

また,肥料および作物作付計画の作成を農業者に義務付けた。施肥基準は,経済的に最適な施肥量よりも10%低く設定して,それに基づいて作物の種類ごとに窒素の施用基準を作成した。作物の種類ごとに決められた窒素施用基準は細かく定められている。春播きオオムギの一部の例を述べれば,(a)2年間トウモロコシを栽培した跡,(b)テンサイ跡,(c)クローバやアルファルファ跡,(d)ジャガイモ跡で,無灌漑の粗粒砂土だと,基準収量が4.1トン/haで,基準窒素施用量が,それぞれ122,104,59,113 kg N/haとなっている (H. Hossy and H. Hjort (2012) Dealing with Nitrates in Denmark. 30pp. )。

農場の作物作付計画で予定している作物の種類にもとづいて,農場が施用できる窒素量の上限が定められ,その窒素上限量のなかでスラリーと化学肥料を施用する。もしも窒素上限量の範囲内で,自家農場生産のスラリーを施用しきれない場合は,他の農場に余分なスラリーを引き取ってもらうことになる。しかし,余分は糞尿を他農場に引き取ってもらうことは例外的ケースに位置付け,自農場内でスラリーを施用することを原則にしている。

(4)キャッチクロップの栽培

これとともに,土壌中の養分の作物による吸収量を向上させるために,栽培面積が大きな場合にはキャッチクロップ(メイン作物が小さいうちに2つの畦の間に栽培する別の作物,または,メイン作物が栽培されていない時期に別の作物を栽培する作物)の栽培を義務化し,冬期の裸地を減らすために,冬作物を栽培する最小面積割合も規定した。

(5)スラリーの可給態窒素含有割合の基準化

スラリーの窒素のうちの可給態窒素の含有割合を法的基準として定め,栽培しようとする作物の種類に応じて決められる窒素の施用基準量を,スラリーと化学肥料を合わせた可給態窒素量が超えないことを要求した。

スラリーの可給態窒素割合の法的基準値は,1991年には,豚スラリー60%,牛スラリー55%,踏み込み敷料25%,他のタイプ50%であったが,1998年には,豚スラリー65%,牛スラリー60%,踏み込み敷料35%,他のタイプ55%に高められ,2000年には,豚スラリー70%,牛スラリー65%,踏み込み敷料40%,他のタイプ60%,2002年には,豚スラリー75%,牛スラリー70%,踏み込み敷料45%,他のタイプ65%に高められた。糞尿窒素割合の法的基準値が高められることは,施用できるスラリーの量を以前よりも減らすことを意味し,作物によるスラリー窒素の吸収効率を上げないと,施肥基準の制約があるために,作物の吸収できる窒素が少なくなり,収量が減少してしまうことになる。

このため,スラリータンクからの窒素の揮散や漏出を減らすために,タンクの上面を浮遊性の被殻や人工カバーで被覆してアンモニアが大気に揮散するのを削減したり,タンクからのスラリーの漏出を防止したりすることも規定した。さらに,スラリーを圃場に散布したら,12時間以内に土壌に混和して,アンモニアで揮散するのを防止して,悪臭防止と窒素の利用効率を上げることが規定された。これを踏まえて,農業者によって作物収量を確保する努力がなされた。これを踏まえて,2017年からは施肥基準を,経済的に最適な施肥量にした(文献2)。

また,家畜から窒素が糞尿に排出されるのを減らすように,飼料の改良も行なわれた。

●多量スラリーの他農場への輸送は高コスト

デンマークの法律では,1.7家畜単位/haを超える家畜飼養を禁じている。しかし,EUの硝酸塩指令では,農地に施用する家畜糞尿N量を170 kg/haを超えない量にし,超える場合には他の農場などに引き取ってもらうことが決められている。そして,それができれば,農場では170 kg/haを超える糞尿を生産する高密度家畜飼養を行なってよいことにしている。デンマークは,1.7家畜単位(家畜糞尿Nで170 kg/ha)以内での家畜飼養を原則にしている。

オランダは,歴史的に家畜の高密度飼養が盛んであったため,170 kg/haを超える糞尿を長距離輸送しているケースが少なくない。多量の家畜糞尿の長距離輸送が正しく行なわれているかをモニターするには,糞尿運搬車にGPS(全地球測位システム)を装着し,公的な車輌重量秤量機でチェックする必要があり,かなり高コストになるという問題が指摘されている(T.Dalgaard, B.Hansen, B.Hasler, O.Hertel, N.J.Hutchings, B.H.Jacobsen, LS.Jensen, B.Kronvang, J.E Olesen, J.K.Schjørring, S.Kristensen, M.Graversgaard, M.Termansen and H. Vejre (2014) Policies for agricultural nitrogen management-trends, challenges and prospects for improved efficiency in Denmark. Environmental Research Letters 9:115002 (16pp) )。

デンマークは多量のスラリーを長距離輸送するのでなく,自農場内でその養分を高い効率で利用して,作物生産を向上させるとともに,環境ロスを少なくする道を選んでいる。