No.339 EUの2012-15年(第6回)硝酸塩指令実施報告書

●硝酸塩指令の最新報告

EUの水系の硝酸塩汚染の主因は,農業から排出された硝酸塩であるケースが多い。このため,EUは,閣僚理事会指令91/676/EEC(硝酸塩指令)を1991年に公布した。この指令によって,加盟国には下記が義務付けられている

・加盟国内の全てのタイプの水系について,硝酸塩濃度と富栄養化状態をモニタリング

・基準[(a)硝酸塩(NO3)が25または50 mg/L(NO3-Nで3 mg/L)以上か,そうなる危険の高い飲料用水源などの地表水,(b)NO3が50 mg/L以上か,そうなる危険の高い地下水,(c)富栄養化しているか,そうなる危険の高い地表水(河口,沿岸,海を含む)]に基づいた,汚染水ないし汚染リスクのある水の確認

・水系に流入して硝酸塩汚染に貢献している流域全体を,硝酸塩脆弱地帯として指定

・加盟国の国土全域において,農業者が自主的ベースで実施すべき優良農業行為規範(GAP)の設定。

・硝酸塩脆弱指定地帯(または国土全体を指定することも可能)で義務として実施すべき,硝酸塩による水質汚染を防止ないし削減する一連の方策を含む,行動プログラムの策定

・少なくとも4年ごとに,硝酸塩脆弱地帯および行動プログラムの見直しと改正

・優良農業行為規範,硝酸塩脆弱地帯,水質モニタリング結果および行動プログラムの関連する側面についての情報とともに,指令の実施の進捗報告書を,4年ごとにヨーロッパ委員会に提出。

今回の報告書は2012-2015年を対象にしたもので,本来は2016年6月に提出すべきであったが,28か国からの報告の提出が揃ったのは2017年10月となり,承認を得て刊行されたのは,2018年5月となった。硝酸塩指令のこの第6回実施報告書の概要を紹介する。

(1)報告書:European Commission (2018) Report from the Commission to the Council and the European Parliament on the implementation of Council Directive 91/676/EEC concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources based on Member State reports for the period 2012?2015. Brussels, 4.5.2018. COM (2018) 257 final. 14pp.

(2)スタッフ作業文書a SWD(2018) 246 final. Part 1 to 7. 102pp.

(3)スタッフ作業文書b SWD(2018) 246 final Part 8 to 9. 113pp.

なお,2008-11年の第5回報告書の概要は,環境保全型農業レポート「No.239 EUの第5回硝酸指令実施報告書」を参照されたい。

なお,今回の報告書は,EUの水系の水質状態は前報告書よりも若干改善されたものの,引き続き改善に向けた努力が必要であると結論づけている

●農業由来の硝酸塩発生圧力

1.家畜・家禽頭羽数

・EU28の平均家畜密度は,2013年において利用農地面積ha当たり73家畜単位であった。最も高い密度は,オランダ3.57,マルタ2.99,ベルギー2.68,低いのはブルガリア0.21,ラトビア0.26,リトアニア0.29であった。

・2010年に比べると,EU28の平均家畜密度は9%減少している。密度が大きく減少したのは,ギリシャ-18.9%,マルタ-17.9%,デンマーク-14.4%,他方,大きく増加したのは,オーストリア+7.2%,アイルランド+4.5%,フィンランド+3.7%,ドイツ+3.5%であった。

2.肥料使用量

・EU28レベルで,9,200トンの家畜糞尿Nが2012-14年に利用された。これは2008-11年に比べると6%の減少である。糞尿N利用はハンガリーとラトビアで5%超増えたのに対して,ブルガリア,キプロス,チェコ共和国,マルタ,ポーランド,ルーマニアとスロベニアで5%超減少した。

・EU28レベルでは1,610トンの家畜糞尿リン酸が2012-14年に使用されたが,これは2008-11年に比べて1%減少した。糞尿Pの利用量は,ハンガリーで5%超増加したのに対して,ブルガリア,キプロス,チェコ共和国,クロアチア,マルタ,オランダ,ポーランド,ルーマニアとスロベニアで5%超減少した。

・EU28での無機窒素およびリン酸肥料の全使用量は,2008-11年と2012-15年の間に,それぞれ4%と6%増加した。加盟国によって有意な違いが存在し,スロバキアでは無機窒素肥料の使用量が30%減少し,オランダでは無機リン酸肥料の使用量が46%減少したのに対して,ブルガリアでは無機窒素とリン酸肥料の両使用量が56%増加した。

・EUレベルでの糞尿使用量の減少は,全家畜頭羽数の減少(-3.6%),また,加盟国レベルでの減少は,例えば,エネルギー生成への糞尿の使用によっても影響を受けている。

3.養分バランス

・硝酸塩指令は,作物に必要とする適正量を施用してロスを防止するように,農場レベルでバランスのとれた施肥を行なうことを推奨している

・報告期間の2008-11年と202-15年の間に,EU28レベルで窒素とリン酸の両バランスが若干増加し,それぞれ8 から32.5 kg N/haおよび1.8から2.0 kg P/haとなった。これは,EUレベルでそれまでの期間よりも環境へのロス可能性が増えたことを意味している

・2012-14年の期間に,ルーマニアを除く全ての加盟国で余剰窒素が生じた。窒素余剰量が非常に大きかった(>50 kg/ha)のは,ベルギー,キプロス,チェコ共和国,デンマーク,ルクセンブルク,オランダ,イギリスであった(表1)。リン酸については,余剰が非常に大きかった(>5 kg/ha)のは,ベルギー,キプロス,クロアチア,デンマークおよびマルタであった。しかし,8加盟国はリン不足で,不足が最も大きかったのはブルガリアとエストニアであった。

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4.農業から水環境への窒素放出に対する寄与

水環境への農業からの窒素放出の寄与についての情報は,全ての加盟国から報告されているわけではない。加盟国の報告によると,農業は環境への主たる窒素放出源のままであり,水系への窒素負荷量の50〜99%は農業に起因した(表2)。ただし,前報告期間と本報告期間について比較可能な報告についてみると,平均窒素放出量は3%減少した。
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●水質とその傾向

1.地下水

・EU全体では,2012-15年には,地下水ステーションの13.2%が50 mg NO3/Lを超え,5.7%が40-50 mg/Lであった(図1)。これは,前報告期間において14.4%が50 mg NO3/Lを超え,5.9%が40-50 mg/Lであったのに比べて若干の改善である。

・加盟国間でおおきな差があり,アイルランド,フィンランドおよびスウェーデンでは,平均で50 mg/ Lを超える地下水ステーションはほぼなかった。これに対して,マルタ,ドイツおよびスペインでは,地下水ステーションのそれぞれ71%,28% および21.5%が50 mg NO3/Lを超えた(図1)。しかし,加盟国間での比較可能性は,ネットワークや戦略の違いのために限定されている。

・地下水の深さと硝酸塩濃度の関係をみると,50 mg NO3/Lを超えた地下水は深さ5〜15 mのもので多く認められた。

・2012-15年と2008-11年のモニタリング結果を比較すると,水質は74%のステーションで同じか改善された。事実,EUのステーションの42%が安定し,32%が減少傾向を示した。ステーションの26%は悪化し,前回の報告期間と類似していた。前回よりも改善したステーションの割合が最も高かったのは,ブルガリア(40.9%),マルタ(46.3%) とポルトガル (43.6 %)で,最も安定していたのはスウェーデン(98%),悪化したステーションの割合が最も高かったのはエストニア(44.4%),マルタMalta (43.9%) およびリトアニア(58.5%)であった。したがって,汚染地域の悪化したステーションと,浄化の進んでステーションの多い地域の2極化が観察された。

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2.淡水の表流水

・報告されたモニタリングステーションごとの年間平均値に基づくと,64.3%が10 mg NO3/L未満,2%が40-50 mg/L,1.8%が50 mg/L以上であった。これは前報告期間に比べると改善であり,前回は2.5%のステーションが50 mg/L以上で,2.5%が40-50 mg/Lであった。

・50 mg/Lに等しいか超えたステーションの割合が最も高かったのはマルタであったのに対して,スウェーデン,アイルランドおよびギリシャでは,最も比率の高いステーションは2 mg/L未満のものであった。

・報告期間2008-11年に比べて,改善があり,全ての淡水モニタリングステーショの31%で年平均硝酸塩濃度が改善し,その9%で顕著な改善がみられ,モニタリングステーションの半分は同じ状態にとどまった。残念なことに,全湛水モニタリングステーションの19%で悪化し,5%は顕著な悪化を示した

3.海水

・海水では,硝酸塩濃度は淡水よりも低く,年平均の値でみると,25 mg/Lに等しいか超えたのはステーションの0.7%,2 mg/Lのステーションは75.7%であった。前回の報告期間に比べて,年平均硝酸塩濃度が25 mg/Lを超えたのは全モニタリングステーションの1.4%で,若干の改善があった

・しかし,前回期間に比べてモニタリングステーション数が大幅に減少したため,2つの期間の比較は十分には行なえない。

●硝酸塩脆弱地帯の指定

・国土全域を硝酸塩脆弱地帯に指定している加盟国のものを含め,硝酸塩脆弱地帯の総面積は,2012年の1,951,898 km2から2015年には約2,175,861 km2に増加し,農地の約61%を占めるようになった。このことは,EUの農地の61%は,バランスのとれた施肥を行なう義務を有していることを意味している。

・しかし,加盟国のなかには,硝酸塩脆弱地帯に含まれていない水質汚染農地がまだ存在することが判明している。

・さらに一部加盟国では,硝酸塩脆弱地帯を,モニタリングステーション周囲の地域に限定して指定している。このため,指定地域が分断されて,行動プログラムの有効性を疑問なものにしている。

行動プログラム

・加盟国は,指定した脆弱地帯または国土全体に,1つまたは複数の行動プログラムを設置することが要求されている。大部分の加盟国は,2012-15年の報告期間に行動プログラムの新規策定または改正を行なった。

・行動プログラムでは,バランスのとれた施肥を確保する肥料施用基準が,最も重要な課題である。ほぼ全ての加盟国は,各作物生産に認められた全窒素量を定義として受け入れている。一部の国はリン施用量を規定している。

・もうひとつの重要な問題は,家畜糞尿の貯蔵である。全ての加盟国は,貯留容量を含めて糞尿貯蔵について条項を設けているものの,農場レベルでの現在利用可能な貯蔵容量についての情報をもっと集めることを含め,より強化した行動が必要である。

・全国土に行動プログラムを適用している加盟国では,地域によって農業圧力の内容や圧力程度が異なるところがあり,それらの状況に方法を適切に合わせることが重要な課題となっている。このため,一部の加盟国は,行動プログラムのなかで対策を強化する地域を指定している。

・加盟国は,具体的に環境面で「できの悪い農場」(養分負荷の大きい)にターゲットを絞り,「できの良い農場」には柔軟性を高めるようにしてきている。このアプローチは興味深いものであるが,明確な環境目標,より厳格な執行メカニズムと正確な養分管理プランニングをともなっている場合にだけ,成果がえられる。

●水質変化の展望

・12の加盟国と2つの地域が,「農村開発プログラム」に含まれているいくつかの農業環境対策の実施と行動プログラムの方法との組合せによって,地下水と表流水中の硝酸塩濃度のさらなる削減を予測している。

・7つの加盟国と3つの地域は,将来の水質について明確な予測を明示せず,例えば,一部の水塊については水質の改善を予測するとともに,別の水塊については水質の劣化も予測している。

・3つの加盟国(クロアチア,ギリシャ,ポルトガル)は,水質の予測について報告を出さなかった。キプロスとベルギー(フランダース地方),対策の施行時期と効果発現時期の間のタイムラグまたは気候条件や水文学のために不可能であったと報告した。

●家畜糞尿Nの上限値に対する例外措置

・硝酸塩指令は,同付属書IIIに規定された客観的な基準が満たされ,例外措置として認める量が指令の目的達成を損なわないならば,脆弱地帯において家畜糞尿由来のNを年間ha当たり170 kgの最大量を上回る投入を認めている。逸脱を認められた地域に要求される管理基準は,行動プログラムよりも厳しく,養分プランニングと農地管理についての追加規制が義務として加えられる。

・この家畜糞尿由来のN量の逸脱は,指令の施行の点でヨーロッパ委員会を支援する「硝酸塩委員会」の意見を踏まえて,ヨーロッパ委員会によって承認される。2015年末時点で逸脱は6つの加盟国で認められている。全国土で逸脱が認められている国(デンマーク,オランダ,アイルランド),またはその一部地方(ベルギーのフランダース地方;イタリアのエミリアロマーニャ州,ロンバルディア州,ピエモンテ州,ベネト州;イギリスのイングランド,スコットランド,ウェールズ,北アイルランド)で認められている。

●硝酸塩指令違反訴訟

・2017年7月時点で,7加盟国に対してヨーロッパ委員会からヨーロッパ司法裁判所に対して,下記の8つの訴訟がなされていた。

フランスについては硝酸塩脆弱地帯の指定について;ギリシャについては硝酸塩脆弱地帯の指定および行動プログラムについて;ポーランドについては硝酸塩脆弱地帯の指定および行動プログラムについて;スロバキアについては硝酸塩脆弱地帯の指定および行動プログラムについて;ブルガリアについては行動プログラムについて;ドイツについては行動プログラムについて;ベルギー(ワロン地域)については行動プログラムについて。