No.325 有機農場の経営規模はEUに比べて日本では驚くほど小さい

・はじめに

慣行農業と有機農業のいずれであっても,日本の農業経営体の経営規模はEUに比べてはるかに小さい。農林水産省補助事業として,NPO法人MOA自然農法文化事業団が行なった「有機農業基礎データ作成事業報告書(全59頁)」(2011)によると,有機農業実施面積を農家数で除した農家当たりの平均有機農業実施面積は,2010年11月から2011年1月の調査時点で,有機JAS法の認証を受けた農場で2.4 ha,認証を受けていないが有機JAS法の生産基準に準拠した農場で0.93 haと計算された(環境保全型農業レポート「No.187 有機JAS以外の有機農業の実態調査結果」)。他方,EU(28か国)の2013年における有機経営体の平均規模は54.68 haと計算される(European Commission (2016) Facts and figures on organic agriculture in the European Union )。

日本とEUの農業経営体規模は,自然条件や社会的条件による次の違いによって,経営規模に違いがあって当然と考えられる。

(1)寒冷または少雨のために,作物栽培の作期が年1作に限られているヨーロッパの多くの国々に対して,日本はより温暖で降水量も多く,日本の多くでは年2作が可能である。

(2)水田では灌漑水によるミネラルの補給,水田に生息する空中窒素固定微生物による窒素の供給,還元土壌におけるリン酸の可溶化,酸素制限による土壌有機物の減耗抑制,酸素欠乏による植物寄生性センチュウや植物病原性菌類の死滅による連作可能などによって,畑に比べて養分施用量を少なくすることができ,地力増進作物を輪作する面積が不要である。

(3)本ではかつて家畜生産を行なわず,ダイズ栽培と海や川での漁業によって蛋白質食品を補給して,ヨーロッパに比べて農地での食用作物生産効率を向上させた。

(4)日本の畑には強酸性やリン酸固定力の強い黒ボク土が多く,畑作物の生産が強く抑制されていたが,上記の理由によって化学肥料の普及以前においては,日本の農地面積当たりの人口扶養力はヨーロッパよりは高かった。

(5)日本では戦後,高度経済成長を迎えて,商工業所得が顕著に増加した。戦後の農地解放で生じた多数の小規模自作農の所得を増やして農工間の所得格差を是正するために,高米価政策,各種の農業生産補助金,安価な外国産農産物の輸入制限などによって,国内農業者の保護を図った。

(6)これに加えて,都市近郊の農業者は商工業などの事業所に就職し,農業との兼業によって,小規模な農業経営であっても,平均的な商工業従事者よりも実質的に多くの所得を上げられるようになった。他方,都市近郊から離れた遠隔地では,農業者が農業をやめて都市に移住して,耕作放棄地が増加した。こうした状況下で農業の規模拡大は,徐々に進行しているものの,小規模経営体がなお多く存在している。

では,EUの主要国の慣行および有機の農場の経営規模はどのようであろうか。

EUの統計局Eurostatの農業データベースから抽出したデータを紹介する。なお,データベースの統計の種類は,例えば,Farm structure (ef)のFarm structure ? 2008 legislation (from 2005 onwards) (ef-main)のように,最後の括弧内の記号(ef-main)によって表記されている。このため,データの出所としてこの最後の括弧内の記号を記載しておく。

・EU主要国の農業経営体の平均規模

データベースのFarm structure (ef)の[ef_m_farmleg]から入手した2013年の慣行と有機を合わせた農場総数と利用農地総面積から,[org_coptyp] と[org_cropar]から入手した有機農場数と有機経営体の利用農地総面積を差し引いて,慣行の農場数と利用農地面積を計算し,慣行と有機の農場の平均面積を比較した(表1)。

日本では2013年の農業構造動態調査によると,慣行農業の1経営体当たりの平均経営耕地面積は,全国で2.39 ha,都府県で1.72 haにすぎない。ただし,北海道では平均25.82 haであり,オーストリアやオランダに比肩できる。しかし,ドイツ,フランス,デンマークの慣行農業の経営体の経営面積は60 ha前後,イギリスでは90 ha強で,これらに比べればはるかに狭隘である(表1)。そして,いずれの国でも,有機農業経営体の面積は慣行農業と同等かそれよりも広く,特にイギリスでは平均規模が慣行経営体で93 haと他の国よりもはるかに大きいうえに,有機経営体では206 haで,慣行の約2倍となっている。

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・慣行および有機農業経営体の面積規模別分布

表1に示した6カ国について,2013年における慣行と有機の経営体の利用農地面積規模別分布を,データベースの[ef_mporganic]から作表して図1に示す。

慣行と有機の経営体数割合の分布をみると,いずれの国でも規模が大きくなるほど,慣行よりも有機の経営体割合のほうが高くなる傾向が認められる。そうした傾向は,6か国の中では平均規模が比較的小さなオランダとオーストリアだけでなく,平均規模が中位のドイツ,フランス,デンマークでも認められ,さらに規模が最も大きなイギリスではより一層明確であった。

こうした傾向は,有機の畑作農業では,食用作物の生産を支えるために,休閑牧草などの地力増進作物の栽培面積を要するためと理解できる。

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なお,図中で経営利用農地規模がゼロと表示されている項目は,農地が1 ha以上か,1ha未満であっても販売額が一定額を超えている経営体の意味であるが,基準の最低販売額は国によって異なる。この最下限のクラスの経営規模には,どの国でも有機経営体はない。

・有機経営体の栽培作物種類別・面積規模別分布

データベースの[ef_mporganic]から,2013年における有機経営体の栽培作物種類別・面積規模別分布のデータを抽出した。6カ国のうち,経営規模の最も大きなイギリスの有機経営体の栽培作物の種類構成は,他の国とかなり相違していた。

イギリスでは小規模から大規模までのいろいろな規模の経営体が,生鮮野菜・メロン・イチゴや果実・ベリーを生産しているものの,穀物,ジャガイモ,採草・放牧地(牧野を除く)は大規模経営体が中心になって生産している。そして,ワイン用ブドウを生産している経営体はない。

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イギリス以外の国々では,経営体の規模別分布の違いによって相違もあるが,かなり類似した傾向を示した。その代表としてドイツとオーストリアの例を図2に示す。

ドイツで典型的にみられるように,穀物,ジャガイモ,採草・放牧地(牧野を除く)は大規模経営体が主に生産している。これは地力増進作物の鋤き込みによる土壌肥沃度の向上と機械力によって生産でき,収穫物の単価はあまり高くないが,スケールメリットを生かした経営が可能であることを示していよう。他方,オーストリアでは,経営規模が20 haまではこれらの作物を生産する経営体割合が規模の増加とともに増えたが,それを超える規模では生産経営体割合が減少した。これはオーストリアでは,大規模経営体であっても,オオムギやコムギの単収が気象的にフランス,ドイツやイギリスよりも低いためであろう。例えば,慣行栽培での代表的普通畑作物の単収は,オーストリアでは他の3か国よりも, 20 ? 30%低い(表2)。このため,経営体の収益を穀物だけで確保するのが難しく,より収益性の高い,生鮮野菜・メロン・イチゴや果実・ベリーやブドウの生産を取り込んでいるためと理解される。

このため,自然条件的に単収が比較的高い国では,大規模経営体は省力栽培が可能な,穀物,ジャガイモ,採草・放牧地(牧野を除く)を生産するが,単修が低い国では小規模経営体だけでなく,大規模経営体でも,収益性の高い,生鮮野菜・メロン・イチゴや果実・ベリーやブドウの生産を取り込んでいると理解できる。

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・おわりに

環境保全型農業レポート「No.151 イギリスの有機質資材の施用実態」に記したように,イギリスの農場全体の2/3が有機質資材を施用しているが,その90%は家畜ふん尿のスラリーや堆肥で,購入した農場外有機質資材はその1%にすぎない。この調査の主体は慣行農場だが,有機農場でも同様の傾向と考えられ,2015年の報告書でも同様である(British survey of fertiliser practice 2015 – annual report. )。それは,イギリスのように経営面積の大規模な経営体では,油粕,魚粉,骨粉などの購入有機質肥料は,化学肥料よりも高価であり,肥料コストが非常に高くなるので,より安価な家畜ふん尿の施用や地力増進作物との輪作を使用していると推定される。

ただし,施設での野菜などの有機の栽培に対する要求が高まり,イギリスの有機農業団体のソイル・アソシエーションは,2010年から施設での有機栽培基準の策定を開始した(環境保全型農業レポート「No.214 ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準」参照)。施設での有機栽培基準は2012年4月に成文化されており,施設内では輪作を行なわなくてよいことが基準化されている。なお,EUも有機の施設栽培基準を作る動きを開始していたが,有機農業基準の大幅な改定が否決されたため,その作業が中断されている(環境保全型農業レポート「No.314 EUの有機農業規則改定論議が暗礁に乗り上げる」参照)。

今後,施設での輪作なしでの野菜などの生産が増えるとともに,家畜ふん尿だけでなく,購入有機質肥料の施用量が増えると予想される。その場合,ソイル・アソシエーションの有機施設栽培基準では,地域での物質循環を重視する観点から,外国産,自国産,地域産といったものを区別して評点する基準を設けている。カナダ産のナタネの絞り粕,遠洋で漁獲した魚の粉末,輸入した家畜の骨から作った骨粉などは,地域や自国産に比べて順位が低く,そうした評点を生産者は記録して認定組織に報告しなければならない。日本では経営規模が小さな上に有機質資材の施用上限がないため,世界中から有機質肥料やその原料を輸入して,十分な養分を与えて高い収量を実現している有機経営体が多い。しかし,養分過剰を是正し,地域での物質循環を重視する観点から,規模拡大の努力を払うとともに,ソイル・アソシエーションの評点を,購入有機質肥料の評価の参考にしたいものである。