No.323 河川水の農薬汚染では地下水と過去の禁止農薬にも目を向けよ

●はじめに

農地に散布した農薬の一部が,河川に混入している。その主要な流入経路は,豪雨で生じた表面流去水によって,土壌粒子に吸着保持された農薬が土壌粒子ごと河川に流入する経路とされている。しかし,デンマークの14の河川で調べた研究から,農薬のタイプによっては,農地からの表面流去水に加えて,河川に湧出している地下水が重要な供給源であることが示された。

そして驚いたことに,河川に流入した農薬の中には,現在使用されている農薬だけでなく,数十年前に使用禁止になった農薬の残留物もなお河川に存在しており,底生大型無脊椎動物(注:川底に生息している,カゲロウやトビケラなどの水生昆虫の幼虫,エビ・カニなどの甲殻類,カワニナなどの貝類)に影響を与えていることが,次の論文によって示された。その概要を紹介する。

McKnight, U.S., J.J. Rasmussen, B. Kronvang, P.J. Binning and P.L. Bjerg (2015) Sources, occurrence and predicted aquatic impact of legacy and contemporary pesticides in streams. Environmental Pollution 200: 64ー76.

●研究方法

A.サンプリングサイト

この調査研究は,デンマークの首都コペンハーゲンの所在するシェラン島で行なわれた。島に所在する4つの集水域の上流部河川に,河川水を採取する14のサンプリングサイトを設定した。内訳は、農業が集水域の土地利用の80%を占めるホヴ集水域に11,農業が全土地利用の約99%を占めているスケンスヴェド集水域に1,さらに90%が森林ないし自然地の2つのサブ集水域に対照サイトを1つずつ,計14のサンプリングサイトである。

ホヴとスケンスヴェドの両集水域は,集水域サイズ(したがって支流の数も)や河川内の生息地の物理的な劣化程度が異なるものの,栽培されている主たる普通作物のタイプは,共通にコムギ,オオムギ,キャノーラ(有害成分を在来育種法で除いた系統に,除草剤耐性遺伝子を遺伝子組換え技術で導入したナタネ)であった。

対象とした河川には廃水処理プラントの排水は投入されていないが,豪雨時には,点在する集落からの表面流去水が流れ込み,河川水質に影響を与えていることが考えられる。全ての集水域は,低標高,埴土ないし壌土,温帯気候,平均年間降水量600 mmの特徴を有し,圃場には,豪雨時や雨期に生ずる排水を流す土管排水路が存在する。

B.サンプリング

2010-12年の3年間にわたって,デンマークの主たる農薬施用期間である5月から6月を中心にサンプリングを行なった。

水に溶存した農薬は,河川水に加えて,5月と6月に,豪雨時の表面流去水と排水土管内流水も採取した。サンプル水はサンプリングサイトに設置した容器に流入させ,各降雨後24時間以内に回収し,分析まで4℃で保存した。また,2010年の8月の農薬散布禁止期間(収穫間近)で,降雨がほとんどないか全くないときに河川の水を少量採取し,ベースフロー条件のサンプルとした。

また,水に溶解しにくい脂溶性農薬を捕集することをねらって,2011年5-6月に,河川の懸濁粒子(シルトなどの微小粒子やコロイドの凝集体)を収集した。また,2012年8月に,1か所で河川堆積物の上面2-5 cmの堆積物(粗砂や礫)収集した。

C.農薬の分析

デンマークにおける1956年から2010年の農薬の有効成分の販売量をみると,除草剤が最も多く,次いで殺菌剤と殺虫剤であった。

分析した農薬は,現在使用されている農薬に,過去に使用されて現在は使用禁止になっている「遺産的農薬」を加えて,除草剤39,殺菌剤14,殺虫剤15とした(ただし,除草剤のグリホサートは,水生毒性が非常に低いので,分析対象に含めなかった)。このうち,2010-12年にサンプリングした全ての河川サイトで,溶存態および堆積物サンプルの両者で,除草剤18,殺菌剤7,殺虫剤7の合計32の農薬が,少なくとも1回は検出された。この他に,農薬そのものでなく,農薬の代謝産物,中間産物や不純物または農薬の異性体からなる,別の9つの化合物が検出された。

水サンプル中の非極性化合物は,ガスクロマトグラフィー質量分析法で定量し,堆積物に吸着された極性化合物は,固相から抽出した後に液クロ直列質量分析法で定量した。

D.農薬の毒性値の計算方法

溶存態農薬の毒性値は,オオミジンコ(Daphnia magna)を用いた毒性単位toxic unit (TU) を用いて計算した。

TU = Ci/LC50i
ここで,
Ci:農薬iの測定濃度,
LC50i :農薬iに暴露されたオオミジンコの48時間急性LC50値(半数致死濃度)。代謝産物ないし不純物で生態毒性データがない場合は,農薬本体と同じ値を,そのLC50値に割り当てた。

 そして,毒性単位の合計値(ΣTU)を計算した。ある物質について複数のLC50値が報告されている場合は,報告された最低の値を使用した。ΣTUは,化学物質間の相乗的や,拮抗的な影響を無視して計算した。こうしたやり方では混合物の毒性が過大に計算されうるが,一般に観察された毒性値の2ないし3倍の範囲内であり,初期の仮定値としては許されるものであった。事実,他の研究者によって,ΣTUは水生生物群に対する実際の毒性圧力の合理的な推定値であり,log TU > – 3.0が,野外における水生大型無脊椎動物群集構造に対して観察される急性影響の閾値であると指摘されている。

堆積物結合態農薬の毒性値は,堆積物体積当たりの汚染物質濃度の測定値を用いて計算し,これを非イオン性有機化合物についての平衡分配係数にしたがって溶存する農薬濃度を計算して,毒性単位を計算した。

ただし,堆積物結合態農薬の毒性単位の計算に必要な係数が十分蓄積されていないケースが多く,その場合,他のデータセットも,次の優先順位,(1) ユスリカの慢性28日間無影響濃度,(2)ユスリカの96時間急性LC50,(3)別の種での慢性暴露テストで使用した。

●河川水から検出された溶存態農薬

水サンプルから検出された化合物数は,ベースフローサンプルで1から10,豪雨時フローサンプルで5から24であった。水サンプルから最も高い頻度で検出された農薬は,いずれも除草剤で,DNOC (4,6-ジニトロ-o-クレゾール:最終販売は1987年),TCA(トリクロロ酢酸:最終販売は1988年),シマジン(最終販売は2004年),BAM (2,6-ジクロロベンズアミド:ジクロベニル(2,6-ジクロロベンゾニトリル)の代謝産物)とMCPA(2-(4-クロロ-2-メチルフェノキシ)酢酸,2010年に4番目に最も多く販売された農薬)であった。これに加えてメタミトロンは,2010年の豪雨時の流れのときだけしか検出されなかったが,農業の影響を受けた12のサイトのうちの11で検出されたので,このグループに入る。

森林や自然地の多い対照サイトでは,豪雨時に,BAM(2,6-ジクロロベンズアミド)を含む4から5の化合物が検出された。BAMはジクロベニル(2,6-ジクロロベンゾニトリル)の代謝産物で,デンマークでは,ジクロベニルは農地での除草には認められていないが,作物を生産していない土地での除草に施用にされており,対照サイトに点在する集落から,豪雨時に流出したものとされている。

●川底の堆積物および懸濁粒子から検出された吸着態農薬

川底の堆積物および水中の懸濁粒子から検出された吸着態農薬は,いずれも脂溶性で,殺菌剤のヘキサクロロベンゼン(他の国では,かつて穀物種子消毒剤でとして農業使用されたが,デンマークでは今まで使用を承認していない),殺虫剤のリンデン(γ-BHCが99%以上のBHC(ベンゼンヘキサクロリド)),デルタメトリン(合成ピレスロイドの1つ),クロルピリホス,除草剤のジフルフェニカンなど,合計11の化合物が検出された。なかでも,ヘキサクロロベンゼン,クロルピリホスとジフルフェニカンが最も広く分布していた。これらの名前を記した6つの化合物は,今ではデンマークで承認されていない。

●地下水を経由した農薬の河川水への移動の論拠

農地に施用した農薬が河川に流入する経路として,次が考えられる。1つは,従来から問題になっている,豪雨にともなう表面流去水によって農薬が河川に流入する経路,もう一つは,土壌を浸透して地下水に流入した後,地下水の湧出によって河川に流入する経路である。

河川水のサンプリングは,上述したように,降雨のほとんどか全くないときのベースフロー条件のときと,豪雨時のときに行ない,豪雨時には表面流去水と排水土管内流水についても行なった。

表面流去水経由が主体であれば,豪雨時に河川水の農薬の最高濃度が観察されるはずである。地下水経由が主体であれば,(i) ベースフロー条件で,豪雨時の値よりも高いことはないが,それと類似した濃度で検出でき,(ii) 地下水中からも検出でき,(iii) 河川の同じサンプリングサイトで,豪雨時とベースフローの双方で最高濃度が検出されるはずである。

検出された農薬の多くは,ベースフローよりも豪雨時フローに明らかに高い濃度で存在し,豪雨時の表面流去水経由で河川に流入したと推定された。しかし,地下水系経由を想定させる上記の3つの条件を満たした結果を示したのが,BAM,ジクロベニル,MCPP(メコプロップ),4-CPP(2-(4-クロロフェノキシ)プロピオン酸およびMCPAであった。いずれも水に良く溶けて,非揮発性の除草剤である。これらは主に,地下水経由によって河川水中に混入し、存在していると推定される

●大気を移動する農薬

もう一つの混入経路が,大気を経由した移動である。除草剤のTCA(トリクロロ酢酸)と,メタミトロンおよび殺虫剤のDNOC (4,6-ジニトロ-o-クレゾール)とクロルピリホスは,大気を移動して河川に混入していると考えられる。

TCAとDNOCは,デンマークではそれぞれ1988年と1987年以降禁止されており,ホヴ集水域では,地下水から検出限界を超えては検出されていない。メタミトロンは豪雨時フローでだけ検出され,ベースフローでは検出されなかった。このため,これら3つの農薬は,地下水経路で河川に湧出するとは考えられなかった。TCAは,大気から湿性と乾性の降下物で落下していることが知られている。また,ニトロフェノール類は自動車の排ガスによって排出されているのに加えて,窒素酸化物と炭化水素との光化学反応でも形成され,大気から湿性降下しており,その総量が農薬散布量よりもはるかに多いことが知られている。

メタミトロンは,ホヴ農業集水域の12のサンプリングサイトのうちの11で,1回の豪雨時のときだけ検出された。メタミトロンは,シュガービートやイチゴ圃場で出芽前や出芽後に使用される除草剤である。イチゴ圃場は当該地域全体に分散して存在するが,ホヴ集水域では主要作物ではなく,これらの作物はサンプリングサイトの隣接地には観察されず,その隣接栽培地から移動してきたとは考えられなかった。可能性としては,メタミトロンが,離れた圃場から風によって大気経由で運ばれていることが考えられる。この推測は,デンマークのシェラン島の集水域での研究によって支持されている。

クロルピリホスは,その長期残留と広範囲な移動によって良く知られている殺虫成分である。クロルピリホスはEUではまだ認められているが,デンマークでは2006年以降,殺虫剤としての使用が禁止されている。しかし,防黴・防虫性ペンキにはまだ使用されているため,近くに点在した集落がクロルピリホス放出源となり,そこから豪雨時に表面流去水をへて河川に流入していると推定される。これに加えて,クロルピリホスはアメリカにおいて農業集水域で雨水中に最も頻繁に検出される化合物の1つとなっており,大気も移動系路になっている可能性もある。

●底生大型無脊椎動物に対する生態毒性

ベースフローと,豪雨時の河川水および川底の堆積物および懸濁粒子から検出された農薬分析値の,オオミジンコに対する毒性単位の合計値(log ΣTU)を計算した。河川水と堆積物や懸濁粒子のいずれの場合でも,現在承認されている農薬での値だけで計算した場合に比べて,現在は使用が禁止された農薬での値も加えて計算すると,毒性単位の合計値は顕著に増加し,農薬濃度の最も低いベースフローのサンプルでは4オーダー(数万倍)も増加した。このことは,過去に使用されて現在は使用が禁止された農薬も対象にして研究する必要性を示している。

ただし,log TU > – 3.0が,野外における水生大型無脊椎動物群集構造に対して観察される急性影響の閾値であるとされているが,大部分のケースでは,log TUが- 3.0よりもかなり小さかった。

唯一,log TUが- 3.0よりも大きい分析事例があった。それは,河川水に懸濁している粒子であった。粒子が河川水中を懸濁していることによって,水中の農薬を高能率に吸着すると理解される。これに対して,川底の堆積物は,その表層2-5 cmをサンプリングしたものであった。もしも堆積物の上層数ミリメートルだけをサンプリングしたのであれば,農薬濃度はさらに高くなったと推定される。
いずれにせよ,懸濁粒子および川底の堆積物のlogΣTUは,水サンプルよりも高く,禁止された農薬のlogΣTUD.の影響はより強く現われると推定される。

●結論

デンマークの14の河川上流部における河川水や堆積物には,現在使用が認められている農薬と,現在は禁止された遺産的農薬が存在した。また,地下水は,とくに河川水中の除草剤の重要な経路であると確認された。しかし,河川の水質を完全に把握するには,さらに農薬の大気からの供給と,降雨時における表面流去水からの流入も同時に評価すべきである。

河川中の農薬は水生生物に対して生態毒性を与えており,現在使用が認められている農薬に加えて,遺産的農薬とその代謝産物や不純物を毒性の推定に含めると,毒性は大幅に増加した。その増加の程度は、最大4オーダー(数万倍)の増加であったことを,肝に銘じておきたい。