No.318 アメリカのトウモロコシ農場における精密農業導入の概要

●アメリカで精密農業は拡がっているか?

精密農業技術は生産の増加と環境保全の両観点から大きな期待を集めているが,精密農業技術の普及は,当初予想されたほどのスピードでは拡大していない。

アメリカ農務省の経済研究局と農業統計局は,農業資源管理調査Agricultural Resource Management Survey (ARMS)によって,毎年の統計調査よりも詳しい調査を,抽出した農場について実施している。農業資源管理調査(フェーズ?)では,2010年に1,360のトウモロコシ農場について行なった調査で,トウモロコシ農場の精密農業技術の採用状況やそれにともなう収益や所要経費などを収集した。これを下記の資料が解析して,トウモロコシ農場における,精密農業技術の採用と経営の関係を解析した。その概要を紹介する。ただし,農業経営的解析手法の詳細の理解は筆者の知識では無理なので,精密農業技術の普及状況を中心に紹介する。

Schimmelpfennig, D. (2016) Farm Profits and Adoption of Precision Agriculture. ERR-217, 46pp. USDA.Economic Research Service.?

●精密農業を構成している技術

全米研究評議会は,精密農業を,『作物生産に関係した意志決定に,さまざまなソースからのデータを取り込んだ情報技術を使用する管理戦略』と定義している (National Research Council. 1997. Precision Agriculture in the 21st Century: Geospatial and Information Technologies in Crop Management, Committee on Assessing Crop Yield: Site-Specific Farming, Information Systems, and Research Opportunities, Washington DC: National Academy Press. )。

普通作物での精密農業技術は,次の3つの技術で構成されている。

(1) 収穫機に搭載されている収量モニターからの「収量データの収集」と,そのGPS(全地球測位システム)座標に収量データをプロットした「収量マッピング」

(2) コンバインやトラクタの「GPS誘導または自動走行」

(3) 「土壌情報や収量情報のマッピング」と,そのマッピングに基づいて,トラクタが走行しながら肥料,農薬や種子の施用量をGPS座標ごとに自動的に調節する「施用量自動調節技術」

精密農業はこれら3つの技術を全て採用したものだけではなく,一部しか採用していないケースもある。また,土壌診断を受けて土壌情報を収集していても,土壌診断を収量モニター並みのサンプル数で実施すると巨額な金銭を要するために,土壌サンプル数が少なく,土壌情報マッピングを省略しているケースも少なくない。

●精密農業の実施状況

資料には,前項で示した3つの精密農業技術の,普通作物別栽培面積当たりの採用%の推移が図示されているが,いずれの技術でも,ほぼトウモロコシ,ついでダイズでの採用%が高い。この結果は,これらの作物の生産農場には規模が大きいものが多いことと,トウモロコシとダイズを交互作で生産している農場が多いことによる。

農業資源管理調査による,2010年時点でのトウモロコシ栽培での精密農業技術の採用率は,農場数%と栽培面積%とでそれぞれ,「収量モニター」は48%と70%,「収量マッピング」は25%と44%,「GPS土壌マッピング」は19%と31%,「誘導走行システム」は29%と54%,「施用量自動調節技術」は19%と28%であった。

トウモロコシにおける精密農業技術は,農場数よりも栽培面積でより高い割合で適用されており,大規模な農場ほどこうした技術を採用してためであろう

なお,この数値のなかで「誘導走行システム」よりも「収量モニター」の採用率が明確に大きいことは,コンバインに搭載された「収量モニター」によって,収量データをマップ化した収量モニターを入手できるものの,それと「誘導走行システム」を連動させていないケースが多いことを推定させる。

●農場規模と精密農業技術の採用

トウモロコシ農場の規模(トウモロコシ農業者が作物を現在栽培している所有地と借地の合計面積)を,243 ha未満から1538 ha超まで8段階に区分して,3つの精密農業技術を採用した農場数の割合をみると,規模の大きな農場ほど精密農業技術の採用割合が高かった(図1)。

GPSに連動した土壌ないし収量マッピング,誘導走行および施用量自動調節技術の採用率は,243 ha未満の農場ではいずれも12%ずつであったが,1538 ha超の農場ではそれぞれ80%,84%と40%に増加していた。3つの技術のなかでは,施用量自動調節技術が最も高額で,採用率が最も低いが,688 ha未満の農場でよりも688 ha以上の農場でより多く普及していた。

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●精密農業技術のコスト

雇用労働コストは,3つの精密農業技術のどれかを採用している小規模農場(57-162 ha)では,不採用農場よりも,60-70%低いのに対して,精密マッピングと誘導走行技術を採用している大規模農場(>486 ha)では,不採用農場よりも雇用労働コストが12-20%高くなっている。大規模農場で雇用労働が増えているのは,精密農業技術の実施を助ける土壌や収量マッピングの情報管理や誘導システムの運転など,圃場作業専門家を雇用によるのであろう。

また,圃場作業専門家の雇用労働を増やす代わりに,その作業を外部機関に委託する特注サービスに依頼している場合,その支出額は,3つの精密農業技術の全てを行なっている大規模と小規模双方のトウモロコシ農場で,マッピングと誘導走行で高くなっている。しかし,特注作業コストを規模別にみると,大規模農場よりも小規模農場で5倍も高くなっている。

●精密農業技術による収益増加

精密農業の3つの技術はいずれも,分析対象にした1,360のトウモロコシ農場(平均規模:総経営耕地面積492 ha)についての平均で,営業利益(売上高−売上原価−販売費−一般管理費)を少しだが増やしている。

(1) GPSマッピングは精密農業技術のなかで最も大きいインパクトを与え,トウモロコシ農場でおよそ3%の営業利益増加を生じていると推定された。

(2) 誘導走行システムはトウモロコシ農場の営業利益を5%増加させていると推定された。

(3) 施用量自動調節技術はトウモロコシ農場の営業利益を1%上昇させていると推定された。

●おわりに

日本と較べると想像できないほど大規模な,アメリカのトウモロコシ農場における精密農業技術について解析した今回の報告が,日本の精密農業にとってはたして参考になるかには疑問がある。精密農業のための機械・装置に多額の投資をし,土壌や収量のマッピングに金と時間を要して,日本ではどの程度の利益を上げられるのか。機械・装置の費用に加えて,土壌や収量情報の収集ならびにそのマッピングの手間と費用も,大幅に引き下げることが必要だろう。

 

★編集部より:分析によって土壌情報を収集しマッピングすることは多大の時間とコストを要するが,土壌を溝切りしつつ,可視・近赤外光の土壌面照射とその反射光スペクトルの観測を連続して行なって,土壌情報をリアルタイムで収集できる技術が日本で開発されている ⇒ リアルタイム土壌センサを用いた土壌施肥管理−農業法人あぐりの試み(農業技術大系土壌施肥編 第4巻 基本+298の2〜基本+298の9)