No.307 有機農業は慣行農業に比べてどの程度環境に優しいのか

●有機農業は環境にやさしいといわれているが,量的にはどの程度か?

環境保全型農業レポート「No.207 有機農業の理念と現実」に記したが,有機農業は,人々の健康,環境の保全,安全な食品の生産,農業者の再生産可能な所得の確保などを同時に達成することを目的にしている。しかし,環境の保全効果については,有機農業といえどもやり方によって,大きな幅を有している。このため,一般的に有機農業は慣行農業よりも環境にやさしいといわれつつも,慣行農業に比べて定量的にどの程度やさしいかは,曖昧にされているケースが多い。

有機農業についての研究はヨーロッパで最も多いが,EUの有機農業規則は家畜ふん尿の土壌還元量に上限値を規定しているため,慣行農業に比べて,有機農業では養分施用量が一般に少なく,環境にやさしい農業が多いと考えられる。他方,日本のように家畜ふん尿堆肥の施用量に上限値を設けておらず,有機物であれば無制限に施用可能な規則では,有機農業であっても,慣行農業のように過剰施肥のケースが少なくない。そうしたケースは本来の有機農業とはいえない。

イギリスのオックスフォード大学のトウオミストらは,ヨーロッパで行なわれた有機農業と慣行農業の環境影響の程度を比較した多数の研究結果をメタ分析して,下記の論文を刊行した。その概要を紹介する。

Tuomisto, H.L., I.D. Hodge, P. Riordan and D.W. Macdonald (2012) Does organic farming reduce environmental impacts? – A meta-analysis of European research. Journal of Environmental Management 112: 309-320.

●採用した研究論文

トウオミストらは2009年9月下旬,文献データベース(ISI Web of Knowledge)に収められている有機と慣行農業の環境影響を調べた研究論文を検索した。そのうち,下記の条件を満たした論文が275あった。

(1) 研究がヨーロッパの農業システムに関連している。

(2) 研究が有機と慣行農業を比較して,土壌有機態炭素,土地利用,エネルギー使用,温室効果ガス排出,富栄養化ポテンシャル,酸性化ポテンシャル,窒素溶脱,リンのロス,アンモニア放出,生物多様性といった側面の,少なくとも1つについて定量的結果を提供している。

(3) 論文が科学的な専門家の審査した雑誌に公表されている。

こうして検索した論文を精読して,1994年から2009年に刊行された,71の論文をメタ分析の対象にした。そして,71の論文が扱った170のケースで得られた257の環境影響測定値を対象にした。

環境影響測定値には,農作業によって直接生ずる環境影響を現場で実測したものだけでなく,投入資材の生産に要した資源やエネルギー量とともに,農場内で生産に要した資源やエネルギー量を合わせてライフサイクルアセスメント手法によって測定したものや,測定の一部をモデル式によって計算したものもある。

●メタ分析結果の表示

環境影響のタイプごとに,有機農業と慣行農業で得られた測定値を用いて,次の計算式で応答比(Response ratio)を計算し,応答比の中央値を表示した。

応答比=【(有機農業での環境影響測定値)/(慣行農業での環境影響測定値)−1】

このため,応答比がマイナス値なら,慣行農業に比して有機農業からの環境影響のほうが小さく,プラス値なら大きいことを示す。

分析結果を表1に示すが,例えば,表1で,土壌有機物含有率の中央値は0.066である。これはプラスであり,慣行農業よりも有機農業のほうが,土壌の有機物含有率が6.6%ほど大きな値であったことを意味する。

また,環境影響の測定値は,haの圃場面積当たりと,kgの生産物(収穫物)当たりで表示した。

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●分析結果

メタ分析結果を表1に示す。

1.土壌有機物含有率

56の全サンプル数を通した土壌有機物含率の中央値は,慣行農場に比べて有機農場では6.6%高かった。フレ幅が大きいにもかかわらず,有機と慣行の間の中央値の差は統計的に有意であった。

有機農業で有機物含量が高いことの原因として,有機物投入量が多いことがある。分析対象にした論文の相対的投入量(有機/慣行)の平均値を計算すると,家畜ふん尿または堆肥の形での有機物投入量が,有機農場では慣行農場に比べて平均65%多かった。また,別の原因として,ミニマムティレッジなどの集約度の高くない耕耘や,輪作に牧草(休閑用牧草)を含めていることがある。

2.窒素とリンのロス

2−1.窒素の溶脱

窒素の溶脱は,地下水汚染,水系の富栄養化や間接的に亜酸化窒素排出を引き起こす。単位面積当たりの窒素溶脱量応答比の中央値は約31%小さかったのに対して,単位生産量当たりでは約49%大きかった。有機農業からの窒素溶脱量が単位面積当たりで少ないことの主たる原因は,窒素投入量のレベルが少ないことであった。ただし,有機農業のほうが窒素溶脱レベルの高いケースも存在する。これは,可給態養分の供給と作物の養分吸収能の間の同調性が乏しいことで説明できる。特に輪作牧草の混和後に窒素溶脱量が多くなりやすいが,C/N比の小さな輪作牧草の鋤き込みによって多量の無機態窒素が放出されるのに,作物がまだ播種されていないか,幼植物のために,吸収しきれない無機態窒素が溶脱されてしまう。逆に,慣行システムにおいて,C/N比の高いカバークロップを使用することによって,窒素溶脱量が有機農業でよりも少なくなることが認められている。

2−2.亜酸化窒素の排出

農業起源の亜酸化窒素は,主に窒素肥料,家畜ふん尿や窒素固定作物に由来している。亜酸化窒素は土壌中において硝化過程で好気的にと,脱窒で嫌気的に生成される。亜酸化窒素排出量の応答比の中央値は,単位圃場圃場面積当たりでは,有機農業からのほうが約31%少なかったが,単位生産量当たりで約8%多かった。

2−3.アンモニアの排出

農業からのアンモニア排出は主に家畜ふん尿に由来する。アンモニアは家畜ふん尿中の尿素が,土壌に生息している微生物に一般的に認められる酵素のウレアーゼと接触して生産される。したがって,畜舎,ふん尿貯蔵施設や農地へのふん尿散布がアンモニアの主要給源である。牛に給餌した窒素の60−80%が主に尿として排出され,その大部分は急速にアンモニアに転換される

アンモニア放出量の応答比の中央値は類似した傾向を示し,有機農業で単位面積当たり約18%少なく,単位生産物量当たりで11%多かった。単位面積当たりの亜酸化窒素とアンモニア放出量が慣行農業に比べて有機農業で少ないのは,主に慣行農業でよりも有機農業で窒素の総投入量が少ないことによった。

2−4.リンのロス

多くの土壌はリンを多量に蓄積しているが,作物に利用可能なのは1%だけのことが多い。土壌粒子に吸着されたリンの表面流去水による流亡に加えて,土壌から地下水への溶脱によって,リンが土壌からロスされて水系の富栄養化に貢献している。

リンのロス量の応答比の中央値は有機農業で約1%小さかった。それは,分析の対象にしたケースでは,有機農業では慣行農業に比べてリンの総投入量が55%少なかったからであった。ただし,慣行農業からのリンロス量が少ないケースが1つだけ存在した。それは,緑肥の混和によって,有機農業での作物残渣の無機化が増加したためであった。

3.土地利用

農地面積の応答比の中央値から,ヨーロッパでは慣行農業に比べて有機農業では84%も多くの農地を必要としていることが示された。これは主に,作物および家畜の収量が低いことと,土壌肥沃度形成作物のために農地が必要なことによる。

なお,分析に供した全作物(サンプル数96:穀物44,油料用ナタネ2,ジャガイモ11,シュガービート2,野菜13,メロン2,果樹2,輪作用牧草20)についての有機農業での平均収量は,慣行農業の75%(SD±17%)であった。

有機収量のほうが低いことの主たる理由は,いくつかの研究は有害生物(雑草,病気ないし害虫)による被害を述べている研究があるものの,ほとんどが利用可能な養分(特に窒素)が不十分なことであった。なお,有機農業と慣行農業の双方で類似したレベルの収量が認められケースも一部にあったが,そうしたケースは土壌の質が高い実験農場でのケースであった。

4.エネルギー使用量

農場でのエネルギーは,直接的には電力や燃料油,間接的には肥料,農薬,動物飼料の製造や運搬ならびに機械の製造やメンテナンスに使用されている。無機肥料の製造と流通が農業生産物の全エネルギー投入物の37%を占め,農薬の製造が約5%を占めている。

有機農業での単位生産物量当たりエネルギー使用量は,慣行農業よりも63%少ないケースからから40%多いケースまで,その振れ幅が大きかった。しかし,単位生産物量当たりのエネルギー使用量の中央値は,有機農業では約21%少なかった。

分析対象にした34のケースのうち,3つのケースだけでは,有機システムでのエネルギー使用量のほうが多かった。そのうちの2つが豚生産,残り1つがジャガイモ生産であった。なお,慣行農業でよりエネルギー使用量が多いのは,特に合成窒素肥料の生産と輸送に要したエネルギーが主原因であった。

5.温室効果ガス排出量

農業から排出される温室効果ガスとして,二酸化炭素,メタンと亜酸化窒素を対象にして,その合計量を二酸化炭素相当量で表示した。温室効果ガス排出量の応答比の中央値はゼロで,有機と慣行で同じ排出量であった。

生産物のタイプの間で,応答比の中央値に明確な違いがあった。有機のオリーブ,牛肉とその他作物では,温室効果ガス排出量の応答比がマイナスで,有機のほうが少なかった。これに対して,ミルク,穀物や豚肉は,慣行生産物に比べて有機のほうがより多い温室効果ガス排出量であった。

オリーブ生産からの温室効果ガス排出量が少ないのは,使用した化石燃料量が少ないためであった。一方,大部分のケースで有機のミルク生産は,慣行システムに比べてより多くの温室効果ガスを排出していた。これは,家畜1頭当たりのメタンと亜酸化窒素排出量が多く,ミルク生産量が少ないためであった。有機の牛肉生産では,工業的投入物を多用した濃厚飼料などに由来した排出量が少ないために,慣行に比べて温室効果ガス排出量が少なかった。同じ畜産でも,有機豚生産からの温室効果ガス排出量が多かったのは,ワラなどの敷料とふん尿の混合物からの亜酸化窒素の排出量が多かったためである。

6.富栄養化と酸性化のポテンシャル

6−1.富栄養化ポテンシャル

富栄養化は,陸生および水生の生息地に植物養分が集積して,植物や藻類の生育増加が生ずることである。水系の富栄養化は水系に,主にリンと窒素の植物養分が集積して,水生植物や藻類の生産が増加するために起きる。これによって魚の死滅,野生生物の損傷を起こし,レクリエーション,工業や飲料用の水使用を損なう。農業はヨーロッパでは水系への窒素負荷総量の50−80%と,リン負荷総量の50%に寄与している。窒素は海洋水系でより一般的な制限要因であるのに対して,リンは淡水系で制限要因となっている。

農業からの主たる供給源は,硝酸,リン酸とアンモニアである。これらの物質の農地からの排出量のうち,土壌から直接または大気揮散をへて水系に流入した物質量を推定し,水系中の物質量当たりの藻類の増殖量を,富栄養化ポテンシャルとしてリン酸相当量で定量化する手法にしたがった(Huijbregts, M.and J.Seppälä (2001) Life cycle impact assessment of pollutants causing aquatic eutrophication. The International Journal of Life Cycle Assessment 6, 339-343 )。

単位面積当たりの富栄養化ポテンシャルは,養分投入量が少ないために,一般に有機システムで低かったが,慣行システムに比べて,家畜と作物の収量が低いために単位生産物量当たりでは高かった。単位生産物量当たりの富栄養化ポテンシャルの応答比の中央値は0.196であった(表1)。

6−2.酸性化ポテンシャル

農業起源の主な酸性化汚染物質は,アンモニア(NH3) と 二酸化イオウである。

注:アンモニア自体はアルカリ性だが,土壌や水に降下すると硝化細菌によって酸性の亜硝酸や硝酸に酸化される。また,主に化石燃料の燃焼に由来する二酸化イオウは,土壌や水に降下すると,イオウ酸化細菌によって硫酸などに酸化される。

酸性化ポテンシャルは二酸化イオウ相当量で定量化される(具体的には次を参照:Seppälä, J., Posch, M., Johansson, M., Hettelingh, J.-P., 2006. Country-dependent characterisation factors for acidification and terrestrial eutrophication based on accumulated exceedance as an impact category indicator. The International Journal of Life Cycle Assessment 11, 403-416. )。酸性化汚染物質は,土壌,地下水,表流水,生物およびその他の資材にインパクトを与え,魚の死滅,森林減退,建物の侵食などを起こす。農業,特に家畜生産がヨーロッパにおけるアンモニア排出の約80%を占めており,アンモニアが酸性化ガスの最大の供給源であるとされている。

単位生産物量当たりの酸性化ポテンシャルの応答比の中央値は0.147で,単位面積当たりのアンモニア揮散では-0.188であった。これは,単位面積当たりのアンモニア排出量が有機システムでは窒素投入量が少ないために少なかったのに対して,単位生産物当たりの酸性化ポテンシャルは,有機農業での作物および家畜の収量が少ないためにより高くなったのである。

7.生物多様性

ヨーロッパの農村は,以前は,小さな耕地,半自然草地,湿地や生け垣の混じり合った,不均質な景観で構成されていたが,多くの場所で集約栽培の均質な大規模圃場に置き換えられた。これによって多くの動物や植物の個体群の数が減少した。個体群の数だけでなく、多数の種そのものが失われた。

有機農業の生物多様性に及ぼす影響は,上述の慣行農業に対する応答比で評価するのは難しいために,別の方法で評価した。その方法として,ヨーロッパにおける既往の文献について,慣行農業に対して有機農業によって主要な生物群別に種の数(豊かさ)が増減ないし無変化だった文献数を計数した。この整理の仕方は,1981-2003年までの文献について,Hole, D.G., Perkins, A.J., Wilson, J.D., Alexander, I.H., Grice, F., Evans, A.D., 2005. Does organic farming benefit biodiversity? Biological Conservation 122, 113-130で実施しており,Tuomistoら (2012)は,その後,2004-2009年に刊行された文献について同様な調査を行なって,Holeらの整理と合わせて,有機農業の生物多様性に及ぼす影響を評価した(表2)。

その結果,有機農業が多くの種の数(「豊かさ」)にプラスの影響を与えていることが広く認められている。特に雑草の豊かさは,慣行農場に比べて,有機農場で多いことが広く認められている。いくつかの研究は,有機または慣行といった農業の仕方よりも,景観が生物多様性により大きな影響を与えていることを示している。

そのほかにも,有機農業というだけでは,ある種の鳥種や蝶の保全に不適切であり,他のやり方を追加することが必要なことが指摘されている事例も存在する。なお,生物多様性保全をターゲットにした慣行農業プログラムが,有機農業よりも高い生物多様性を生じているかについては,まだ十分な答えがえられていない。

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●既往のメタ分析結果との比較

紹介したトウオミストらのメタ分析から,ヨーロッパにおける有機農業は,一般に慣行農業よりも単位面積当たりの環境影響はより小さい。しかし,収量が低く,農地の肥沃度形成の必要性もあって,単位生産物量当たりでは必ずしもそうでないことが示された。また,有機と慣行の両農業システムとも環境影響の大きさの振れ幅が大きいことも示された。

表1に示した環境影響応答比の結果は,Mondelaersら (2009)が1993-2008年に刊行された論文について,有機農業と慣行農業で同様なメタ分析を行なった結果と良く類似している (Mondelaers, K., Aertsens, J., Van Huylenbroeck, G. (2009) A meta-analysis of the differences in environmental impacts between organic and conventional farming. British Food Journal 111, 1098-1119. )。なお,Mondelaersら (2009)の分析が,ヨーロッパ以外の研究を含んでいることと,アンモニア排出量,リンロス量,酸性化ポテンシャル,富栄養化ポテンシャルとエネルギー使用量を含んでいなかった違いがあるものの,結果は良く類似していた。