No. 300 野菜の硝酸は有毒ではないのか

・そもそも硝酸は有毒なのか

環境保全型農業レポート「No.299 沖縄県人の長寿命は食事からの高硝酸摂取による」で, 野菜などの食物に由来する硝酸の量がADI(1日許容摂取量)を超えても,メトヘモグロビン血症や胃ガンなどのリスクが高まることなく,血管を拡張させて血圧を下げて,脳卒中などのリスクを下げていることを紹介した(なお,以下の記述で,野菜などの食物や人体に存在する硝酸はイオン状態で存在し,正確には「硝酸塩」と表記すべきだが,簡略化して「硝酸」と表記する。)。

だとすると,そもそも硝酸は有毒ではないのではないかという疑問が生じかねない。

環境保全型農業レポート「No.73 硝酸は人間に有毒ではない!?」で紹介したように,フランスの医学者のリロンデル親子は,1996年に発行した単行本(日本語訳本は2006年:J.リロンデル,J-L.リロンデル著,越野正義訳「硝酸塩は本当に危険か〜崩れた有害仮説と真実」,農文協)で,人間では硝酸の害作用は問題にならないと主張していた。

リロンデルは,特に3か月未満の乳児が高濃度の硝酸を含む水で調製した人工乳の摂取によるメトヘモグロビン血症の発症を,細菌に汚染された井戸水を用いた場合と,調理した離乳食のニンジンスープを室内に放置してスープに細菌が増殖した場合だけ,つまり,乳児が摂取する前に,細菌によって硝酸から多量の亜硝酸が生成されていたケースに限定されているとしている。そして,硝酸自体は事実上無毒であるとしている。

しかし,WHOなどの国際機関は,亜硝酸が当初ほとんどなくとも,硝酸は体内で亜硝酸に変換されるので,高濃度の硝酸は有毒であるとしている。硝酸濃度が高い井戸水で調製した人工乳を乳児が飲むと,体内で硝酸から亜硝酸が生成されて,メトヘモグロビン血症が生じやすいことがわかっているからである。硝酸の害作用は細菌に強く汚染された場合などの特殊事例だけだとするリロンデルの見解は,国際的に認められていない。

そこで,硝酸や亜硝酸の人体に対する毒性の問題を,改めて整理しておくことにする。

以下の記述は,主に下記の文献を参照した。

(1) WHO/IARC (2010) IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. vol. 94: Ingested Nitrate and Nitrite, and Cyanobacterial Peptide Toxins. 450p.

(2) EFSA (European Food Safety Authority) (2008): Opinion of the Scientific Panel on Contaminants in the Food chain on a request from the European Commission to perform a scientific risk assessment on nitrate in vegetables. EFSA Journal 689, 1-79.

(3) WHO (2008) Guidelines for drinking-water quality [electronic resource]: incorporating 1st and 2nd addenda, Vol.1, Recommendations. – 3rd ed. 507p.

・人体における硝酸・亜硝酸の動態(EFSA, 2008)

人間が食物や水に含まれる硝酸を口から摂取すると,胃を通り抜けて小腸上部から急速に吸収され,大腸にまでは到達しない。そして吸収された硝酸は,血液によって急速に運搬される。硝酸を摂取した10分後には,血漿の硝酸濃度が25倍に増加し,血液への取り込み量は40分後に最大となる。硝酸は,血漿から唾液腺によって選択的に吸収され,唾液に移行して10倍に濃縮される。

食物や水から消化管に入った亜硝酸は,そのかなりの部分が,吸収の起きる前に別の窒素含有種に転換される。残っている亜硝酸は急速に吸収されて,血漿中の亜硝酸濃度は15-30分後に最大となった後,急速に消失する。

唾液に分泌された硝酸の約20%は,舌の裏側(特に舌の根元)に存在する細菌によって亜硝酸に還元される。こうして,通常,摂取した硝酸の約5-7%が唾液の亜硝酸として検出される。口内で生じた亜硝酸は胃に飲み込まれる。

胃に運搬された後,酸性条件で亜硝酸塩nitriteが亜硝酸nitrous acidに変換され,後者が自然に酸化窒素(NO)を含む窒素酸化物に分解される。哺乳動物の細胞で酵素的に生成(酸化窒素シンターゼによるL-アルギニンから合成)される酸化窒素に比べて,腸の上部での窒素酸化物濃度は1万倍も高い。

空腹時の胃のpH(pH 1-2)は,細菌による硝酸還元には低すぎる。しかし,正常な健康な成人のかなりの割合(30-40%)が,空腹時のpHが5を超えており,そのために細菌の活性が高く,亜硝酸レベルが高くなっている。3か月未満の乳児は,胃酸をほとんど生成しないため胃のpHが高く,細菌による硝酸の亜硝酸への還元を非常に受けやすい。

・メトヘモグロビンの生成(WHO/IARC, 2010)

赤血球に含まれるヘモグロビンは,鉄を含む色素(ヘム)とタンパク質(グロビン)とからなる複合タンパク質で,酸素と可逆的に結合する能力があり,酸素運搬の役割をもっている。酸素と結合すると鮮紅色,酸素を離すと暗赤色を呈する。

ヘモグロビンが亜硝酸(NO)と反応して,鉄(Fe)原子が2価から3価に酸化されたメトヘモグロビンが生成される(チョコレートの茶色に青みがかった色をしている)。鉄原子が3価に酸化されると,酸素を結合して運搬できなくなり,酸素欠乏が起きる(図1)。

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こうした状況は6か月未満,特に3か月未満の乳児で生じやすく,胎児性メトヘモグロビン血症(ブルーベビー症候群)として知られている。乳児は次の理由で感受性が高い。

(a) 胎児性メトヘモグロビンのかなりの部分が乳児の血液になお存在しており(3か月未満で60-80%,3か月で20-
30%),胎児性ヘモグロビンは容易にメトヘモグロビンに酸化されやすい。

(b) 乳児では,メトヘモグロビンをヘモグロビンに還元させるチトクロームb5メトヘモグロビン還元酵素が,一時的に欠乏している。

(c) 乳児では胃酸の生成が少ないために,胃で細菌による硝酸の亜硝酸への還元が多い。

(d) 乳児では体重に対して水分の摂取量が多く,水分に富んだ食物からの硝酸の摂取量が多い。

(e) 乳児はアシドーシス(酸血症)などによる胃腸炎にかかりやすく,かかると亜硝酸が増えて,その結果,メトヘモグロビンが生成されやすい。

メトヘモグロビン血症は硝酸や亜硝酸以外にも,麻酔薬やいろいろな治療薬などで大人でも起きている。なかには液体肥料のハイポネックスを誤って大量服用して,高カリウム血症とメトヘモグロビン血症を起こした事例もある(上村修二・丹野克俊・平山傑 (2009) ハイポネックス(窒素,リン酸,カリ混合化学肥料) 大量服用によりメトヘモグロビン血症を生じた1例.日本救急医学会雑誌.18(10): 713-717 )。そうした大人での事例を含めて,メトヘモグロビンのレベルが高まると,チアノーゼ(血中の酸素欠乏によって皮膚が青紫色ないし灰褐色に変色すること),無酸素血症や死すらも起こりうる。正常な人達にも0.5-3%の低濃度のメトヘモグロビンが存在し,濃度が10%に高まっても臨床症状を生じないことがある。

メトヘモグロビンのレベルによって次の症状が生ずる。

(a) 10-20%で中心性チアノーゼ(唇や顔の中央部や体幹など身体の中心部分が,青紫色などに変色する症状を起こすもので,静脈血の酸素が低下した場合にみられる)。

(b) 20-45%で中枢神経系の減退(頭痛,目まい,疲労,倦怠感)や呼吸困難。

(c) 45-55%で昏睡状態,不整脈,ショックと痙攣。

(d) >60%で高い死亡リスク。

メチレンブルーがメトヘモグロビン血症の解毒剤として使われ,アスコルビン酸が亜硝酸誘導によるメトヘモグロビン生成に対して保護効果を有することが示されている。

日本でも乳児にメトヘモグロビン血症が生じた事例を環境保全型農業レポート「No.77 日本での井戸水が原因の新生児メトヘモグロビン血症事例」に記してあるので,参照されたい。

・飲水の硝酸と亜硝酸の水質基準(WHO/IARC, 2010)

A.WHOのガイドライン

WHO (2004)は,人口乳の乳児をメトヘモグロビン血症から守るために,飲料水の硝酸と亜硝酸についてのガイドライン値(短期暴露)として,それぞれ50 mg/L と3 mg/Lを設定している(表1)。

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B.主要国の基準

WHOのガイドラインを踏まえて,多くの国が飲水の硝酸と亜硝酸の水質基準を法律で規定している。EUは,硝酸について NO3で50 mg/L,亜硝酸についてNO2で0.5 mg/L,アメリカはNO3-Nで10 mg/L,NO2-Nで0.3 mg/L,日本はNO3-N + NO2-Nで10 mg/L(NO2-N は0.04mg/L以下)を規定している。因みに50 mg/LのNO3は,約11.3 mg/LのNO3-Nに相当する。

オーストラリアの飲料水ガイドラインは,3か月未満の乳児にはWHOのガイドラインを採用している。しかし,3か月を超える子供や成人については,メトヘモグロビン血症にかかりにくいことから,硝酸100 mg/Lまでのガイドラインとしている。

・硝酸と亜硝酸のADI(WHO/IARC, 2010)

ADI(一日摂取許容量)は,人が,ある物質を毎日,一生涯,食べ続けても,健康に悪影響がでないと考えられる量のことだが,FAO/WHOの食品添加物合同専門家委員会が,硝酸および亜硝酸の健康影響を評価し,ADIを,硝酸については0-3.7 mg/kg体重・日,亜硝酸については0-0.06 mg/kg体重・日を設定している。ただし,ADIは,メトヘモグロビン血症に感受性が最も高い3か月未満の乳児には適用しないことが注記されている。

・硝酸と亜硝酸の自然や食品中の存在量と摂取量(WHO/IARC, 2010)

硝酸や亜硝酸は,自然界における窒素サイクルの一部としてイオン状態で存在し,環境に普遍的に存在する。1900年代初期以降,農業で窒素肥料として広く使用されているのに加え,硝酸塩は発色剤や発酵調製剤として食品添加物として使用されている。因みに,日本では,食品衛生法に基づいて,硝酸塩は食品添加物としてチーズ,清酒,食肉製品,鯨肉ベーコンに,亜硝酸塩は発色剤として,食肉製品,鯨肉ベーコン,魚肉ソーセージ,魚肉ハム,いくら,すじこ,たらこに使用が認められている。

地下水や表流水の硝酸の天然バックグランドレベルは一般に10 mg/L未満だが,地下水と表流水の双方とも集約的農業地帯で高レベルに汚染されているケースが多い。亜硝酸は,飲料水中に検出されることは多くなく,存在するとしても,その濃度が3 mg/Lを超えることは滅多にない。

人間の硝酸暴露は,主に外生的供給源(生体外で生産されて供給される)の食物や水の摂取に起因するが,亜硝酸暴露は直接摂取というより、主に,体内に摂取した硝酸から代謝活動で生じた亜硝酸に起因する。

硝酸摂取に寄与している食品は,野菜,特に葉物野菜である。他,パン製品,穀物製品,保存肉などがある。水は一般に硝酸の供給源としてはマイナーだが,硝酸で50 mg/Lを超える水を飲用していると,主たる寄与者となりうる。飲料水の汚染が低い地域に生活している平均的な成人消費者では,食物や水による硝酸暴露の総量は,1日1人当たり約60?90 mgと試算されている。野菜の摂取量の多い消費者では,硝酸の摂取量が1日1人当たり200 mgに達しうる。同様な摂取量は,50 mg/Lを超える硝酸汚染水を多く摂取しているとなりうる。

亜硝酸に対する人間の外生的暴露の主たる供給源は,少ないとはいえ食物である。ただし,前述した亜硝酸塩を使用した食肉製品などを見ると,過去30年間に使用する比率は減ってきており,平均的消費者に対する亜硝酸保存肉の亜硝酸に対する食物暴露への相対的寄与はかなり減少してきている。他の亜硝酸の供給源には,硝酸に富んだ穀物製品や野菜がある。亜硝酸の外生的全摂取量は,平均的な食料や飲料摂取の成人で,約0.75-2.2 mg/日と試算されている。

・ニトロソ化合物の生成と発ガン性(WHO/IARC, 2010)

亜硝酸はアミンやアミドと反応して,食料貯蔵中や酸性の胃の中で,ニトロソ基(−N=O)を有する,ニトロソアミンなどのN-ニトロソ化合物を生成する。

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ニトロソアミンなどのいくつかのN-ニトロソ化合物は,発ガン物質として知られている。その発ガン性は「グループ2A」,つまり,人間での発ガン性の証拠は限られているものの,実験動物では十分な証拠が存在する物質で,人間に対する発ガン性が恐らくあると考えられている物質である。

WHO/IARC (2010)は,食物中の亜硝酸は胃ガンの発生率の増加と関連していると評価している。その論拠として次の研究を紹介している。

イタリアでの大規模な症例管理研究において,亜硝酸と蛋白質の摂取量が少なく,抗酸化物質(ビタミンCとα?トコフェノール)の摂取量が多い被験者に比べて,亜硝酸と蛋白質の摂取レベルが高く,抗酸化物質の摂取レベルが低い被験者で,胃ガンの発生リスクが5倍増加した。

アメリカでの研究において,亜硝酸を多く,ビタミンCを少なく摂取した被験者には,亜硝酸を少なくビタミンCを多く摂取した被験者に比べて,噴門と非噴門以外の部位の双方に存在する胃潰瘍に対するリスクが有意に増加した。

スペインとフランスでの1つずつの研究で,N-ニトロソジメチルアミンの多量摂取が胃ガンリスクと正の相関を有していた。

食物で摂取した亜硝酸と胃ガンの発生を調べた研究には,上記のような正の相関がみられなかったものもある。しかし,こうしたことから,硝酸や亜硝酸と発ガン性の関係について,WHO/IARC (2010)は次のように結論している。

『人間の体内には,硝酸や亜硝酸の関与した,活発な内生的窒素サイクルが存在し,硝酸や亜硝酸は生体内で相互変換されている。酸性の胃の条件下で亜硝酸に由来するニトロソ化物質は,特に第2級アミンやアミドといったニトロソ化可能な化合物と容易に反応して,N-ニトロソ化合物を生ずる。こうしたニトロソ化条件は,硝酸,亜硝酸やニトロソ化可能化合物の追加摂取によって強化される。人体内のこうした条件下で形成されるN-ニトロソ化合物のいくつかは発ガン物質として知られている。』

だが,上記の研究で注目されるのは,亜硝酸と同時に抗酸化物質を多く摂取した場合には,胃ガンのリスクが低いことである。野菜の硝酸や亜硝酸を摂取した場合には,同時に抗酸化物質も摂取している。抗酸化物質が含まれていないか少ない飲水や保存肉で硝酸や亜硝酸を摂取した場合に比べて,野菜で摂取した場合には,リスクがはるかに低いはずである。

これに対して,EFSA (2008)は,硝酸の発ガンリスクについて,より懐疑的であり,次を結論している。

『疫学的研究から,食事や飲料水による硝酸摂取が発ガンリスクをともなっていることが示唆されていない。亜硝酸の多量摂取が発ガンリスクの増加と関連しているとの証拠は疑わしい。・・・全体として,野菜による硝酸暴露量の試算値が相当な健康リスクを生ずることはありそうになく,それゆえ,野菜摂取によって認識されている便益効果のほうが勝っている。・・・食事の大部分を構成している野菜の,ローカルないし家庭での好ましくない生産条件や,ルッコラのような高硝酸含量の野菜を食べている人達では,まれな状況があることを認識した。』

いずれにせよ,抗酸化物質を同時に含む野菜の硝酸や亜硝酸を摂取した場合には,発ガンリスクは低く,これまで考えられたほどは重視しなくて良いであろう。

・おわりに

硝酸は口内で亜硝酸に還元され,その濃度が高ければ乳児にメトヘモグロビン血症を起こす。野菜の硝酸を摂取した場合には,同時に抗酸化物質を摂取し,それによってメトヘモグロビン血症や発ガンリスクが大幅に低下する。しかし,水や貯蔵した肉などから多量の硝酸を摂取した場合には,抗酸化物質が含まれていないか少なく,メトヘモグロビン血症や発ガンリスクが高まる。

野菜の硝酸濃度については,これまでいわれているほど,メトヘモグロビン血症や発ガンリスクを心配する必要はないと考えられる。ただし,窒素多量施肥は,環境への窒素汚染を増やして,表流水の富栄養化を起こし,アオコを繁殖させる。また,その他のルートを経て窒素酸化物やアンモニアが大気に気散して大気汚染も起こす。さらに,窒素を多量に吸収した野菜は抗酸化物質などの含量を減らして,機能性成分の少ない野菜を生産することになる(環境保全型農業レポート「No.296 有機栽培作物で高い抗酸化物質濃度は窒素多用で減少しやすい」)。

いろいろな側面で窒素の過剰施用は良いことはなく,適切な施肥を励行すべきである。