No.255 EUが食品中のカドミウム濃度規制を一部修正・追加

●コーデックス委員会が定めている食品中のカドミウムの最大レベル

食品の規格などの国際的基準やガイドラインを検討するコーデックス委員会が,2004〜2006年に食品中のカドミウム濃度を集中的に論議し,2007年に最終決定した(表1右欄: CODEX General Standard for Contaminants and Toxins in Food and Feed (CODEX STAN 193-1995)

なお,表1には示していないが,コーデックス委員会は,天然ミネラルウォータで0.003 mg Cd/Lと食塩0.5 mg Cd/Lも定めている。

コーデックス委員会が決めたのは,食品中の最大レベル(Codex maximum level: ML)である。これは,各国が自国の法律で食品中のカドミウム濃度を規定する際,その最大濃度としてコーデックス委員会が推奨する濃度である。各国がこの値よりも低い最大レベルを規定することは,正当な理由があれば差し支えない。

●EUの食品中のカドミウムの最大レベルの法的規制

EUはコーデックス委員会での合意に先立つ2001年に,食品中のカドミウム濃度を法律で既に定めていた (Commission Regulation (EC) No 466/2001 of 8 March 2001 setting maximum levels for certain contaminants in foodstuffs )。この2001年の法律は,他の関連法律と合わせて2006年にCommission Regulation (EC) No 1881/2006 of 19 December 2006 setting maximum levels for certain contaminants in foodstuffs に改正されたが,カドミウムの規制値は2001年のものが再録された。

2001年時点でのカドミウムの規制値の多くは,コーデックス委員会で合意された値と合致しており,EUがいち早く食品のカドミウム濃度の規制に動き,コーデックス委員会をリードしていたことが伺える。

そして,現在のEUのカドミウム規制値をコーデックス委員会のものと比較するといくつかの点が注目される。

(1)  コーデックス委員会の精米の最大レベルは,0.4 mg Cd/kgになっているが,EUは米粒(精米の意味であろう)で,より低い0.20 mg Cd/kgを規定している。

(2) コーデックス委員会は,「豆類(大豆を除く)」として,大豆のカドミウムの最大レベルを設定していない。日本も大豆について最大レベルを設定していないが,EUは大豆について0.20 mg/kgを規定している。

image255-T01 ●EUの食品中のカドミウムの最大レベルの一部修正と追加

コーデックス委員会での合意の後,2007年にEUの欧州食品安全機関European Food Safety Authority (EFSA)は,その下部組織の「フードチェーン中の汚染物質に関する科学パネル」Scientific Panel on Contaminants in the Food Chain(「汚染物質パネル」CONTAM Panel)に,食品中のカドミウムの存在に関連した健康リスク評価のさらなる検討を依頼した。汚染物質パネルは,2003〜2007年にEU20か国から提出された,食品中のカドミウム濃度や食品摂取量などに関する約14万のデータを基に検討を行なった。その結果の報告書を,2009年に欧州食品安全機関に提出した( EFSA: Scientific Opinion of the Panel on Contaminants in the Food Chain on a request from the European Commission on cadmium in food. The EFSA Journal (2009) 980, 1-139.)。

欧州食品安全機関は,カドミウムの耐容週間摂取量(食品の消費に伴い摂取される汚染物質に対して,人が許容できる一週間当たりの摂取量)として,2.5 μg/kg体重を設定している。

汚染物質パネルは報告書で次の結論を述べている。

(1)  EU全体の食事による平均曝露量は,2.5 μg/kg体重の耐容週間摂取量に近いか若干超えている。ベジタリアン,子供,喫煙者,高度汚染地域居住者のような人達は,耐容週間摂取量の約2倍を超えるカドミウムを摂取していると考えられる。このレベルに曝露された人達では腎臓機能にすぐに悪影響が生ずることは考えにくいが,人口レベル全体でのカドミウムへの曝露を減らすべきである。

(2) 主に消費量が多いために,食事によるカドミウム曝露に貢献している食品グループは,穀物と穀物製品,野菜,木の実とマメ類,デンプン性の塊根やジャガイモ,肉類と肉製品である。また,特にカドミウム濃度の高い食品には,海草,魚介類,チョコレート,キノコ,油糧種子や可食性臓物などがある(表2)。

(3) 年齢グループでみると,曝露に貢献している主要品目は,成人ではデンプン性塊根や塊茎,穀物と穀物製品,野菜と野菜製品。子供と青年ではデンプン性塊根や塊茎,穀物と穀物製品,砂糖と菓子類。乳幼児ではデンプン性塊根や塊茎,穀物と穀物製品,野菜と野菜製品,ミルクと乳製品,乳幼児用食品が主要品目である。

(4) ある種の人口グループの曝露に重要となっているいくつかの食品(チョコレートとカカオ製品,乳幼児用食品)には,最大レベルがまだ設定されていない。そのため,これらの食品についてカドミウムの最大レベルを規定することが必要となっている。

こうした意見を踏まえて,欧州委員会は食品中のカドミウム濃度を引き下げるための措置を講ずることを2014年4月に勧告した(Commission Recommendation of 4 April 2014 on the reduction of the presence of cadmium in foodstuffs. (2014/193/EU) )。

これを踏まえて,欧州委員会は2014年5月に,食品中のカドミウムの最大レベルを改正する規則を公布した(Commission Regulation (EU) No 488/2014 of 12 May 2014 amending Regulation (EC) No 1881/2006 as regards maximum levels of cadmium in foodstuffs )。この改正では,これまでカドミウム濃度のデータが十分でなかったために不正確であった魚について,カドミウム濃度の最大レベルを修正した。これとともに,カドミウムの最大レベルが規定されていなかった「乳児とその後用のミルク」と「カカオ・チョコレート製品」について,規制値を規定した(表1)。

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●「アララ原則」

日本では,かつて鉱山から金属を採掘した後の鉱滓から溶出した重金属類が,河川や水路をへて水田に流入し,水田土壌を汚染した。そして,還元状態でカドミウムが土壌から溶出しやすいため,水稲のカドミウム濃度が国際的にみて異常といえるほど高いケースが多かった。このため,食品衛生法に基づく告示によって,米のカドミウム濃度は玄米で1 mg/kg未満と決められていた。これがコーデックス委員会での合意を受けて,玄米と精米で0.4 mg/kgを超えて含有してはならないと告示された(平成22年厚生労働省告示第183号 )。

日本では,食品中のカドミウム濃度が法律で規制されているのは,米と清涼飲料水だけであって極めて限定されている。

EUは,食品中の汚染物質濃度の規制を,「アララ原則」(ALARA principle (‘as low as reasonably achievable’)(無理なくできるだけ低く達成可能)にしたがって,汚染物質の最大レベルを設定しているとしている(Commission Regulation (EU) No 488/2014)。

環境保全型農業レポート「No.50 食品のカドミウム規制に終止符!」に紹介したように,2006年4月のコーデックス委員会の第38回食品添加物・汚染物質部会で,精米のカドミウム濃度の最大レベルについて,コーデックス委員会の原案の0.2 mg/kgに対して,日本は,日本の行なった動物投与試験から,精米0.4 mg/kgでも人間の健康を保護できるし,精米0.2 mg/kgと0.4 mg/kgとで比較しても食品から摂取するカドミウム摂取量には大きな違いはないと主張した。これに対して,EU,エジプト,ノルウェーが反対せずに保留としたので,精米の最大レベルを0.4 mg/kgとする日本の意見が承認された。

この背景には,日本のように,耕地土壌中のカドミウムレベルの高い国は一部だけで,そこで産出されるコメが世界のコメ貿易量に占める割合は小さく,国際的な影響はわずかにすぎないことから,合意されたとのことである。しかし,精米の最大レベルを0.4 mg/kgとする日本の意見がコーデックス委員会で承認されたものの,日本の米のカドミウム含量は国際的に広く支持されていた0.2 mg/kgよりも高く,しかも日本の法律で米以外の農産物のカドミウム濃度が規制されていないことが国際的に認識されると,日本の農産物の安全性に疑問が生じかねないであろう。そうなったら,高品質とともに安全性を売りにしている日本産農産物は「アララ」となってしまうだろう。