No.224 世界全体でどれだけの食料がロスされているのか?

●食料のロス・廃棄量の試算の経緯

先進国では環境問題としてのゴミ処理問題の観点から,消費・加工段階での食料廃棄物への関心が高い。しかし,同時に,世界全体の食料安全保障を確保する観点から,無駄にロスないし廃棄されている食料に対する関心が高まっている。
FAO(国連食糧農業機関)はこの問題についての関心を高めるために,2011年にドイツのデュッセルドルフで3年ごとに開催されている包装産業の国際見本市と共催で,食料ロスの国際会議を開催した。この会議でスウェーデンのグスタフソンらが,世界の食料ロスの現状について基調報告を行なった(J. Gustavsson, C. Cederberg, U. Sonesson, R. van Otterdijk, A. Meybeck (2011) Global food losses and food waste: extent, causes and prevention. Rome. FAO. 29p. )。

グスタフソンらは,「生産−ポストハーベスト−加工−流通−消費」のステップからなる食料サプライチェーンで,重量でみると,世界全体で食用作物と畜産物を合わせた人間消費用食料(飼料,種子,加工用を除く)の全生産量の約1/3がロス・廃棄されていると試算した。そして,人口1人当たりのロス量は地域で大きく異なり,ヨーロッパと北アメリカでは年間95〜115 kgにも達するのに対して,サブサハラアフリカや南/東南アジアでは6〜11 kgにすぎないことなどを明らかにした。

このグスタフソンらの研究を踏まえて,フィンランドのクムらがこの問題をさらに解析し,人間が直接食用に利用している作物性食料(穀物,果実・野菜,油料作物・マメ類,根塊茎作物)について,その全生産量とロスされる食料の重量を,その含有するエネルギー量(kcal)で表示した。人間が直接食さない飼料,種子,加工原料用のものは分析対象にしなかった。
M. Kummu, H. de Moel, M. Porkka, S. Siebert, O. Varis, P.J. Ward (2012) Lost food, wasted resources: Global food supply chain losses and their impacts on freshwater, cropland, and fertiliser use. Science of The Total Environment 438: 477- 489 (この論文は無料で閲覧・入手できる)
この概要を紹介する。

●ロス・廃棄の区分

著者らは人間が直接食べる作物性食料を対象にして,生産−ポストハーベスト−加工−流通−消費のステップからなる食料サプライチェーンで生ずる食料のロス・廃棄を次のように区分した。
(1) 農業ロス:農場における一次生産過程での収穫作業による,機械的損傷や収穫しそこない,規格外の選別ロスなど
(2) ポストハーベストロス:農場と流通の間で生ずる,貯蔵や輸送過程でのロス,劣化,落ちこぼれなど
(3) 加工ロス:工業的および家庭での加工過程でのロス
(4) 流通廃棄:卸売,スーパーマーケット,小売,生鮮市場を含む市場システムでのロスと廃棄
(5) 消費廃棄:家庭レベルでの全てのロスと廃棄
これらをFAOの生産統計ならびに食料バランスシート統計から計算した。

●世界全体での作物性食料の生産量とその内訳

食用作物の世界全体での全生産量(2005〜07年の平均値)は3,938 kcal/人/日である(表1)。世界全体ではその約半分(51%)が人間に消費され,27%が家畜飼料,3%が種子,3%がその他利用に仕向けられ,16%が食料サプライチェーン内でロス・廃棄されていると計算された(表1)。直接食用利用する以外の用途に仕向けられた量では飼料が最も多い。飼料に仕向けられた量が多い地域は,作物性食料の全生産量が飛び抜けて多い「北アメリカ+オセアニア」と「ヨーロッパ+ロシア」で,全生産量のそれぞれ49%と45%が飼料に仕向けられた。これに対して,全生産量の少ない「南・東南アジア」や「サブサハラアフリカ」ではそれぞれ10%と13%しか飼料に仕向けられず,地域によって大きな差が存在した。このことは全生産量というよりも,穀物生産量の多い地域は家畜飼料に仕向けている量が多く,穀物生産量の少ない地域は,穀物を直接食料にして必要なカロリーを確保している比率が高いことを反映している。
1人当たりの植物性食料のロス量が最も多いのは,全生産量も断然多い「北アメリカ+オセアニア」(1,334 kcal/人/日)で,1人当たりのロス量が最低であったのは「南・東南アジア」(404 kcal/人/日)であった(表1)。

世界全体の食料サプライチェーンにおけるロス・廃棄の内訳をみると,農業ロスと消費廃棄が全ロス・廃棄量の約30%ずつを占めているのに対して,ポストハーベストロスが約20%を占めている(表2)。そして,地域別の食料サプライチェーンにおけるロスを吟味すると,世界は2つの部分に大別される。(a)中・高所得国で,食料供給量の半分を超えるロスが流通と消費で生じている国と,(b)低所得国で,主たるロスは農業段階とポストハーベスト段階で生じている国である(表2)。

●ロスされた作物性食料の生産のために使用された資源量

作物性食料を生産するために使われた灌漑水,作物栽培地(農地)面積と肥料の量をFAOの統計を使って推定した。
世界全体で作物性の直接消費食料の生産に,人口1人当たりでは年間111 m3の灌漑水が使用され,そのうちの76%の84 m3が直接消費食料の生産に使われ,24%の27 m3がロス・廃棄された分の生産に使われたと推定された(表3)。ロス・廃棄分に対する1人当たりの水資源の使用量が最大なのは「北アフリカ+西・中央アジア」で86 m3/人・年,最低は「サブサハラアフリカ」,「アジア工業国」と「ヨーロッパ+ロシア」で12〜19 m3/人・年)であった。

世界全体で作物性の直接消費食料の生産に,人口1人当たりでは年間1,334 m2の作物栽培地面積が使用され,そのうちの77%の1,029 m2が直接消費用食料の生産に使われ,23%の305 m2がロス・廃棄分の生産に使われたと推定された(表3)。ロス・廃棄分に対する1人当たりの作物栽培地面積が最も大きいのは「北アメリカ・オセアニア」で500 m2/人・年,最小は「アジア工業国」で240 m2/人・年である。
世界全体で作物性の直接消費食料の生産に,人口1人当たりでは年間18.3 kgの肥料(3要素の合計重量)が使用され,そのうちの77%の14.0 kgが直接消費食料の生産に使われ,23%の4.3 kgがロス・廃棄分の生産に使われたと推定された(表3)。ロス・廃棄分用の肥料使用量は,作物栽培地面積に比例して,「北アメリカ+オセアニア」で最大で9.3 kg/人・年,最低は「サブサハラアフリカ」で0.7 kg/人・年と推定された。

●ロス分をどれだけ減らせるか

では,世界はロス・廃棄分をどれだけ減らせるのか。減らせた分だけ,無駄にロス・廃棄される食料を生産するための資源の使用を節約できることになる。そのために,著者らは最小ロスシナリオを設定した。
このシナリオは,作物カテゴリーごとに食料サプライチェーンの各ステップについてどこかの地域でロス・廃棄率が最も低いかを計算し(実際には上出の表1や表2の結果を出すために計算してある),その最小のロス・廃棄物率が他の全ての地域でも達成されると仮定する。例えば,穀物での消費廃棄率が最も低いのはサブサハラアフリカでの1%であり,この廃棄率が他の全ての地域での穀物の消費廃棄率にも適用させて,その分の生産に要する資源量の節約分を計算した。
その結果,表2に示す,世界全体でのロス・廃棄量614 kcal/人・日が,その52%の320 kcal/人・日に半減すると計算された。そして,地球全体でロス・廃棄分の生産に要した灌漑水27 m3/人・年をその56%の15 m3/人・年に,作物栽培地面積305 m2/人・年をその61%の187 m2/人・年に,肥料使用量4.3 kg/人・年をその58%の2.5 kg/人・年に減らせると計算された。

●ロス分の世界の食料安全保障における意義

表1に示したように,世界全体での作物生産量2,609 kcal/人・年のうちの約1/4の614 kcal/人・年が,食料サプライチェーンでロス・廃棄されていると推定された。この量は総量で1.46×1015 kcal/年に達する。
WHOは,平均的な人が健康な生活を送るのに必要な1日の食料供給量を2,100 kcal/人/日としている。ロス・廃棄量1.46×1015 kcal/年分の食料を,2,100 kcal/人/日で供給したとすれば,19億人を食べさせられる量に相当する。ロス・廃棄量を全てなくすことはできないが,半減できれば,10億人を食べさせられることになる。
食料サプライチェーンでのロス・廃棄分の生産に使用されている作物栽培地の総面積は1億9800万haだが,これはほぼアフリカの作物栽培地面積の2億2100万haに匹敵し,過去60年間における世界の作物栽培地面積の総増加分よりも大きい。ロス・廃棄分を最小ロスシナリオに沿って減らせれば,7800万haの作物栽培地を潜在的に節減できる。これはブラジルの6100万haや東南アジア諸国の合計6600万haといった全作物栽培地面積よりも大きい。
同様に,ロス・廃棄分対する肥料の使用総量(養分合計)は2800万トン/年で,これは現在アフリカとヨーロッパを合わせた現在の肥料施用量よりも多く,潜在的なロス削減可能量の1200万トン/年は現在のブラジルでの肥料使用量(1100万トン/年)や,全東南アジアでの使用量(1100万トン/年)に匹敵する。こうした結果から,食料サプライチェーンをより効率的にすることによって,貴重な資源を節約できる大きな可能性が注目される。
無論,この論文が提示したロス・廃棄分の食料が無駄に生産されずに有効活用されるには,技術とは別次元の問題が多く,決して容易ではない。EU全体では家庭,スーパーマーケット,外食産業などで食料の半分が廃棄されている反面,7900万人が貧しい生活を強いられ,1600万人が食料支援を受けている。このため,2025年までに食料廃棄量を半減させる決議を,EU議会が2012年1月に行なっている。問題を解決するには「富の分配」という難しい問題があるが,この報告に示された数値は,問題解決に向けた行動の参考となろう。