No.219 日本農業のエネルギー消費構造

●日本農業は直接エネルギー消費で世界最多クラス

環境保全型農業レポート「No.119 日本農業のエネルギー効率は先進国で最低クラス」で紹介したが,国全体の農業の一次生産で消費している直接エネルギー(動力,空調,発電,乾燥,灌漑,家畜飼養などに要した石油,電力,天然ガスなどのエネルギー量:ただし,肥料,農薬,飼料などの中間投入材や農業機械などの製造に要した間接エネルギーを除く)の総量は,OECD(経済協力開発機構)のデータに基づくと,日本はアメリカに次いで世界で2番目に多い。その上,単位直接エネルギー消費量当たりの農業生産額が,先進国で最低クラスである。

ところで,エネルギー消費型の農業となれば,日本よりもオランダのほうが,エネルギーを多く消費しているとのイメージがあろう。それなのに,農業における直接エネルギーの総消費量が日本のほうが多い。これは,農地総面積では日本はオランダの約2.4倍もあるので,単位農地面積当たりではオランダの方が上位であっても,総農地面積当たりでは日本が上位になっている。

●産業連関分析によるアプローチ

では,日本農業を構成している部門別にみると,エネルギーの消費はどのような構造になっているのであろうか。

この問題に産業連関分析によってアプローチした2つの研究を紹介する。産業連関分析とは,総務省がまとめている産業連関表を利用した分析手法のことである。産業連関表は,およそ400に分けた産業部門ごとに,どの部門からどれだけ原料などを入手し,賃金などを払っているかや,どの部門に向けて製品を販売しているかの金額をみることができる表で,経済構造の把握、生産波及効果の計算などに利用されている。

産業連関表にある,石油,電力などのエネルギー源の産業部門ごとの販売金額と買入金額(売買金額)から,農業全体における直接エネルギーを計算するのはさほど難しくないであろう。しかし,売買金額を個別作目に配分するのは難しい。その上,中間投入材の肥料,農薬,飼料などの売買金額を,どの作目にどれだけ配分されるのかの統計も十分ではない。そこで,化学肥料,化学農薬や濃厚飼料といった中間投入材のおおきなくくりで,売買金額1円当たりどれだけのエネルギーを消費したかの原単位を設定して計算することになる。

このため,精度の高い推定はできず,概略の数値と傾向を把握する程度にならざるをえず,また,前提においた仮定や設定した原単位によって計算結果が異なることになろう。こうしたことを認識しておいていただきたい。

●吉田泰治による推計

九州大学大学院の農業経営学の吉田泰治前教授が,農林水産省の農業総合研究所(現農林水産政策研究所)時代に,産業連関分析によって1975〜1990年における日本農業のエネルギー投入量を推計した(吉田泰治 (1993) 産業連関表によるエネルギー投入の推計.農業総合研究.47(3): 65-85)。

この論文ではエネルギー量がカロリーで表示されているが,現在では国際単位系によってエネルギー量はジュール(1カロリー=4.184 ジュール(J))で表示されるので,カロリーをジュールに換算して表示した(図1〜3ではTJで表示している。Tはテラ(1012=兆))。

図1で農業は耕種,畜産,養蚕と農業サービスの4つの部門に大別されている。このうち,農業サービスは,日本標準産業分類の小分類「農業サービス業(園芸サービスを除く)」の活動範囲である。具体的には,カントリーエレベータ,ライスセンター,稲作共同育苗事業,土地改良区,青果物共同選果場,航空防除,稚蚕共同飼育事業などである。図1で,耕種部門の直接エネルギーが緩やかな減少傾向がみられる主因は,農場が苗の購入,乾燥・調整や防除などを農業サービス部門に依頼して,農場での直接エネルギーがその分減少し,依頼した分は農場の購入した間接エネルギーに計上されることになる。

図1 1975〜1990年における日本農業でのエネルギー投入量の推移(吉田泰治(1993)より作図)

1975〜1990年における,農業での直接エネルギーと間接エネルギーを合わせた投入エネルギーの推移を,耕種,畜産,養蚕,農業サービスの各部門でみると,農業全体での総投入エネルギー量のうち,耕種が65%前後,畜産が30%前後を占めるのに対して,養蚕は1975年でも3%であったが,1990年には1%に減少した。そして,農業サービスが1975年の3%から1990年には7%に増加した(図1)。

内容レベルが同じではないが,日本農業では,コメ,野菜と畜産が3大作目とされ,これら3つでかつては農業総産出額の80%強を占めてきたし,現在でも80%近くを占めている。そこで,これら3つの作目におけるエネルギー投入量の推移を図2にグラフ化した。

直接エネルギーの投入量が最も多いのは野菜であり,施設での生産が大きなシェアを占めていることがうかがえる。畜産では直接エネルギーの投入量は他の作目よりも少ないが,飼料などの間接エネルギーの投入量が最も多くなっている。コメは引き続く減反によって直接エネルギーと間接エネルギーとも年々減少した。

図2 1975〜1990年におけるコメ,野菜と畜産への投入エネルギーの推移(吉田泰治 11993から作図)

また,生産額当たりの投入エネルギー量をこれら3作目について比較すると,1円の生産額当たり直接エネルギー投入量が最も多いのは野菜で,間接エネルギー投入量が最も多いのは畜産であった(図3)。

図3 1975〜1990年におけるコメ,野菜と畜産への生産額当たりの投入エネルギーの推移(吉田泰治 1993から作図)

●仁平尊明による推計

現在,北海道大学大学院文学研究科の仁平尊明准教授が,筑波大学大学院の院生および講師のときに,地理学の立場から,産業連関分析をベースにして,1970〜1990年における日本農業のエネルギー効率を論じた。その概要を下記によって紹介する。

1) Nihei, T. (2000) Energy efficiency of crop production in Japan, 1970-1990. Geographical Review of Japan. 73 (Ser.B) No.1: 27-45

2) 仁平尊明 (2011) エネルギー効率からみた日本の農業地域.全316頁.筑波大学出版会

これらの研究では,日本農業における作物生産における投入エネルギー・産出エネルギー比によってエネルギー効率を論じている。投入エネルギーは,一次投入エネルギー(作物に直接取り込まれるエネルギーで,太陽エネルギー,種苗,作物体中の水,養分などのエネルギー)と,二次投入エネルギー(人工的に圃場に投入されるエネルギーで,作物体に固定されないエネルギーで,人間や畜力の労働力,ならびに農薬,農業機械などの製造,運転や散布などに使われたエネルギー)とである。これらの投入エネルギーのうち,計算上の都合から採用したものは,種苗の生産と輸送に要したエネルギーと,購入肥料,農薬,農業機械や施設の製造やこれらを用いた作業に要した化石エネルギー(吉田の論文の直接エネルギーと間接エネルギーの和)である。そして,産出エネルギーは収穫した食用部分に含まれるエネルギーである。

表1 1990年における作物生産の投入・産出エネルギー比の推計(Nihei,2000から抜粋して作表)

単位面積当たりの投入エネルギー,産出エネルギーと,投入エネルギー・産出エネルギー比が,1970年から,Nihei (2000)では1990年まで,仁平(2011)では2000年まで計算されている。なお,表1ではエネルギー量が10a当たりのMJ(メガジュール:106=100万ジュール)で表示されている。エネルギー量は年次によって変動はあるものの,1990年における結果(表1)が示すように,投入エネルギー・産出エネルギー比は,穀物の水稲やコムギ,施肥量が少なくてすむカンショやダイズでは2よりも大きい。そして,露地果樹では1前後である。これに対して,露地野菜では投入エネルギー・産出エネルギー比が1を超えるものから0.2までの幅を持ち,施設野菜では0.03や0.05など極端に小さくなっている。

ところで,投入エネルギー・産出エネルギー比が1を超えているからといって,投入エネルギー以上の産出エネルギーを収穫できたことを意味するのではない。投入エネルギーのうち,太陽エネルギーや人力エネルギーなど計算から除外しているものがあるので,投入エネルギー以上の産出エネルギーを収穫できたことを意味するのではない。

こうした単位面積当たりの投入と産出エネルギーの値に各作物の栽培面積を乗じて,都道府県別の投入エネルギー・産出エネルギー比の推移をみると,1970年に比べて1990年に,このエネルギー比がほとんどの都道府県で低下した。なかでも高知県,山梨県,愛知県,大阪府,熊本県,静岡県,東京都,沖縄県といった,都府県の作物生産におけるエネルギー効率は極めて低くなった。これは水稲,コムギ,ダイズ,カンショといった土地利用型作物生産から,露地野菜,果樹(表1を踏まえると,正確にはブドウというべきだろう),施設野菜に大きく転換した都府県である。そのエネルギー効率があまり低下しなかった道県は,北海道,岩手県,宮城県,秋田県,新潟県,富山県,石川県,福井県,滋賀県といった,穀菽類(こくしゅく類:穀物とダイズを合わせた呼び方)やイモ類などの土地利用型作物の比重の高い道県である。

●おわりに

環境保全型農業レポートNo.119 で紹介した,日本農業が直接エネルギーを多消費している農業部門は野菜を中心とする園芸部門であることは理解できよう。

では直接エネルギーを多く消費する農業は「悪」だろうか。直接エネルギーを使った施設農業の方が,収益が多く,活力が高くて後継者もいるケースが多い。化石燃料を直接エネルギーとして多消費すると,温室効果ガスの排出量が多くなり,地球環境に好ましくないことには違いない。しかし,日本の化石燃料消費量に占める農業のシェアは非常に小さい。施設園芸によって,冬に新鮮な野菜などを生産でき,それによって日本人の健康が昔に比べて大きく改善されていることは事実である。温室効果ガス排出だけで全てを論ずる単純すぎる環境保全は卒業し,農業の持つ様々な側面を考慮した上で,環境を論じたいものである。農業が主因となった環境問題は,肥料,農薬,飼料などの間接エネルギーの多消費にともなう環境汚染である。直接エネルギーと間接エネルギーの消費量削減と利用効率を向上させる技術開発が望まれる。

なお,仁平准教授は地理学者で,農業サイドの行なっている過去の研究をろくに調べていないようだ。前出の吉田泰治前九州大学教授の研究も引用していない。それに先だって農林水産省の研究機関が実施したグリーンエネルギー計画で関連する研究が多々なされ,膨大な研究成果集がインターネットでも提供されている。その中でも,例えば,地域農業における土地利用システムの類型化とエネルギー利用実態の解明(1983) 全153頁 や,農業生産システムのシステム分析と資源・エネルギー利用の実態解析(1985) 全404頁 )は,仁平(2011)の著書に関係が深いが,全く引用もしていないのは驚きである。