No.009-2 「北海道緑肥作物等栽培利用指針」の改訂版

●クリーン農業の重要な技術要素である緑肥作物

裸地状態の農地は水食,風食や硝酸の溶脱を起こしやすく,また,遊休農地は裸地であれば水食や風食を起こし,裸地でなくても雑草や病害虫の発生源となったり,景観を悪化させたりして問題である。裸地状態の畑の面積は夏期よりも冬期に多い。農林水産省の「耕地および作付面積統計」の「冬期における耕地利用状況」を基に計算すると,2001年の普通畑への冬作物(4麦,エンバク,ライ麦,レンゲ,イタリアンライグラス)の作付率は,北海道で27.1%,都府県で8.0%にすぎない。冬期に裸地の畑は,春先に硝酸の溶脱や風食などを起こし,環境保全の上でも問題となっている。
緑肥作物は,生産農地においては,有機物を補給することによる土壌有機物含量の向上,生育にともなう余剰養分の回収や硝酸の溶脱軽減,土壌伝染性病害虫や雑草の抑制などの効果を持ち,さらに遊休農地でも雑草抑制,水食や風食の防止,景観の向上などの効果を持っている。そこで,作物生産の安定・向上と環境の保全を図るために,緑肥作物が夏期および冬期に生産農地や遊休農地に栽培されている。実際には,緑肥作物は多くの場合,作物生産の安定・向上を目的に栽培されており,環境保全目的での緑肥作物の栽培のケースは自治体などからの奨励金がある場合であって,奨励金がないと農業所得向上につながらないので多くはない。北海道は,緑肥作物栽培の意義を環境保全だけにはおかず,購入費のかかる有機物資材よりも生産コストを低減したり,製造過程の十分明らかでない有機物資材を購入するよりも管理履歴を明らかにしたりする技術としても,緑肥作物栽培を意義付けているようである。北海道での緑肥作物の栽培面積は,1992年度の3.1万haから2001年度には4.8万haに拡大しており,北海道の普通畑面積の11.6%に相当している。
北海道は緑肥作物の普及を図るために,1994年に「北海道緑肥作物等栽培利用指針」を刊行したが,クリーン農業の重要な技術要素の一つである緑肥作物に関するその後の研究成果や,新たに栽培され始めた緑肥作物を含めて,2004年3月に同指針を改定した。
なお,北海道は緑肥を下記のように分類している。
1)前作緑肥(主作物の作付け前に栽培)
2)後作緑肥(主作物の収穫後に栽培)
3)休閑緑肥(主作物を休んで栽培)
4)間作緑肥(畦間などに主作物の栽培期間と重ねて栽培)
5)ハウス緑肥(施設内で栽培)
6)混植(病虫害軽減などを目的に主作物と同時に作付け)
2001年度の全道での栽培面積でみると,最も多いのは後作緑肥,次いで休閑緑肥であり,両者を合わせて緑肥作物栽培面積の86%を占めている。

●北見農業試験場の研究成果

2004年版は,新しい研究成果を取り込み,旧版のいくつかの作物(コムギ,スーダングラス,アルザイククローバ,ベルコ,レバナ)の解説項目が削除され,新たにクリムソンクローバ,ヘアリーベッチ,ヒマワリ,ハゼリンソウの解説を追加するなどの改訂を行った。改訂の中核になった研究の一つは,北見農業試験場の網走地方における「緑肥作物の特性と畑輪作への導入指針」(平成14年度北海道農業研究成果情報)である。
北見農業試験場は,後作緑肥として,エンバク(緑肥作物で栽培面積の最も多い),あるシロカラシ(キカラシ)(黄色い花を付ける景観作物でもある)と,最近急速に伸びてきたものの,データがまだ十分でないヒマワリとヘアリーベッチを,8月中・下旬に播種し,10月下旬に鋤き込み,翌年にテンサイ,ダイズ,トウモロコシ,タマネギを栽培した。また,休閑緑肥として,ヒマワリ,シロカラシ,エンバク野生種(サイアーとヘイオーツが野生種で,栽培品種にないキタネグサレセンチュウ抑止効果を持つ)に加え,赤クローバ,青刈ダイズ,トウモロコシ,ソルガムの7作物を5月下旬に播種し,8月下旬(トウモロコシは7月下旬)に刈り倒し,9月上旬に鋤き込み,同年秋にコムギを播種した。これらの栽培試験を3年間行って,緑肥作物の栽培特性と,緑肥の鍬込みが作物生育に及ぼす影響とを検討し,次の結果をえた。
1)乾物収量が多く,C/N比の高い休閑緑肥のヒマワリ,トウモロコシ,ソルガムは,圃場からの窒素とカリの回収量が多く,養分回収作物としての効果が高かった(表1)。

 2)C/N比が20以下のマメ科緑肥(ヘアリーベッチ,赤クローバ,青刈ダイズ)は,鍬込み当年と翌年にも窒素の肥効を発揮したが,C/N比が30台のイネ科緑肥(トウモロコシ,エンバク,ソルガム)とヒマワリの窒素の肥効は鍬込み2年目以降に発現し,鍬込み当年には窒素飢餓を起こしやすかった。
3)表2の緑肥作物と後作物の組合せが好ましい。

●病虫害抑制効果

「北海道緑肥作物等栽培利用指針」は,緑肥鍬込みによる土壌伝染性病害虫に対する抑制効果を整理して記述している。緑肥の抑制効果ばかりを強調して記述した著述が多いが,「指針」は「利用上の留意点」で,緑肥鋤込みでセンチュウが増加する例を指摘している(緑肥用エンバクによるネグサレセンチュウの増加,麦類に混播・間作したクローバ類によるネコブセンチュウやキタネコブセンチュウの増加)。

●他地域への「指針」の適用の可能性

北海道の気象・土壌条件で作られた「指針」であるため,緑肥作物の栽培条件や生育に関するデータはそのまま他地域には適用できないであろう。しかし,緑肥作物体の養分組成データ,窒素とカリの減肥量の目安,土壌伝染性病害虫に対する抑制・促進効果などは,他地域にも共通すると考えられる。
地域によって,栽培上のネックになる問題や関心の高い環境問題が異なるであろう。例えば,春先の風食防止が問題になっている地域では,何の緑肥作物をいつまで栽培したら良いのか,鋤き込む方法をどうするのか,ロータリで鋤き込むだけでは土壌に大きな凹凸ができるが,それをなくし,かつ,切り株でビニールマルチに穴が開かないようにするにはどうするのかなど,いろいろな問題があろう。
今後,各地域で農業者が実際に使える指針やマニュアルが作成されることが期待される。その際,緑肥の良い側面を記述するだけでは不十分で,養分のアンバランス化や土壌伝染性病害虫の集積などのマイナス面を回避する具体的方法を記述することが大切である。緑肥を導入して甚大な損害が生じたら,普及に返ってブレーキをかけることになりかねない。

左から、ヒマワリ、ヘアリーベッチ、シロカラシ 北見農試だより2000年9月より