No.008-2 兵庫県旧市島町(現丹波市)が有機農産物生産に直接支払制度を実施

兵庫県の旧市島町(2004年11月1日に近隣の町と丹波市として合併)は,2003年5月に環境保全型農業等推進特区に認定されている。旧市島町のホームページは既に閉鎖され,新丹波市のホームページはまだ整備不十分で,必要な情報を十分には入手できないが,特区の概要を首相官邸・内閣官房の「構造改革特別区域計画」第5回認定書と,NPO法人「いちじま丹波太郎」のホームページの記事を中心に紹介する。

●旧市島町の有機農業への取組の経緯

旧市島町では,農地の多くが標高40〜150mの棚田地帯にあって,稲作中心の第2種兼業農家が主体になっており,近年は農業担い手の減少と高齢化によって遊休農地も増加していた。こうした状況を打破するために,町は下記の経緯を踏まえて,有機農業を農業再生の核にすえて「有機の里づくり」に取り組むこととした。
町は,1)1975年に34名の生産者で発足した市島町有機農業研究会を支援し,2)家畜ふん尿の公害問題を解決するために,町直営の堆肥センター「市島町地力増進施設有機センター」を1992年に稼働させ,3)1999年に「市島町まちおこし専門員設置条例」を制定して,2名の専門員を配置した。町とは別個に,4)町内の有機農産物等生産者組織11団体で構成する「市島町有機農業推進協議会」が2000年に発足し,5)2001年にはこの組織のメンバーを中心として,農業の活性化を目的とするNPO法人「いちじま丹波太郎」が設立された。このNPO法人は,町内産の有機農産物や特別栽培農産物等を中心とした直売所「まちおこし会館」の運営,学校給食用の野菜の供給,有機農業学校の開校による農作業体験や調理研究等を介した都市との交流活動,町内産農産物の加工研究等を行っている。
ただし,この間,町が常に有機農業を積極的に推進してきたかというと,そうではなく,市島町有機農業研究会と提携消費者がゴルフ場建設反対運動を行ったことから,町が市島町有機農業研究会に積極的な関与をしなかった一時期があったようである。

●「構造改革特別区域計画」

町は,新規就農者を受け入れて農業の再生を図ることを計画し,NPO法人「いちじま丹波太郎」に新規就農者の相談や農業技術研修などを委託することを構想した。すなわち,点在する遊休農地を町が直接借り入れて,新規就農希望者に実習・研修用農地等として直接貸与する場合には,次のような問題が起きかねない。
就農研修希望者が都合により研修を断念した場合,町自らがその農地を管理することができないので,農地を所有者へ返還することになる。しかし,農地所有者は農業を再開できる状況にないため,遊休地化を助長することになりかねない。仮にNPO法人「いちじま丹波太郎」が農地の借入主体になって農地の権利を取得できる特例を導入できれば,借り入れた農地を研修農地として活用し,研修希望者が不在となった場合でも,その農地をNPO法人の技術研究農場として利用し続けることが期待できる。また,その間の土づくりや栽培作物等の履歴が把握されているため,履歴の分かった農地を新たな就農研修希望者に貸し付けることができるため,やがてそこで研修者に就農してもらえば遊休地化を防止できる。
そこで町は,NPO法人「いちじま丹波太郎」を表舞台に登場させた。NPO法人「いちじま丹波太郎」が農地の借入主体となり,かつ,新規就農希望者への貸付主体になる特例を,農地貸付方式による株式会社等の農業経営への参入の一環として申請したのである。申請は2003年4月の第1回募集に提出し,2003年5月の「構造改革特別区域計画」の第1回認定(第2弾)で,市島町全域を対象に承認された。

●NPO法人「いちじま丹波太郎」の役割

NPO法人「いちじま丹波太郎」は町との協働事業体とも言うべき役割を果たしており,町から下記の業務を委託されている。すなわち,

1)環境保全型農業の後継者および担い手確保のための新規就農希望者の相談・助言・指導に係る業務
2)安心・安全な農産物の生産を支援する本町独自の制度に基づく作目ごとの栽培基準(いちじま安心・安全ブランド)の作成・栽培指導および認定等の業務
3)加工品(米粉パン,米粉ラーメン等)の開発と,有機・特別栽培農産物の販路開拓(宅配,トラック販売他)業務(2004年度加工所設置予定)
4)未利用有機質資材の堆肥化および栽培実証業務
5)土壌診断に基づく新有機堆肥の投入による土づくり実証業務(2004年度より)

「いちじま丹波太郎」は,直売所「まちおこし会館」の運営や学校給食用の野菜の供給を行っているが,町からの上記の委託に加え,モデル圃場を設置して,1)栽培履歴や生産者の汗(努力)を伝える,2)土づくりによる農地(土壌)の変化を伝える,3)新たな栽培技術を伝えることによって,食の安心と安全の確保のための取り組みの情報発信を行って,消費者・生産者に対して理解促進をはかっている。また,「いちじま丹波太郎」が事業主体となって,2003年度から国庫補助事業の「持続的農業等実践推進対策事業」(米ぬかペレットによる無農薬,無化学肥料栽培米の実証等)や,2004年度から国庫補助事業の「病害虫防除対策事業」(地域防除プログラムを策定し病害虫のリスク管理体制を整備)を行っている。

NPO法人「いちじま丹波太郎」の直売所
(同法人のホームページから)

●町の農業者支援事業

町は単独の支援助成制度として次を行っている。

<堆肥センターへの助成>
堆肥センターの堆肥に補助金(2,000円/1.5トン)を助成。

<安心・安全農産物生産等推進支援事業」に基づく支援助成>
環境保全型農業に転換した者に2001年度から「安心・安全農産物生産等推進支援事業」に基づき,栽培方法による直接所得補償の考えに基づいた支払,および,直売所「まちおこし会館」での出荷販売に対して助成を行っている。有機認証を受けた生産者に対しては,コメ以外の作物に対して10a当たり5万円,コメ生産調整で有機栽培転作にカウントされる特別調整水稲に対して3千円,地元ブランドの「さつき米」(減農薬無化学肥料栽培)に1千円を助成)し(『全国農業新聞』2002/01/11),2002年度からは特別栽培農産物生産者にも対象を広げている。
この施策について,栽培基準や支払基準の詳細や,所得補償の論拠を知りたいところだが,まだ入手できていない。また,堆肥等有機物資材の過剰施用を防止する内容となっているかなども気になる。

<新規就農希望者への就農支援と受け入れ農家支援助成>
町は,農業を目指す町外の人で,相続等で農地を取得する見込みがなく,市島町に住んで町の農業の振興と活性化に協力できる人(概ね45歳以下)に,「新規就農希望者研修費支援事業」と「耕作地確保等就農支援事業」の2つの事業によって支援を行い,就農先の受入農家に対しても負担軽減のために別途支援助成金を交付している。

「新規就農希望者研修費支援事業」(実施期間:2002年度から2018年度まで)
承認された新規就農希望者は,研修計画を作成し,町長の認定を受けた後,原則として1年間研修を受ける。研修期間中は研修費として月額10万円以内の研修費が助成される。ただし,研修期間中または研修終了後5年以内に農業を中止した場合には,研修費助成金を返還しなければならない。そして,研修終了時に報告書を提出するとともに,就農後は5年間にわたり毎年4月に前年度の就農状況を報告することが義務づけられている。

「耕作地確保等就農支援事業」(実施期間:2002年度から2013年度まで)
新規就農希望者が町内で就農する際に,農地を賃借する場合と,農業用の機械や施設を賃借する場合に,町が当該賃借料を助成する。
農地の賃借料は,市島町農業委員会の定めた標準小作料を上限とする範囲内で全額。農業用機械の賃借料は2分の1以内(上限は年額36万円)。農業用施設の賃借料は2分の1以内(上限は年額60万円)。助成期間は就農後5か年以内。助成金を受けた者は就農後5年間にわたり毎年前年度の就農状況を報告することが義務づけられている。
そのほかにも,エコファーマーの技術導入に対して,担い手農業者等育成助成金として,復田費用,機械及び資材への支援助成を行っている。

●「構造改革特別区域計画」の目標

2002年度の現状に対して,2008年度の目標として下記を掲げている。

 丹波市となる直前にも,旧市島町は「構造改革特別区域計画」の一部変更申請を行って認められているので,丹波市となっても上記の計画や制度を継続していると考えられる。EUは,国によって額は異なるが,有機農業者に転換当初の5年間に奨励金を支給している。日本では国はもちろん,自治体も有機農業者に対して奨励金を支給していない。そうしたなかで,面積や人数では小規模だが,有機農業者に奨励金を支給する旧市島町の試みは注目される。