No.174 経済不況は割高な環境保全農産物需要を抑制するのか

●漸減する食料支出額

 日本経済はデフレを脱却できずに低迷しており,総務省統計局の家計調査によると,総世帯・単身世帯の1人当たり食料支出額(季節調整済実質値)はこの10年間に漸減してきている(図1)。

 こうした傾向が続き,消費者がより安価な食料を求めて,食料支出額をさらに減少し続けると,環境保全を図りながら生産する割高な農産物に対する需要が減ることが懸念される。

●消費者の節約疲れ

 日本政策金融公庫(注:国の政策の下で,民間金融機関では対応が難しい分野の中小・小規模企業や農林漁業者に金融を実施する,100%政府出資の政策金融機関)は全国の20歳代から70歳代の男女,1,000人ずつに,しばらく前から食に関する「消費者動向調査」を行なっているが,2010年12月に行なった調査結果を2011年2月に公表した 。この結果と2010年2月に公表した結果を合わせて,概要を紹介する。

 現時点で何を志向して食を選択しているかについての結果をみると,デフレ経済下でより安価な食品を選ぶ「経済性志向」が相変わらず高いものの,経済の回復基調を背景に「経済性志向」は,2010年1月の調査をピークに,2010年6月の調査で減少に転じ,この減少傾向は12月調査でも引き続き確認された(図2)。日本政策金融公庫はこれを「消費者の節約疲れ」を象徴していると表現している。そして,「健康志向」が高い割合を占めており,特に年齢が高い世代ほど「健康志向」の回答率が高い。

 「経済性志向」が最も高かった2010年1月には,「手作り志向」も上昇した。これは食費節約のための手作り志向と理解された。しかし,2010年12月の調査結果では「経済性志向」がかなり低下したにもかかわらず,「手作り志向」が2010年6月よりも増加した。これは,調理の楽しさや食育・地産地消の意識の高まりなどを背景にしていると解釈されている。

●国産食品へのこだわりは低下傾向

 2006年と2007年に残留農薬に汚染された野菜,メラミン混入ペットフード,動物医薬品の残留したウナギなどの問題に加えて,2007年12月下旬から2008年1月に中国製冷凍餃子の有機リン系殺虫剤中毒事件が起きて,中国産食品の安全性問題が起きた。こうしたことから,中国産を中心に輸入食品の「安全性に問題がある」とする回答が上昇し,2009年7月に52.0%,2010年1月には最高の58.5%に達した。これに呼応して,国産原料の食品に対して「安全である」とする回答は,2009年7月に62.5%,2010年1月には最高の71.5%に達した。

 しかし,その後に輸入食品の安全性についての深刻な事件の発生が下火になったことを受けて,輸入食品の「安全性に問題がある」とする回答は,2010年1月に比べて,同年6月に46.4%と低下していたが,同年12月に48.6%と下げ止まった。そして,国産原料の食品に対して「安全である」とする回答は,2010年1月に比べて,同年6月に62.8%に低下したものの,同年12月に67.7%%と下げ止まった。

 こうした経過をへて,外国産食品の安全性についての報道が下火になったこともあり,「食品は国産品を」というこだわりは,依然高い水準を維持しているものの低下傾向にある(図3)。

●今後の動向は?

 環境保全を図りながら生産した農産物の生産コストは高くなるのが通常であり,その追加コスト分を含めた割高の農産物に対する需要が減退してしまっては,農業における環境保全の将来は暗くなってしまう。例えば,割高な有機農産物の販売額の96%は,所得水準と教育水準が高い北アメリカとヨーロッパであるように(環境保全型農業レポート.No.172 世界の有機農業の現状(2)),この例は割高な農産物需要には所得水準の維持・増加が大きな鍵となっていることを示している。所得水準の今後の動向が気になるが,経済回復を期待したいものである。

 日本政策金融公庫の「消費者動向調査」は,現時点でなく,今後は何を志向して食を選択するかについても調査している。2010年12月時点での結果では,「経済性志向」は現在の36.5%から今後は34.4%に漸減し,「健康志向」は現在の38.1%から今後は41.3%,「安全性志向」は現在の17.3%から今後の23.4%に増加している。ただし,輸入食品の安全性問題が再発しないことが前提だろうが,「国産志向」は現在の14.1%に対して,今後は14.2%とほとんど変わっていない。

 今後の経済の回復と環境保全に対する農業者や消費者の認識向上を期待したい。