No.92 環境保全型農業に関する意識・意向調査結果

●調査項目

 農林水産省は,2007年7月下旬から8月上旬に,農林水産情報交流ネットワーク事業の農業者モニター2,500名,流通加工業者モニター1,381名および消費者モニター1,500名,計5,381名に対して,「有機農業をはじめとする環境保全型農業に関する意識・意向調査」と題するアンケート調査を実施した。

 調査の主要項目は,(1)「環境と調和のとれた農業生産活動規範(農業環境規範)」に関する農業者の意識・意向,(2)有機農業に関する農業者の意識・意向,(3)「環境に配慮した農産物」に関する消費者および流通加工業者の意識・意向であり,各グループからそれぞれ1,963名,1,023名および1,207名,計4,193名の回答を得た。**そして,その結果を11月2日に公表した(農林水産省 (2007) 平成19年度農林水産情報交流ネットワーク事業全国アンケート調査:有機農業をはじめとする環境保全型農業に関する意識・意向調査38p. )。

●農業環境規範に対する農業者の意識・意向 〜疑問の残る調査結果

 「環境と調和のとれた農業生産活動規範」(農業環境規範)は,2005年3月31日に農林水産省生産局長通達として出された。環境保全型農業レポート「No.12農業生産活動規範とは」で指摘したように,農業環境規範は簡略すぎて,農業者が守るべき農業行為の内容が具体的に記載されていない。しかも,圃場別でなく経営体全体を通したチェックであるため,規範を守ったと判断できないケースが一部にあったとしても,全体としては守ったと農業者が自己点検するだけで,点検結果を署名捺印して提出しても,その是非を検証する仕組みが記されていないなど,EUやアメリカの農業規範に比べて初歩的な内容となっている。

 こうしたレベルではあるが,農業環境規範に対して,農業者の23.6%が「重要だと思っており,全ての事項について取り組むことができている」と回答し,49.8%が「重要だと思っており,一部の事項を除いて取り組むことができている」と回答した(表1)。この結果をみると,73%の農業者が農業環境規範におおむね取り組むことができていると解釈することができる。

 ところが,さらに見ていくと,この回答がいい加減なもののように思えてくる。つまり,次の設問で,農業環境規範は点検シートを用いて自己点検を義務化しているが,その自己点検を行っているかを聞いたところ,行っているのはわずか27%。73%は行なっておらず,しかも,その48%が農業環境規範を知らなかったと回答しているのである。つまり,全体の35%の農業者が農業環境規範を知らなかったと回答したことが分かる。そうだとすると,前出の73%の農業者が農業環境規範におおむね取り組むことができていると解釈したことは怪しくなる。

 どうやら,農業環境規範という名前は聞いたことがあるが,点検シートを含めた実物を実際に見ていない人が多数いると解釈できる。表1の「重要だと思っており,全ての事項について取り組むことができている」との回答24%と,点検シートを用いた点検を実際に行なっているとの回答27%がほぼ一致するが,この約25%の人達は農業環境規範を十分承知して,しっかり実践しているが,その他の人達の回答には疑問が残る。

●有機農業に関する農業者の意識・意向

 世界や日本の食料問題全体を論ずる人には,有機農業では単収や生産性が低下するので,世界や日本の食料を確保するのに不適であると,有機農業を批判する人が少なくない。これに対して,経営面積の狭い日本で安い農産物を生産するのは無理であり,日本の農業者が生き残るには,単価の高い高付加価値の高い農産物を生産して,農業所得を向上させることが必要だとの意見の農業者が多いだろう。

 有機農業への取組について意向を調査した農業者で,現在,有機農業に取り組んでいる者は4.7%,今後取り組むことを決めている者が2.2%,両者を合わせて6.9%であった。そして,今後,条件が整えば取り組みたいとする者が49.4%に達した。これは農業所得を向上させる方策として有機農業に期待している農業者が多いことを反映していよう(表2)。

 農業者が有機農業に取り組む上で必要な条件として,「生産コストに見合う価格で取引してくれる販路の確保」69.0%,「収量,品質を確保できる技術の確立」67.5%,「地域の行政や農協の働きかけや支援」23.2%などが指摘されている(表2)。これらが必要なことは,「有機農業推進法」に基づいて策定された「有機農業の推進に関する基本的な方針」(環境保全型農業レポート.「No.76.有機農業の推進に関する基本的な方針(案)」)でも指摘され,その取組強化が記されている。

 有機農業と慣行農法が共存する上で必要なこととして,「有機農業者と慣行農法を行う農業者との相互理解」73.4%,「有機農業のほ場への農薬の流入、飛散を防止するための取組(緩衝帯の設置,農薬の散布時期の調整)」44.0%,「ブロックローテーションなど農地の利用調整面での配慮」25.7%が指摘されている(表2)。ここで,農業者の相互理解の具体的内容が記載されていないが,農薬の流入・飛散や農地の利用調整以外での相互理解の内容が気になる。

 地域における物質循環を重視する有機農業であれば,耕種の有機栽培農家が家畜ふん堆肥を入手する慣行の畜産農家に対して,重金属や抗生物質など家畜の飼料添加物をできるだけ少ないものにするといった注文はないのか(環境保全型農業レポート.「No.86.有機農業用家畜ふん堆肥の品質基準の必要性」を参照)。冬季に裸地化した慣行農家の野菜畑からの風食による土壌飛散に文句はないのか。谷津田地帯では湧水源に近い上部で有機栽培の水稲栽培を行えるように,農協が有機栽培奨励地区の指定など,土地利用を調整してくれとの要望はないのか。このように農家間の相互理解の具体的内容には,有機農業を拡大するのに大切な問題が多いと考えられる。せっかくの調査なのだから,それらを具体的に記述しておくべきだったろう。

●有機農産物および特別栽培農産物に関する消費者および流通加工業者の意識・意向

 有機農産物および特別栽培農産物についての消費者と流通加工業者の意識・意向の結果で,現在有機農産物を購入している消費者の割合が44%なのに比べて,特別栽培農産物を購入している消費者の割合が32%と若干低いものの,有機農産物と特別栽培農産物でほとんど結果に差がないことが注目される。そして,現在購入している消費者と一定の条件がそろえば購入したい消費者を合わせた割合は,両農産物とも95%を超えている。これは特別栽培農産物も有機農産物なみに広く認識されてきたことを示していよう。こうした消費者の意向を反映して,流通加工業者のうちで,両農産物を現在扱っている業者と一定の条件がそろえば取り扱いたいとする業者を合わせると90%前後に達する(表3)。

 では,一定の条件とは何であろうか。両農産物とも,「表示が信頼できること」,「近所や買いやすい場所で販売されていること」,「価格がもっと安くなること」,「味や栄養が優れていること」が上位を占めている(表3)。最近,食品の擬装表示事件が相次いでいるが,一定の生産条件に基づいて生産されたことが担保されることが強く求められている。注目されるのは,「見た目(外観や形状)が整っていること」を指摘した消費者が,両農産物とも約3%と非常に低かったことである。むろん外観や形状が不揃いで良いとしても程度問題であろうが,消費者の外形品質からの脱却が進んできていると感じられる。

 特に重視すべきことは,消費者や流通加工業者の大部分が,両農産物を安全な農産物だと思うから支持している点である。たびたび指摘しているように,化学肥料を無施用または減肥したとしても,堆肥や有機質肥料を多量施用すれば,化学肥料の過剰施用と同様に,硝酸濃度の高い野菜が作られてしまう。また,化学農薬を全く散布してなくても,作物の種類によっては20年以上も前に散布して土壌に残留していた有機塩素系殺虫剤を特異的に吸収してしまうケースも存在する。有機農産物や特別栽培農産物は,できるだけ安全な農産物が生産できるような条件で生産しているが,生産された農産物が全て安全であるとは保証できない。生産者や流通加工業者が収穫物の残留農薬や硝酸などの濃度を定期的に分析して,品質保証を行なって,消費者の信頼を確保する努力をプラスしたほうが良い。