No.55 環境にやさしいバラの生産技術

滋賀県の排液量対応型養液循環利用少量土壌培地耕

●研究の背景

 花きには環境に多量の養分を排出しながら生産されているものが少なくない。例えば,土耕栽培のバラでは,土壌中の硝酸性窒素濃度を100〜150 mg/kg,有効態リン酸を300〜600 mg/kgに維持することが栽培基準となっている(加藤俊博 (1998) バラ(施肥技術).農業技術大系.土壌施肥編.第6-2巻 作物別施肥技術.p.技術438-14〜438-25)。土耕栽培で,これほど高濃度の培養液をかけ流して地下浸透させれば,地下水の硝酸性窒素が環境基準の10 mg/Lを簡単に超えてしまう。こうしたダーティな花き生産を是正するために,オランダで始まった国際環境認証プログラムのMPSが日本でも開始された(環境保全型農業レポート.No.47 )。

 バラ生産の約半分はロックウールを利用した養液栽培となっている。この生産方式でも,従来培養液をかけ流していたが,最近,培養液を循環させるとともに,不足した養分を補給して,廃液を出さない生産技術が開発されている【例えば,静岡県農業試験場 (2005) 廃液の出ないバラの2系統循環式養液栽培.平成16年度研究成果情報.:広島県農業技術センター (2004) 切り花バラのロックウール栽培における排液の循環再利用.平成15年度研究成果情報.】。

 しかし,ロックウール方式では,生産コストが高く,培養液をかけ流す生産方式でも4年目にはバラの収量や品質が低下するなどの問題がある上に,培養液を循環・補給する方式では静岡県の場合,1年以上継続すると,収量がやや減少するといった問題がある。

●少量土壌培地耕

 滋賀県はロックウールでなく,少量土壌培地耕をベースにして,養液を循環させるバラの生産方式を開発した。少量土壌培地耕は当初,果菜類用に滋賀県農業試験場(当時)で開発されたものである。かつて果菜類をロックウールによって養液栽培した際に,生産コストが高い上に,生理障害によって長期の生産が難しいことが問題になった。たまたまロックウールマットの上に施設内の土壌を載せたところ,キュウリの生育が著しく改善したことがきっかけとなって,土壌を培地にした養液栽培の開発が試みられた。板で幅24?,高さ12?の槽を作り,内側にビニールフィルムやポリオレフィン系フィルム(POフィルム)などを敷いて,底に3?の厚さでモミガラ,その上に7?の厚さで土壌を充填する。土壌は病気の心配がなく、腐植が比較的多い水田土壌(表土)を用いる。底板の中央に30〜50?間隔で穴を開け,チューブを差し込んで排水穴とする。土壌表面から培養系を潅水して,排液を下に設けた雨樋で回収しながら,培養液を循環利用する(図1)。

 この方式では農家が自分で調達できる資材を用いて装置を組み立てられるので,コストを低くでき,土壌の緩衝能によって生理障害が出にくく,長期の生産が可能で,しかも,通常の養液栽培と同様に省力管理が可能なため,果菜類を中心に滋賀県では急速に普及した【(1)滋賀県農業技術振興センター:果菜類の少量土壌培地耕技術について.,(2)岡本将宏 (1995) 少量土壌培地耕の肥培管理.農業技術大系.土壌施肥編.第6-1巻 作物別施肥技術.p技術124-1-8〜124-1-12.農文協】。

    

●バラの排液量対応型養液循環利用少量土壌培地耕

 バラの排液量対応型養液循環利用少量土壌培地耕では,まず少量土壌培地耕によるバラの栽培技術が作られ,その後に排液を循環利用する排液量対応型養液循環利用少量土壌培地耕が開発された。その概要は次の資料などで公開されている。

バラの少量土壌培地耕については,

(1)野村 衛・臼居仁司 (2003) バラの少量土壌培地耕技術の確立.滋賀県農業技術振興センター平成14年度主要な研究成果.

(2)臼居仁司・野村 衛 (2003) バラの少量土壌培地耕技術の確立(第1報).培地,苗,仕立て法の検討.滋賀県農業総合センター農業試験場研究報告.43: 23-32.

(3)臼居仁司 (2004) 少量土壌培地耕.農業技術体系.花卉編.第7巻バラ(養液栽培).p.512-12〜512-21.農文協

 排液量対応型養液循環利用少量土壌培地耕については,

(4)田口友朗・臼居仁司 (2006) 廃液を出さない環境にやさしいバラの養液循環方式における生産性とコスト削減効果.滋賀県農業技術振興センター平成17年度主要な研究成果.

    

 培地容器は,バラでも図1の果菜用に考案された木製槽で良いが,発砲スチロール製のプランターで,カーネーション用に開発された1条植え用(バラの場合は4〜5株)や2条用(バラの場合は8株程度)プランターが安価で,移動もできて便利なので推奨されている。側面底部に排水穴が6カ所設置されている。培地は図1のように土壌とモミガラでも良いが,ヤシがら繊維(ココピートなど)や炭化杉皮バークなどを20〜30%混和した水田土壌を,1株当たり1.5〜2 L充填する。水田土壌を使用するのは病原菌がいないからであるが,一方で粘質で排水性や通気性が悪いため,粗大有機物を混和して物理性を改善しておく。栽培にあたっては,プランターや木製槽をベンチの上に設置する(図2)。

 養液供給装置は養液栽培のものをそのまま使える。養液栽培用装置を自分で組み立てる場合は,ECコントローラや液肥混入機を含め,30〜45万円でできる。ただし,排液量対応で循環利用する制御装置は市販されていないので,自分で組み立てることになる。その費用は18〜25万円かかる(田口・臼居,2006)。養液は市販のロックウール耕用の配合肥料や単肥混合肥料を用いて,ECを1.0〜1.2 dS/m,pHを6.0に調節する。ロックウールの場合と同様に,’ローテローゼ’などのスタンダード品種では接ぎ木苗,’リトルマーベル’などのスプレー品種では挿し木苗が適している。養液の灌水量は季節によって変化させ,培地容器をベンチに載せた場合,1日に1株当たり400〜800 mlを6〜10回に分けて灌水する(1回の給液時間は3〜5分程度)。

 灌水量の20%程度が余剰になって排出される。収集した排液2に対して新液8の割合で混合して,次の灌水に使用する。給液量はタイマー設定のかけ流しの場合の76%ですみ,新液量はその8割ですむので,かけ流しの場合に比べて肥料コストを約4割削減できる(田口・臼居,2006)。生産も,少なくとも4年間(実験を行ったのは4年間だが,実際にはより長期に栽培可能)は塩類集積や土壌病害の蔓延もなく安定し,バラの生産量や品質も安定している。最終的に栽培を終了する際には,排液を他の作物の肥料として土壌に施用すれば良い。環境を汚染せずに安定生産を実現した,優れた技術である。

●近畿中国四国農業研究協議会賞「普及・技術賞」を受賞

 滋賀県農業技術振興センターの開発した少量土壌培地耕は野菜を始め,花きにも応用され,滋賀県では既に養液栽培の主体となっている。少量土壌培地耕が急速に普及した陰には,農業普及員がこの技術を高く評価して積極的に普及に努力したことがある。バラの少量土壌培地耕についても,普及員から,(1)土壌で高品質・省力栽培のアーチングやハイラック仕立てができる,(2)灌水・施肥の省力化が図れる,(3)養液管理はロックウール耕より融通が利く,(4)ロックウール耕に比べて設備費が低コスト,(5)培地が土壌なので容易に廃棄処分できる点が評価されている(蓮川博之:急増するバラの少量土壌培地耕を考える〜東近江地域での取り組みから.普及情報しが.2004年春号 )。

 少量土壌培地耕は技術的に優れ,かつ,農家に広く普及した実績が評価されて,2006年2月に,滋賀県農業技術振興センターは,「野菜・花きの少量土壌培地耕栽培技術の開発」によって,第1回近畿中国四国農業研究協議会賞 「普及・技術賞」を受賞した。


▼養液栽培、養液循環に関連する『農業技術大系』の記事を検索