No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態

●アメリカの土壌侵食

 かつて1980年代初期にNHKがアメリカの農地における深刻な土壌侵食を放映した。1970年代にアメリカでは,それまで牧草や野草が全面を被覆していた草地や原野を開墾して,輸出用の穀類や大豆の栽培面積が急激に拡大し,植物茎葉による農地の被覆面積率が急激に低下したためであった。生産基盤の土壌の劣化がアメリカで急速に進行しているとのテレビ放映によって,農産物をアメリカからの輸入に大きく依存している日本の食料安全保障に対する危惧が急速に高まったことは記憶に新しい。

 1980年代後半からヨーロッパ連合(EU)による輸出補助金を付けた余剰農産物の輸出量が急速に増加したために,アメリカの穀物輸出額が減少した。このため,農業者の所得が低下し,アメリカ連邦政府は農業者の所得を補填するために,1985年農業法によって,土壌侵食の起きやすい耕地(高度受食耕地)で作物生産を行う農業者に対して,侵食を軽減する土壌保全農法を行うことを連邦政府の補助金支払いの条件にする一方,高度受食耕地を生産から撤退させて,牧草地や林地に転換する農業者に補助金を支出する制度(CRP:保全留保プログラム)を発足させた。その後,連邦政府は環境保全プログラムの種類を増やし,参加農業者への補助金支給総額を増加している。

●NRCSの全国資源インベントリー

 アメリカ農務省のNRCS(自然資源保全局)は,1982年から全国資源インベントリー(目録)(National Resources Inventory : NRI)として,土地利用や土壌侵食などの実態を調査している。1997年までは5年ごとの調査であったが,現在は毎年調査を実施しており,2006年5月22日に2003年の調査結果が公表された。

●土壌侵食の実態

 土壌侵食には,土壌表面を流れる水で土壌が流れ去る水食と,強風で運び去られる風食がある。余談だが,「土壌浸食」は水食を意味し,風食と水食を合わせる場合には「土壌侵食」を用いる。今回の調査結果の主要点は下記のとおりである。

(1)2003年の侵食総量は1982年の57 %に減少し,耕地面積当たりの侵食量は1982年の年間16.4 t/haが2003年には10.5 t/haに減少した(図1:NRCS(2006) 2003 Annual NRI-Soil Erosion
から作図)。しかし,1997年以降は減少程度の伸びが緩慢となっている。

(2)土壌生成速度を考慮した農業生産を持続できる土壌侵食許容量は,土壌の種類によって異なり,通常は4.9〜12.4 t/haだが,2003年には耕地面積の28 %(4,130万ha)で許容量を超える土壌侵食が生じた。

(3)耕地を侵食の起きやすい高度受食耕地とそれ以外に分けると,双方で許容量を超える侵食を起こした耕地面積が減少している。しかし,2003年でも許容量を超える侵食を起こした耕地面積が高度受食耕地の54 %を占め,一層の取り組みが必要である(図2)。

(4)全米を12の流域に区分すると,2003年における水食の51 %は,ミズーリ流域(西部グレートプレーン)とスーリス・レッド・レイニー/ミシシッピー上流流域(コーンベルト地帯)に集中し,風食の88%は,この流域に加えて,アーカンサス・ホワイト・レッド流域とテキサス・メキシコ湾/リオグランデ流域の計4つの流域に集中している(図3)。

*1980年代前半までのアメリカの土壌侵食については、「アメリカ 土壌問題と土壌管理」(三輪睿太郎 農業技術大系 土壌施肥編 第3巻 土壌と活用VII 9-16)に詳しい。(編集部)

●日本における土壌侵食

 アメリカの土壌侵食は日本では対岸の火事のように受け取られ,日本にも土壌侵食が深刻な地域があることがあまり認識されていない。NHKのプロジェクトXで放映された「えりも岬に春を呼べ〜砂漠を森に・北の家族の半世紀〜」で,かつて裸地化していた襟裳岬地域で吹き荒れた猛烈な風食が視聴者に強烈な印象を与えた。オホーツク沿岸地域では毎年のように4月下旬から5月上旬に猛烈な風食によって農業被害が生じている。規模は小さいが,都市近郊の野菜畑では冬作物がなくなって冬期裸地化し,春先に土ぼこりが近隣の住宅を襲って,多数の苦情の寄せられている市町村が少なくない。

 深刻な水食被害の起きている地域も多い。沖縄ではパイナップル畑の畦間の土壌が豪雨で流されて珊瑚礁の海岸線を茶色にしている。また,傾斜地に存在する大規模野菜産地では夏期の豪雨によって流亡した土壌が下流の河川などを汚染しているケースも少なくない。さらに,耕作放棄された棚田や段々畑の法面の崩壊をともなう土壌浸食も増えている。アメリカの土壌侵食を対岸の火として傍観するのでなく,他山の石とすべきである。