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『農業技術大系』より

ダイズ、ムギ、水稲直播栽培の最新研究と技術

▼良質ダイズを低コスト多収するための新研究

 国産大豆が高値を呼んでいる。「ダイズ・ムギ本作」と民間流通が始まり5年目を迎えた。ここ数年,地力窒素と収量,通気性と根粒,出芽と収量,加工をとり入れた事例など,『農業技術大系 作物編』ではダイズ増収技術を追究してきた。

表:ダイズの高品質多収技術を確立するための最新情報(ここ数年の追録から)
テーマ 執筆者 記事の内容 追録年
水田転換畑の地力窒素とダイズの収量 有原丈二 ダイズは“地力収奪作物”であることを提起。水田転換畑でのダイズ収量が低下している原因は地力窒素の減少にあり,ダイズ自身も土壌有機物を分解していることを明らかにした 1998
転作畑の通気性と根粒の働き 阿江教治 ダイズの根の酸素要求特性から,転作畑の条件を検討。ダイズの窒素供給源として重要だと考えられてきた根粒性善説に対して,その酸素要求量の多さから,かえってダイズの体内に蓄積した光合成産物を浪費しているのではないかと問題提起 1998
出芽で決まるダイズの収量 有原丈二 水田転換畑でのダイズ栽培は,出芽の成否によって収量が大きく変動する。これまでその原因は茎数不足にあるとされてきたが,実は出芽時の酸素不足がその後の生育への大きな影響を与えていることを証明。出芽を良くする方法も提起 1998
水田転換畑での肥効の現われ方と施肥法 藤井弘志 ダイズの窒素吸収量が急激に増える開花期以降にどう追肥すればよいのかを明らかにした力作。緩行性窒素を,培土期(本葉7葉期)に培土作業と一緒に追肥することによって増収することを明らかにした 1998
水田転換畑での除草 山本泰由 地域によって多様な発生生態を示す雑草に対して,除草剤による体系防除はもちろん,広がりつつある不耕起播種ダイズでの耕種的防除も網羅 1998
汎用コンバインによる収穫とその条件 杉山隆夫 集団営農によるブロックローテーションで,汎用コンバインによる収穫が増えている。収穫ロス・汚粒の発生を最小におさえる汎用コンバイン取扱い技術と,そのための栽培の工夫を紹介 1998
被覆尿素の深層施肥 高橋能彦 これは播種位置の直下20cmに被覆尿素を施す方法で,初期は溶け出す量が少ないため根粒菌への影響は少なく,大量の窒素が必要な子実生産の時期に供給できるという。 2000
ダイズの能力を発揮させるための土壌条件 有原丈二 ダイズの能力を発揮させるための土つくり方法。水田転換畑でのイネの栽培様式(無代かき,部分耕起,不耕起,乾田直播など)や有機物投入と窒素肥沃度の関係について解析 2001
生育期心土破砕とスリットダイズ播種機 落合幾美 水田での粘土質の強い,締まった緻密な土がダイズの根の生育を妨げてしまう。それを改良する技術として開発されたのが,スリットダイズ播種機で,ロータリーにサブソイラを組み合わせて牽引抵抗力を軽減し,播種しながらスリットと弾丸暗渠を同時に行なう。慣行区に比べて直根が長く深くまで伸びて,直根基部への根粒着生も密だという。 2002
ホウ素欠乏とその対策 秋友 勝 ダイズでもホウ素欠乏の例が増えているという。ホウ素の欠乏によって、しわ粒の発生がふえるなど、品質にまで影響を与えている。 2002
水田転換畑でのうね間灌水の効果 井上健一 水田でのダイズ栽培で忘れてならないのが,うね間灌水技術である。「開花期以降の灌水の効果が高い」とされているが,へたな灌水はかえって根を弱らせる。明渠の底の乾燥程度や,ダイズの葉の反り返りによる灌水タイミングの決め方は実践的。青立ち現象対策でもあるが,多収の技術としても有効 2002

スリットダイズ播種機による播種直下の状態

▼高品質ムギの事例と技術

 作付面積が急激に増えた転作ムギで売り先を心配する向きも多いが、個性的な高品質コムギは引く手あまたである。また、高品質と超多収を同時に実現する栽培技術、地域独自のムギ加工品を創造することで、国産コムギフィーバーも着実に起こりつつある。

表:ムギの超多収事例と高品質実現技術(ここ数年の追録から)
テーマ 執筆者 記事の内容 追録年
【事例】<秋まきコムギ ホクシン>畑作・酪農複合経営  北海道河東郡音更町 木村隆美(49歳) 松岡英男 経産牛56頭を飼育しながら,その乳牛たちが生産する良質堆肥の投入による土つくり。農地の交換耕作で輪作体系を維持し,畑作農家との堆肥と麦稈交換による良質堆肥で反収700kgを実現。定期的な土壌分析で適正な土改材と肥料の施用による緻密な技術 2000
【事例】〈コムギ〉ホクシン “麦なで”栽培で800kgどり 北海道中川郡池田町 松浦穣(49歳) 飯田修三 秋まきコムギ‘ホクシン’を,“麦なで”による接触刺激で倒伏防止し,密植栽培で毎年単収800kgもの超多収を実現。それも20haもの大面積の平均である。輪作,排水対策,有機物投入による土つくりというオーソドックスな基本技術に加えて,トラクタに装着する独自の“麦なで”アタッチメントがユニーク 2002
【事例】〈コムギ〉ホクシン ダイズ立毛中のコムギ播種  北海道空知郡北村 新田国夫(60歳) 高橋義雄 低コスト省力栽培による秋まきコムギの安定多収栽培。反収700kg以上の収量を実現。ダイズ立毛中にコムギを播種するという,間作コムギとダイズによる輪作で,コムギの発芽も抜群で,しかも連作障害を回避する一石二鳥だという。地域ぐるみのワークシステム構築も見事 2002
寒地秋播きコムギの生育・栄養診断と追肥 児玉徹 寒地の秋まきコムギで,安定して反収600kgを実現するための技術。年内の茎数・葉色診断,年明けの幼穂の長さによる生育診断による施肥技術の集大成。 1993
関東秋まきコムギの生育・栄養診断と追肥 倉井耕一 高品質の麦をいかにして多収するか,立茎期20日前の診断による施肥技術。草丈×茎数,草丈×葉色などの指標による,追肥。倒伏させず,しかも品質を上げる,施肥時期と施肥量の追跡。 1997
暖地コムギのタンパク含量低下回避技術 土屋一成 暖地コムギの低タンパク化が問題となってきた。どの時期に,それだけの追肥を行なえば,タンパク質含量を上げ,しかも穀粒の色を明るさを低下させないか? 暖地コムギの追肥の研究成果を集大成 2000


“麦なで”作業で倒伏防止 北海道・松浦 穣さん

▼水稲直播をきっかけとした水田利用の新しい展開

水稲直播栽培が再び注目を集めている。いったんは7,200haまで栽培面積が激減した水稲直播だが,平成12年には1万haを超え,少しずつではあるが増え続けている。注目すべきは、水稲直播栽培が従来の低コスト一本槍の考え方ではなく、集落営農に、大規模家族経営に、野菜や加工を取り入れた複合経営への転換に、畜産農家と提携した飼料イネ生産にと、水田利用での水稲単作経営からの脱皮のきっかけ技術となってきている点である。
 水稲直播栽培事例(農家および集団)の一部を紹介した(表)。点播機の開発は,安定した収量をもたらし始めており,10a当たり720kgという多収事例も現われている。
 高齢化による荒廃地の増加を嘆いても仕方がない。直播などの新しい栽培技術の導入によって,地域は大きく変わっていくことが実感できる。

表:水稲直播技術をきっかけに水田利用の可能性を拓いている事例
取り組み 地域 直播様式 栽培面積(ha) 品種
収量(kg/10a) 特徴
当麻町直播研究会 北海道当麻町 乾田直播・湛水直播,無人ヘリ利用 23 ゆきまる 最高577kg(平10年) 高齢化が進み,担い手農家に集中しているため,春先の労働軽減のために平成2年にスタート。イネ単作での拡大,野菜作との複合経営へ。乾田+湛水(落水出芽による条播・無人ヘリ)を組み合わせ,複粒化種子にも挑戦中
矢久保 英吾 秋田県大潟 点播による乾田直播 8.75 あきたこまち 最高720kg(平13年) 1粒の種子の力を最大に引き出す稲作としての直播追求。機械メーカーと組んで開発した点播機で,高品質安定多収の直播栽培をめざす。現在,不耕起直播も検討中。息子に経営移譲後には,浮いた労力で本格的なハウスイチゴ栽培へ
千葉 貞 宮城県田尻町 湛水条播 5 ササニシキ,ひとめぼれ,ほか 407~550kg(平13年) 高齢になっても一人でできる技術として,昭和58年に湛水直播を導入。田植機を改造した条播兼用播種機で機械代を抑え,多収よりも売れる米でなければとササニシキにこだわる
小岩井 實 埼玉県吉見町 湛水直播 4.8 コシヒカリ,あかね空,ほか コシヒカリ503kg 吉見町湛直水稲栽培研究会会員。借地による規模拡大のために直播導入。種子コーティング機や播種機は共同利用してコスト低減。転作ダイズなどによる味噌加工などもとり入れて経営展開
(有)米工房いわむろ 新潟県岩室村 乾田直播 6.4 モーれつ WCSイネ生草重3,300kg 耕畜連携による転作田への飼料イネ生産。発芽しやすいインディカ種‘モーれつ’を使って,ホールクロップサイレージに。最小限の機械投資で乾物30円/kgを実現
善久寺機械利用組合 新潟県栄町 湛水条播・落水出芽 15.1 コシヒカリ 513kg(平13年) 集落の圃場整備を機に,機械の共同購入と低コストをめざして設立。JAがコーティングと播種作業を受託して支援。組合員による株抜取り調査,生育診断,収量調査に取り組み,安定収量をめざす
棚田営農組合 富山県大門町 湛水条播・田干し 6.7 コシヒカリ 360kg(平12年・不作) 全戸参加の集落営農組合による直播の取組み。レーザーレベラーによる均平化と,コシヒカリでも倒伏に強くなる条播をとり入れ,きめ細かな水管理による鳥害防止と追肥によって安定化をめざす
なごや農協営農センター 愛知県名古屋市南陽地区 冬季代かき不耕起直播 105 コシヒカリ,あいちのかおり コシヒカリ511kg,あいちのかおり550kg(いずれも平13年) 南陽町集団栽培推進委員会が核になって,冬の間に代かきを済ませ,春はそのまま愛知式不耕起播種機によって播種・施肥を同時に行なう独特の直播技術を普及。急激に作付けが増えている
松浦 愛子 愛媛県宇和町 打込み式湛水直播 8.5 コシヒカリ,あきたこまちなど7品種 全品種平均で約8俵弱 宇和町直播研究会副会長として,女性の立場からみた直播栽培のよさを訴える。JA育苗センターでの浸種・種子消毒,それに自動コーティングマシーン導入で播種精度を向上。倒伏に強くなる打込み式点播を導入し,圃場を団地化して7品種を効率的に栽培

注)すでに水稲直播栽培事例として,農事組合法人中甲(愛知県豊田市),及川正紀(岩手県水沢市),JAいいやまみゆき直播研究会播研究会(長野県飯山市),大森 恒(岡山県岡山市),塩坪貞雄(新潟県上越市),(財)鹿沼市農業公社(栃木県鹿沼市),定年退職者学頭営農組合(埼玉県加須市),農事組合法人大潟ナショナルカントリー(新潟県大潟町)が収録されています。あわせてご覧ください。