西尾道徳「環境保全型農業レポート」
- 農薬の適正使用を支援する判定システムが登場
- 「北海道緑肥作物等栽培利用指針」の改訂版
1.農薬の適正使用を支援する判定システムが登場 ●農薬の適正使用を手軽に判定できたら… 消費者の食の安全に対する関心は高い。安全な農産物を安心して食べられることを証明するために,作物や家畜の栽培・飼育履歴をインターネットで消費者に開示して,トレーサービリティを確保する動きが始まっている。(独)食品総合研究所の「農産物情報公開システム」(VIPS)はその一例である。 食の安全・安心を担保するうえで,化学農薬の適正使用は重要な要素である。農薬の使用履歴をいくら詳しく開示しても,一般の消費者は,それが安全であるか否かを判断できず,詳しく記載しているから,信用して良いのだろうと何となく納得させられることになるだけだろう。 農薬は登録された種類の作物にしか使用できないが,登録されていない種類の作物にまで知らずに使用して,その使用履歴を詳しく記載してしまうこともないとはいえない。そして,その不適正使用が発覚したら,情報開示システムは消費者の信頼を失ってしまう。現に登録されていない種類の作物に使用された事例や,登録の抹消された農薬が使用された事例などが2002年に32県で発覚した。このため,2003年に農薬取締法が改正された。 農家が農薬を適正に使用するのは意外に難しい。登録農薬は毎年のように変更されて,登録の失効する農薬も多いし,農薬容器のラベルに記載された内容が誤っていたケースもある。また,ラベルが汚れて判読できないケースもあるため,登録されていない作物にうっかり農薬を使用するケースもありうる。このため,作物・有害生物の種類別に登録農薬の種類とその使用条件などを記載した本もあるが,毎年新しい本を買い,失効した農薬を確認して,残っている失効農薬を確実に廃棄している農家は多くないであろう。 ●インターネットで利用できる農薬データベース そこで活用できるのが,インターネットで利用できる農薬のデータベースである。(独)農薬検査所はホームページで農薬の登録状況の情報や農薬のデータベースを提供している。農薬検査所のデータベースは,製剤名を入力すると,その使用条件などが表示される方式である。ただし,防除したい病害虫・雑草に使用できる製剤を一覧の形で知り,その中から製剤を選択するのには役立たない。そんな目的には,農文協がルーラル電子図書館で提供している登録農薬検索データベースが便利である。製剤名などの文字入力が不要で、クリックだけで簡単に情報を引き出すことができる。 これらのデータベースや本を利用して農業者が自分で栽培している複数の作物への農薬使用計画を立てたとして,その計画全体が適正使用に合致しているかを確認することが必要となる。最新の登録農薬情報に基づいたデータベースと照合して適正と判断できれば,生産者は安心して栽培に取りかかることができ,開示した生産履歴への信頼を高めることもできる。 こうした農薬使用計画全体を判定するシステムが(独)中央農業総合研究センターの農業情報研究部生産支援システム開発チーム,農薬検査所とソリマチ株式会社との共同研究によって作られた。2004年9月16日から10月18日まで最初のバージョンをインターネットで公開して実証試験を行い,寄せられた試用者の意見を踏まえて改良し,2005年2月15日から改良バージョンの実証試験を開始した。実証試験で試してみたい人は、「農薬ナビ判定サーバ」専用ホームページ(下記)から申し込むことができる。 ●「農薬適正使用判定サーバシステム」(略称・農薬ナビ判定サーバ) 農薬使用計画全体を判定するシステムは,「農薬適正使用判定サーバシステム」(略称「農薬ナビ判定サーバ」)と呼称されている。その概要は,中央農業総合研究センターのホームページにあるプレスリリースから2回ほど発信されている(1回目と2回目)。 また,そのバージョン1の詳細を書いた論文が農業情報学会誌に掲載されており(南石晃明・菅原幸治・菊池宏之 (2004) 農薬適正使用判定サーバシステムの開発。農業情報研究 13(4) 301-316),同センターの農業情報研究部生産支援システム開発チームの「農薬ナビ判定サーバ」の説明ページの一番下にある「ログイン」で利用登録をすれば,専用ホームページに入って入手できる。 「農薬ナビ判定サーバ」のメニュー画面
「農薬ナビ判定サーバ」では,栽培する作物の種類・圃場ごとに栽培概要(露地栽培と施設栽培の違いや収穫開始日など),栽培期間を通した,農薬(製剤)名とその使用期日,希釈倍率,散布量などを記載する。記載内容を農薬検査所の農薬データベースと照合して,問題点があれば,それを文章で指摘してくれる。オウトウ(サクランボ)を例にして概要を紹介する。 (1)作物コードの指定 農薬データベースは,農薬メーカーが申請した登録作物のカテゴリーに準拠して作物コードがつけられている。この作物コードが複雑で,果樹,落葉果樹といった大きなくくりから,オウトウの品種別のくくりまで,オウトウだけで関係するコードが18もある。製剤はメーカーの申請に従った作物コード部分に配列されているので,オウトウという作物コードにある製剤だけと照合すると,果樹全般や落葉果樹全般に登録されている製剤と照合されなくなってしまい,本来試用できる製剤が不適切と判定されてしまうことになる。そこで,「農薬ナビ判定サーバ」では,まず対象作物を指定すると,関連する作物コードの一覧を示し,その中から照合して欲しい複数の作物コードを使用者が指定する。このとき忘れがちなのが,展着剤であり,展着剤についても,同様に照合してほしいコードを指定する。 (2)栽培概要,農薬使用計画の記載 次に栽培概要や農薬使用計画を記載する。農薬使用計画の記載欄の一部を下に示す。 使用計画では製剤名を記入する。農薬データベースはメーカーの製剤名ごとに農薬コードが割り振られているので,製剤名を正確に記入すれば,明解な適否の判定がでてくる。しかし,農薬の通称名しか分からない場合でも,通称名を記載すれば,通称名の該当する農薬コードの製剤と照合して判定してくれる。判定結果をみて,実際に使用する製剤を選択することもできる。使用計画には,病害虫・雑草のコードを記載するが,別添のコード表をみてコードを記載するのが面倒な場合は,病害虫・雑草の名称を記載すれば,コードを自動検索してくれる仕組みになっている。そして,薬剤の希釈倍率や使用量などを記載する。 農薬使用計画の記入例
(3)判定 入力データは農薬検査所のデータベースと照合されて,適正使用か否かの判定が出力される。判定は入力した製剤一つずつに対して出力されてくる。登録のない農薬や失効した農薬を使用した場合,散布時期が不適切な場合,希釈が規定よりも濃い場合など,不適切な使用の場合には,赤い文字で判定結果が記載される。適用病害虫・雑草の名称が不正確などの理由によってコードが指定できなかった場合には,黄色で判定できない旨が出力される。また,失効農薬を記載して赤の記載が出た場合に,類似の未失効の製剤があれば,青でその製剤名が青で参考として出力される。 例えば,次のような判定結果が表示される。「指定された作物,適用病虫害雑草からは,適用情報が見つかりませんでした。農薬登録番号をクリックすると適用情報が表示されます。また,他の名称(登録番号)で登録されている可能性があります。」「指定された農薬は現在失効しています。同名の有効農薬を表示します。」「有効成分 MEP の使用回数が,法律で定められた有効成分の総使用回数に達しています。有効成分の総使用回数上限に達しており,本有効成分を含む農薬の次回の使用はできません。」 問題がある場合は,判定結果を参考にして,使用計画を修正して,再度判定にかけ,問題が指摘されないようにする。 (4)付随機能 判定の過程で作物名や農薬名を指定すれば,次回からは作物名の指定だけで,最新の農薬登録情報を入手することができる。また,製剤の容器についているバーコードを携帯電話のカメラで読みとって送信すれば,当該農薬の登録情報を入手することができる。ただし,この機能を使える製剤の種類はまだ限定されている。 ●今後の予定 2005年2月15日から改良バージョンの実証試験を行った後、必要な場合には改良を加えて、2005年3月から(独)農薬検査所の協力を得て実用化に向けた2年間の試験運用を開始する予定とのことである。 今後、生産履歴情報に農薬散布履歴を記載するだけでなく、その最後に「農薬ナビ判定サーバで農薬使用の適法性を確認済み」と一行記載されれば、消費者の農産物に対する信頼が大きく高まると期待される。 2.「北海道緑肥作物等栽培利用指針」の改訂版 ●クリーン農業の重要な技術要素である緑肥作物 裸地状態の農地は水食,風食や硝酸の溶脱を起こしやすく,また,遊休農地は裸地であれば水食や風食を起こし,裸地でなくても雑草や病害虫の発生源となったり,景観を悪化させたりして問題である。裸地状態の畑の面積は夏期よりも冬期に多い。農林水産省の「耕地および作付面積統計」の「冬期における耕地利用状況」を基に計算すると,2001年の普通畑への冬作物(4麦,エンバク,ライ麦,レンゲ,イタリアンライグラス)の作付率は,北海道で27.1%,都府県で8.0%にすぎない。冬期に裸地の畑は,春先に硝酸の溶脱や風食などを起こし,環境保全の上でも問題となっている。 緑肥作物は,生産農地においては,有機物を補給することによる土壌有機物含量の向上,生育にともなう余剰養分の回収や硝酸の溶脱軽減,土壌伝染性病害虫や雑草の抑制などの効果を持ち,さらに遊休農地でも雑草抑制,水食や風食の防止,景観の向上などの効果を持っている。そこで,作物生産の安定・向上と環境の保全を図るために,緑肥作物が夏期および冬期に生産農地や遊休農地に栽培されている。実際には,緑肥作物は多くの場合,作物生産の安定・向上を目的に栽培されており,環境保全目的での緑肥作物の栽培のケースは自治体などからの奨励金がある場合であって,奨励金がないと農業所得向上につながらないので多くはない。北海道は,緑肥作物栽培の意義を環境保全だけにはおかず,購入費のかかる有機物資材よりも生産コストを低減したり,製造過程の十分明らかでない有機物資材を購入するよりも管理履歴を明らかにしたりする技術としても,緑肥作物栽培を意義付けているようである。北海道での緑肥作物の栽培面積は,1992年度の3.1万haから2001年度には4.8万haに拡大しており,北海道の普通畑面積の11.6%に相当している。 北海道は緑肥作物の普及を図るために,1994年に「北海道緑肥作物等栽培利用指針」を刊行したが,クリーン農業の重要な技術要素の一つである緑肥作物に関するその後の研究成果や,新たに栽培され始めた緑肥作物を含めて,2004年3月に同指針を改定した。 なお,北海道は緑肥を下記のように分類している。 1)前作緑肥(主作物の作付け前に栽培) 2)後作緑肥(主作物の収穫後に栽培) 3)休閑緑肥(主作物を休んで栽培) 4)間作緑肥(畦間などに主作物の栽培期間と重ねて栽培) 5)ハウス緑肥(施設内で栽培) 6)混植(病虫害軽減などを目的に主作物と同時に作付け) 2001年度の全道での栽培面積でみると,最も多いのは後作緑肥,次いで休閑緑肥であり,両者を合わせて緑肥作物栽培面積の86%を占めている。 ●北見農業試験場の研究成果 2004年版は,新しい研究成果を取り込み,旧版のいくつかの作物(コムギ,スーダングラス,アルザイククローバ,ベルコ,レバナ)の解説項目が削除され,新たにクリムソンクローバ,ヘアリーベッチ,ヒマワリ,ハゼリンソウの解説を追加するなどの改訂を行った。改訂の中核になった研究の一つは,北見農業試験場の網走地方における「緑肥作物の特性と畑輪作への導入指針」(平成14年度北海道農業研究成果情報)である。 北見農業試験場は,後作緑肥として,エンバク(緑肥作物で栽培面積の最も多い),あるシロカラシ(キカラシ)(黄色い花を付ける景観作物でもある)と,最近急速に伸びてきたものの,データがまだ十分でないヒマワリとヘアリーベッチを,8月中・下旬に播種し,10月下旬に鋤き込み,翌年にテンサイ,ダイズ,トウモロコシ,タマネギを栽培した。また,休閑緑肥として,ヒマワリ,シロカラシ,エンバク野生種(サイアーとヘイオーツが野生種で,栽培品種にないキタネグサレセンチュウ抑止効果を持つ)に加え,赤クローバ,青刈ダイズ,トウモロコシ,ソルガムの7作物を5月下旬に播種し,8月下旬(トウモロコシは7月下旬)に刈り倒し,9月上旬に鋤き込み,同年秋にコムギを播種した。これらの栽培試験を3年間行って,緑肥作物の栽培特性と,緑肥の鍬込みが作物生育に及ぼす影響とを検討し,次の結果をえた。 1)乾物収量が多く,C/N比の高い休閑緑肥のヒマワリ,トウモロコシ,ソルガムは,圃場からの窒素とカリの回収量が多く,養分回収作物としての効果が高かった(表1)。 2)C/N比が20以下のマメ科緑肥(ヘアリーベッチ,赤クローバ,青刈ダイズ)は,鍬込み当年と翌年にも窒素の肥効を発揮したが,C/N比が30台のイネ科緑肥(トウモロコシ,エンバク,ソルガム)とヒマワリの窒素の肥効は鍬込み2年目以降に発現し,鍬込み当年には窒素飢餓を起こしやすかった。 3)表2の緑肥作物と後作物の組合せが好ましい。 ●病虫害抑制効果 「北海道緑肥作物等栽培利用指針」は,緑肥鍬込みによる土壌伝染性病害虫に対する抑制効果を整理して記述している。緑肥の抑制効果ばかりを強調して記述した著述が多いが,「指針」は「利用上の留意点」で,緑肥鋤込みでセンチュウが増加する例を指摘している(緑肥用エンバクによるネグサレセンチュウの増加,麦類に混播・間作したクローバ類によるネコブセンチュウやキタネコブセンチュウの増加)。 ●他地域への「指針」の適用の可能性 北海道の気象・土壌条件で作られた「指針」であるため,緑肥作物の栽培条件や生育に関するデータはそのまま他地域には適用できないであろう。しかし,緑肥作物体の養分組成データ,窒素とカリの減肥量の目安,土壌伝染性病害虫に対する抑制・促進効果などは,他地域にも共通すると考えられる。 地域によって,栽培上のネックになる問題や関心の高い環境問題が異なるであろう。例えば,春先の風食防止が問題になっている地域では,何の緑肥作物をいつまで栽培したら良いのか,鋤き込む方法をどうするのか,ロータリで鋤き込むだけでは土壌に大きな凹凸ができるが,それをなくし,かつ,切り株でビニールマルチに穴が開かないようにするにはどうするのかなど,いろいろな問題があろう。 今後,各地域で農業者が実際に使える指針やマニュアルが作成されることが期待される。その際,緑肥の良い側面を記述するだけでは不十分で,養分のアンバランス化や土壌伝染性病害虫の集積などのマイナス面を回避する具体的方法を記述することが大切である。緑肥を導入して甚大な損害が生じたら,普及に返ってブレーキをかけることになりかねない。
左から、ヒマワリ、ヘアリーベッチ、シロカラシ 北見農試だより2000年9月より 西尾道徳(にしおみちのり) 東京都出身。昭和44年東北大学大学院農学研究科博士課程修了(土壌微生物学専攻)、同年農水省入省。草地試験場環境部長、農業研究センター企画調整部長、農業環境技術研究所長、筑波大学農林工学系教授を歴任。 著書に『土壌微生物の基礎知識』『土壌微生物とどうつきあうか』『有機栽培の基礎知識』など。ほかに『自然の中の人間シリーズ:微生物と人間』『土の絵本』『作物の生育と環境』『環境と農業』(いずれも農文協刊)など共著多数。
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