西尾道徳「環境保全型農業レポート」
1.群馬県が「肥料等の大量投与の防止に関する条例」を施行●循環型社会を目指す法律の陰で 2000年6月に「循環型社会形成推進基本法」や「食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律」などが公布された。これらの法律は,使用済みの製品をできるだけ循環利用するとともに,利用できない製品は適正処分して,天然資源の消費を抑制し,かつ環境への負荷をできる限り低減させる循環型社会の形成を目指している。環境保全型農業もその一環といえる。 ●群馬県が定めた「肥料等の大量投与の防止に関する条例」 群馬県はこうした事態の再発を防止して,農地等(農地および森林)の保全,永続的な利用並びに周辺環境の保全を確保するために,「肥料等の大量投与の防止に関する条例」を定め,2004年6~7月にパブリックコメントを募集した後,2004年10月1日から施行した。 ●目的は,施肥を装った「不当な行為」の防止 この条例は通常の営農活動に支障を及ぼさずに,施肥を装った「不当な行為」を防止することを目的にしている。このため,施行規則では,届出を要する施用上限量を下記のように規定している。 リサイクル法(資源の有効な利用の促進に関する法律)が1991年に公布されて,乗用車や家電製品の不法投棄が後を絶たないように,各種産業からの有機性廃棄物が堆肥や有機質肥料と称して,不当に農地に投棄される可能性は全国的に考えられよう。従って,群馬県以外でもこうした条例が早急に整備されることが期待される。 2.集約的な有機栽培土壌における養分過剰蓄積の実態有機農業といっても,外部からの有機物すらろくに施用しないものから,購入した有機質肥料や堆肥を多量に施用する集約的なものまで,いろいろなパターンが存在する。しかし,経営面積の狭いわが国では,単収を上げるために,集約的な有機農業が行われているケースが多い。集約的な有機農業を行っている土壌を調査した2つの結果を紹介する。 ●愛知県での調査事例から 一つは,愛知県における有機栽培の露地畑7,施設畑2と水田2か所の土壌の化学的性質を,対照とする近隣の慣行栽培土壌ないし無作付土壌と比較した結果である(瀧勝俊・加藤保(1998).有機農業実践ほ場における土壌の特徴.愛知県農業総合試験場研究報告.30:79-87)。 図 愛知県における有機および慣行栽培土壌の化学的性質の比較(瀧・加藤(1998)から作図) ●京都府美山町での調査報告からもう一つは,京都府北桑田郡美山町の転換畑で野菜を有機栽培しているハウス土壌を分析した事例である(堀兼明・福永亜矢子・浦嶋泰文・須賀有子・池田順一(2002).有機栽培農家圃場の土壌の実態.近畿中国四国農業研究センター研究報告.1:77-94.)。ほ場によって作目が異なるが,コマツナ,ミズナ,ホウレンソウ,トマトなどを組み合わせて,いずれのハウスでも年に4~6作栽培している。いずれの土壌でも複数の項目で,化学肥料を過剰施用した土壌と同様に,土壌診断基準値を超える養分の過剰蓄積が起きていた(表参照)。これは各作に作物の吸収量を超える養分をボカシ肥料や堆肥でくり返し施用した結果である。 表 有機栽培の野菜転換畑ビニールハウス土壌(深さ0~15cm)の分析値 ●コーデックス委員会での有機農業基準「有機農産物の日本農林規格」のベースになっているコーデックス委員会(WHOとFAOの合同による国際的な食品の規格やガイドラインを定める委員会)で承認された国際的な有機農業基準「オーガニックに生産した食品の生産,加工,表示及び流通のためのガイドライン」では,有機農業は,環境にやさしい農業の一つであり,地域資源を循環利用しつつ,農業生態系全体の健全性を促進・向上させる生産管理システムであると,概念規定している。たとえ「有機農産物の日本農林規格」で許された資材しか使用していなくても,調査結果に示された土壌のように,養分の過剰集積を起こしていたのでは,生産の持続可能性が損なわれるだけでなく,過剰な養分が排出されて環境を汚染することになってしまう。集約的な有機農業における養分管理の適正化が望まれる。
3.サツマイモがやせ地で良く穫れるのはなぜか? 新たにわかってきた茎の中の窒素固定細菌の共生●サツマイモの窒素吸収量の不思議 サツマイモへの標準的な施肥量は,堆肥1tに加え,窒素-リン酸-カリで3-10-10kg/10aである。平均的な牛ふん堆肥を使った場合には,堆肥の分解で放出される養分を合わせて,化学肥料相当量でおおよそ5.7-16.2-19.7kg/10aの養分が供給されている。全国の農業関係研究機関が養分収支を調査した結果によると,サツマイモ(7例)の平均収量は乾物で0.85t/10a(現物で2.66t/10a)で,10a当たりの三要素吸収量は,作物体全体で11.2-13.4-15.8kg/10aとされている。養分の吸収量と供給量を比較すると,サツマイモは,供給量よりも5.5kg/10aも余分に窒素を吸収していることになる。この窒素はどこから来たのだろうか? この基本的な問題の解明は,わが国ではこれまで放置されていた。 (独)九州沖縄農業研究センターの畑作研究部,安達克樹生産管理研究室長らの研究グループがこの疑問を解明しつつある。安達氏らがこれまでに得た知見を紹介する。 ●茎の中に共生していた窒素固定菌の存在 安達氏らは,サツマイモ(ベニオトメ,コガネセンガン,シロユタカ)の茎の表面に生息している微生物をまず薬品で殺した。そして,茎をすりつぶして,その一部を流動性の無窒素寒天培地に接種したところ,窒素固定細菌が分離された。一般の動植物や微生物は,空気中に多量に存在する窒素ガスを直接利用したタンパク質などの合成を行なうことはできない。しかし,一部の細菌だけが窒素ガスを直接利用することができ,これらの細菌は窒素固定細菌とよばれている。安達氏らが分離した細菌はクレブシエラ・オキシトカ(Klebsiella oxytoca)と同定された。この細菌がサツマイモの茎の中に共生していることは,既にブラジルの研究者によって見つけられていた。しかし,サツマイモ(コガネセンガン)を用いて,再度分離を行ったところ,サツマイモからはこれまでまだ報告のないパントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)が分離された。 図 内生窒素固定細菌パントエア・アグロメランスと非窒素固定性内生細菌エンテロバクター・アズブリエの共存培養による窒素固定活性の向上効果
●茎の中に共生していた窒素固定菌の存在 述したサツマイモの吸収した11.2kg/10aの窒素は,ほぼ同量ずつイモと茎葉に分布している。収穫後に茎葉を全て土壌に還元すれば,5.6kg/10a前後の窒素を戻すことになる。水稲の茎葉を全量還元した場合の窒素量は,上述の研究機関の調査結果の平均では4.2kg/10aであり,稲ワラの還元よりも土壌窒素を富化することになる。従って,サツマイモを地力増進作物として再評価することもできよう。
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