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西尾道徳「環境保全型農業レポート」

◆2004年9月22日号記事一覧

  1. 群馬県が「肥料等の大量投与の防止に関する条例」を施行
  2. 集約的な有機栽培土壌における養分過剰蓄積の実態
  3. サツマイモがやせ地で良く穫れるのはなぜか? 新たにわかってきた茎の中の窒素固定細菌の共生


1.群馬県が「肥料等の大量投与の防止に関する条例」を施行

●循環型社会を目指す法律の陰で

 2000年6月に「循環型社会形成推進基本法」や「食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律」などが公布された。これらの法律は,使用済みの製品をできるだけ循環利用するとともに,利用できない製品は適正処分して,天然資源の消費を抑制し,かつ環境への負荷をできる限り低減させる循環型社会の形成を目指している。環境保全型農業もその一環といえる。
 しかし,現実は理想社会の形成に向けて素直に動くばかりではない。企業等が,有機性廃棄物を堆肥にして農家に循環利用してもらうことを計画したとしても,堆肥が売れなかったらどうするであろうか。企業等の中には,農地への堆肥の施用上限が法律で決められていないことから,金を払って農家と契約して,莫大な量の売れ残りの堆肥や,廃棄物そのものを堆肥と称して耕作放棄地に施用したり野積みしたりする可能性を否定できない。現に2003年に群馬県で通常の施肥量を大幅に超える肥料と称する廃棄物の投与計画が判明した。周辺地域住民の心配する事例が発生したのである。幸いこの件については,行政,警察と地元住民の取組によって未然に防止できたそうであるが,循環型社会を目指す陰で恐れられていた出来事であった。

●群馬県が定めた「肥料等の大量投与の防止に関する条例」

 群馬県はこうした事態の再発を防止して,農地等(農地および森林)の保全,永続的な利用並びに周辺環境の保全を確保するために,「肥料等の大量投与の防止に関する条例」を定め,2004年6~7月にパブリックコメントを募集した後,2004年10月1日から施行した。

 条例は,肥料取締法の肥料(特殊肥料の堆肥以外の肥料も対象)と地力増進法の土壌改良資材などを対象にし,概略次の内容となっている。
 ▼施行規則で規定されたこれらの上限量を超えて,施用等(農地等での施用または保管)を自ら行うか,他の者に行わせようとする者は,施用計画を30日前までに知事に届け出なければならない。
 ▼知事は学識経験者の意見を参考にしつつ,農地等の保全などが損なわれると認められる場合には,計画の変更や中止を指導することができる。
 ▼また,既に実施されている計画において,農地等の保全などが損なわれていると認められた場合には,施用等の変更,中止や原状回復などを指導することができる。
 ▼指導に従わない者に対して,知事は関係市町村長の意見を聴いた上で,当該者に勧告することができる。勧告に従わない者に対しては,当該者の弁明を聴いた上で,公表することができる。
 ▼そして,届出をしなかったり,虚偽の届出をしたりした者には,5万円以下の過料を課す。
 なお,県や独立行政法人などの指定された機関は条例の適用対象外となっている。

●目的は,施肥を装った「不当な行為」の防止

 この条例は通常の営農活動に支障を及ぼさずに,施肥を装った「不当な行為」を防止することを目的にしている。このため,施行規則では,届出を要する施用上限量を下記のように規定している。
 すなわち,
 (1)農地への施用量は1作当たり15t/10a(施用総量が15t未満は除く)
 (2)農地での保管量は1か所当たり50t
 (3)森林における施用および保管の量は5t/haとし,これらを超える場合に届出を必要とする。
 手続きの方法については図を参照していただきたい。群馬県における施用実態は平均1.9t/10aで,最大10t/10aとのことで,これを大幅に上回る量を規定している。寄せられたコメントの中にも,この上限量は農業生産のためには過大すぎるので,1/3の5t/10aに落とすべきとの意見があった。しかし,県は「不当な行為」を防止するためであって,これが施肥基準と誤解されないように指導するとしている。

 リサイクル法(資源の有効な利用の促進に関する法律)が1991年に公布されて,乗用車や家電製品の不法投棄が後を絶たないように,各種産業からの有機性廃棄物が堆肥や有機質肥料と称して,不当に農地に投棄される可能性は全国的に考えられよう。従って,群馬県以外でもこうした条例が早急に整備されることが期待される。



2.集約的な有機栽培土壌における養分過剰蓄積の実態

 有機農業といっても,外部からの有機物すらろくに施用しないものから,購入した有機質肥料や堆肥を多量に施用する集約的なものまで,いろいろなパターンが存在する。しかし,経営面積の狭いわが国では,単収を上げるために,集約的な有機農業が行われているケースが多い。集約的な有機農業を行っている土壌を調査した2つの結果を紹介する。

●愛知県での調査事例から

 一つは,愛知県における有機栽培の露地畑7,施設畑2と水田2か所の土壌の化学的性質を,対照とする近隣の慣行栽培土壌ないし無作付土壌と比較した結果である(瀧勝俊・加藤保(1998).有機農業実践ほ場における土壌の特徴.愛知県農業総合試験場研究報告.30:79-87)
 水田を除く9か所の土壌で比較すると(図参照),有機栽培土壌では対照土壌よりも,土壌の全炭素含量と全窒素含量が高く,固相率が低い傾向が明らかに認められた。これは有機質資材の施用が土壌有機物含量を高めて,団粒化を促進したためと推定される。しかし,問題なのは,有機栽培土壌の約半分で対照土壌よりも,塩基飽和度,交換性カリやトルオーグ態リン酸が大幅に増加していることである。これは有機栽培土壌でも養分の過剰投入が行われていることを示している。

図 愛知県における有機および慣行栽培土壌の化学的性質の比較(瀧・加藤(1998)から作図)

●京都府美山町での調査報告から

 もう一つは,京都府北桑田郡美山町の転換畑で野菜を有機栽培しているハウス土壌を分析した事例である(堀兼明・福永亜矢子・浦嶋泰文・須賀有子・池田順一(2002).有機栽培農家圃場の土壌の実態.近畿中国四国農業研究センター研究報告.1:77-94.)。ほ場によって作目が異なるが,コマツナ,ミズナ,ホウレンソウ,トマトなどを組み合わせて,いずれのハウスでも年に4~6作栽培している。いずれの土壌でも複数の項目で,化学肥料を過剰施用した土壌と同様に,土壌診断基準値を超える養分の過剰蓄積が起きていた(表参照)。これは各作に作物の吸収量を超える養分をボカシ肥料や堆肥でくり返し施用した結果である。

表 有機栽培の野菜転換畑ビニールハウス土壌(深さ0~15cm)の分析値

●コーデックス委員会での有機農業基準

 「有機農産物の日本農林規格」のベースになっているコーデックス委員会(WHOとFAOの合同による国際的な食品の規格やガイドラインを定める委員会)で承認された国際的な有機農業基準「オーガニックに生産した食品の生産,加工,表示及び流通のためのガイドライン」では,有機農業は,環境にやさしい農業の一つであり,地域資源を循環利用しつつ,農業生態系全体の健全性を促進・向上させる生産管理システムであると,概念規定している。たとえ「有機農産物の日本農林規格」で許された資材しか使用していなくても,調査結果に示された土壌のように,養分の過剰集積を起こしていたのでは,生産の持続可能性が損なわれるだけでなく,過剰な養分が排出されて環境を汚染することになってしまう。集約的な有機農業における養分管理の適正化が望まれる。

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3.サツマイモがやせ地で良く穫れるのはなぜか? 新たにわかってきた茎の中の窒素固定細菌の共生

●サツマイモの窒素吸収量の不思議

 サツマイモへの標準的な施肥量は,堆肥1tに加え,窒素-リン酸-カリで3-10-10kg/10aである。平均的な牛ふん堆肥を使った場合には,堆肥の分解で放出される養分を合わせて,化学肥料相当量でおおよそ5.7-16.2-19.7kg/10aの養分が供給されている。全国の農業関係研究機関が養分収支を調査した結果によると,サツマイモ(7例)の平均収量は乾物で0.85t/10a(現物で2.66t/10a)で,10a当たりの三要素吸収量は,作物体全体で11.2-13.4-15.8kg/10aとされている。養分の吸収量と供給量を比較すると,サツマイモは,供給量よりも5.5kg/10aも余分に窒素を吸収していることになる。この窒素はどこから来たのだろうか? この基本的な問題の解明は,わが国ではこれまで放置されていた。

 (独)九州沖縄農業研究センターの畑作研究部,安達克樹生産管理研究室長らの研究グループがこの疑問を解明しつつある。安達氏らがこれまでに得た知見を紹介する。

●茎の中に共生していた窒素固定菌の存在

 安達氏らは,サツマイモ(ベニオトメ,コガネセンガン,シロユタカ)の茎の表面に生息している微生物をまず薬品で殺した。そして,茎をすりつぶして,その一部を流動性の無窒素寒天培地に接種したところ,窒素固定細菌が分離された。一般の動植物や微生物は,空気中に多量に存在する窒素ガスを直接利用したタンパク質などの合成を行なうことはできない。しかし,一部の細菌だけが窒素ガスを直接利用することができ,これらの細菌は窒素固定細菌とよばれている。安達氏らが分離した細菌はクレブシエラ・オキシトカ(Klebsiella oxytoca)と同定された。この細菌がサツマイモの茎の中に共生していることは,既にブラジルの研究者によって見つけられていた。しかし,サツマイモ(コガネセンガン)を用いて,再度分離を行ったところ,サツマイモからはこれまでまだ報告のないパントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)が分離された。
 興味あることに,上記の窒素固定細菌と同時に窒素固定能力のない細菌も分離されたが,両者を一緒に培養すると,窒素固定菌単独の場合よりも,窒素固定能力が約2倍に高まった(図参照)。
 サツマイモの茎の中における窒素固定細菌の分布を調べたところ,茎の先端部では少なく,地際部に向かって多くなっており,しかも,ところどころに不連続的に塊状に存在していることが推定された。
 現在までに行った実験は分離した細菌の窒素固定能を調べたものであり,さらに今後これらの細菌がサツマイモの茎の中でも窒素固定を実際に行っていることの証明が残されている。しかし,これまでの研究結果からその可能性が十分うかがえ,研究の進展が期待される。

図 内生窒素固定細菌パントエア・アグロメランスと非窒素固定性内生細菌エンテロバクター・アズブリエの共存培養による窒素固定活性の向上効果
注:半流動改変レニー培地にパントエア・アグロメランスのみ(単独培養),パントエア・アグロメランス+エンテロバクター・アズブリエ(共存培養)をそれぞれ一定菌量接種して36時間培養後,窒素固定活性を調べた.(九州沖縄農業研究センターニュース,9号(2004年3月)より)

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●茎の中に共生していた窒素固定菌の存在


 述したサツマイモの吸収した11.2kg/10aの窒素は,ほぼ同量ずつイモと茎葉に分布している。収穫後に茎葉を全て土壌に還元すれば,5.6kg/10a前後の窒素を戻すことになる。水稲の茎葉を全量還元した場合の窒素量は,上述の研究機関の調査結果の平均では4.2kg/10aであり,稲ワラの還元よりも土壌窒素を富化することになる。従って,サツマイモを地力増進作物として再評価することもできよう。
 なお,安達氏らの研究の概要は,九州沖縄農業研究センターニュース,9号(2004年3月)にも紹介されている。



西尾道徳(にしおみちのり)
東京都出身。昭和44年東北大学大学院農学研究科博士課程修了(土壌微生物学専攻)、同年農水省入省。草地試験場環境部長、農業研究センター企画調整部長、農業環境技術研究所長、筑波大学農林工学系教授を歴任。
 著書に『土壌微生物の基礎知識』『土壌微生物とどうつきあうか』『有機栽培の基礎知識』など。ほかに『自然の中の人間シリーズ:微生物と人間』『土の絵本』『作物の生育と環境』『環境と農業』(いずれも農文協刊)など共著多数。