農業技術大系・果樹編 2024年版(追録第39号)


・ナシ,カンキツ,リンゴの精農家事例
・w天敵防除体系,草生栽培の新情報
・ロボット草刈機,落葉収集機,ジョイントV字樹形栽培


◎精農家の栽培技術と経営―ナシ,カンキツ,リンゴ

 今号の読みどころとしてまずあげたいのは,精農家の栽培技術です。

 ナシでご登場頂いた青木武久さん(栃木・那須烏山市)が何より大切にしているのは,樹勢を落とさず,50年くらいは働ける樹をつくることです。ナシの栽培では樹齢が30年を超えると樹勢が低下し,改植がよくテーマになります。しかしこれがなかなかむずかしく,苗木(若木)の植え替えによって生産力が順調に回復することは容易ではなく、このプロセスがうまくいかないことも多い。そのため,改植を躊躇する農家も少なくありません。

 そうしたなかで,青木さんは改植,つまり一から出直すというのとは逆に,今ある樹の元気(樹勢)を回復し,かつ長くそれを維持して稼ぐ,経済樹齢の延長という方向を実践されています。かなめになる技術が徹底した予備枝の設定です。青木さんは,骨格枝から発生した新梢は徒長枝も例外なくすべて予備枝として活用し,これらに養水分を引き上げるポンプ役を担わせて樹勢を維持,強化。こうしてその樹の元気のステージを一段引き上げ,あとは短果枝,中果枝の育成(遅めの摘心を駆使),予備枝のスコアリングによる腋花芽の着生促進などによって質の高い花芽を多数確保し,良品多収の実現をはかっています。

 カンキツでは菊池正晴さん(愛媛・八幡浜市)の「半樹別交互結実栽培」を元にした有機栽培の実践を紹介しました。

 これは,1樹を左右に半分に分け(半樹ずつ),1年交互に果実を成らせる栽培法で,隔年結果の防止と病害虫の発生抑止,省力・高品質生産が魅力的なつくりです。また,菊池さんの場合,従来の春枝利用型と異なり,剪定をより強く(5芽くらいで)切り返して春枝発生後の夏枝もしっかり確保し,これに着果させる夏枝利用型が特徴です。菊池さんによると,結果母枝が30cm以上の強勢な夏枝主体となることで,有葉花が多くなり,果実肥大が促進され,春枝利用の場合より,やや偏平で浮皮の少ない果実が生産できるようになるとのこと(写真1)。また,春枝に直花をいっぱい着生させることで,苦労する夏場の過酷な摘果作業からも解放されるそうです。

写真1 半樹別交互結実方式(夏枝利用型)で栽培している温州ミカン


 菊池さんはこの栽培をベースに,ボルドー+マシン油混用散布を年1回,ミカンサビダニ発生園にイオウフロアブルの補正散布を組み合わせた防除,光合成細菌や放線菌の増殖を目的とした発酵鶏糞+魚肥の施用,またシロクローバ草生による地表面管理,さらには省力・軽労化をねらった植栽法,機械構成などを含めた独自の有機栽培体系を構築,実践中です。将来的には後継者用にそのマニュアル化も構想とのことで,今後も要注目です。

 なお,この半樹別交互結実栽培とほぼ同じ実践が静岡県でも取り組まれ,こちらは「片面交互結実栽培」として,JA,県,大学,農研機構の共同研究,学会発表ののち,技術リリースされています。高糖系の温州ミカン‘青島温州’は,良食味,高貯蔵性ゆえに静岡のメインの品種となっていますが,強い隔年結果性がかねてからの課題でした。その対策として本技術が検討され,連年安定生産が確認されました。夏枝にもやはり着果させていること,摘果,剪定,薬剤散布などの省力化,剪定・収穫作業の簡略化,平準化などは半樹別交互結実栽培と共通するメリットですが,こちらは樹を2つに分けた片側だけの着果で慣行栽培以上の増産が可能なのも特徴です(写真2)。成木であれば樹姿や樹齢にかかわらず移行も容易とのこと。JAしみずの安竹英晴氏に,その手順、切り替え後の管理の実際、経営効果などを詳細なデータともに紹介頂きました。

写真2 片面交互結実栽培の導入4年目の着果面


 最後にリンゴは,名瀑「袋田の滝」の近くで観光リンゴ園を法人経営する黒田恭正さん(茨城・大子町)の技術を収録。黒田さんによると,近年は温暖化,気候変動の影響が樹体管理にさまざま現われており,「これからは生き残りをかけた自然との闘い,これまで以上の知恵と工夫が求められている」とのことです。黒田さんには,根域が深く広く,環境適応性に優れ,気象災害の影響を受けにくい開心樹形をベースとした安定生産の体系を,17ページにわたってたっぷり紹介頂きました。

◎w天敵防除体系,草生栽培の新情報

 今号では第8巻(共通技術巻)に新しく「天敵を利用した防除技術」のコーナーを設けました。

 収めた内容は「天敵を主体とした果樹のハダニ防除」,いわゆるw天敵を活用した新害虫防除体系の基本戦略と,これを構築するための技術と手順,併せてリンゴ,ナシ,オウトウ(以上,露地)とブドウ(施設)の個別具体の防除マニュアルです。害虫防除の大きな見直しとなる「天敵利用の現在地」(農研機構植物防疫研究部門・外山晶敏氏)と展望を,これらの報告,実践からうかがい知ることができます。

 このw天敵防除を支える土着天敵の活用,その保全をはかるうえで重要な役割を果たす草生栽培についても,旧コーナーに収録の記事を一部見直し,新情報を加えました。

 その一つ,「モモ園の長期的な雑草草生栽培の効果」は,モモ栽培園の雑草草生18年の継続が園の土壌や樹体の生育,果実生産にどのような影響を与えるかを調査したもので,大変貴重です。それによると,まず有機物含量は5.7t/10aから12.6tへと大幅に増加,とくに継続期間が10年を超えるとグンと増える傾向が見られ,「継続は力なり」を示す結果となっています。また,樹体生育に関しては,細根の発生が旺盛になり(写真3),樹勢を長期に維持。そのため収量は樹齢を経ても低下せず,むしろ果実生産期間が延び,累計収量の増加につながっています。

写真3 草生区の細根(左)と清耕区の細根(右)


 一方,すでに指摘のある養水分の競合は,とくに6年生以下の幼木時や新規造成園ではやはり避けられないので,新規導入の際には注意し,適切な草刈りなど相応の対応は必要とのこと。また,定期的な耕起・中耕の実施を組み合わせることが,草生効果をより高めるうえで重要です。山梨果樹試験場・加藤治氏のご報告。

 草生栽培に関わる新情報ではこのほかにもう2つ。「草種とアレロパシー」(藤井義晴氏)では,ヘアリーベッチの根に共生するペニシリウム属菌とそれが合成する抗菌殺虫成分オカラミンBの発見,また「草生栽培と土壌微生物相」(石井孝昭氏)では,ナギナタガヤやバヒアグラス草生によるCO2固定と菌根菌とパートナー細菌の共働効果(高温ストレス下での光合成活性など)についての情報を新しく増補。有機栽培や温暖化対策における草生栽培の有効性を,よりポジティブにとらえ直せる情報提供となっています。

◎軽労化の技術・栽培情報ほか―ロボット草刈機,落葉収集機,ジョイントV字樹形

 リンゴでは省力でユニークな話題を2つ。ロボット草刈機の導入効果(第8巻)と,もう1つが,黒星病の発生源となる落葉の収集に力を発揮する開発機とその低減効果についてで,ともに青森県産業技術センターりんご研究所の後藤聡,赤平知也の両氏に紹介頂きました。

 最初のロボット草刈機は,近年ちょっと注目されています。ロボット掃除機のように無人で自律走行して草を刈ることができ,設定次第では園地の草丈を一定に保つことも可能です。うまく稼働させるための条件,環境はあるようですが,今後労力不足の課題もあるなかで,使いこなしていかなければならない農機になるのかもしれません。

 もう一方の落葉収集機は,黒星病の第1次伝染源となるリンゴ落葉を,とくに消雪後に効率よく収集・除去することで胞子の飛散数を3分の1~15分の1に抑制して,発病抑制に大きな効果を発揮します(写真4)。シンプルですが,落葉処理の負担を減らし,かつ耕種的防除の効果を高めるすぐれもの。リンゴの黒星病といえば耐性菌の発現で薬剤が効かず,甚大な被害をもたらした記憶もまだ新しいですが,その対策に,適切な薬剤の選択とともに組み合わせたい耕種的防除のアイデアです。

写真4 落葉収集機の作業前(左)と作業後(右):除去割合約90%


 またナシのジョイントV字トレリス樹形栽培も,省力,軽労化の技術として収録しました。

 ジョイント栽培は剪定の省力化,早期成園化などを目的に開発されましたが,ナシでは平棚での栽培が中心で,それによる不具合,たとえば上向きでの管理作業が残るなどの課題が残っていました。そこで考えられたのが,立木栽培をベースに,垣根状に均一な樹冠が連続するジョイントV字トレリス樹形です。わい性台木を用いず密植栽培が可能で,早期多収,果実糖度のバラツキが小さいなどの特徴のほか,何より作業姿勢の改善ができることから平棚に替わるナシの新たなジョイント樹形として注目されます。自動収穫機や防除機など機械化との相性もよいこの樹形について,導入の方法から,栽培管理の実際,経営効果まで,開発にあたった神奈川県農業技術センター・関達哉氏に案内して頂きました。

◎香酸カンキツ&中晩カン―栽培技術の基礎と実際

 第7巻「特産果樹」常緑特産果樹のうち香酸カンキツ5品目(カボス,シークヮーサー,スダチ,ユズ,レモン)とカワチバンカン,第1巻カンキツの中晩カン3品目(ハッサク,ブンタン,津之輝)を今号で改訂しました。2000年のシークヮーサー,2009年の津之輝を除き,ほぼ台本収録時(1984年)以来となる,40年ぶりの大幅な見直しです。栽培面積はかつてほどではないですが,ハッサク,ブンタン,またカボス,スダチ,ユズなどはわが国を代表する基幹のカンキツ品目。今後に引き継ぐべく現在の知見,情報に更新しました。

 このほかブドウの基本情報として樹体各器官の水分状態の制御による環境適応生理,昨年商標登録された‘サンシャインレッド’の紹介も含め,今号も盛り沢山の内容を収めました。それぞれお読み頂き,お役立て頂けましたら幸いです。