農業技術大系・果樹編 2008年版(追録第23号)


●果樹の施設栽培の特集?カンキツは「施設栽培」を全面改訂。ブドウ,ナシ,パッションフルーツ,パパイア各樹種で開発された養液土耕栽培・根域制限栽培を収録。「変温管理」や被覆方法など重油高騰への対応策も充実




 ブドウの養液土耕システム

●リンゴ園でネズミ対策を特集―古タイヤを利用した防除法など,薬剤を使用しない各種の防除対策

●ウメの大改訂?輸入攻勢に対抗する産地の戦略と新技術。梅酒・ジュース用の新品種,効率的で品質を高める収穫方法,低樹高仕立て(写真)に加え,産地のリーダーの事例を一新




 ウメ一文字仕立て樹での収穫作業

●より精緻で実用的になった果樹の生育・栄養診断?高糖度モモ生産のための総合的栄養診断,ハウスミカンのRQフレックスを活用した加温時期の決定,ウメの長梢による園地・樹の診断と水分ストレス診断による灌水の判断など実践的な診断法

●省力化と高品質生産に向けた新技術?ブドウでは環状剥皮と花穂整形機,モモの岡山大藤流,大苗育苗など


果樹の施設栽培の特集……重油高騰・温暖化にどう対応する?!

●施設果樹産地の省エネ対策アンケートから

 近年の原油の天井知らずの価格上昇は,暖房用A重油はもちろんのこと,被覆資材などの価格高騰にまで及んでいる。そこで,現状と対策を明らかにするため,主要施設果樹産地20か所の試験研究機関にご協力いただき,緊急にアンケート調査を行なった。その報告から一部紹介する。

 各産地で共通なのは,「内張りカーテンなどで多層化し蓄熱量を高め放熱量を少なくする」「最大限に密閉度を高め隙間をなくして隙間換気による放熱を少なくする」こと。外張り2層,内張り2層という2軸2層も導入されている。

 ハウス内地温を上げるためにはマルチフィルムのほか,ハウス側壁からの熱損失を少なくするためにエアーマットやサニーコート,アルミ蒸着フィルムが利用され,加温装置ではヒートポンプ(写真1)の導入も始まっている。




 写真1 ハウスミカンハウス内のヒートポンプ

 夜間の温度管理を時刻別に変更する「変温管理」の研究が進められて成果も出てきた。作型や「より低温栽培に耐える樹種や品種」への変更も徐々に進んでいる。

 各県の取組みで注目されるのは静岡県。ハウスミカンでは,生産適地の見直し(損益分岐点は10a当たり6t程度とされ,これより低収な園地では生産を中止して樹勢の回復をはかる)や,遊休年(加温せず,できれば生産しないで樹勢回復)→生産年(加温し,できるだけ多収を目指す)という隔年交互栽培を行なう,など具体的な指針が出されている。

 大分県では,「省エネチェックリスト」や「ハウスミカン診断ノート」を記入することで,客観的な自己診断から問題の所在を明らかにして,省エネ対策技術や経営改善の方向を明らかにする取組みもされている。

 次号では,今回の調査をもとに省エネ対策を特集する予定である。

●地中加温,変温管理など省エネ新技術

 さて今追録では,カンキツの「施設栽培」を全面改訂して,早生温州,グリーンハウス,中晩カン類を新設した。またブドウ,ナシ,パッションフルーツ,パパイア,キイチゴ類を取り上げたが,各品目ともに施設栽培の項目が充実している。

 カンキツでは,空気膜フィルムや排熱回収装置,ヒートポンプ,木質ペレットボイラーも紹介されている。排熱回収装置は,愛知県蒲郡市のハウスミカンでは7~12%の節油効果があるという。

 また,果実肥大期のあと,夜半の低温管理(変温幅2~4℃)をする変温管理では果実品質と収量に影響がないことがわかり,その分の燃料費が削減できることがわかる。

 ブドウの施設栽培でも,新梢伸長期には夜温を‘デラウェア’は15~18℃,‘ピオーネ’は14~20℃の範囲で変温管理するとよいことがわかった。

 もちろん12月に加温する超早期加温栽培では,休眠覚醒のための「高温高湿処理」(ハウスを密閉状態にして昼温を35~40℃にする)や,根の活力を高めて初期生育を促進するための温湯灌水による地中加温など高品質・多収に向けた新研究も充実している。

●果樹でも広がる養液土耕栽培や根域制限栽培

 島根農技セが開発したブドウの養液土耕栽培は,狭い範囲に活力の高い2mm以下の細根の割合が高まり,養水分吸収量が高まるため,裂果がなくなり糖度が高くなり果色も良くなって収量も向上するなど,メリットは多い。新規就農者でも取り組めるよう栽培マニュアルもつくられている。

 石川農試が開発したナシの「高うね式根域制限養液土耕栽培法」は,露地で,しかも排水の悪い土壌条件下で明渠や暗渠などの圃場整備が不要。根域が制限されるため地上部の生育が抑制されることを利用し,樹形が単純な二本主枝を基本とした仕立て方も開発されている(図1)。




 同じくナシでは,栃木農試が開発した「盛土式根圏制御栽培法」を収録。「二年成り育成法」も開発されて植付け2年目から収穫できるようになった。

 キイチゴ類では,ラズベリーやブラックベリーの休眠覚醒に必要な低温要求量が明らかにされ,加温促成栽培によって収穫期を1か月前進化できるようになった。

 パパイアでは,培土にサンゴダストを混ぜて排水性を改善し,病原菌の密度を低下させる養液土耕栽培法のほか,収穫の作業効率が高まる倒伏栽培や摘果,人工授粉など高品質生産に向けた技術が紹介されている。

 パッションフルーツは7~8月の夏果が中心だったが,収穫期間の拡大と増収のために,養液土耕ベッド栽培と電照栽培法が開発されている。

●温暖化の影響と対策

 果樹栽培での温暖化の影響については,2005年に第8巻に収録したが,今追録では,ハウスナシで問題になっている「眠り症」について緊急に報告していただいた。

栄養診断法の特集

 ハウスミカンでは,RQフレックスを利用した結果母枝の硝酸態窒素濃度測定による加温時期の判断法を収録。

 モモでは,岡山県で1997年から行なわれた調査に基づいて,高糖度モモ生産の総合的な栄養診断法が提起されている。生育時期別の葉中窒素含量と葉色の指標,葉中無機成分ならびに葉色と葉の大きさの指標,葉分析を迅速にできる近赤外分光法の利用など実践的な方法が開発された。

 ウメでは,まず水分ストレス診断による灌水の判断。ウメは浅根性で酸素要求量が高く,土壌の乾燥によって樹体の生長が抑制されるそうだ。水分の消費が活発な夏季の果実肥大・新梢伸長期には,果肉含水率を指標とした場合は90%以下で灌水開始と判断できる。「葉のしおれ」による指標がつくられている。

 ウメでは長梢(長果枝)による園地・樹の診断法も収録。長梢の葉の形状や節間という指標は,4月の展葉始めから6月ころの新梢伸張停止までの園地環境や樹体の状態を反映する。たとえば展葉が停止する7月以降に,樹冠外周部に発生した長梢を各方位から1樹当たり10本程度選び,各長梢の最大葉の葉長と葉幅を測定する。福井県では,それによって算出された葉面積30cm2以上を強剪定,20~25cm2を弱剪定とする目安にしている。

健康食ブームで栽培が広がるウメの特集

 ウメは中国からの輸入で苦戦していたが,最近は梅酒がブームになるなど需要が高まってきた。第6巻のウメを13年ぶりに改訂したが,‘紅の舞’や‘露茜’といった梅酒や梅ジュースにすると赤くなる品種も登場している。

 また,ウメの多くの品種は自らの花粉では受精・結実しない自家不和合性という特質がある。しかも,それは,配偶体型という花粉側で花粉の自己・非自己の識別にかかわる花粉側S遺伝子と花柱側で花粉の識別と花粉管伸張阻害を行なう花柱側S遺伝子の2つの遺伝子によって支配されている。この2つの遺伝子はSハプロタイプと呼ばれ,ウメでは計13種類が同定されている。これは,授粉樹の選択や交配組合わせに重要であり,ぜひ,ご一読いただきたい。

 そのほか,完熟落果のネット収穫,機能性成分が高まる収穫適期の判断,小型の脚立で収穫できる低樹高仕立てなど新研究を収録した。

 生産者事例では4人の生産者を収録した。結実の不安定なウメの安定多収を実現している。

リンゴの新品種をつくりこなす

 期待の中生品種‘シナノスイート’‘シナノゴールド’をつくりこなしている,長野県安曇野市の中村元一(有・安曇野ファミリー農産)さんと,長野県塩尻市の永原志朗さんを収録。

 中村さんは,‘シナノゴールド’は樹勢は弱いが花芽が着きやすいので,枝先を上向きにする。‘シナノスイート’は枝を水平に伸ばす,などと品種の特性をとらえて,いち早く安定多収技術を確立。

 永原さんはM.9ナガノによる新わい化栽培に取り組み,樹高3mの低樹高栽培に成功して注目されている。自根大苗も自ら育成しており,育成法を詳細に解説していただいた。

高品質・安定生産・省力化を可能にする新技術

 ブドウの花穂整形器 花穂整形(房つくり)はブドウ栽培では必須の作業だが,手間がかかるのが課題だった。果樹研究所で開発された花穂整形器(写真2)は,短時間に花穂整形ができる優れものである(特許出願中)。




 写真2 花穂整形器(市販モデル)

 ブドウの環状剥皮 人気の高い‘安芸クイーン’は着色が不良になりやすいことから,それを克服しようと試みられた。着果量の軽減を組み合わせると,根の伸張を減少させず,着色促進効果が高まることがわかる。

 モモの大苗育苗 経済樹齢が短いモモは,改植時のいや地が難問である。大苗育苗はそれを軽減できるとともに,早期成園化も可能になる。

 モモの岡山自然流(大藤式)弱剪定栽培 岡山県総社市の秋山新一郎さんが中心になって,短果枝中心の樹づくりをする大藤方式(山梨県の萩原一忠氏が開発)に取り組んできた。草勢栽培で土を締まらないようにし,骨格枝を逆三角形に配置して,枝先に養分を引っ張る樹形にし,摘蕾・摘花・摘果によってモモ樹がのびのびと育つような管理をすることで,生産も品質も高まってきた。

各地で広がる観光果樹園特集第三弾(第8巻「果樹共通編」)

 今追録では次の3つの農園を収録。果樹生産の新たな方向を示しており,勇気づけられる。

 山形県上山市・うばふところ(佐藤和美) オウトウを中心にリンゴ,西洋ナシ,ブドウなど。傾斜地を活かしたロケーションが魅力。育種にも取り組み,西洋ナシでは‘月味’を育成して,「世界にここにしかない味」を提供している。

 茨城県かすみがうら市・(有)福田グリーン農園 クリを中心とした果物狩りから,焼き栗など新商品を開拓。バーベキュー施設に加えて市民農園も設置して,お客さんに年間を通して楽しんでもらう工夫をしている。

 神奈川県松田町・内藤園(内藤信明) ミカン狩りとともに樹のオーナー制度にも取り組む。富士山や相模湾が一望できる景観が魅力だが,顧客をひきつけるため,近くにサクラやツツジ,ロウバイなどを植栽した農業公園もつくっている。