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 本全集は、下に述べる「刊行のねらい」「刊行にあたって」にあるように、大正末期〜昭和初期の食の総体を、それを支えた生活意識も含めて正確、忠実に再現し、記録にとどめておくことを目的に企画されました。全国各地でお年寄りからの聞き取り調査が実施され、その調査をもとにして執筆・編集が行われ、本全集全50巻およびCD-ROM版として刊行されました。

 私たちは、これからも、地域に密着した食生活の記録が各地で残され活動が続けられることを望んでいます。そうした活動が、よりよい食生活の創造、自然と人間との関係回復へとつながると考えているからです。

 そこで、このような記録活動を多くの皆様に取り組んでいただけるよう、ここに本全集の制作にあたって使用した「調査要項」「調査用紙」そしてそれをもとに実際の記事としてまとめるときの「執筆要領」を公開することにしました。

 なお、学校で取り組まれることを想定した簡易版もつくってみましたのでご利用ください。

調査要領

調査用紙

調査用紙記入例

 実際の調査結果(手書き)から抜すいしたもの(部分)を収めました

執筆要領

 調査用紙への記載をもとに、どのように記事としてまとめるかを記しています

学校用・簡易版

実際に記録活動が行われましたら、その状況などをお知らせいただければ幸甚です。今後の企画への参考とさせていただけるものと存じます。 (電子メール→mbox@ruralnet.or.jp

『日本の食生活全集』刊行のねらい

 食文化を、昔からの有名料理や日本料理に限定せず、各地域で庶民によって培われ受けつがれてきた食べもの・食生活の総体と考えたいと思います。

 全国各地の伝統的な食生活は、それぞれの自然および農耕地の活用、歴史的に蓄積された料理・加工技法、健康に生きまた楽しむための知恵、定住永続への願いなどが集約されて成立・発展し、受けつがれてきました。土地の自然と農業(漁業)が形づくる風土性と、生活の伝統が培った歴史性のすべてを取込んで、食生活の安定・永続のために日々英知をこらしたのが、主婦の食卓づくりであったと思います。そのために、食文化は優れて地域性をもつものでありました。

 このように地域の個性あふれる食生活は、ここ数十年にわたる食生活の近代化・洋風化などにともなって、急速にその体系(総体)をくずし、また、伝統の食べもの、料理が食卓から消え去ろうとしております。さらに、地域の食の担い手であった人びとが高齢期をむかえ、文化遺産でもある料理・加工の技法、および食生活そのものの内容やそれを支えた気持などが、後世代に受けつがれないままに過ぎてしまうことが危惧されます。

 「日本の食生活全集」は、全国各地の伝統的食生活を今なら歴史にとどめることができ、また、今をおいてはないと考え、企画するものです。

 最近、日本的食生活や伝統的食べものについて、その見直しが盛んになってまいりした。すなわち、健康食・長寿食としての郷土食、食糧自給からみた日本的食生活の意義、食生活における心のふれあい、などさまざまな角度から評価がなされております。

 本全集は、もちろんそのような意味をもつ郷土食としてまとめることをも大きな目的と致しますが、さらに、冒頭で述べましたように、地域の食べもの・食生活の総体を、人びとの暮しや地域の自然・産業などとも関連づけて再現することにより、食に集中的に表現されている庶民の生活思想・自然観を浮きぼりにしたいと考えます。

 現代、人類の重要課題は、食糧問題と環境問題だといわれますが、これらの解決のためには、農耕地を含めた自然に対して人間がいかにかかわるか、ということが、重要であると思います。そして、自然と人間の関係をより望ましいものにしていくための考え方の基礎は、各国・各地で土地に根ざして生きる生活者の思想に求められるべきだと思います。すなわち、家族・地域の人びとの健康と食生活の問題を、自家や地域の自然(農耕地や山・川・海)の安定と直接結びつけて考え、生きてきた庶民の生活思想、とりわけ食の思想の中にこそあると考えます。

 本全集は、伝統的生活を日本人の歴史的資料として残すことを目的としますが、本全集の刊行により地域の食生活の見直し、自然の再評価、農業・漁業の見直しがおこなわれ、さらには上に述べましたような現代社会の課題を考えるための一つの拠りどころが得られることを期待するものであります。

 これまでも、全国各地で有意の方々の御努力によって、郷土食の発掘、記録が進められてきておりますが、これらの貴重な成果にもとづきながら、全国的な規模で、共通の表現方法によりまして、上のような期待をもって刊行していく所存でございます。(→ファイルの先頭に戻る

『日本の食生活全集』刊行にあたって

1984年 全巻カタログ より 

 今、やっておかなければならないことがある。今、やっておかなければ、永久に失われてしまうことがある。日本人がつくり上げた食事。それは、今、それを記録しておかなければ、永久に失われてしまう。

 建築物・構造物・書画・骨董・民具等、形あるものは残る。しかし、日本人の伝統的食事の総体は、それをつくった人々がいなくなれば永久に失われる。

 大正から昭和初期にかけて、食事をつくった人々、今、八〇歳前後の主婦達は、日本の食事を伝承した最後の人々であろう。この人々が、この世から去れば、その人々とともに日本の食事は永久に失われてしまう。

 この主婦たちの食事つくりは、地域地域の自然の生み出した四季折々の素材を、調理し、加工し、貯蔵したものであった。

 それと北と南では違い、西と東では違っていた。地域ごとに異なる自然の個性が、そこに住む人間の手によって表現された食事であった。当時の食事には、今日、われわれが失ってしまった地域的な、個性的な、人間的な自然がある。食事がそれを表現している。

 食事に表現されている自然は、決して自然科学的自然ではない。人間の手が加わった人間的自然である。個性的自然である。日本の食事の総体を残すということは、今、失われている人間的自然を、個性的自然を、残すということなのである。

 日本の食事には地域的自然があっただけではない。春夏秋冬、四季があった。今失われている季節が表現されている。その四季は自然的四季と人間の労働(農耕)が織りなした人間的四季である。日本の食事は、今、失われている人間的四季を表現している。

 日本の食事は「はれ」と「け」を表現している。自然的四季と人間の労働は「祭り」を生む。そして食事は「祭り」を表現する。日本の食事には、今、失われている「祭り」が表現されている。

 われわれの祖先の数千年にわたる営々たるいとなみが日本の食事に表現されている。それは伝承によってしか保存することが出来ない。しかし、その伝承は「高度経済成長」によって断ち切られた。今、記録を残す以外に道はない。

 私どもは、日本全土、津々浦々に足を運び、日本の食事を日々つくった人々の口から聞き出し、実際に食事を再現してもらい、それを記録にとどめる。それをつくった人々の「想い」とともに記録にとどめる。

 そして、この日本の食事を記録にとどめる運動が、記録としてとどめられるだけでなく、伝承復活の契機になることを期待したい。

 今、やらなければならぬことがある。どうしてもそのことをやりとげたいのである。(→ファイルの先頭に戻る