農業技術大系・野菜編 2010年版(追録第35号)


基礎編(生理,生態)のコーナーの大改訂を開始

 『農業技術大系野菜編』は,1972年に発刊を始め,1975年に完結した。日本各地で野菜産地がつくられるころで,産地づくりのために各野菜で栽培技術や作型などが開発され,そのための基礎研究も行なわれており,『野菜編』はその成果を十分に活かしたものである。発刊後も,そのときどきの要請に応えるために年に1回の追録を発行し常に新鮮さを保ってきた。

 『野菜編』は,各野菜の生理,生態と栽培の基本技術とで編成される「基礎編」と,「精農家の栽培技術」からなる。『基礎編』,とりわけ冒頭の「植物としての特性」「生育のステージと生理,生態」の評価は高く最も活用されているコーナーである。

 この基礎編の改訂を4年前からアスパラガス(第8-(2)巻)で試みてきたが,追録35号になる今年からトマト,ナスという主要果菜類でも改訂をスタートする。ナスは今追録で全面改訂することができた。トマトは3年計画の1年目をスタート。充実した著者陣による力作である。是非,ご活用下さい。なお,イチゴ,ブロッコリー,ハナヤサイも改訂の準備を始めているところである。


〈基礎編(植物としての特性,生育のステージと生理,生態)の大改訂〉

●北海道から西南暖地まで栽培が広がり,技術も安定してきたアスパラガス

 アスパラガス(第8-(2)巻)の改訂は4年目。2008年に冒頭の「アスパラガスの来歴と特性」からスタートし,今追録では「種子の発芽」と「開花と結実」を改訂。あと1年で全面改訂が実現する予定。アスパラガスは1987年に収録されており,基礎編は,当時のトップ産地北海道の研究に基づくものであった。現在,東北から西南暖地まで産地は広がり,研究も急速に進められてきた。改訂はその成果に基づくものである。

 さらに今追録では,「1年生株の栽培管理と生育・収量」「親茎管理のための整枝・摘心」,北海道や本州寒冷地で定植10年後ころから収量が低下する問題を克服できる密植栽培を収録。夏期の昇温についても,換気法,散水(細霧処理も含む),遮光など総合的な対策法も紹介した。現在の日本のアスパラガス研究者の層は厚く,さらに進化を続けている。今後も,この野菜編でその成果を実践的にまとめていただく予定である。

●多彩な品種に授粉作業が不要な単為結果性品種も加わったナス

 ナス栽培では,着果のためのホルモン剤処理は栽培に要する総労働時間の約1/4~1/3を占め,摘葉・摘心や収穫・調製作業と並行して行なわなければならず,農家の負担は大きい。それらが要因になって生産が急減していた。

 そうしたなか,授粉作業が不要な単為結果性品種が育成されてきた。2005年に高知県が‘はつゆめ’,2006年に農研機構野菜茶業研究所が‘あのみのり’,2008年に愛知県農総試と農研機構野菜茶業研究所とが共同で,果実のへた,葉,茎にとげがなくて作業がしやすい「ナス試交05-3」(写真)が育成され,各地で導入が広がっている。やっかいな作業が不要になってコストが削減できることから,国内生産の急減に歯止めがかかることが期待されている。



ナス試交05-3

 さらに注目なのは,‘あのみのり’は抗酸化力が強く,ブドウ糖,果糖などの糖類が多く含まれて糖度も高いことで,トマトもしのぐほどだという。

 高温期には安全のためにホルモン処理を,曲がり果の発生を防ぐため過度の葉かきや整枝はしない,など安定栽培法も確立されており,各作型でのつくりこなし方を収録した。

 ナスはこれまで公的機関や民間での育種も精力的に行なわれてきた。伝統品種も各地で残されて根強い人気があり,まだまだもうかる野菜。

 また,2007年に収録した「改良U字仕立て・側枝更新剪定法」なども開発されている。こうした研究を進展させるために,台本発行時の著者の斎藤隆先生(元東北大学)に,育種が専門の吉田建実先生(農研機構野菜茶業研究所)に加わっていただき,36年ぶりに全面改訂を実現することができた。発刊後から現在までのナス栽培を巡る研究と現場の動向が加わって,最新の内容なった。

●高品質だけでなく,多収も目指すトマト

 トマトは1997年以降,年間産出額第1位を維持し続け,2007年は2006億円と,米と畜産物を除く農作物のなかで一番多い品目。高糖度トマト,枝付きトマト,ミニトマト,高リコペントマトなど多種多彩なトマトが店頭を飾るようになった。最近話題の植物工場でも中心の品目で,これから大きく変貌する野菜である。

 オランダの70tには及ばないものの,2006年の追録で紹介した栃木県の大山寛さんなど反収25t以上を実現する生産者も登場してきた。日本のトマト生産の技術と研究をさらにランクアップしてもらうため,基礎編の改訂をスタートした。今回はその第1回目で,冒頭の「植物としての特性」のコーナーが,近年重視されてきた光合成の仕組みと活用など国内外の最新の研究成果が盛り込まれて最新の内容になった。

 今回改訂した「形態的特性」の一部を紹介する。写真1は光合成で最も活躍してくれるトマトの葉の断面。写真2は花の構造である。今後の改訂でも鮮明な図や写真に更新していく予定である。「生理,生態的特性」では,これに続く,140ページにもなる「生育のステージと生理,生態」も次年度以降,一新する準備を始めている。



写真1 トマトの葉の断面
(1)維管束,(2)柵状組織,(3)表皮,(4)毛じ,(5)気孔,(6)海綿状組織



写真2 トマトの花の構造
(1)柱頭,(2)萼(がく),(3)花弁,(4)葯,(5)花柱,(6)子房,(7)ここの間の細胞がタペート細胞(開花した花の葯では退化している),(8)小胞子の周りをとり囲んでいるのがカロース壁(四分子期を経て,小胞子初期に分解される),(9)染色体が見えており分裂している細胞と判別できる(細胞分裂の中期にあたる),(10)花粉,(11)果皮,(12)胚珠,(13)維管束,(14)胚のう,(15)助細胞,(16)珠孔

 なお,今追録で「オランダの栽培システムと統合環境制御」も収録。高収量に貢献している最も重要なのは多収品種の育成だが,次いで重要なのは統合環境制御によってトマトの光合成能力を最大限に発揮させて利用するもの。そのポイントは以下の4点。

 1)1%理論:「ハウス内に入射する光の量が1%増えると収量も1%増える」という考え方で,それを管理や施設の導入などの判断の基準にしている。

 2)変温管理:日射に比例して設定値を変化させる。

 3)「飽差」による湿度コントロール:飽差とは該当する空気に,あとどれだけ水蒸気が入る余地があるかを示す指標で,それによってCO2を効率よく吸収するために葉の気孔開度を管理するもの。

 4)CO2の施用:育苗期から収穫終了まで施用。日射と換気窓や暖房の機器動作によって的確に設定値を変更。

 ここには日本でも多収を実現するためのヒントがたくさん詰まっている(オランダのトマトの研究がまとめられているEp.Heuvelink著『Tomatoes』も来年,当協会で翻訳出版の予定)。

 日本の研究者も負けてはいない。神奈川農技センターが開発した「低段・多段組合わせ栽培」を紹介した。これは,夏は低段密植,冬春は長期多段どりで年間総収量50t/10aが可能になるというもの。低段密植と長期多段どりの切替えは,収穫中の株間に苗を定植するインタープランティング方式で行なう。周年でトマトを収穫するためには最低でも独立した3ブロックが必要で,図1はそのモデル例。養液栽培だけでなく土耕栽培でも導入できる画期的な方法である。



図1 トマトの低段・多段組合わせ栽培の作付け組合わせモデル体系事例

〈イチゴの最新情報〉

 まず宮城県で開発され,生産者も導入している「ウォーターカーテンと空気膜二重構造との組合わせ」。宮城県では現在イチゴを中心に91ha導入されている。その研究とともに導入している宮城県山元町の菊地義雄さんを紹介した。菊地さんは,ウォーターカーテンと空気膜二重構造だけだと厳寒期に施設内の気温が設定温度の8℃よりも低下するため,炭酸ガス発生装置も組み合わせて省エネだけでなく反収5.4tも実現している。

 次いで,佐賀県唐津市の鳥越芳俊さん。うね連続利用,糖蜜還元処理,泥(土)ごと発酵の太陽熱処理などを独自に開発して,手間もカネもかけず毎年反収6~6.5tを確保している注目の生産者である。

 新品種では,愛知県育成の‘ゆめのか’を収録。

〈サトイモ大改訂2年目,ホウレンソウはシュウ酸と硝酸含量にかかわる品種情報〉

 サトイモはトップ産地の千葉県と,富山県,愛媛県の生産者3事例を収録(第10巻)。千葉県は,新品種‘ちば丸’を導入している伊東利一さん。富山県は水田で種芋の生産が中心の長谷川義紀さん。愛媛県はやはり新品種‘愛媛農試V2号’をつくりこなす鈴木伸太郎さん(全期マルチ栽培と機械化体系の1.7haという大規模生産)。それぞれサトイモ生産で最も重要な種芋の確保から定植,出荷までの管理が詳細にまとめられている。

 ホウレンソウは,市販される200品種のシュウ酸と硝酸含量の調査結果で,生鮮野菜だけでなく業務・加工野菜にも貴重なデータである。