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価格低迷が続く野菜。生き残っていく品目,品種はなにか。ワックス系品種に大転換したキュウリを大改訂。ミズナ・ミブナ,甘長トウガラシ類など新野菜8品目を収録。生産が伸びるハーブ類では12品目を加えて全面改訂
●精農家の栽培技術の大改訂第1弾。ワックス系品種に転換した第1巻「キュウリ」でスタート。トップ農家の技術と経営から学ぶ
●多様化する食卓を彩り,プロ農家から女性・高齢者まで導入できるミズナなど新野菜やハーブ類が充実
●品種が多彩になったピーマンの品種情報が最新に。生産が伸びてきたトウガラシ類を新設
●各産地の動向
キュウリはここ数年で,各産地ともにワックス系品種に大転換している。この品種は従来のものより草勢が強い,温度管理が異なる,などといった特徴がある。各産地ともに,いち早くこの品種の特性を把握して,安定多収を実現している。
キュウリの大産地北関東地域については,群馬県館林普及センターの川島正俊先生に最新の栽培状況を紹介していただいた。品種は‘グリーンラックス2’‘フレスコ100’など,やはりワックス系に転換。規格を簡素化したり,出荷時期を早めて鮮度を高めたり,農薬や肥料を統一するなど付加価値をつけた有利販売に取り組んでいるところが多くなっている。価格が安定している夏期に雨よけ栽培を導入しているところもある。注目したいのが疎植栽培(10a当たり4.2本)。収量・品質が高まって販売金額が多くなるだけでなく,整枝・摘葉管理などの時間が短縮できて大幅な省力化が可能なこともあり,北関東の各産地ではすでに導入が始まっているようだ。
愛知県西三河地域では,整枝法は従来の摘心栽培からつる下げ栽培にすることで安定生産を実現している(新たに上段誘引によるつる下げ栽培も開発)。
●新品種をつくりこなす篤農家――もうかる技術と経営を学ぶ
代表的な産地でこの新品種をつくりこなしている生産者の事例を収録した。
宮崎県の竹下勝啓さんは,‘フレスコ100’を導入。抑制栽培+半促成栽培,促成栽培+早熟栽培と多様な作型を組み合わせている。しかも早熟栽培では同じハウスにニガウリをハウスの谷下に栽培してハウスを立体的に活用する効率利用を図っている。‘フレスコ100’では,摘心方法や灌水,施肥などを工夫することで安定生産を実現している。
高知県は長山幸男さん。品種は‘ZQ7’で,整枝法はつる下ろし。購入苗を利用して定植時期を早めたり,収穫終了時期をのばしたりして9か月の長期どりを実現。近紫外線カットフィルムと防虫ネットを利用することで農薬の使用回数を2~3割削減している。
昭和初期からの産地,愛知県の「西三河冬春きゅうり部会」では,杉浦正志さんにご登場いただいた。品種は‘むげん’。整枝法はつる下げで,11月から翌年6月までの長期一作型で安定して26tの収量をあげている。それを支えているのは土壌診断と葉柄中の硝酸態窒素濃度の測定に基づく的確な施肥管理や,細霧冷房による緻密な温湿度管理などである。
千葉県の石田光伸さんも品種は‘むげん’を導入。この品種は最低温度が11~12℃でよく暖房費が節減できるからだという。整枝法はつる下げ。石田さんの最大の特徴は無移植育苗で,活着の良い強い苗が安定生産を支えている。
群馬県でキュウリ栽培に取り組んで五十数年になるベテラン農家の遠藤藤一さんには,また現在の到達点をおまとめいただいた。品種は‘グリーンラックス2’。いまは果形が矩形にならない‘ハイグリーン’も導入している。遠藤さんのキュウリ栽培の特徴の一つは土つくり。ヨシなどの堆肥,有機肥料の利用はもちろんだが,FF農法による発酵型圃場づくりに取り組んで,収量が増加し,病気の発生も少なくなったという。ベテラン農家らしい,キュウリの生育の観察も面白い。図1の「気をつけの姿」をごらんいただきたい。こうなると灰色かび病が発生しやすくなるなったり,いろいろマイナスが出てくるという。参考にしていただきたい。
夏秋キュウリで防虫ネット被覆栽培も取り組んで,東北各県で注目されている福島県の産地では,河原信夫さんを紹介。防虫ネットは害虫防除が削減できるだけでなく,強風によるスレ果がなくなるメリットがある。流れ果や尻細果を防ぐために受粉にミツバチを導入しているのも特徴(図2)。ライムギや籾がらのすき込みで土つくりも万全。
●キュウリの短期どり周年栽培を提案
なお,永らくキュウリ栽培の研究に取り組んできた,元埼玉農総セの稲山光男先生は,図3のような短期どり周年栽培を提唱している。キュウリが収穫開始から60~70日間の期間に強い草勢が維持され,形状の揃いがよく,果色がよく上物率が高いことに着目したものである。今後のキュウリ栽培経営の参考にしていただきたい。
緑色のピーマンに永年慣れ親しんできたが,パプリカが登場してから,完熟ピーマンなど多様なピーマンが登場している(図4)。また,京都の伝統野菜であった万願寺トウガラシなどの甘長トウガラシが急成長を遂げてきた。京都府舞鶴市では,その独特の食味が好評で,高齢者が中心の万願寺トウガラシの一大産地につくられている。伏見トウガラシ(図5)などの甘長トウガラシ類も各地で導入されている。また,辛味トウガラシも機能性が注目されて多様な品種が紹介されるようになってきた。そこでピーマンについては高知大学の福元康文先生に,世界各地の各種のピーマンを紹介いただいた。さらにトウガラシ類のコーナーを新設し,トウガラシ,シシトウガラシとともに,甘長トウガラシ類を収録した。
シシトウガラシの生産者事例では,高知県の市原建雄さんにご登場いただいた。もちろん高知県は天敵利用の先進地。天敵とともに防虫ネットを利用した減農薬栽培である。
●急成長したミズナ・ミブナを新規収録
数年前は京都市内などごく一部で生産される伝統野菜であったミズナは,大束であったものが使いやすい小束品種(図6)に改良されることにより,茨城県のメロンやピーマン産地,埼玉県のホウレンソウ,チンゲンサイ産地,東北,北海道まで広く導入され,またたく間に一大品目に成長している。これだけ急速に広がったのは,従来の漬物用だけでなく,サラダや中華料理など多様な料理に利用できるからである。
そこで,京都の伝統野菜(京都ブランド野菜)の振興に永らく関わってこられた田中大三先生に,ミズナ・ミブナをご執筆いただいた。シーダーテープを利用したもの,直播栽培,セル苗を利用した移植栽培,養液栽培まで栽培のポイントが詳細に解説されている。栽培上で問題になる抽台回避策,難害虫のキスジノミハムシの防虫ネット,近紫外線カットフィルム,太陽熱土壌消毒を組み合わせた防除技術,カリ過剰による葉身先端部の枯死症状や塩類集積によるヤケ症状や発芽不良を回避できる施肥技術など最新の情報が盛り込まれている。
●新野菜,ハーブ類
そのほか新野菜でエゴマ,エンサイ,カイラン,サイシン,パクチョイ,葉ニンンクを収録。アーティチョークとチコリーは改訂(京都府立大学の藤目幸擴先生ご執筆)。
また,専業農家が各地で登場したり,直売所などでも定番商品になっているハーブ類も充実した。京都府立大学の藤目先生や東京農大の市村匡史先生の研究によるもので,バジル,ミント類,ディル,セージ,ローズマリー,タイム,ソレルについては試験研究に基づいた最新の内容に改訂していただいた。また,新たにオレガノ,コリアンダー,スイートマジョラム,ダンデライアン,チャービル,チャイブ,フェンネル,フレンチ・タラゴン,マーシュ,マスタードグリーン,レモンバーム,ロケットが加わった。
さらに,生産者事例には,20年前からハーブ生産に取り組んできた(株)サンファーム((有)サン農園)を千葉県の普及員である林尚史さんにご紹介いただいた。栽培当初は「ハーブとは何ですか,野草ですか」という状況であったが,ハーブガーデン(図7)をつくったりしてハーブの普及に自ら取り組んできた。その努力の結果,現在は35品目のハーブの周年生産を確立し,加工まで取り組んでいる。
すでにハーブ生産に取り組んでいる方,これから取り組もうとしている方は,これらの情報を活用していただきたい。
ナス:台木では,半枯病にほぼ完全な抵抗性をもっており,青枯病にも強い抵抗性をもつ品種が開発された(野菜茶業研究所開発の「台三郎」)。また,とげなし品種(愛知県農総試開発の「とげなし紺美」)も登場。
ナバナ:昨年新設したコーナー。今追録では,福岡県京都(みやこ)地域の産地の柿木繁敏さんにご登場いただいた。この産地は女性・高齢者の主体で,平均年齢65歳を超えるという。初期投資が不要なため,定年帰農の方や女性が取り組める重要な野菜になっている。柿木さんは水田の裏作としてナバナを栽培。この産地のナバナは茎葉部を摘み取るタイプで,在来種から育成された‘豊前’‘宮内菜’など優良品種が育成され,「博多な花・おいしい菜」として出荷されている。
イチゴ:群馬県で育成され,2005年1月に登録された‘やよいひめ’を収録(群馬県農技セ・武井幸雄先生ご執筆)。‘とねほっぺ’と‘とちおとめ’を交配したなかから選抜された品種。平均果重が20gと大果で,糖度が高く酸度が低いことから期待されている。花芽分化時期が遅いことから,極早生品種と組み合わせたり,花芽分化処理を積極的に行なって年内出荷を行なうなど導入方法も栽培技術も精緻に研究されており,今後の発展を期待したい。
タマネギ:昨年はサラダ用タマネギ産地の事例を収録したが,今追録では,北海道,近畿,九州の3つの代表的な産地に分けて,多彩になったタマネギ品種の情報を最新のものにした。