農業技術大系・作物編 2010年版(追録第32号)


米の価格低迷を乗り切る稲作経営の新しい展開のために

水田で飼料イネ――導入・栽培のポイント

 新規需要米として注目されている飼料イネは,食用イネのように食味や外観などの品質が問題にならない。その利点を活かし,たとえば施肥は積極的なほうが多収につながる(超多収品種では食用イネの3倍の施肥量)。「飼料イネの低コスト安定多収技術」(中央農総研セ・松村修)で解説。

 飼料イネは追肥も積極的に施さなければ多収できないが,食用イネよりも米の取引価格が低いため,できるだけ低コスト省力的な方法も求められる。そこで,硫安をコンバイン収穫用籾袋に入れ,水田の水口に据える「飼料用イネ栽培向けの流入施肥法」(東北農研セ・関矢博幸)を開発(写真1)。

写真1 籾袋法による流入施肥の設置方法
(1)波板設置,(2)水口


 また,飼料イネは飼料米用や稲発酵粗飼料(ホールクロップサイレージ)用を問わず,全国で栽培できるようになった。北海道,東北,北陸・関東から近畿・中国・四国,九州とそれぞれに適した品種が定まっている。「飼料用イネ品種の開発」(作物研究所・加藤浩)で品種の特徴を紹介する(いずれも第2-(2)巻)。

 飼料イネのうち,稲発酵粗飼料のほうは高価な専用収穫機が必要であり,これが導入上のネックにもなっている。そこで,飼料イネの裏作に飼料ムギを作付けて,収穫機の稼働率と水田の利用率を上げる。オオムギの湿害・倒伏を回避するためのライコムギ混播など,水田での飼料ムギ栽培のポイントを「飼料イネ収穫機械を利用した飼料ムギとの二毛作体系」(畜産草地研究所・佐藤節郎)で解説(第4巻)。

 福島県会津坂下町・五十嵐清七さんは取引単価1kg30円の飼料米を,水田利活用自給力向上対策10a当たり8万円の助成を受けて栽培。密植で籾数を確保しつつ栄養生長期間を長くとり,牛糞堆肥と尿液肥で肥切れを防いで多収にする技術を,第3巻の「ベテラン農家に学ぶ栽培・作業の勘どころ」で紹介。

今,注目のイネ品種の持ち味を引き出す

 コシヒカリを栽培していた水田で偶然見つかった品種が「龍の瞳」(岐阜県下呂市・今井隆)。たとえ米の素人であってもハッキリ違いがわかるほど粒が大きく(写真2),各種コンクールで軒並みトップを取り続けるほど食味も上々。アンケートで消費者のニーズをつかみ,テーマソングや絵本の制作などユニークなブランド化への取組み。

写真2 龍の瞳とコシヒカリの比較
上:精白米,下:籾


 食味が良く,いもち病に強いにもかかわらず,精米歩留りが悪くて大量流通に向かず,栽培されなくなってしまった在来種‘さわのはな’(山形県長井市・遠藤孝太郎)。栽培の工夫によって持ち味を引き出しつつ,コンサートなど趣味の音楽活動,インターネットなどを通じて直販の輪を広げてきた(いずれも第3巻)。

 倒伏しやすい全国品種コシヒカリ,知名度が低い地元品種はえぬき,それらを超える新しいブランド品種‘つや姫’を育てる試み(山形県農総研セ・結城和博)は炊飯米の白度・旨味成分も優れる。生育診断と登熟期の葉色診断で米のタンパク含量を下げるなどの栽培上の工夫もある。

 ムギ跡で生産されるコメの市場評価は低い。そのため,晩播でも食味の良い低アミロース米で,ムギ跡栽培で問題になる縞葉枯病に抵抗性もある品種‘ミルキースター’を育成(近畿中国四国農研セ・石井卓朗)。

 低アミロース米‘ミルキークイーン’から育成した新品種‘ミルキーサマー’(作物研究所・竹内善信)。標準的な地域(茨城県)ではミルキークイーンよりも出穂期が早く有利に出荷できる一方,暖地(沖縄県)では逆に短日下での晩生化により多収が期待できる。  かつて北海道の米はタンパク質含量が多く,食味が悪いとされていた。そのイメージが‘きらら397’で変わり,‘ほしのゆめ’や‘ななつぼし’などの品種を経て,本州に引けを取らない良食味米が生産されるようになっている。さらに新しい品種‘ふっくりんこ’なども含めて「北海道における良食味米育成の経過とねらい」(北海道立上川農試・佐藤毅)を紹介(いずれも第1巻)。

IT(情報技術)を駆使した新しい稲作経営

 全従業員がGPS機能の付いた携帯電話を持ち経営者のパソコンで作業や作物の状況を把握し,そのデータベース化によってノウハウの確立・蓄積も図る。それをハード・ソフトやIT技術者なしで運用する低コスト省力的なクラウドコンピューティングシステムによる大型水田経営での農業経営・人材育成の強化をフクハラファーム(滋賀県彦根市・福原昭一)の事例で紹介(第3巻)。

 東北地域での水稲冷害予測を農家が自分のパソコンや携帯電話で入手できる「気象予測データによる早期警戒システム」(東北農研セ・菅野洋光)(第2-(2)巻)。葉いもち病の発生予察などもマップシステムでビジュアルに把握できる。暖地での高温・台風情報など,さまざまな展開も期待される。

稲作の低コスト省力化――直播,疎植ほか

 カルパー(酸素発生剤)よりも安価な種子を,省力的な方式で播種する「鉄コーティング種子を利用したショットガン直播」(九州沖縄農研セ・深見公一郎)。鉄コーティング種子は埋没すると発芽が悪くなるため,表面播種になるよう打込み速度を調整し,表面播種でも倒伏しにくい品種を併用する。

 小さな水田や不定形な水田では,動力散布機による直播が便利であるが,どうしても散布ムラが生じる。そこで,農薬の散布などで使われる多孔ホースを自走式の動力散布機と組み合わせ,省力的にムラなく散布する方法「粒剤散布用多孔ホースによる水稲直播技術」(中央農総研セ・元林浩太)を紹介する(第2-(1)巻)。

 苗をめぐる作業の省力などから,疎植栽培が注目されているが,冷涼な地域では茎数が不足するおそれがある。そこで「高冷地への疎植栽培の導入」(長野県諏訪農改普及セ・平出有道)(第2-(2)巻)では,どのくらいの疎植が最適かを検証し,慣行の坪当たり70株を50株に減らすと減収分を上回る経営効果のあることを見出した。

 低温期の浸種を余儀なくされる地域では水温の維持が難しく発芽不良を起こしやすい。しかし,1日目だけ水温を高く維持すれば,2日目以降が低くなっても発芽が悪くならないことを実証(写真3)。「早期水稲の育苗で浸種水温が発芽に及ぼす影響」(三重県農業研究所・北野順一)は不利な条件下での省力的な浸種法の提案(第2-(1)巻)。

写真3 浸種水温条件が水稲種子の出芽・苗立ちに及ぼす影響
左から,12.5℃で5日間(苗立ち率86%a),5℃で5日間(苗立ち率44%b),17.5℃で1日間ののち5℃で4日間(苗立ち率82%a) 使用種子:前々年(2005年)産のヤマヒカリ
育苗方法:浸種5日間→催芽30℃1日→播種→出芽32℃2.5日
苗立ち率:1区100粒・2反復,同一英小文字間には1%水準で有意差なし


 「水稲育苗箱全量基肥栽培」(宇都宮大学・高橋行継)では,生育の特徴を踏まえたうえでその経営効果を検証。専用肥料は通常の化成肥料よりも高価であるが,窒素含量が高く肥効も高まる。そのため,肥料単価によるコスト上昇よりも減肥によるコスト削減のほうが上回る(第2-(1)巻)。

稲作の有機栽培から循環型,地域づくりまで

 カメムシ被害は温暖化によって増える傾向にあるが,環境保全型農業の普及により,耕種的な防除法が求められている。そこで,カメムシの吸汁嗜好性とイネ科雑草の生育から,水稲の出穂3週間前と出穂期の2回,畦畔の草刈りを行ない,カメムシ被害を抑える「斑点米を軽減させる畦畔2回連続草刈り技術」(滋賀県農技振興セ・寺本憲之)(第8巻)を開発。

 水稲4haの山形県酒田市・高橋義昭さんは無化学肥料・無農薬で堆肥も施さない。肥料は有機質肥料の春施用で10a当たり窒素成分3~4kgだけ。それで毎年10a当たり8俵以上を収穫し続けている。なるべく土が乾くような管理で窒素の発現を促し,微生物環境も整え,トロトロ層も発達。自然農法の米は全量個人に直接販売する(第3巻)。

 新潟県のNPO魚沼ゆうき(山岸勝代表)では,地元の食品事業所で分別・水切りした食品残渣を新鮮なうちに回収し,自前の籾がらや米ぬかなどを混ぜて堆肥化。仕上がった堆肥を秋と春に施すほかはとくに肥料も堆肥も施さず,イネを無農薬栽培する地域的な取組みを「地域の生ごみ・資源を生かした循環自然農法」で紹介(第8巻)。

 広島県三原市(有)大和(井掛勲)では,イネの育苗から収穫まで,米の製粉から製麺まで自社でまかない,販売。麺の太さを変えることでパスタ風,うどん風,ラーメン風,サラダ風とさまざまな食べ方も提案。コムギ製品に比べると高価になるが,米粉の良さを知ってもらい活用の意義を伝え,販路を広げている。今後の展望も含め,「稲作以外の産業がない土地で米粉製品の加工販売,雇用の創出と利益の還元」(第3巻)を紹介。

 このほか,今回の追録ではソバ・ムギ・ヒマワリ・ダイズの新しい技術情報も満載(第7・4・8・6巻)!