農業技術大系・作物編 2008年版(追録第30号)


●世界的に見れば,食料としての穀物不足は誰の目にも明らか。2008年版追録30号は,基本食料のコメ・ムギ・ダイズ・イモ・雑穀の安定多収技術を追求。

(1)コメの超多収と高温障害対策

 わが国では,コメの多面的利用を目指して,米粉,飼料イネ(WCS),飼料米の動きが急速に高まっている。今追録では,コメに関する世界各地域の動きと,わが国での超多収技術研究の最新成果を収録。

(2)イネ・ムギ・ダイズの高温障害対策

 温暖化はコメだけでなく,ムギでもダイズでも問題に。暖地で突発的に発生するムギの「枯れ熟れ」の背景と原因,水田転換畑でのダイズ栽培での不耕起狭畦栽培,冠水回避技術など新技術。

(3)ナタネ・ヒエの全面改訂と新しくキノアを収録

 食用油,バイオ燃料で注目されるナタネ,健康機能性から再び注目を集める雑穀(ヒエ)を,最新の研究をもとに全面改訂。新規に追録したキノアは,アトピーの人たちにも注目されている作物。

(4)現代の精農家事例をさらに充実

 コメ・ムギ・サツマイモ・ダイズ・ナタネ・ヒエ栽培の現代的な展開に挑戦する精農農家(地域)9事例を収録。


コメ・ムギ・ダイズ・サツマイモ・ナタネ・ヒエ・キノア―穀物の安定多収は地球全体の課題です

コメ超多収は世界を救う

 不作に加えてバイオ燃料への転換による穀物価格高騰,飼料価格高騰,事故米の不正転売。減反は継続され,耕作放棄地が増加……。穀物の生産と流通をめぐっては,腹立たしいニュースばかりが目につく。そんななか,世界的に見ればコメ生産への熱い取組みが始まっており,わが国でも米粉パンをはじめとする米の他用途利用,飼料イネに加えて飼料用米も転作作物として認められ,これまでとはひと味違うコメが動き始めている。

●飼料イネ生産に向けてコメ超多収研究

 忘れてはいけないのが畜産飼料である。畜産飼料全体(粗飼料・濃厚飼料)の自給率は25%,トウモロコシなどの濃厚飼料だけで見ると10%にすぎない(2006年)。この状態を耕作放棄田に飼料用イネを作付けすることで,飼料自給率を20%アップしようという取組みが始まった。

 今追録では,コストダウンの大きな柱となる超多収に向けての研究成果を収めた(第1巻,超多収米の可能性と栽培技術の検討)。この間に育成されてきた超多収品種の流れと特性(岡本正弘氏作物研究所)と,栽培にあたっての留意点(長田健二氏 近畿中国四国農研セ)を収録。飼料イネ栽培に関しては,第2-?巻に今追録で収録した牛尿追肥による栽培(佐藤一弘氏,石井博和氏,いずれも埼玉県農林総合研究セ)。

●世界はコメ多収の熱気が渦巻いている

 世界に目を転ずれば,圧倒的な食料不足がより深刻になり,各国で増収への熱気が高まっている。今追録では,その熱気をお届けする第一弾としてアフリカ諸国,マダガスカル,熱帯アジア諸国の取組みを収めた(第1巻,世界の稲作)。

 アフリカ諸国でのNERICA米栽培は,「緑の革命」の反省のうえに着実に発展している。坂上潤一氏(国際農林水産業研究セ)は,西アフリカを中心にコメの食べ方も含めて,水稲,陸稲,雑穀,野菜を自然条件に合わせた輪作の取組みなど,コメ一辺倒だった従来の援助からの大きな展開を報告。

 アフリカ大陸の東に位置するマダガスカル島での,集約的水稲栽培法(SRI)が国際的に注目されている(写真1)。辻本泰弘氏(京都大学)・堀江武氏((独)農研機構)におまとめいただいた。「多収農法として科学的根拠に欠ける」として批判もあるSRIだが,その技術は,昭和30年代からすすめられたわが国での「米作日本一」の農家が築き上げてきた「深耕」や「堆肥施用」が行なわれる。多大な労力が必要になるため,「乳苗」や「疎植」などさまざまな農民的工夫がこらされている。

写真1 SRI実践水田における収穫期のようす


 熱帯アジアの稲作は,鴨下顕彦氏(東京大学)にお願いした。鴨下氏は,研究機関による新たな取組みだけでなく,「小農のための技術開発」として,ベトナムの「VACシステム」,カンボジアでの「多目的農場」,タイの「ニューセオリー」などの取組みを紹介している。農村計画と稲作を結びつけて展開する動きは,洋の東西を問わず大きな動きになってきている。

 いずれも力のこもった内容だけに,ぜひご一読いただきたい。

高温障害はイネだけにはとどまらない

 温暖化,高温障害というと,イネや果樹ばかりが話題に上るが,高温の影響はそれだけにはとどまらない。ダイズやムギにも影響が現われ始めている。

●イネ―高温障害対策追求第三弾・穂温と気温

 イネの高温障害対策の第三弾である(第2-?巻)。今追録では,高温障害発生の目安となる温度についての研究成果「微気象要因と高温障害―穂温からの解析」(長谷川利拡氏ら 農環研),および,根の損傷との関係を追跡した「登熟初期の根の損傷が品質に与える影響」(田畑美奈子氏茨城県常陸太田地域農改セ)を収録した。

 高温障害は一般に気温によって危険性を判断するが,じつは,問題なのは穂の周辺の温度だという。もう一つは,水田の水管理である。早期落水した圃場では土がひび割れを起こし,イネの根を切ってしまう。それが高温障害の被害を大きくしてしまうという。

 登熟期間に田面に水があれば,その気化熱で穂温を低下させる。作期や品種選択,施肥管理の改善と併せて検討したい。

●ダイズ・ムギにも温暖化の影響が

 ダイズへの気温上昇の影響をみたのが齋藤邦行氏(岡山大学)の研究である(第6巻)。「登熟期平均気温が31℃を超えるような年には,気温上昇は花蕾数ひいては莢数の減少を通じて子実収量低下」と報告している。

 脇道にそれるが,ダイズ直播栽培で大きな障害となっている出芽時の冠水に対する回避策として,愛知県で開発された「簡易排水システム」を濱田千裕氏(愛知県農業総合試験場)に紹介していただいた。

 ムギでも,温暖化の影響があるのではないかとみられる現象が発生している。登熟中期以降に下葉が枯れ始め,深耕とともに止葉が枯れ,成熟する前に穂までが枯れ上がるという「枯れ熟れ様障害」である。さまざまな要因が複雑に絡んでいるようだが,小田俊介氏(九州沖縄農研セ)は,「播種から出穂期にかけての暖冬傾向と,生育期間を通じての多雨」が大発生に結びついているのではないかとしている。対策として小田氏は「晩期追肥」をあげている。

雑穀が世界的に注目されている!

 今追録では,健康機能性で注目を集めている雑穀3種を改訂および新規追録した(第7巻)。今や雑穀は転作作物の有望品目に成長しつつある。

●キノア―NASAも認めた機能性作物

 キノアとは,南米アンデス地方を原産とするアカザ科の作物。種子がまるで穀類のように栄養価が高く,NASA(アメリカ航空宇宙局)が宇宙食の材料として注目したことが火をつけた(写真2)。現在,そのブームはヨーロッパに飛び火し,欧米での栽培も増え人気作物となっている。今追録ではキノアの作物としての特性,栽培技術,利用について,磯部勝孝氏(日本大学)と氏家和広氏(農業生物資源研)に紹介していただいた。

写真2 キノア多収品種NL-6の草姿(播種後3か月)


 これまでわかっていなかった日長反応と品種選択,内容成分の特徴などのほか,栽培技術も詳述。国内産を求める声が高まっているという。海外での加工技術および商品についても最新の情報が網羅されている。

●もち性ヒエも育成されて転作の目玉に

 中山間の畑作地帯で栽培されているイメージが強いヒエだが,その様相が一変し,転作作物として「コメ以上に稼げる」作物になりつつある。

 今追録では星野次汪氏,武田純一氏,佐川了氏(いずれも岩手大学)におまとめいただいた。星野氏は在来品種も含めて121品種の農業特性を追究し,特性を報告している。また,これまで存在していなかったもち性のヒエ‘長十郎もち’を育成。コメに比べてタンパク質,カリウム,マグネシウム,リン,鉄,食物繊維が豊富なヒエは「現代の食生活改善」穀物として期待されている。

 大型機械化栽培体系はもちろん,田植機による移植方法,バインダを改造した収穫機械など,小型機械化体系もていねいに紹介されている。一方で伝統技術の「ボッタまき」についても,実際に今も行なわれている手法で具体的に書かれており,大変に興味深い。

●ナタネの安定多収,搾油,廃食用油利用

 菜の花プロジェクトが各地で取り組まれているが,課題はナタネの安定多収。楽しみだけのイベントに終わらせないためにも,安定多収とその利活用技術が問われる段階に入った。

 ナタネ栽培の現状や新品種情報(山守誠氏 東北農研セ)のほか,各種直播栽培によるナタネの安定多収栽培(松﨑守夫氏 中央農業総合研究セ),搾油法と搾油機械の最新情報(加藤仁氏 中央農業総合研究セ),市販機械をナタネに活かす技術(澁谷幸憲氏 東北農研セ),廃食用油の利活用では各地のBDF利用例や,話題のSTING法によるBDF燃料化(冨樫辰志氏,飯嶋渡氏,いずれも中央農業総合研究セ)など,最新の成果を網羅した。最新事例として,多収日本一(340kg/10a)の北海道滝川市の取組み事例も収めている(阪本康雅氏 滝川市農政課)。転作作物として,また地域活性化にも貢献するナタネ栽培のために,ぜひご一読いただきたい。

 今追録では,表1にまとめたように,各地の個性的な精農家の取組み例を充実させた。実践的な栽培技術や加工・販売は,農業の明後日を明るく照らしてくれている。


表1 今追録で収録した魅力的な精農家事例

品 目 県名・農家(組合)名 収録巻 特 徴 執筆者(所属)
イ ネ 福島・佐藤次幸 第3巻 作業のむだを省いて,らくらく笑顔のイネづくりを実践する佐藤さんの技を収録。手作業をなくす。重いものは軽く,高価な資材はできるだけ安く,簡単メンテナンスで機械を長持ちさせて低コスト生産 佐藤次幸(実際家)
イ ネ 北海道・松田清隆 第3巻 14haの水田を,中濃ソースによる種子消毒,焼き肉のたれや消石灰,鷹の爪とニンニク液による病害虫防除など,個性的な栽培技術で農薬なしの栽培を実現 松田清隆(実際家)
ムギ類 佐賀・荒巻秀泰 第4巻 10a当たり労働6時間以下で多収するための作業効率アップが見事。3種類のムギをじょうずに組み合わせて合理的な作付け体系を組む 横尾浩明(佐賀県佐城農業改良普及センター)
サツマイモ 茨城・(株)照沼勝一商店・照沼勝浩 第5巻 原子力発電所の事故に振り回される東海村。風評被害に負けない品質と商品力を求めて,土壌消毒に頼らない栽培に挑戦 後藤芳宏(農援隊)
サツマイモ 宮崎・(有)コウワ 田中耕太郎 第5巻 経営方針の一つが「環境と調和した農業」。地区の有色甘藷生産組合長も務め,新品種の導入,センチュウ対抗性緑肥の導入,直播栽培などに取り組む 下郡正樹(宮崎県北諸県農林振興局)
ダイズ 新潟・島田生産組合 第6巻 多雪重粘土地帯に新技術「耕うん同時うね立て播種」を導入して湿害を回避し,反収アップ。6工程の作業を1工程に省力化し,雨が降っても大丈夫 塩谷幸治(中央農業総合研究センター北陸研究センター)
ダイズ 千葉・長南町東部営農組合 第6巻 農家数203戸,水田158haを7つの集団ブロックローテンションで回す。降雨後すぐに播種できる不耕起播種,無中耕・無培土で汚粒軽減 漆崎みゆき(千葉県長生農林振興センター)
ナタネ 北海道・滝川市 第7巻 反収日本一の産地。コムギ連作を回避するために導入され,市全体で203haの栽培に。菜種油の搾油やドレッシングなども開発 阪本康雅(滝川市経済部農政課)
水田の多面的利用 福岡・大熊資源保全実行委員会 第8巻 「県民と育む“農の恵み”モデル事業」後も営農組合独自に継続し,休耕田ビオトープの設置,生きもの調査など,都市住民も巻き込んでの展開に 緒方厚一(農事組合法人くまわりファーム事務局)