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・浮皮果,着色・発芽不良,凍害など温暖化対策第2弾
・シールディング・マルチ栽培など,ユニークな栽培&仕立て法
・カンキツ,リンゴの基礎生理,技術,品種情報
温暖化や降水の局在・局大化などの気候変動は,いまや果樹の生育・発育に大きく影響を及ぼしています。前号に続き今号でもこの課題を取り上げ,最新の知見をふまえた総括的な解説と,クリ,ナシ,温州ミカンの対策技術を紹介しました。
まず農研機構果樹茶研・杉浦俊彦氏には「地球温暖化が果樹栽培に与える影響と対策」として,気候変化に関する統計的事実をふまえつつ,果樹の気象反応の基礎的理解,それから導かれる温暖化の具体的な影響,事例,そして求められる対策,将来予測までを整理,紹介頂きました(図1)。20ページ近いボリュームの貴重なご報告,果樹関係者必読です。
図1 果樹における気温上昇と降水の極端化の影響
併せて,クリの高うね栽培・マルチ被覆による幼木の凍害軽減と,ナシの春施肥による耐凍性向上と発芽不良軽減の対策技術,また温州ミカンでは浮皮にかかわる生育中の気温条件とGP剤散布についても紹介頂きました。
このうち温州ミカンの浮皮にかかわる生育中の気温条件というのは,果実成熟期以外に,これまで知見のなかった開花から生理落果までの生育前半期の気温上昇が,浮皮や着色不良・遅延にどう影響するかを調べたもの。浮皮が出やすい中生の‘南柑20号’のポット植え樹を人工気象室に入れ,平年比プラス2℃とプラス4℃の気温上昇下での反応をみたところ,肥大成熟期とともに生育前半期の気温上昇もあった場合に,浮皮度は大きく上昇する一方,着色は生育前半期に温度が高くなると促進され,成熟期の高温では抑制されることなどが確認されました。プラス2℃,プラス4℃は大きな変化のように思えますが,これからの栽培環境を考えるうえでは押さえておきたいデータ,傾向です。
なお,こちらをご報告頂いた農研機構果樹茶研・佐藤景子氏には,浮皮対策で近年導入が進むGA+PDJ混用散布の,極早生・早生から晩生までの品種・作型に応じた使い分けノウハウについても詳しくご案内頂きました。浮皮軽減効果の程度や副作用となる着色遅延は,散布時期や濃度を変えることで調整ができ,それらを加減してさまざま処理できるそうです。
カンキツでは,限られたハウス空間を有効活用する「誘引垣根仕立て」,より効果的に水分カットが可能な「シールディング・マルチ栽培」のほか,これからの樹形の試みとして昨今検討が進む「双幹形」や「ジョイント仕立て」について,その特徴,導入のメリット,課題などを解説。ブドウでは,シンプルながら効果高く,特別な資材も使わない空枝除去による赤色ブドウ(‘安芸クィーン’など)の着色管理技術と,日本の風土にあった醸造用ブドウの仕立て方・管理を,ナシは園地の部分的・スポット的改植が可能な「1株3樹植え1本主枝仕立て」,さらにイチジクの水稲育苗ハウスを利用した養液コンテナ栽培と,ビオレーソリエスのオールバック仕立てによる早期多収栽培,リンゴは「高密植栽培(トールスピンドルシステム)」における省力栽培技術について収録しました。
いずれも作業性と果実生産性の両立を追求したユニークな栽培であったり,仕立て法ですが,元岡山大学の岡本五郎氏にご寄稿頂いた「日本の風土に合ったワインブドウ樹の整枝と栽培管理」では「盛り土・垣根栽培」を紹介。ワインブドウで何より求められる果粒成熟の充実を,生育期中の多雨や強風,また成熟期の高温や日照不足など不利な条件が多い日本というこの栽培環境下で,しかも省力・軽労で実現することを狙った意欲的な栽培法で,注目されます。
また,ナシ園地の若返りは常々指摘される課題ですがその実,改植はなかなか進んでいません。その一つの理由として,枯死や樹勢が低下した樹が1本,2本あってもそれ以外が健全樹だと全面的につくり直すのが難しく,そうこうするうち,スポット的に空間ができてそれがパッチ状に広がり,生産性を落としたまま改植もされないというケースがあります。この場合,空いた空間にスポット的に補植できればよいのでしょうが,既存樹の配枝や植栽間隔が意外と邪魔になります。そこで,それをあまり動かさず早期多収を可能にしようというのが,「1株3樹植え1本主枝仕立て」の取組みです。3本の苗木を1株に定植し,各樹を1本主枝仕立てで育成していくというもので,定植4~5年で樹冠拡大は終了,5年目には成園並みの収量が確保できるとのこと(写真1)。既存樹の抜根跡地は紋羽病などの対策が必要ですが,これなら随分と改植対応のハードルは下がりそうです。茨城県園芸研究所・比屋根雅子氏にご紹介頂きました。
写真1 定植3年目の初結実の状況
左:1株3樹植え1本主枝仕立て,右:慣行仕立て
品種:恵水
このコーナーではカンキツの発生,品種分化,分類,来歴の最新情報と,決定木(デシジョンツリー)分析による果実品質の見分け方,またカンキツの生育にかかる養水分の動態を,根,枝,葉の組織形態から整理,紹介した報告のほか,リンゴでは,遺伝子型や果肉色による分類も加えた新しい品種特性分類と,花粉の発芽可能温度(品種間で10℃も差があるなど)と量についての品種別差異といった基本的な情報,技術をメインに収めました。
糖度が高い果実あるいは酸度が低い果実を見きわめるのは,どの果樹でも重要な要素です。栽培中あるいは収穫後に簡易に,精度高く判断できれば,より高い単価の果実の生産・出荷につながります。その判断はこれまで多く経験的でしたが,西川芙美恵氏(農研機構果樹茶研)に今回ご紹介頂いたのは「決定木(デシジョンツリー)分析」という手法による見分け方です。指標とするのは,果実のなる方角・高さなどの「着果位置」,結果母枝の長さや太さ,着花枝の葉数,下垂度などの「着果状態」,縦経・横径,へそ直径などの「果実外観」の3つで,それぞれと糖度・酸度との関連を樹形(ツリー)状に整理・分析して,何が重要,決定的かを判断します。
たとえば,青島温州の糖度に関して最初の分岐は果皮の赤色(a*値)にあり,これが最大の判断要因となります。次いで「へそ(花柱部跡)」の直径(4.3mm以上か否か),もしくは果実横径(75mm以上か否か)があり,以下,結果母枝長などの判断も加えていきます。その結果,青島温州で糖度の高い果実を見分けるには,まず果皮が濃赤色のものを選び,その中からへその小さいものを選ぶとよいことがわかっていきます。逆に云うと,果皮の赤色が薄く,横径が大きい果実を摘果や選果などで優先的に取り除いでいくことで高品質果実が揃う,ということ(図2)。こうした判断が品種ごとにでき,今回紹介されているのは,‘青島以外では‘不知火’‘せとか’‘はれひめ’‘西南のひかり’‘津之輝’‘麗紅’7品種ですが,それぞれの高品質生産に役立てられそうです。さらなるデータの集積と分析,整理が期待されます。
図2 青島温州で糖度(A)あるいは酸度(B)を見分ける方法(西川・深町,2022を改変)
一方,リンゴの花粉品種別データも,春の天候不順で人工受粉が不安定化しているなか,きわめて貴重な情報です。
温暖化や人手不足といった環境変化で人工受粉の重要性が高まっているリンゴですが,その授粉用の花粉,これまではS遺伝子による交雑和合性の有無や,開花日で决めるのが一般でした。ところが,近年は発芽期の前進に伴う開花期の低温条件,また効率的な花粉採取も課題になっており,その情報が求められていました。そこで青森県りんご研究所が代表的な26品種について調べたところ,多くの花粉が気温10℃で発芽率を低下させる中(利用場面が多い‘王林’はほとんど発芽せず,とのこと),‘はるか’と‘ふじ’は10℃下でも高い発芽率を示し,低温発芽性に優れている(写真2),また‘世界一’‘シナノゴールド’‘金星’がそれに次ぎ,花粉量も十分に多いことが判明しました。したがって低温条件下での人工受粉では,これら5品種から授粉対象品種との交雑和合性を確認し,その花粉を採取することが理想的とのことです。青森県りんご研究所・小林達氏に詳しくご案内頂きました。
写真2 はるかおよび王林における10℃下での花粉発芽状況(左:はるか,右:王林)
このテーマでは,栽培面積が拡大,もしくは拡大が期待される有望中晩カンの‘西南のひかり’と‘津之望’,新レモン品種‘璃の香(りのか)’などのつくりこなし技術のほか,「テント張りマルチ」という方法でイチジク45段どり長期栽培を開発し,地域の生産を牽引されている愛知県田原市の実際家,天野亘さんの技術と経営を精農家事例として収録しました。
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今号も盛りたくさんの技術・新品種情報を納めました。それぞれお読み頂き,お役立て頂けたら幸いです。