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・注目・有望品種つくりこなしの勘どころ―カンキツ・クリ・ブドウ
・温帯でもつくれる パッションフルーツ
・省力管理,簡易診断,新様式の栽培技術
・温暖化の影響と対策
・新しい生理,技術情報―リンゴ,カンキツ,モモ
今号は品種紹介の充実に努めました。まず,カンキツでは中晩柑のなかで注目・有望な品種を5つ,‘はれひめ’‘麗紅’‘せとみ’‘南津海’と‘みはや’(写真1)を取り上げ,それぞれの栽培のポイントを収録。栽培面積こそ‘はれひめ’135ha,‘南津海’で110ha程度とまだマイナーながらこれからの普及の伸びしろが大きい中晩柑各品種の高品質・安定生産のヒントや,工夫が多く読み取れる内容となっています。
例えば‘麗紅’。この品種は,成木になると着花過多,いわゆるベタ花状態になりやすく(写真2),短い結果母枝に直花が密生してほとんどが落果してしまいます。着果確保は,有葉花の比率をいかに高めるかで,そのためには切返し剪定を多用して,12cm超・葉数7枚以上の結果母枝(写真3)をしっかり用意することと,その有葉花へ,開花時にジベレリンを散布して着果率向上をはかることがポイントになります。一方,‘麗紅’は果皮が薄く裂果しやすい特徴もあります。日照不足,土壌水分過多の条件で発生しやすく,対策はなかなか厄介ですが,果形指数が高いほど,すなわち扁平な果実ほど裂果しやすいので,摘果時にやや腰高な果実を残してやることで,ある程度発生を軽減できます。こうした勘どころを,‘麗紅’で多くの報告をなされている長崎県農林技術開発センター・林田誠剛氏に解説頂きました。
また同じ長崎県から,県統一ブランドの「出島の華」(糖度14度以上,酸含量1%以下)となっている中生系温州ミカン‘させぼ温州’についても,その特性と栽培のポイントを同センター・山下次郎氏に紹介頂きました。
中晩柑に関連しては,近年ハウス栽培で発生が見られる‘せとか’の「果実軟化症」の発生機構と対策も紹介しています。糖度がきわめて低く,触ると正常な果実に比べて軟らかく,産地では「コンニャク症」とも「味なし果」とも呼ばれる生理障害。カンキツにこれまで類似の症状は知られてなく,対策方法も定かではありませんでした。紹介頂いた岩崎光徳氏(農研機構果樹茶業研究部門)によると,軟化症果は結果枝の葉の光合成や蒸散に問題はなく,正常に機能しているものの,果実のヘタの部分(果盤)にカロースという,植物自らが生成する多糖類の一種が蓄積して,これが光合成産物,主にはショ糖の転流を阻害して発症するとのことです。しかしこれはある意味,「限られた光合成産物を正常な果実に集中させる植物の一種,防衛反応とも捉えられる」そうで,ハウス内の光環境(日射量不足)による光合成産物の不足,着果過多が原因と考えられるとしています。間伐や剪定による日当たりの改善,内成り果や小玉果の摘果の徹底など,樹体管理の見直しが改めて求められます。
果実軟化症は,‘せとか’のほか露地栽培の‘不知火’‘西南のひかり’‘津之輝’でも発生が確認されているそうで,他のカンキツも,とくにハウス栽培で気づかれず発生している可能性がある。注意が必要です。
このほか,クリとブドウでも新しい品種を中心に取り上げました。
クリでは,‘ぽろたん’以降,渋皮剥皮性のすぐれる品種の開発が続いており,この間登場したものでも‘ぽろすけ’(農研機構),‘えな宝来’(岐阜県),また国内では珍しいチュウゴククリに分類される‘岡山1号’‘岡山3号’(岡山県)があります。どれも加熱処理することで容易に渋皮がむけ,加工適正が高い。家庭消費以外,加工需要に向けた新たな販路の開拓,農家所得の向上が期待されます。‘えな宝月’‘美玖里’などとともに,各品種の来歴,特性と栽培のコツを押さえました。
一方のブドウは,県オリジナルの各品種,‘甲斐のくろまる’‘甲斐ベリー3(ブラックキング)’‘ジュエルマスカット’(以上山梨県),‘クイーンルージュ®’(長野県)と,無核で高糖度果実を省力栽培できる三倍体品種‘BKシードレス’(九州大学),温暖化で着色不良が懸念される地域で期待の四倍体品種‘グロースクローネ’(農研機構)を収録,こちらもそれぞれの生育の特徴,栽培管理のポイントを整理しました。
熱帯果樹でマンゴー,アボカドの次に「きそう」だと思われているのがパッションフルーツです。知名度はまださほどではありませんが,沖縄や奄美,東京島しょ部といった従来産地以外での国内生産が,近年注目です。
パッションフルーツは,温暖な地域であれば何年でも続けて収穫でき,条件が整えば周年栽培も可能です。しかし,夏季が高温すぎて花蕾が落下するわが国の西南暖地では,台風の危険のなくなる10月以後に苗を定植して春先までに樹体をつくり,長日条件となる3月以後に花芽分化させて開花結実,初夏から夏にかけて収穫する作型が一般的です。他方,冬季が低温すぎる地域では,春先の遅霜の終了後に定植して初夏に開花結実させ,夏季から秋季にかけて収穫する,やはり年1回収穫の作型がとられています。このほかにも,新樹形の開発や施設の利用などで収穫時期を前後に延長できる作型が千葉で新しく開発されたり,南西諸島や小笠原諸島ではハウスを使った年2回収穫の作型もありますが,いずれにせよ,パッションフルーツの栽培にふつうの果樹のような永年性作物をつくるといったおもむきはありません。苗木を定植して年1作か,2作穫って改植。果樹というよりは,もはや果菜のような感覚でつくれるのがその特徴です。
岐阜県では中山間地で加工用果実(写真4)の栽培が始まるなど,今後さらに注目度が高まり,ブームがきそうな熱帯果樹パッションフルーツの栽培について,新たな作型開発と併せ,栽培の基礎と実際を,米本仁巳(日本熱帯果樹協会),押田正義(千葉県農林総合研究センター),鈴木哲也(岐阜県農業技術センター)の各氏に詳しく解説,紹介頂きました。
ブドウでは,花穂上部支梗を利用した果房管理で小房をつくる省力技術が関心を集めています。これは,花穂先端3~4cmを使ってする慣行の花穂整形と異なり,花穂上部につく支梗を丸ごと利用する方法で(写真5),摘粒作業の大幅な省力が実現できます。一方で,残す支梗を選ぶのに時間がかかることや,着房数を倍にすることによる着色不良や品質低下には注意が必要ですが,規模拡大を考える生産者には朗報。導入する面積・品種を検討して役立てたい技術で,茨城県農総セ・園芸研究所の白石奈穂氏による報告です。
ブドウではこのほか,生産急増で販売期間の延長が課題となっているシャインマスカットの収穫期延長技術(山梨果樹試・宇土幸伸氏)も収録。
簡易診断技術は,リンゴ,クリ,ニホンナシで1本ずつ収めました。
まず,樹体管理をするうえで樹勢の正確な把握は,果樹栽培では必須。しかしその判断には詳細な観察に加え,多年の経験が必要とされています。リンゴでこの判定に,目通りの高さの3年生以上の枝の葉数(頂端新梢葉数)と,その新梢の先端部から4~6枚目の葉の縦の長さ(葉身長)の2つを指標に,生育期の栄養状態を探る手法が岩手県農研センターで開発されています。それによると,‘ふじ’で,1果重330g以上,糖度15%以上,果皮色カラーチャート値5以上の品質を目標とした場合,頂端新梢葉数は11~14枚,葉身長が7~8cmあれば適正と判断できます。勿論この基準値は,その地の気象や土壌条件,台木品種などで異なるため,産地・圃場それぞれで検討し決定する必要があるそうですが,数値化された指標による診断は新規就農者のみならず,ベテラン農家にとっても,従来の目視による判断の適否をはかるため,とりわけ昨今の気象変動の環境のなかでより精度を高めていくうえで貴重な方法といえます。同センターの大野浩氏に解説頂きました。
同じように,クリでは岐阜方式低樹高・超低樹高栽培樹における樹齢別適樹勢の簡易診断指標と,その診断後対応について同県中山間農業研究所中津川支所・神尾真司氏に紹介頂きました。こちらも,結果枝や発育枝,結果母枝候補枝それぞれの長さや基部径,葉色をめぐって指標化されています。
生育診断とは異なりますが,開園,改植時のいや地リスクを簡易に診断する方法がニホンナシで開発されています。土壌中に蓄積した生育阻害物質によると考えられるいや地現象はモモ,ウメでよく知られていますが,ニホンナシでも発生。しかし多くの場合,そのリスクを予想できず,発生対策を見過ごされたり,やれたとしても客土処理などコストや処理時間のわりに効果が見えないためそのままとしてしまうケースが少なくありません。そうしたなか,アスパラガスのいや地検定に用いられている根圏土壌アッセイ法を活用し,ニホンナシのいや地リスクを数値として目に見える形にしたのが,千葉農林総合研究センターで開発された手法です。定植するナシ品種や圃場によって発生リスクは異なり,評価はまだ一様ではないようですが,今後の展開が注視されます。同センター・戸谷智明氏のご報告。
この他,新様式の栽培技術として2つ,クリ‘ぽろたん’のジョイント栽培と矮化栽培法を収録しました。前者は,ナシ産地を中心に普及が広がる「樹体ジョイント仕立て」のクリ版で,ナシ同様に早期多収や軽労化が実現。前記の渋皮剥皮性品種の人気と合わせ,低コスト省力化技術として普及が期待されます(写真6)。神奈川農業技術センター・関達哉氏に解説頂きました。
一方の矮化栽培法は,冬季の整枝・剪定時に主幹の樹高を約2mに制限,主幹側部に2年枝(毬果を着ける結果母枝)を残して,主枝や亜主枝は使わない仕立てです(写真7)。矮性台木は使いません。脚立は使わず,地面に足をつけて作業できるこの主幹形低木仕立ての整枝手順,留意点と生育管理の実際を,発案者の堀田弘氏(元茨城県農林水産部改良普及課)に紹介頂きました。
温暖化の影響とそれへの備え,対策は継続した課題となっています。今号では,寒地果樹のリンゴの日焼け果対策と,西南暖地のニホンナシで増えている発芽不良の原因と対策を収めました。
このうちリンゴの日焼け果は,夏季の高温と強日射で発生量が多く,果皮の障害のみならず,ひどい場合は果肉の変質や壊死症状を起こし,商品価値を失なわせます。今回報告頂いた大城克明氏(冨山農水総技セ・果樹研究センター)によると,富山県では2016~2019年の4年で,‘ふじ’で軽微なものも含めると発生率は平均約25%にも及び,高温年だった2018年は36%に達したとのこと。こうなれば経営への影響も甚大です。今後ますます顕在化していくと思われる日焼け果の軽減対策をめぐって細霧冷房や被覆資材など現段階で考えられる方策を紹介頂きました。
ニホンナシの発芽不良は,西南暖地で2009年,2010年と大規模に発生して問題となりました。農研機構果樹茶業研究部門では,その対策技術を得るため2010~2017年に実態調査を継続して行ない,発芽不良の発生メカニズムを明らかにするとともに,簡単に動かせられない果樹の「今ある樹」でできる生産性を損なわない栽培技術の検討を進めてきました。得られた知見を,伊東明子氏(現在,農研機構本部)に詳解頂きました。
β-クリプトキサンチン(BCR)は温州ミカン果肉中の主要なカロテノイドで,ヒトの骨代謝を助ける働きをもつ栄養機能性成分として注目されています。このBCR含量が,温州ミカンの品種や成熟度,貯蔵温度・期間によってどう変化するかを探ったのが,農研機構果樹茶業研究部門・松本光氏の研究です。温州ミカンでは,品種や成熟度,貯蔵期間にかかわらず5~20℃の貯蔵でBCR含量は減らず,一定の温度があれば生合成が継続して増える場合がある。さらに,8℃以上では果実の成熟度や貯蔵期間によっては含量が増加するケースもある,とのこと。温州ミカンを通常の低温貯蔵庫で3か月以上貯蔵する場合,低温による食味低下のリスクを減らしつつBCRの生合成と蓄積を継続させるには,5℃より高めの温度が適している,としています。
リンゴでは,果実変形の課題に迫る論考。その発生には従来,開花時の受粉不足による種子形成の不足などが指摘されてきましたが,詳細は不明でした。この解明に,平均的な果実肥大モデルの作出と並行しながら取り組まれたのが,弘前大・田中紀充氏のご研究。‘ふじ’をはじめとする数品種について果実の変形パターンを明らかにし,変形果発生のメカニズムを解明する端緒としています。
モモでは果実内部を非破壊で簡易かつ短時間に,さらには樹上でも簡単に診断できるモバイル型の装置,手法の紹介。熟練者でないとわかりづらい核割れ果や熟度評価による穫りごろ判断を数値化することで作業内容の共有化や水準化が図られ,雇用や生産規模拡大にも資する。開発の経緯,器機の構成,内容・特徴,活用の実際を岡山大・福田文夫氏ほかに紹介頂きました。
その他,オウトウ,モモ,クリの精農家事例,モモの管理技術についても収録しています。
それぞれご参考になさって頂ければ幸いです。