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・モモ―発芽確保,鮮度保持,軽労化,高品質
・ナシ―受粉対策と軽労化
・ブドウ,カキ――注目技術と新品種
・カンキツ―品種分類,精農家事例
・リンゴ―新半わい化栽培など
今号もモモを大きく特集した。
まず,「各品種の地域別生育期」は,北は青森,南は熊本まで主産地10県の試験場,研究機関から主力の品種および各県有力品種,ネクタリンまで,それぞれの発芽期,開花期,収穫期,落葉期など生育期のデータを提供いただき,一覧化したもの。以前と比べ,開花や収穫の前進化の傾向は窺えるものの当てはまらない場所もあり,一定の評価はむずかしいが,今後も注視しておきたいデータといえる。
一方で,暖地の施設栽培では,自発休眠覚醒のための冬季の低温が十分に確保できず,ビニール被覆や加温開始時期の決定がむずかしい年もすでに出ている。今後温暖化がさらに進めば,開花遅延や発芽不良の発生も考えられる。そうしたなか,低温要求量が従来の‘おはつもも’台より100時間ほど少ない沖縄在来の品種‘オキナワ’を台木に使う技術が開発されている。これにより,暖冬年でも大きく遅れることなく施設の保・加温が開始でき,また休眠打破にシアナミド剤を併用すれば収穫の前進化も可能とのこと(写真1)。長崎県農林技セ・松本紀子氏のご報告。
また香川大では,亜熱帯地域の品種との交配で得られた実生から低温要求量が少なく果実品質の優れるモモ,‘KU-PP1’‘KU-PP2’を選抜している。
両品種は,低温遭遇500時間程度からの加温で十分萌芽し,とくに‘KU-PP1’は休眠打破剤との併用で300時間でも7割ほどが萌芽。加温栽培での早期出荷はもちろん,露地でもヤガの発生や気温上昇前の収穫が可能になり,無袋栽培や,果肉障害の発生も回避できる(写真2)。ちなみに,品種名のKUは香川大学のKagawa University,PPはモモの学名のPrunus persicaの頭文字から。同大の別府賢治・片岡郁雄の両氏に解説いただいた。
モモではこのほか,0℃付近での貯蔵,鮮度保持技術が注目。最近はインバーター制御のある冷蔵庫が普及し,温度ぶれなく0℃付近での貯蔵や流通が可能になっている。0℃下なら収穫時の硬度・鮮度のまま2週間程度はもち,その後,常温に移せばおいしく追熟もするとのこと。こうした結果を受け,海外へのモモの輸出実証試験も始まっている。音響装置を利用した核割れ果実の非破壊検出や収穫熟度の判別の検討も含め,最近のモモ果実の貯蔵,鮮度保持技術を京都大・中野龍平氏らに解説していただいた。
高齢化,担い手不足下の省力・軽労化技術,取組みとしては,1つは新潟県園芸研究センターで開発の「シンプル栽培」を収録。
育苗圃で1年苗木を集中管理して大苗に育成,これを翌年圃場に密植,定植1年目から収穫するというもので,改植,新植に伴う未収益期間の短縮のみならず,主幹と側枝だけで構成するシンプル樹形,斜立仕立てと相まって作業効率を大きくアップさせる。慣行の開心自然形では主枝間の強弱や亜主枝の配置に熟練した技術,管理が必要だが,この栽培では4~5ポイントにしぼった単純管理で栽培できる。同センター・松本辰也氏に,その仕立てから実際管理までを紹介いただいた。
もう1つは,山梨県甲州市の生産農家,北井功司さんの取組み。9~12本/10aという超疎植で作業導線のよい圃場環境を確保するとともに,栽培管理でも,3月上旬という早期から最小限の花だけを残すという(本摘果と同じ基準になる)強い摘蕾を実施,このあとの摘果作業の省力化と大玉果生産を同時実現するなど,雇用・アルバイトなし,家族3人の労力でモモ・ブドウを併せ170aを経営されているそのノウハウ,技術,手法を,山梨県果試・曽根英一氏に紹介いただいた。
ほかにモモ高糖度果実生産のための水分管理や,スモモのプルーンタイプと‘秋姫’の剪定技術も収録。
ナシでも温暖化の影響が顕著のようだ。その1つが,低温期に早期開花するリスクの高まりである。低温条件下だと花粉の発芽率がぐっと落ちる。それへの対策が近年課題となっている。
そのなかで注目されているのがセイヨウナシ花粉の利用である。ニホンナシで一般的な‘長十郎’の花粉が15℃条件下で発芽率が50%前後,12.5℃だと10%程度なのに対し,セイヨウナシのPyrus communis L.や,‘ラ・フランス’‘ル・レクチェ’は15.0℃で65%以上,10℃でも50%程度を維持し,Pyrus communis L.に至っては7.5℃でも40%以上の高い発芽率を有する。‘幸水’に対しては果実が小型化する花粉品種があるなど,実用的には既存の受粉用のニホンナシ花粉と混合して用いるのが望ましいそうだが,今後の気候変動を見越したばあい,低温時の結実安定にこのセイヨウナシ花粉の利用は期待大。鳥取大・竹村圭弘氏のご報告。
一方,ナシ花粉といえば現在,中国からの輸入がむずかしくなっている。安定供給先として新たにチリのセイヨウナシ花粉が有望視される一方,国内でも,花粉採取専用園の整備や貯蔵体制の構築,地域生産者間で過不足を融通しあうシステムづくりなど,産地ぐるみの対応も求められている。(公財)中央果実協会に,国内の花粉利用の現状をご報告いただいた。
受粉作業の軽労化をめぐっては,キウイフルーツなどで実用化が進む溶液受粉の利用可能性を,農研機構果樹茶業研究部門・阪本大輔氏が解説。‘幸水’に加え,近年の‘あきづき’や‘秋麗’でも十分実用性のあることが確認され,他品種への利用拡大が期待される。それに向けた液体増量剤の検討,改良のほか,より時短ができ,花粉の使用量も減らせる噴霧器の開発も待たれる。
改植,新植の早期成園化では定植苗木の生育促進が課題。千葉県農林総合研究センターではそのための技術を2つ開発している。1つは,定植後の苗木へのマルチ処理。主幹を中心に根がある範囲の地表面を被覆すると,手間は少々かかるけれど,新梢生育を無マルチの1.5~2倍に増加させられる。もう1つは,植調剤の利用である。シアナミド剤の散布による発芽促進と,ジベレリンペーストの塗布で新梢伸長を促すやり方で,こちらは簡単,手軽だが,マルチ処理に比べ樹全体に対する生育促進効果は弱めとのこと。定植本数や苗木の状態に合わせて,2つは選択,利用するとよいそうである。同センター・戸谷智明氏のご報告。
葉面積指数(LAI)の把握は果樹栽培では大きな指標になる。しかしその測定となるとなかなか厄介で,多大な労力がかかったり,計算が煩雑だったり,専用の分析器機が高価だったりと課題があった。それをもっと簡易にと開発されたのが,デジタルカメラで撮影した画像を「Fiji-ImageJ」という処理ソフトを用いてLAIを推定する手法である。実用化が期待されるその推定手法を,福岡県農林総試・濵田美智男氏に紹介いただいた。
ブドウではこのほか,2回漬けがふつうの‘デラウェア’のジベレリン(GA)処理が1回ですむ大粒系も紹介。2014年に島根県で発見された優良系統で,GA1回で通常デラと遜色ない果重,品質が得られ,かつ2回目を省くことによって果粉の溶脱も減り,裂果の発生を軽減できる。島根県農技セ・栂野康行氏のご報告。
カキではこのところわい性台木の開発が盛んだが,2016年に登録された‘豊楽台’もその1つ。作業が「楽」で,「豊(か)」なカキを生産する「台」というネーミング。実際,低樹高でコンパクト,作業性が優れるほか,渋ガキ‘西条’の脱渋完了時の果実軟化率が低下,品質も安定するとか。もちろん,甘ガキ‘富有’のわい性台としての活用も期待できる。島根県農技セ・大畑和也氏に紹介いただいた。
一方で,わい性台木によらず樹形改造によって既存樹を低く,任意の樹形に仕立て直そうという手法も開発されている。既存の樹の主幹部を切断して,発生してくる徒長枝を新しい主枝として育成し直すもので(写真3),既存樹は貯蔵養分をもち,根がすでに張っているため1年目の新梢生育が格段に優れ,早期に収量が確保できる。また,90年生‘富有’でも適用できるなど汎用性も高い。その実際方法を,和歌山県果試かき・もも研・堀田宗幹氏に紹介いただいた。
カキでは,このかん新しく育成された品種(‘太豊’‘太雅’‘麗玉’‘秋王’‘ねおスイート’‘輝太郎’)も紹介。
カンキツは,ゲノム情報を手がかりに主要な栽培品種の来歴が明らかになるとともに,複雑な過去の交雑過程から長らく不明だった温州ミカン,カボスなど24品種の両親,45の品種間で親子関係が推定されている(写真4)。これにより新たな系統分類の見直しが進むとともに,優良品種の作成が期待される。カンキツ「主要品種の来歴と栽培化の過程」および「国内での品種伝搬と在来品種の多様性拡大」について農研機構果樹茶業研究部門・清水徳朗氏が詳細に解説。
このほか,温暖化で注目されるブラッドオレンジの技術情報,せとか(施設栽培),ゆら早生完熟栽培の生産者事例も収録している。
高齢化や人手不足による省力化はリンゴでも待ったなしである。そのためには,薬剤摘花・摘果剤を利用した効率的な着果管理も課題の1つ。「薬剤摘花・摘果による品種別の省力効果と果実重」はその基本となる検証を,‘ふじ’‘シナノスイート’‘つがる’‘ジョナゴールド’の4品種をめぐって行なった労作。摘果に要する時間は,芽の種類や花そう内花数,開花後日数により異なるなど摘花・果剤処理の前提となる基本データを提供。農研機構果樹茶業研究部門・守谷友紀氏のご報告。
樹園地土壌における養分の富化や成分間のバランス悪化は全国的な傾向で,とくにリン酸を中心に養分の過剰蓄積が進んでいる。長野県農政部・伊藤正氏はこれまでデータのなかったリン酸過剰園のリン酸施肥を中断する影響を調べ,3~6年中断しても樹体生育や収量・品質に影響はなく,施肥改善とコストカットにつなげたいとしている。
リンゴではまた,新半わい化栽培が現場で関心を集めている。この栽培法,M9自根台を使う新わい化栽培とも,また従来の半わい化とも異なる仕立て方で,いうなれば両者を足して2で割ったような特徴をもつ。具体的には,主枝決めと芯抜きを早期に実施。亜主枝はつくらず,ずっと同じ形で栽培。また,早くに主枝を決めるので大きな成り枝が利用でき,初期収量も上がる。その初期からの成り込みで樹形もコンパクトに維持できる,というもの。本栽培のポイントと,植栽から樹形完成までの手順を開発者である元(一財)長野県果樹研究会・戸谷公次氏に紹介していただいた。