農業技術大系・果樹編 2016年版(追録第31号)


・ブドウ――物質生産理論と基礎技術
・熱帯特産果樹、これからの栽培の基礎と実際
・規模拡大、集団経営を支える省力システムと技術
・リンゴ紋羽病ほか最新研究


ブドウ――物質生産理論と基礎技術

 先号に続き今年も第2巻ブドウを大きく特集した。

 まず、冒頭ですべての作物生産のベースとなる光合成、その生産量をいかに高め、そしていかに効率よく収穫物へと分配させるかという生産生理の基本を、ブドウを例に整理した「物質生産と収量」を収録。著者によると、物質生産量の増加はまず葉を増やすこと。葉面積指数で3ないし4ぐらいを目指すとよい。ただ一方的に葉を増やせばそれに伴い新梢が長く残り、果実分配率が下がる。そうしないためにはカラ枝も含め、短めの新梢を多く残す。この枝梢管理をしっかりやりきれれば、今以上の高品質多収は可能という。たとえば、シャインで2,888kgという試算値も「常識からすればかなり多い」ものの不可能ではなく、「これ以上を実現した例が学会で発表されている」。

 物質生産とその分配を、高いレベルでバランスさせる方途をブドウだけでなく、すべての果樹について考えさせてくれる内容。高橋国昭氏(元鳥取大学)に23年ぶりに旧記事をあらためて頂いた。

 そのよい事例ともなりそうなのが、‘シャインマスカット’で2014年の山梨県果樹共進会の最優秀園、2015年のJAフルーツ山梨の品評会では県知事賞と、ダブル受賞した実力派農家・小笠原政宏さん。小笠原さんの技術ポイントは、樹冠のふところに余裕をもたせた、全体にゆったりとした樹づくりと、生育期に均一な勢力の新梢が棚面を無理なく覆うようにする枝梢管理にある。棚下には約1割の光が差し込むぐらい(葉影率90%程度)に整えるとのこと。物質生産の理屈にも通じる管理の技が伺えそうだ。

無核化、結実促進、果実肥大――植物成長調整剤利用の基礎

 ブドウ栽培は今日、‘デラウェア’や‘ピオーネ’など無核の‘巨峰’系に、シャインと欧州系を加えた3タイプの無核栽培が中心になっている。そのため生育管理もデラ、‘巨峰’‘ピオーネ’中心のやり方から見直されつつあるが、今号では栄養生長期(花穂の発育、芽かきと生育、摘心と副梢管理)から開花結実期(樹相と結実、結実の安定、結果調整)、果実肥大成熟期(灌水の効果、収穫、調製・出荷、貯蔵方法)までと、施設栽培の各管理を、山梨県果樹試験場と島根県農業技術センターほかの先生方にみっちり整理して頂いた。そのなかでも、いまの大粒・無核栽培で欠かすことができない植調剤についての最新情報は、実用性大。

 たとえばフルメットは、単用、もしくはジベ処理時に加用することで着粒安定や果粒肥大に効果を発揮するが、それだけでなく、一部欧州系の品種で成熟期に発生する「しぼみ果」も、2回目のジベ処理に加用することで軽減される。その一方で、シャインでは糖度上昇の遅延や裂果の発生が助長されることもある。またこのフルメット加用によりデラのジベ処理の適期幅を拡大したり、二倍体欧州系や‘巨峰’系四倍体品種での早期一回処理や、満開3~5日後の一回処理といった省力化技術も開発されている。‘クイーンニーナ’などは2回処理より1回処理のほうが、糖度が高く着色も向上、果粉も多くなる(写真1)。




写真1 慣行のジベ処理2回をフルメット加用で1回に削減(山梨果試原図)
GA25ppmにフルメット10ppmを加用、満開3~5日後に浸漬処理したクイーンニーナ(左、右は2回処理した房)。1回処理でも糖度は高く着色も向上、果粉多。支梗長も短くなり、房形もまとまりやすい

 このほか、新梢伸張を抑制することで摘心の代用効果や副梢管理の省力化が期待できるフラスター、‘巨峰’の花振い防止、超早期加温栽培や二期作栽培での落葉促進に用いられるエテホン(エスレル10)、ジベレリンと組み合わせて無種子化処理に広く用いられているストレプトマイシン、とりわけシャインや‘藤稔’など受精や天候によってジベ処理だけでは完全な無種子化が不十分とされる品種では、この剤の使用は前提となっている。

 植調剤の利用は、四倍体か二倍体か、有核・無核かなどでその反応性を大きく変える。近年登場の‘シャインマスカット’や‘サニードルチェ’など新しい品種での対応も整理して頂いた。ぜひ参考にして頂きたい。

花冠取り器、シャイン長期貯蔵、加温栽培の省エネ管理など

 開花後の花かすが幼果に残ると灰かびやさび果発生の原因になる。この花かす落としに力を発揮するのが「花冠取り器」。ジベ処理用のカップ上部にブラシを取り付け、浸漬時に、花穂を数回上下させて花かすをこすり落とすアイデア器具で、2015年から発売されている。近年ではとくに‘サンヴェルデ’など花冠が落ちにくいブドウで注目され、さび果軽減に効果が高い(写真2)。また‘ルビーロマン’ではジベ処理と別に単独で使用され、省力的な裂果防止法として普及している。2011年収録の内容に新しい情報を加え、農研機構果樹茶業研究部門・薬師寺博氏に改訂して頂いた。




写真2 花冠取り器の利用によるさび果の軽減効果(サンヴェルデ、薬師寺博原図)
左:浸漬のみ、中:花冠取り器、右:花冠完全除去

 一方、国産で生食用のブドウが出回ることが少なかったお歳暮やクリスマス時期に販売できる高級ブドウとして、‘シャインマスカット’の収穫期延長技術や長期貯蔵技術が各種開発されている。そのうちの一つ、山形県農総研・園芸試験場では収穫後の穂軸先端に水道水を入れたプラスチック容器(フレッシュホルダー)を装着して水分を供給、穂軸・果粒の萎凋をおさえ、脱粒を防ぐ技術を発表している。約80日で容器内のすべての水が吸収されるが、その後も1~2か月は鮮度保持効果が維持されるという。同試・明石秀也氏の紹介。

 ところで、高品質生産は追究しつつも省エネ・コストの低減も欠かせない。

 「加温栽培の省エネ管理」では、発芽前から保温を始める早期保温と、発芽後2週間と開花後2週間について22時(開花期までは24時)から翌朝6時まで慣行より4度下げて管理する夜間の変温管理を紹介。両方を組み合わせることで、1/上~2/上旬加温開始の普通加温作型では、燃料使用量は従来の加温方法の約半分に減らせる。

 ただし、単に早くから保温するだけでは発芽を早めることはできず、休眠から十分に覚めてからであることが求められる。その際、従来の7.2℃以下の低温遭遇時間を積算するのではなく、温度ごとの有効度合を加味して計算する。品種によっては、8℃や、12℃といった温度でも有効だし、逆に低温の影響がより強い品種もある。そうした休眠覚醒に有効な度合いを、1時間ごとに積算した値DVIが「1」以上だと、休眠が覚醒されていると判断できる。早期保温で効果を発揮させるには、この品種ごとのDVI値を確認する必要がある。安井淑彦氏(岡山農総セ)の解説。

 ブドウではその他、「‘巨峰’‘ピオーネ’の超早期加温栽培」(山梨果試・宇土幸伸氏)や近年大きな問題となっている「クビアカスカシバの生態と防除」(同・内田一秀氏)、「簡易被覆栽培でのトンネル除去と温度」(岡山農総セ・中島譲氏)、「東アジアおよび日本の野生ブドウ」(香川大・望岡亮介氏)、「醸造用品種群」の改訂(植原葡萄研究所・植原宣紘氏)など併せて188頁の大特集となった。いずれも力作、ぜひご一読、参考にして頂きたい。

温帯でつくれる熱帯果樹、アボカド

 スーパーでふつうに販売され、すっかりわが国果物の定番品目となった感のあるアボカド。そのほとんどはメキシコなどからの輸入ものだが、寒地を除けばじつは日本でもつくれ、完熟果実のおいしさはそうした輸入物を遙かにしのぐ。日本熱帯果樹協会・米本仁巳氏にその栽培の基礎と実際を解説頂いた。

 また、愛媛県松山市の実際家・森茂喜さんには生産者から見たアボカド栽培の要点について紹介頂いた。露地での栽培はまだまだ問題は多いものの、3~4年生になればひとまずは大丈夫。したがってそれまでの栽培ノウハウが重要だという。園地選定から品種選び、遮光、風除け、防寒など植付けから2~3年までポイントを紹介頂き、アボカド栽培の挑戦を考えている方には参考になる。

イチジク、カキ新技術――リフレッシュ剪定、徒長枝活用

 イチジクでは画期的ともいえる新剪定法が開発されている。主枝を毎年更新する剪定法で、半永久的に固定されてきた骨格枝という概念をくつがえす。樹にとっては非生産部分を大きく除くことにつながり、養分分配のロスが減らせる。おかげで発芽は早く(写真3)、果実も大きくなり、早く熟す。また従来、一文字整枝で悩みのタネだった日焼け、凍害、カミキリムシなどの被害が、主枝を毎年更新するので悪化しない利点もある。




写真3 リフレッシュ剪定(主幹部より左側)は従来の短梢剪定よりも発芽が早い(細見彰洋原図)

 この剪定法、従来の方法から移行するのも元の剪定に戻すのも容易で、その間の収量に損失が出ない、誰でもすぐに試してみることができる。開発した細見彰洋氏(大阪環農水研)はこの剪定法を棚栽培と組み合わせることで、味はいいのに果実が少し小さいというだけで普及してこなかった品種をつくり、大玉・有利販売することを構想されている。

 イチジクではこのほか、1kmメッシュで2~3月の日ごとの最低気温を推定後、耐凍温度と最低気温とのずれを考慮してイチジクの凍害危険度を判定する手法と、一文字整枝における主枝の高さを1.2~1.8m程度に高くすることで凍害回避を狙う高主枝栽培について兵庫農技セ・松浦克彦氏に、いや地や株枯れなど土壌由来の生育障害に欠かせない台木の最新事情と、接ぎ木苗のつくり方の基本を、上記、細見氏に整理頂いた。

 カキでは、徒長枝の利用で‘富有’などで10a3tどり、場所によっては4tも実現している福岡県朝倉市の実際家・小ノ上喜三さんの事例を収録。

カンキツ、リンゴ――高品質技術を導く基礎生理ほか

 成木のカンキツ樹は、根圏土壌の約20%以上が湿潤だと乾燥ストレスを付与できない。かといって、乾かしすぎると樹勢低下、隔年結果を招く。高品質生産に不可欠な根圏、またその水ポテンシャルとは? 最新情報を農研機構果樹茶業研究部門・岩崎光徳氏に整理頂くとともに、乾燥ストレス処理を適切にコントロールするための「簡易土壌水分計」の利用技術について同・近中四農研セの黒瀬義孝氏に紹介頂いた。

 カンキツではまた、実測量なしで高品質果樹園の概要設計を可能にする「オルソ画像を利用した園内道設計支援システム」も同・西日本農研セ・細川雅敏氏が解説。

 一方、リンゴでは摘果労力を左右する早期落果性の発現メカニズムと品種間差について同・果樹茶業研究部門・岩波宏氏に、同・本多親子氏に温暖化の影響から近年増えている日焼けの発生要因と軽減対策についてそれぞれ紹介頂いた。

 その他、皮剥き後の果肉が褐変しにくかったり、果色に特徴があるなど、カットフルーツ販売や菓子加工適性の高い注目品種についても紹介頂いた。