農業技術大系・果樹編 2015年版(追録第30号)


・ブドウ、スモモの基礎生理と基本技術を大幅改訂
・カンキツ 最新研究と経営事例
 ――浮き皮対策、水ストレスの付与時期、マイクロ灌漑ほか
・ナシ、リンゴの新技術、省力栽培
 ――ナシ無受粉・無摘果栽培、リンゴ低樹高・日本ミツバチ受粉/高密植わい化栽培


ブドウ、スモモ大特集

 ブドウは昨今‘シャインマスカット’の人気を先導役に果樹でも元気な品目となっている。一方スモモも、大玉品種が直売所などで躍進著しい果樹。いずれも新しい技術の導入にともない基礎的な生理、基本技術の確認、見直しが必要になる。今号では、それぞれ台本発行時以来となる基礎編と基本技術編の大幅な改訂を、第2巻ブドウと第6巻スモモで行なった。

<ブドウ>

●基礎生理、形態、機能、品種情報他

 まずブドウでは、その生理、形態、機能をめぐって岡本五郎氏(元岡山大学)に詳細に解説いただいた他、品種に関する情報として‘シャインマスカット’や長野県が育成した‘ナガノパープル’など最新品種も織り込んで「栽培特性からみた品種群」を整理。その中で紹介される「日本の主要品種系統図」は植原宣紘氏の労作。同氏の「台木の品種問題」と併せて収録した。

 また「各品種の地域別生育期」では‘巨峰’の生育期(発芽期、開花期、収穫期)を都道府県別に整理、これを指標に各品種の地域別生育期を把握できるようにした内容。発芽日で‘デラ’と‘シャイン’は‘巨峰’と同時期、‘ピオーネ’では約2日、‘クイーンニーナ’では約3日遅く、この傾向は地域が異なっても変わらない、など。さらに‘巨峰’開花日と年平均気温との関わりが、1月1日を起算日とする回帰式で示され実用的でもある。果樹研・杉浦裕義氏の紹介。

 技術史的な流れを押さえるものとしては「1990~2010年代前半のブドウ栽培」で果樹研・山田昌彦氏に、現在に到るブドウ栽培の到達点をまとめて頂いた。

●花振るい、着色をめぐる報告

 新しく盛り込んだ研究情報として「巨峰など四倍体品種における結実不良のメカニズム」と、「着色のメカニズム」の2本を収録。

 従来、四倍体ブドウの花振るいの原因として新梢伸張と花穂との養分競合が経験的に語られてきた。しかし、ことはそう単純でないことは早くから指摘されている。例えば、早期の摘心や整房、環状剥皮など花房への養分供給を増やす処理を行なっても必ずしも有核果の着生は増えず、むしろ抑制的に働くことが多い。ほかにも植物ホルモンのアブシジン酸の関与やら、花粉管や胚珠、胚のうといった花器の発育との関わりなど、さまざまな要因が絡むそのメカニズムについて、東海大・小松春喜氏に今日的に整理、解説いただいた。

 一方、果樹研・東暁史氏にはブドウの着色メカニズムについて詳述頂いた。ブドウ果実の着色にはアントシアニン含量と着色関連遺伝子(MYBミブと呼ぶ)が影響する。その関係は、後者が前者の生合成を制御する、というもの。MYBの発現には、光と温度の外的要因と、糖度とアブシジン酸(ABA)との内的要因が関与し(図1)、一定の条件が欠けると品種本来の果皮色に至らない着色不良果が発生する。報告では、外的要因である温度と光の各条件、および両者の相互作用が着色に及ぼす影響について詳しく触れるとともに、例えば、果房近傍の葉の摘葉、光透過性袋や反射マルチの利用、気温の低下する夜間の光照射、施設栽培ブドウを対象にした果房冷却による着色促進など、研究成果にもとづく着色改善技術も紹介。




図1 ブドウ果皮の着色に関与する外的要因(温度、光)と内的要因(ABA、糖度)

●好着色導く研究成果、実際管理

 ところで果実着色に密接にかかわるのはアントシアニン含量、その基質となる糖(上の報告でいう内的要因)は光合成で生産される。面白いのはその糖(glucose)の着色にかかわる重要さが、‘ピオーネ’のような黒色品種より‘ゴルビー’‘クイーンニーナ’など赤色品種にとってより重要ということ。実際、好天が続いて日照時間が長く糖度はよかったものの、着色がもう一つという年でも、赤色品種は例年より着色がよかった事例もある。

 気温の高い地域や年ほど、また赤色品種は黒色品種以上に重要になる糖含量、光合成だが、それを引き出す適正な樹相、温度、光環境の整備、栽培管理について、山梨果試・宇土幸伸氏に「樹相と糖度、着色」として解説頂いた。上の東氏の研究と併せ読みたい報告。同氏にはまた同時期の管理である「笠かけ・袋かけ」の実際管理についても紹介頂いている。

●シャインマスカット専用カラーチャート

 着色管理といえば、赤でも黒でもない黄緑色系の品種の‘シャインマスカット’は、外観での熟期判断が難しい。そこで山梨果試では新たに専用カラーチャートを開発し、製品化している(日園連から販売)。色調は5段階あり、チャート値3を超えると糖度18%以上となり、収穫の目安にできる。しかもこれを超えると特有のカスリ症の発生度も高まるので、事前のチェックも容易になる。ブルームが付いたままの果皮色でも判断できるよう調整されたスグレもので、新規就農などの農業未経験者や雇用労働者の利用、また出荷の箱詰め時の果皮色のばらつき調整にも有用とのこと。山梨果試・小林和司氏の報告。

<スモモ>

●‘太陽’‘貴陽’‘サマーエンジェル・サマービュート’のタイプ別剪定法

 スモモでもその基本的な生理や技術を収録。具体的な記事タイトルは、「スモモの最新品種と栽培特性」「生育過程と技術」「施肥と土壌管理」「整枝・剪定」「棚栽培」で、いずれも執筆は山梨県果樹試験場の各氏。本場の第一線の研究者の方々に解説頂いた。中でも本書で注目なのは、「整枝・剪定」に収録した品種タイプ別の剪定法3本。

 成木になるにしたがい太い枝の発生が少なくなり、細い枝がほうき状にできる‘太陽’タイプは、立ち枝を上手に活用して十分な結果部部位を確保することが必要。一方、‘貴陽’タイプは結実性が低い特徴をもつが、結実確保を過度に重視して弱い剪定を行なうと小玉果が多くなって着果過多を招き、樹勢低下に結びつく。すべての結果枝先端に対して三分の一~四分の一程度の切り返しを行ない、下垂したり、老化したりした結果枝は早めに整理する、きめ細かい剪定が求められる。

 また‘サマービュート’の樹勢は‘ソルダム’より強く、生育は旺盛。枝の発生は‘ソルダム’よりやや多い。剪定で枝の切り詰めが弱いと2年枝では先端以外の部分に花束状短果枝が多くなり、中間部分からの枝の発生が少ない。‘サマーエンジェル’は剪定の切り詰めが弱いと先端の2~3芽だけが強く伸び、その他は花束状短果枝になりやすいなど、それぞれの特性にあった対応が求められる。同試・富田晃氏の解説。その他記事と併せ、スモモ安定生産のためにぜひお役立て頂きたい。

ナシ、リンゴの新技術、省力栽培

●ナシ新技術

 ニホンナシでは、多大の労力を掛けて受粉、そして摘果を行なっている。このために割く時間は全労働時間の26%に及び、大きな負担となっている。この負担を大きく軽減するものとして期待されているのが、石灰ボルドー液散布による単為結果の誘発だ。ボルドーに含まれる銅イオンがエチレンなど植物ホルモンの作用に関与し、幸水で20~30%の着果を誘起できるという。

 ボルドー(ICボルドー)はJAS有機にも認められた殺菌剤で、これを開花前に散布することで従来の化学農薬の防除が省略できる。併せて20~30%の着果率に抑えられるため摘果作業も大幅に軽減できる。さらに、果実肥大のためのジベ処理により果肉部が増えるとともに、収穫期が1~2週間早まるメリットもある。豊水や二十世紀ではほとんど着果が認められないことや寒冷地では着果効果が出にくいなど課題はあるが、着果管理労力を大幅に削減できる技術として今後注目の研究。三重大学・平塚伸氏の報告。

 果樹栽培の現場でさまざまに気候温暖化の影響が実感される中、とくに問題となりそうなのが花芽形成の遅れであり、その結果としての花芽数の減少だ。ご存知の通り、ナシなど果樹の花芽形成には、気温や日射量はもとより、生長に伴う養分競合やチッソ供給、植物ホルモンのバランスなどさまざまな要因が関わることが知られる。一方で、近年の研究としてFT遺伝子、いわゆる花成遺伝子と、これに拮抗する働きをもつTFL1遺伝子両者の発現量の変動によって花成が誘導されるという、分子レベルでの花成制御機構も明らかとなってきており、花芽形成にかかわる諸要因との関係が注目される。カギになるのはどうもTFL1遺伝子の発現変動のようだが、夏季の過度の高温や冬季の低温不足など温暖化の影響が、今後強まりこそすれ衰えることのない果樹栽培へ、その成果の応用が強く期待されている。果樹研・伊東明子氏に旧稿を改めて頂いた。

●リンゴ先進農家2事例

 リンゴでは、毛色のまったく異なる2タイプの経営を紹介。一つは長野で導入の進む高密植栽培の先進事例。高森町の北城正一氏はイタリア南チロル方式の高密植栽培(旧植栽のトレリス利用のため列間は4mで、株間は1.2mに)を導入し、定植5年で10a当たり4tの収量を得ている。早期多収であり、かつ作業性がすぐれること、しかも収穫果実は糖度も含め品質がすばらしいことで高い評価を下している。

 もう一例は、大苗移植と独自の低樹高仕立て、日本ミツバチを使った受粉の効率化で大幅な省力化を実現している岩手県滝沢市・井上美津男氏。氏はまた直売所メインに、多くの品種を揃えて長期販売する経営をつくってきた実際家であり、地域の若手のリーダー役でもある。

カンキツ 最新研究と経営事例

 カンキツでは、温州ミカンの浮き皮対策としてすでに登録のあるジベレリンとプロヒドロジャスモンとの混合散布が、貯蔵せずに出荷する早生や中生温州にも適用拡大された。しかし、それぞれの濃度や混合散布する時期によって浮き皮抑制の程度や着色遅延の影響が異なる。逆にいえば、散布濃度や散布時期を変えることで、温州ミカンの作型により狙いに応じた使い方ができる。本書では、?浮き皮を軽減して慣行の時期に収穫する、?浮き皮を強く抑制して収穫時期を計画的に遅くする、?浮き皮を強く抑制して貯蔵する場合を例に、具体的な使用濃度と散布時期をガイド。温暖化でやはり多発していると指摘される早生、中生温州での新たな浮き皮対策について果樹研・佐藤景子氏に解説いただいた。

 また、カンキツでは以前から樹体に乾燥ストレスを与えて糖度の高い果実を生産することが行なわれている。しかしいったいいつ、どの程度のストレスを与えるのが効果的で、かつ減酸や果実肥大の抑制といったデメリットが避けられるかについては、あまりよく解明されてこなかった。果樹研・岩崎光徳氏は、連続的な乾燥ストレスを定量化できる「積算水分ストレス法」という方法を用いることで、乾燥ストレスの積算値と果実品質との相関を分析、一定の関係性を導き出した。その結果、よりシャープに、高品質果実生産に効果的な乾燥ストレス付与の時期が明らかになった。

 その報告によると、果汁の蓄積初期から9月末頃のストレス付与が増糖に効果的とされ、果汁蓄積初期の目安は早生温州ミカンで果実横径35mm、‘はれひめ’で同40mm、‘不知火’で同50mmとしている。また、11月以降の乾燥ストレスは、増糖効果は低く減酸を抑制させるため、高品質化には適さない。つまり、「果実発育期前半の乾燥ストレスが効果的で、10月の時点で収穫時の果実品質をほぼ予測することができる」。高糖度のブランド果実生産の指標としての役割が期待できそうだ。

 一方、カンキツの高品質化生産の中で注目されているマルドリ方式や、節水型管理の点滴灌漑。これらは付近に適度な水源があるか、なくても用水をくみ上げ、園地全体に通水するだけの動力、またそれを駆動する電源がないとシステムそのものの導入が難しい。これをクリアしそうなのが、バッテリーと小型ポンプを使って高所にあるタンクまで水を揚げ、高さの圧力を利用して中山間の傾斜地園地などで点滴用にマイクロ灌漑を行なうシステム。バッテリーの電源は太陽光発電で、市販品の機材を用いて利用者自身の設計、施工も容易という。中山間地での灌水管理などに広く応用が期待できる。農工研・島崎昌彦氏の紹介。

 その他、落葉果樹などで導入が図られるジョイント栽培をカンキツで試みるなど新しい樹形と仕立法を紹介した森永邦久氏(岡山大)の報告、法人設立と‘いしじ’主幹形栽培など新技術の導入で新規就農者を育成する広島県・シトラスかみじまの取組みを事例として取り上げた。

今号も熱帯果樹を紹介

 昨年に引き続く今年は「アテモヤ」を全面改訂。わが国では1990年に導入され、現在は静岡、鹿児島、三重、千葉など7県に栽培が広がっている。果実は収穫後追熟が必要だが、熟すときわめて美味で、生食の他、さまざまな加工品にも向く。また、口当たりがよく、栄養価にも富むためベビーフード、病人食としても最適とされる。須崎徳高氏(三重農業研究所)に紹介頂いた。